2002年の夏、ギリシャにて
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「ギリシャ共和国における超常主権、安全、平和及びギリシャ系伝承部族の権利保証と融和に関する条約」

ギリシャ共和国における超常主権、安全、平和及びギリシャ系伝承部族の権利保証と融和に関する条約

 ギリシャ共和国、各超常組織、SCP財団、世界オカルト連合及びヨーロッパ共同オカルトベンチャーは、今後、ギリシャ国内における平和及び安全を維持するために友好的な連帯の下に協力する関係でなければならないと決意し、よって、1998年ポーランド神格存在出現事件、2000年のレオニディオの虐殺、2001年のマンハッタン次元崩落テロ事件にて浮き彫りとなった諸問題を解決する条約を締結することに合意する。

  • 第一条

(1)ギリシャ共和国は、自らを特別超常行政国家として世界に宣言する。
(2)SCP財団、世界オカルト連合及びヨーロッパ共同オカルトベンチャーは、ギリシャ共和国の特別超常行政国家宣言を承認する。

  • 第二条

(1)ギリシャ共和国、SCP財団ギリシャ支部、世界オカルト連合ギリシア部門及びヨーロッパ共同オカルトベンチャーは、合同対応組織として「ギリシャ超常組織協力機構」を設立する。
(2)ギリシャを拠点・由来とする超常組織は、審査の上でギリシャ超常組織協力機構への加盟を可能とする。
(3)ギリシャ超常組織協力機構加盟組織は、同機構内における権利を行使することが可能となる。

  • 第三条

(1)ギリシャ共和国は、ギリシャ系伝承部族にも国内の非特異性ヒト種族と同等の権利を承認・擁護し、ギリシャ国民として扱うものとする。
(2)ギリシャ共和国、SCP財団ギリシャ支部、世界オカルト連合ギリシア部門は、ギリシャ系伝承部族と国内の非特異性ヒト種族の融和を推薦する努力をしなければならない。
(3)SCP財団及び世界オカルト連合は、ハドソン川協定に基づき、ギリシャ系伝承部族の生来の権利を確認し、正常性ならびに現実性を毀損しない場合に於いて、可能な限りその生存と自由意志の存立を擁護する。
(4)ギリシャ系伝承部族は、ギリシャ共和国の法制下で保護されるが、問題行動及び犯罪行為を起こした場合は非特異性ヒト種族と同様の条件で処罰されることを容認しなければならない。

  • 第四条

(1)ギリシャ共和国、SCP財団、世界オカルト連合及び各超常組織は、ギリシャ系伝承部族への教育・雇用の促進のために援助・支援を推進していくものとする。
(2)ギリシャ共和国は、国内の学校や企業へのギリシャ系伝承部族の受け入れを支援・促進していくものとする。
(3)SCP財団ギリシャ支部及び世界オカルト連合ギリシア部門は、両組織が運営する学校やフロント企業にギリシャ系伝承部族受け入れを許可し、また、SCP財団ギリシャ支部や世界オカルト連合ギリシア部門への雇用を段階的に許可していくものとする。
(4)ギリシャ共和国及びトリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション‬・グループは、共同出資による第三セクター企業「トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション・ギリシア」を設立し、ギリシャ系伝承部族の雇用受け入れを促進していくものとする。

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  • 第三十条

 ギリシャ共和国、SCP財団ギリシャ支部及び世界オカルト連合ギリシア部門は、敵対的神格・ピスティファージ実体の降臨、敵対的超常組織による攻撃・侵攻、その他超常的事象によるギリシャ共和国への大規模危機に対して合同で対処に当たるものとする。

  • 第三十一条

 この条約は、ギリシャ共和国政府、SCP財団ギリシャ支部、世界オカルト連合ギリシア部門及びヨーロッパ共同オカルトベンチャーに寄託する。同政府及び同組織は、その認証謄本を各署名組織に交付する。

 2002年8月5日にギリシャ共和国首都アテネ市で作成された。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この条約に署名した。本条約は、2003年1月1日より効力を持つ。

