それは、あまりにも。
rating: +16+x
blank.png

今日は朝から雨が降っている。こんな日は、天気と同じように気分まで落ち込んでいってしまう。
傘を少し傾け、空の様子を伺う。
 

ぱらぱら、ぱらぱらと。

灰色の空からは、雨の音しかしない。

 
周りを歩く人々は皆同じように陰鬱で、暗然な表情をしていた。
暗い空が、どこまでも広がっている。

 
ぱらぱら、ぱらぱらと。

灰色の空からは、雨の音しかしない。
 

その時、自分のすぐ横を小さな傘を持った少女が追い抜いて行った。
その少女の足取りは軽やかで、周りと比べて不釣り合いなくらいに明るく、楽しげだった。

まるで、彼女の周りだけ晴れているかのようだった。

 
ぱらぱら、ぱらぱらと。

灰色の空からは、雨の音しかしない。
 

自分にもあんな頃があったのだろうか。純粋で、美しい心を持っていた頃が。
最近は何をしても、昔ほど感動しなくなった。

もしも。

この雨音で演奏が出来たのなら。それなら、こんな日でも少しは美しくなるだろうか?

信号が変わるのを待ちながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
 

ぱらぱら、ぱらぱらと。

灰色の空からは、雨の音しかしない。
 

信号が青に変わり、さっきまでの想像を捨てる。そんな事、ある訳がない。
 

ぱらぱら、ぱらぱらと。

灰色の空からは、雨の音しかしない。
 

雨音に混じって、誰かが曲を口ずさんでいるのが聞こえた。
それに気を取られ、ほんの少しだけ歩き出しが遅れた。

 
次の瞬間。

 
すぐ前にいた小さな背中が、いなくなった。
持ち手を失った傘が高く飛び上がり、地面に落ちた。

 
 
 
一瞬で、音が消えたかのように辺りが静まり返った。

 
 
 
「おい!大丈夫か!」
「救急車!早く救急車呼んで!」

誰かが叫び、世界に音が戻ってきた。それを合図に、その場にいた全員が雨の音すら聞こえない程に騒ぎ始めた。

 
自分は、何も出来ずに立ち竦んでいた。
もしも自分が、向かってくる車に気づけていたら。
真後ろにいたのに、何も出来なかった。

自責の念が次から次へと湧き上がってきた。

 
━━━━━━━━━━━━━それと同時に。

 
地面に落ちた傘から、ピアノの音色が聞こえてきた。少し乱れがちだったが、凄惨な事故現場を明るい演奏会に変えてしまうくらいに楽しげな、軽やかな音色だった。
 
まるで、この演奏を心から楽しんでいるかのようだった。
 
 
 
 
そんな事を言うなんて不謹慎だ。あの子は今、死にかけているんだ。

そんな事はわかっていた。けれどその音色は、そう言わずにはいられない程に━━━━━━━━━━━━━━
 
 
 
 

 
「………綺麗だ。」

 
 
 
 
 
遠くの方で、救急車のサイレンが鳴っている。

 
灰色の空から、あまりにも美しいピアノの音色が降っていた。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。