次代の"鵺"についてのいくつかの考察と懸念点
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『この直通回線、今月の使用はもう二度目になります』

「やはりこのペースは危険だろうな。いままでは数年に一度だったことを考えても」

『えぇ。……そろそろ、回線自体を廃止してしまった方がいいでしょう。
 これが通じる最古参理事オリジナルメンバーも、あなたとわたしだけになってしまいましたから』

 

第一から第九十九まで存在する専用の執務室の、存在しない百二番目の一室。
モニターの青白い光が唯一の光源となっているその空間に、”彼”はいた。

濃紺のスーツのカフス、後ろに流した髪、ノンフレームの眼鏡とその奥の昏い瞳が、僅かに画面の光を反射している。見た目では人種を判別できない、不可解な色の異様にのっぺりとした皮膚は人工のものだ。皺ひとつないその顔は若々しいというよりも、見る者にマネキンのような不気味さを抱かせることだろう。唯一、黒電話の受話器を握る右腕には、わずかに縫合の痕が見られる。

傍目には何処にでもいそうなビジネスマン風の出で立ちでありながら、幽鬼のようなプレッシャーを放つ人物。
81地区管轄、最高運営意志決定機関である日本支部理事、その一人。

”獅子”の秘匿名コードネームを持つ男。

 

『”鵺”が、自己終了したようです』

「あぁ、こちらでも捕捉している」

 

すでに消化済みのタスクの進行状況を問われたような、自然な口ぶりで”獅子”は答えた。
電話口の相手もその反応を想定していたのか、特に追及はしてこない。”獅子”は言葉を続けた。

 

「付き人を殺害して消息を絶った時は最悪の事態も脳裏をよぎったが……、東尋坊とはな……」

『人目に付く場所、手段……、蒐集院・・・のやり口ではありませんね。これは』

「彼自身が持つ生存ミームと相殺させるためだろう。
 理事の自死行為を阻害する防衛機構も無効化されていたようだ」

『我々の間で彼を理事と認識できなくなったことも、原因の一つなのでしょうね。
 理事は全ての理事に認められなければ防衛機構は効力を発揮しません』

「そして彼自身、自分が”鵺”であることを諦めて……、辞めてしまった節がある」

 

”獅子”の口ぶりからは口惜しさが滲み出ている。先ほどとは打って変わり、電話口の相手が僅かに面食らった気配があった。

”獅子”のこの反応は予想外だった。理性的思考、合理的判断を絶対とする理事一の理性主義者ラショナリストが、いつになく感傷的になっている。あるいはこれ自体、非常事態か。

 

「最近はカナヘビも活動を縮小させている。蒐集院派の鬱憤が”鵺”に集中してしまった結果、彼も無茶をせざるを得なかったのだろう」

『とはいえ、”財団で収容が難航しているオブジェクトについて、より適切な収容手段を有するGoIへ引き渡す”なんてプロジェクト、草案でも作成されたこと自体由々しき事態です。外部、蒐集院残党への援助を目論んでのものでしょうが、かなり露骨、あまりに見え透いた欺瞞。それを強行しようとした時点で、彼は財団へ背信の意志を見せたと、そう解釈するしかありません』

「あぁ、わかっている。だが彼を失ったのは日本支部の、財団の大いなる損失。それも紛れもない事実だ」

『確かに、彼は理事会創立時から財団の運営を引っ張ってきた最古参でしたが、当時から蒐集院派の急先鋒です。財団内外の蒐集院残党が、黙っていはいませんよ』

 

冷静に状況を分析する”獅子”に対し、電話口の相手は焦燥に駆られたような口ぶりではあったが、これは互いに表面的なものでしかない。確かに危機的状況ではある。しかし、この程度の危機は毎週起きているのだ。現在のこの状況はすでに予想されていたことであったし、対策案も十分に用意がある。だからこそこれは「質問する側と答える側」としてスムーズなやりとりをするための役割分担ロールプレイングに過ぎない。

そして、それは”鵺”においても同じこと。
 

「先のインシデントに際して炙り出された”反乱分子”の尋問と終了はほぼ完了している。扇動した”鵺”自身、蒐集院派として手綱が握れなくなりつつある者を使って一連の騒動を起こしたはずだ」

『その他の連中の動きは』

「”鵺”の自己終了後、彼の後継者を名乗る人物が何名か、私の代理人カットアウトに接触してきた。コトを荒立てたくないなら、後継者である自分を後釜に据えろとな」

『それで』

「無論、全員拘束して尋問に回して発覚した配下を摘発。後は終了予定だ。自分なら”鵺”の後釜に座れる、と思っているような間抜け共が率いている連中は、それこそ”鵺”が代替わりして騒ぎ出す程度の手合いだろうからな」

 