ギリシャ共和国 大統領
コンスタンディノス・ステファノプロス

SCP財団ギリシャ支部 管理理事長
ルキアノス・ペルサキス

世界オカルト連合ギリシア部門 精神部門長
ニコレッタ・デュカキス

SCP財団本部 渉外部門 特命全権大使
アントニオ・バークレー

世界オカルト連合最高司令部 精神部門 特命全権大使
ミハウ・コヴァルスキ

欧州連合 理事会議長
アナス・フォー・ラスムセン

ヨーロッパ共同オカルトベンチャー 欧州外交局 特命全権大使
ドナルド・フランチシェク・トゥスク

トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション‬ 代表取締役
ヘルメス

ヒュドラーの手(ギリシア蛇の手) 使節代表
ヘスパー

"楡の森" 臨時代表
シュケー

ギリシャ系伝承部族有識者会議 ラミア族代表
エウドキア・ガヴラス

ギリシャ系伝承部族有識者会議 ハルピュイア族代表
アネモス・ハルキュオネ

ギリシャ系伝承部族有識者会議 ケンタウロス族代表
ジノヴィオス・アロゴス










「ハルキュオネ女史、署名式も無事に終わったというのに、一体どうなされたのかな」

 署名式会場客間。ギリシャ大統領コンスタンディノス・ステファノプロスは、テーブルの向こうのソファーに座る青色の羽毛を持つハルピュイアの女性に語りかける。

「ああ、そうだな。大統領閣下、今回の条約についてどう考える?」

 青羽毛のハルピュイア──アネモス・ハルキュオネは、ステファノプロスに対し問い掛ける。

「正常性維持機関との関係強化、国内伝承民族の権利保証、超常技術の段階的解禁に──」

「いや、国家へのメリットのことを言っているのではない。大統領閣下自身の……"人間"としてどう思っているのかを聞きたい」

「それは……」

 ステファノプロスは、困り顔で言い澱む。質問の意図が掴めなかったからだ。その様子を見たハルキュオネは、悪童のような笑顔を浮かべながら答える。

「冗談だ。すぐに異種族に心を許せなんて言うつもりはないさ。そもそも私が大統領閣下との面会を希望したのは条約のことを聞くためじゃないんだ」

 ハルキュオネの言葉に面喰らったような表情を浮かべるステファノプロス。

「……冗談も程々にしてくないかな。それで……本当の用件とは?」

「政治的なコネだ」

「政治的なコネ、ですか?」

 ハルキュオネは、続けて答える。

「条約が効力を持つ来年以降は、私のような伝承民族も政治的活動が可能になる。そこで私も含む複数の伝承民族出身者たちで政治家への立候補を以前から進めていた。だが、コネが無ければ話にはならない」

「それで私にその話を?」

「そうだ。全ギリシャ社会主義運動(ΠΑΣΟΚ)新民主主義党(ΝΔ)、もしくは両方との繋がりが欲しい。両党に所属経験のある大統領閣下ならば……と、思った訳だ」

「用件は分かりました。しかし、何故立候補を急ぐのですか?その理由を知りたいですな」

 ステファノプロスは疑問を口にする。彼から見たらハルキュオネは急いでいるようにしか思えなかったからだ。そして、その疑問に彼女は答える。

「……私の夫はレオニディオで死んだ」

「……」

「ニュンペーと人間が手を取り合おうとしている姿を見てみたいと……そこで巻き込まれたんだ。私と子供を遺してな。だから決意したんだ。多種族たちが手を取り合う国を、子供たちや近い将来に産まれてくるであろう孫世代、そしてその後に続く末裔たちが笑顔で過ごせる未来を創ろうと。私たちはカオスの奴らが言うように、イデアの檻に再び閉じ込められるつもりはない……それに」

「それに?」

「会議の一部メンバーは勘違いしているようだが、条約締結で終わりじゃない、始まりだ。私たちはやっとスタート地点に立てたんだ。これで安堵して出遅れていては今までとは変わらない。……申し訳ない、熱くなりすぎた」

「……いえ、貴女の想いは理解できました。良いでしょう。旧知の議員たちに話を伝えておきます」

「それは本当か!?」

 彼女は喜びを全身で示すように身体を乗り出す。その表情はとても明るく、そして無邪気であった。

「ええ」

「やった!早速仲間たちに伝えてくる!大統領閣下、感謝する!」

「……」

 彼は駆け足で客間から退出するハルピュイアの後ろ姿を見つめ、思いに耽る。全ての始まりは4年前にポーランドの地で発生した神格存在出現事例とそれに伴うヴェール政策の崩壊だったのだろうか。
 ヴェールの崩壊を切っ掛けとする超常存在の実在性認知とイデア界の変質によるギリシャ系伝承部族の解放は、通常の"ギリシャ人"にとっては驚愕の連続だった。
 当初は、神代・古代の存在への排斥感情を持つ者も存在したが、ニュンペーの一族がレオニディオの住民たちと懇意になったこと、他ギリシャ系伝承部族、ヒュドラーの手やTtt社の慈善活動により大多数の者が幻想からの帰還者を受け入れていった。

 しかし、2000年12月25日──カオス・インサージェンシーによりレオニディオの住民とニュンペーの一族が虐殺される事件が発生した。レオニディオの虐殺と称されたその事件は、ギリシャ中に衝撃を与えた。
 国外勢力による国内への攻撃は人間たちを恐怖に陥れた──明らかな敵対的行動だったからだ。虐殺における国外の反応は伝承部族たちを恐怖に陥れた──人外なる者が死のうがどうでもいいという意見が主流だったからだ。
 そして彼らは思ってしまったのだろう──このままでは国が滅びると。
 レオニディオの事件が彼らに余裕無き前進を迫ったのだろう。それが今回の──署名式の場所から早くも"アテネ条約"の通称で呼ばれ始めている──条約の締結に繋がったのだろうか。だが、条約の締結を持ってしても彼らは前進を続けようとしている。

「……ポーランドの一件がヴェールというパンドラの箱を開けてしまったのなら、後に残ったものは何なのだろうか……」

 ステファノプロスの呟きは、誰にも聞かれることなく虚空へと消えていった。










「ねぇ、ジノヴィオス。来年になったら何をしたい?」

「エウドキア、いきなりどうした?」

 蛇体の下半身を持つ伝承部族──ラミアの女性が馬の下半身を持つ伝承部族──ケンタウロスの青年に語りかける。唐突な質問に対して青年は彼女にどうしたのかと聞く。

「条約が締結されて、カオスの残党や外国の人に怯えなくても良くなって、来年から私たちは自由になれることになったじゃない?それでジノヴィオスは何がしたいのかなと……」

「そうだな……」

 ジノヴィオスは、頭の中で"何がしたいのか"を考える。そして1つの望みを思い浮かべた。

「俺は大学に入って色んなことを学んでみたい、かな」

「大学。うん、大学ね。良いと思うわ!勉強は大切だものね!」

「そういうエウドキアこそ何がしたいんだ?」

「えっ、私?私は……」

 ラミアの女性は、困り顔で答える。

「実は……何も思い付いてない……」

「何だよ、俺には聞いといて何もないのか。本当に夢とか無いのか?」

「うん……ハルキュオネさんや会議の皆から政治家にならないかと誘われているけど……私には合わない気がして……」

「そうか。まぁ、何だ。あまり急いで考えても頭が混乱するだけだ。それに条約の件が落ち着いたんだから一息付いても良いと思うぞ。あまり休みすぎなのも良くないけどな」

「うん……それもそうだね。わかった。ゆっくり考えてみるよ」

「おう、それで良いと思う。選択肢に迷うってことは余裕が出来たってことだ」

「何それ」

「俺の持論だ」

 お互いの発言で笑顔になる伝承部族の2人。
 そして、エウドキアとジノヴィオスは願った。こうして何気無い日常が続く日々を。だからこそ歩みを止めてはならないと。










Record 2002/08/07

ギリシャ超常組織協力機構設立前秘密会議による記録


メンバー:

  • 財団ギリシャ支部管理理事長 ルキアノス・ペルサキス
  • GOCギリシア部門精神部門PSYCHE Division1長 ニコレッタ・デュカキス
  • JOVE2使節 ドナルド・フランチシェク・トゥスク
  • ギリシャ共和国大統領 コンスタンディノス・ステファノプロス
  • Ttt社代表取締役 ヘルメス
  • ヒュドラーの手使節 へスパー

[記録開始]

デュカキス: 非公式とはいえ初の会議だ。議題は"アテネ条約"締結に起こり得る問題とその解決案の構築だったよな?