財団本部から出向してきた”獅子”と、蒐集院からスカウトされた”鵺”。
互いに財団派と蒐集院派として対場から水面下での権力争いを演じて・・・はいたが、互いの異常現象へ向き合う真摯さ、知的判断、思考力、そしてなにより”異常を克服せしめんとする熱意”を尊敬していた。

彼は仇敵であり、好敵手でもあった。

蒐集院派として理事の座につき、日本支部を意のままに操る。
これがあの偉物にも”不可能”だったということに気づかない間抜けは、財団職員としても足手まといだし、蒐集院派としても迂闊うかつが過ぎる。

 

「”鵺”もかつては、日本支部の実権を掌握することへ意欲を見せてはいた。実際”小競り合いを演じる”レベルではないインシデントを起こされたことも一度や二度ではない」

「私も、蒐集院派狩りを過激にやって見せたことがある。”悪い財団”まがいの手段にも手を染めた。だが、結局全ては不毛だ。明日には列島が沈んでいるかもしれないのに、権力と保身に駆られる愚かな部下に急かされて権力争いを演じたところでな」

「彼にも、私にも、誰にも、たった一人でこの支部を守ることなど出来はしない」

 

だからこそ”鵺”は先のプロジェクトを強行し、それに率先して参加した”反乱分子”にインシデントを起こさせることで、直接的な造反者を財団に狩らせた。さらに自身の後釜の話を配下の者にして見せることで、自分が実際に理事を退いた際には、潜在的な造反者が炙り出されるように仕向けておいたのだ。

「財団派との権力争いに負けた理事」という役割ロール
老いた怪傑、”妖怪”と恐れられた男の財団への忠と、蒐集院派への義。

財団職員に求められる優秀さを会得している蒐集院派には、後釜の話よりも彼が起こした最後のインシデント、去り際の姿にこそ”鵺”の真意があると見抜けるはずだ。

 

「こちらで覚悟していたよりも、後釜に名乗りを上げる輩は少なかった。それどころか、例の”代理人”を通して告発、忠告してきた者までいた。”鵺”の後釜を狙っている者がいると。”鵺”が炙り出した愚者を選ばないように釘を差して来る程度には、やはり我々を信用していないらしい」

『それは、別の派閥の力を削ぐ狙いもあるのでは? 蒐集院派も一枚岩ではありません』

「それは財団も同じことだ。そしてその線は薄い。……彼は自分を拘束、尋問、終了することを求めてきた。”鵺”のいない組織に興味はないと」

『……たいした忠誠心です』

「あぁ、本当に。……たいした忠誠心だ」

 

一拍ほどの間があった。
様々な感情が、理事たちの胸中をめぐる。

 

「……彼と少し話した感じでは、他の蒐集院派もそろそろ日本支部が”そういう場”ではないことに気づき始めたようだ。」

『財団内部にいる蒐集院派の反発は無いと考えますか?』

「ゼロ、とはいかないだろう。だが財団と蒐集院の融和はこれを機に一層進むはずだ。……”鵺”もそれを望んでいた」

『では問題は』

「あぁ、散々連中に譲歩させてきた以上、連中が納得出来る後釜を選ばなくてはいけない」

 

”鵺”の息がかかった蒐集院派の”反乱分子”を取り除いたところで、日本支部内の”蒐集院派”は根絶やしにはできないだろう。
そして根絶やしにしてしまえば機能不全を起こすほど、日本支部は蒐集院のノウハウを受け継ぎすぎている。

財団という土壌に撒かれた蒐集院という種子。
与り知らぬ所で発芽していくそれらの伐採はもはや許されず、とはいえ剪定を怠ればこちらの身を滅ぼす。

もはや日本支部は”そういう権力争いが出来る場”ではないが、それでも蒐集院派の反骨心を宥めるだけの材料は提示しなければならない。

 

    結局、お前がいなくなっても政治をしなければならないんだな、私は。

 

”獅子”の頭の片隅でそんな言葉が浮かんだ。
左手で受話器を握る右腕に触れてみたが、指先の感覚ではもはや縫合痕の感触を感じることはできない。

 

『後釜には、誰を?』

「やはり蒐集院に近しい者であることが求められるだろうな」

『……平成に入ってから、蒐集院残党は規模の縮小と引き換えに多くの異常な技術を発展させています。現天皇も退く意志を見せ、二世紀ぶりに天皇の譲位に伴う改元が行われる可能性も現実味を帯びる今、実力のある者が後を継が無くては』

「それこそ蒐集院的には、その御仁を後釜にするのが最も波風が立たないんだがな」

『……冗談ですよね?』

「勿論、冗談だとも」

 

いつになく饒舌な”獅子”に、いよいよ電話口の相手も困惑を隠さなくなってきた。

電話口の相手の戸惑いをよそに、”獅子”はおもむろに手元のコンソールへ手を伸ばした。いくつかのファイルを開き、それらの資料の一番上に一つの画像データを配置。そうして用意した資料を、電話口の相手へ送る。

間を開けず、受話器の向こうから今までで一番の戸惑った声が聞こえた。

 

「彼女を二代目”鵺”に据える」

『これは、子供? どこかで見た覚えが……』

「いや、そのなりだが成人している。若いことには違わないが」

『……まさか、”鵺”の縁故ですか?』

「あぁ。彼の曾孫にあたる。”鵺”と彼女は面識はないが」

『そんな馬鹿な! 気は確かですか!? 確かに蒐集院、”鵺”に近しい人物ではありますが、一般人を理事に据えるなんて』

「いいや、彼女は財団職員だよ。数年前にプリチャードを出て、今はサイト-8181研究部門の研究員補佐だ」

『……それで見覚えがあるわけですね。ですが、どういうことですか。O5での事例から、理事会では親族に財団関係者がいる者は理事になれない規定だったはず』

「そうだ。彼女は九年前に存在が発覚した”隠し子”だ。肉親が死亡し親族間でたらい回しにされていた所を”鵺”が引き取ってプリチャードへ入れた」

『初耳です』

「だろうな、これは私と”鵺”の間で決めた極秘事項だった。それと、”千鳥”にだけは伝えてある」

『……』

 

長い沈黙だった。

電話口の相手は困惑と、少なからず憤慨していたようだったが、受話器から伝わるその雰囲気も数秒で霧散した。
感情に捕らわれることは建設的な議論の妨げになる。

 

『一つだけ、確認させてください。
 彼女を二代目にすることは、すでに決定事項だったのですか?
 ”鵺”との面識はないとのことですが、彼女は自分が理事になる可能性を?』

 

理事は各々が各分野の叩き上げであり、職務の関係上”後釜”などを事前に用意することが出来ない。
極秘かつ重要性の高い情報の漏出に繋がるし、そもそも理事の存在自体が機密だ。

 

「勿論、今回の件で初めて検討したことだ。
 彼女は何も知らないし、”鵺”はそもそも彼女にあまり関心が無いようだった」

『……わかりました。続けてください』

「当然、蒐集院的知識、経験は無い。そこはサポートに彼を付ける。例の告発者を後見人に」

『……まるで摂政……、いえ、成人しているなら、関白ですね』

「彼にとっては、尊崇する先代”鵺”の忘れ形見だ。よそ者に世話されるよりはと買って出てくれるだろう。蒐集院派としても、先代の懐刀が補佐についていれば文句もあるまい。そこを我々は承知の上であるし、むしろ我々が彼女を理事として育てていく、という意識が求められるだろう」

『……なるほど』

 

 

電話口の相手は二代目”鵺”育成論の展望についていくつかの考察と懸念点を述べ、通信を切った。

 

「……」

 

第一から第九十九まで存在する専用の執務室の、存在しない百二番目の一室。
モニターの青白い光が唯一の光源となっているその空間に、”獅子”は立ち尽くしていた。

理事が代替わりする時の問題は多い。
理事の交代を通達される者は財団内でもごく少数の高クリアランス保持者に留まる。
これまでの業務を滞りなく進めつつ、機密性の高い複数のオブジェクトの引き継ぎをしていかなければならない。

 

加えて今回は、”鵺”の初めての代替わりだ。

先代”鵺”の伝手でそれを察知した蒐集院派の動きは目立つはずだ。それを見逃してはならない。
”獅子”と”鵺”の因縁を聞き及ぶ程度の職員へ向けてはもうしばらく、”これまで通りのチャンバラ”を見せ続ける必要がある。
何も知らない職員へ向けては、決して”鵺”の代替わりを悟られてはいけない。

そんな中、まだ経験の浅く若い人材を理事として育成してくのだ。

 

膨大なタスク、財団内の派閥争い、人材育成、オブジェクト収容、機密保持。
しかし、”獅子”の懸念するところは他にあった。

 

電話口の相手には説得するような立ち回りをしていたが、”獅子”自身、この状況に不安を隠せないでいる。
それは果たして、好敵手を亡くしたことの喪失感か。
あるいは、宿敵が遺した罠への危機感か。

我々が育てる。それは正しい。
だが、彼女はあの”鵺”の忘れ形見だ。

彼女を後釜に据えることが最善のように思えるこの状況。

 

『これが”鵺”の目論見通りではないといいのですが』

 

電話口の相手が最後に言い残した言葉は、そのまま”獅子”の不安そのものだった。

”獅子”の脳裏には未だにあの男がいる。

蒐集院として最後まで抵抗を続け、こちらの右腕に消えない傷を残した男。

チャンバラはまだ終わっていないと、怪鳥のようなけたたましい笑声が”獅子”の脳裏に響いていた。

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