ペルサキス: まずは教育、雇用、教育についてだが、条約の内容通り、機構初期加盟組織合同で対応することになっているな。

ヘルメス: 何ならヘレネス3たちの雇用受け入れも考えてるよ。市場を育てるのも大企業の役目だ。この国を日本に次ぐビジネス相手になりえるポテンシャルがある。まぁ、本音を言うと僕の故郷だからというのもあるけどね。

デュカキス: 問題は国内外の世論や反応だ。ステファノプロス大統領、トゥスク使節、蛇の手に状況説明を聞くとしよう。

ヘスパー: 私だけ名前で呼んでくれないなんて失礼ね。ヴェール崩壊前のことを何時まで引き摺っているのかしら。

ステファノプロス: ヘスパー女史、そこまで。で、話を戻すと、国内世論に関しては歓迎ムードです。ですが……。

トゥスク: ええ、問題があるとしたら我が国ポーランドを含む欧州諸国からの反応……だな。実のところ懐疑的な意見が多いのが現状だ。マンハッタンでの活動で超常組織や超常存在が一般にも認められたアメリカとは違い、ヨーロッパではまだ偏見や差別が多い。口が悪い意見として「ギリシャは悪魔に乗っ取られた」などとも言われている。

ヘルメス: ヘラス4の民たちのことをヨーロッパの皆にもっと知ってもらう必要があるね。知らないからこそ怖いというのもあるだろうし。

ヘスパー: あとはギリシャ住民の……特に伝承部族たちの意識改革も必要と考えるわ。

ステファノプロス: その点は私も考えていたところです。

デュカキス: ふむ。

ペルサキス: 考えを言ってみろ。

ステファノプロス: ええ。レオニディオの事件の後、私は遺族たちの声を聞くことがありました。事件に関してショックを受ける者、悲しみに暮れる者、呆然とする者が居た。私は伝承部族たちの心情を垣間見てしまったんです。私が話を聞いたほぼ全ての人々が国外の人間への恐怖を口にし、そして責任や原因を他国に求めていた。

ヘスパー: 補足するけど、全ての伝承部族がそう思っている訳ではないわよ。少なくとも「手」のメンバーは現実を見ていることは保証する。理想を実現させるには現実を知らなくちゃね。

ステファノプロス: ……ヘスパー女史、ハルキュオネ派5についてはどう思う?貴女の意見が聞きたい。

ヘスパー: そうね……大統領閣下の心配の元でもあろうハルキュオネ派に関しては……大多数の伝承部族とは違って他国に対して恐怖心や敵対心を持たない可能性が高いことは他の「手」のメンバーから報告されているけど、警戒はしておくことに越したことはないわね。図書館6に政治関連、現代文化関連、経済関連の書物の他に他国……特に欧州各国に関連する書物の貸出を求めてきたり、あなた方の組織の政治部門に接触を計ってきてたりしているみたいだしね。

ペルサキス: 確かにアネモス・ハルキュオネは我々の元にも接触してきたが……何故お前が知っているのかはここでは聞かないでおく。

デュカキス: 会議中だから今は追及しないが、機構協定違反になる可能性があることだけは警告しておくぞ。

トゥスク: それで……意識改革とやらが成されなかった場合、何が起こるのですか?

ステファノプロス: 他国との認識相違や不信感の拡大、衝突。

ヘスパー: 場合によってはレオニディオの大きなやり返しが発生……つまり虐殺の加害者になる可能性があるわ。それも人間相手に。それが何年後、何十年後になるのかは分からないけどね。

ペルサキス: 伝承部族児童の学校教育で介入が必要だろうな。

デュカキス: それと国内外への世論操作もな。

ステファノプロス: ……我々は、ギリシャは、血に濡れた未来を望まない。可能ならば回避したい。そのための協力が欲しい。

ヘスパー: 勿論ですとも大統領閣下。既に他国の「手」への要請を出しているわ。

ヘルメス: トートとの応相談になるけど、我が社も可能な限り協力するよ。

トゥスク: 我々もできる限り協力しよう。

ステファノプロス: ……感謝します。

デュカキス: 今回の会議はこれにて終了で良いか?

ヘスパー: 最後に一言だけヘルメス代表に発言しても良いかしら?

ペルサキス: 構わない。

ヘスパー: ありがとう。……ヘルメス代表、親友の様子はどうかしら?

ヘルメス: ええと……トートのこと?元気だけど……この会議で聞く必要があるのかい?

ヘスパー: ……いえ、何となくよ。

[記録終了]

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