社内連絡票
Arcadia
To: クラーク・ウィルソン
From: セバスチャン・ブラウン、アーキビスト主任
件名: プロジェクト・コスモス
日付: 03/10/3
クラーク、
お前から依頼があったファイルと抜粋を下に添付しておく。そんなに多くは無いが、俺もたっぷり時間をかけて調べたから、お前がこれをどう使うにせよ、コスモスの内情を垣間見るには十分だろう。電子版の文書には幾つか注記を付けておいたが、今送ったやつには幾つか欠けてる。何か問題があれば連絡くれ。
P.S: 昔の連絡票の見た目は気に入ったか? 1つ入手したんで、まだ使えるって周りを説得してみるつもりだ。背景情報が必要な場合に備えて脚注も入れといた。後で電話くれればその件も話し合えるぜ。

こいつはマーケティング部門で見つけたコスモスの販促資料だ。 - セブ
To: アラン・アルコーン様1
From: アルカディア Inc.2
日付: 82/01/02
親愛なるアルコーン様。
我々アルカディア一同は、貴方様がこの度アタリ社を退職したと知って大変残念に思い、一連の不幸な出来事に謹んで哀しみを表すものであります。我々が心より感嘆し、尊敬を抱く人物が不当に扱われるのを目の当たりにするのは、常に心苦しい事です。弊社は一つの家庭としてビジネスに取り組む努力に誇りを抱いております — アルカディアでは誰もが家族のように一丸となり、質の高いエンターテイメントと革新的なテクノロジーを大衆に届けるために尽力しています。アルカディアは社員を大切に扱い、勤勉な者たちに多数の福利厚生を提供し、高い従業員満足度を保証致します。貴方様の職歴、診療録、法的書類、同業他社との関係、家族関係、財務歴を審査させていただいた結果、アルカディアの拡大し続ける家族の一員としての雇用を検討するために、1982年1月9日 — 今週土曜日 — 弊社との面談に応じて頂きたいとの希望から、貴方様にご連絡することを決定致しました。面談をご希望の場合は、弊社へのお電話を宜しくお願い致します。
我々一同、貴方様とお会いできることを楽しみにしております!
アルカディア。
記録された書き起こし: 1-82/1/13-ALC
序文: プロジェクト・コスモスに関するアラン・アルコーンとカール・フランクリン3の会話の書き起こし。この数日前、アルコーン氏はアルカディアに従業員として雇用された。以下はアーカイブ目的で用意された社内用テープレコーダーからの抜粋である。
記録開始
フランクリン: それじゃあ、もし君さえ構わなければ、このテープレコーダーを使わせてもらうよ。いわゆる、えー、“アルカディアの社史の保存”に興味を持ってる人たちがいるんだ。
アルコーン: ああ、いいとも、俺は別に気にしない。
フランクリン: そりゃ良かった! さて、まず第一に言うべきことがある、アルカディアへようこそ。僕はカールだ。エンジニアリングの仕事をしている。君が最も慣れ親しんでいる業務だと聞いているけれど?
アルコーン: そうだ、72年から去年まではアタリでエンジニアリングをやってた。
フランクリン: そうそうそう、アタリ。それで、アタリに在職中の君は… 何か大規模なプロジェクトに取り組んでいたそうだね? イリュージョンがどうのこうのというやつ。
アルコーン: ホログラフだよ。コスモスって名前のコンソールを発売する準備が整ってたのに、カサール4ときたら最後の最後で怖気づきやがった。本当に見事なシステムだったのに、ボツにされちまったのは無念だ。
フランクリン: 成程。実はね、嬉しい話だけれど、我が社には何人か、君の仕事に少なからぬ興味を抱いた人がいる。おかげで、マーケティング部門はそのコンセプトの改良版の開発に同意してくれたんだ。ワクワクするだろう?
アルコーン: 本当かい? ワオ、そいつは… うおぉ、最高だ! じゃあ、その、いつ始める?
フランクリン: 勿論、最初にちょっとした… 法的な問題に対処しなきゃならないけれど、今の調子で進めば、そう… 4月くらいかな? それまでは他の仕事を担当してもらうから、心配しなくていいよ。
無関係な内容を除去
アルコーン: よっしゃ。それにしても会えて良かったよ、カール。君や他のチームメンバーたちと一緒に働く日が待ちきれないな。
フランクリン: こちらこそ光栄だよ、アル。おやすみなさい、明日また会おう。
記録終了
社内連絡票
Arcadia
To: アルカディア・コスモス開発チーム
From: ダニエル・ダン5、アルカディア Inc. 代表取締役社長
件名: おめでとう!
日付: 82/4/28
コスモス開発チームがアルカディアの次なる製品の開発に着手したのを祝して! これはまだ、素晴らしきビデオ・エンターテインメント業界におけるアルカディアの次のヒットへと向かう、長い道程の始まりだ。君たちが未だかつて誰も見たことのないタイプの高品質な製品を世に送り出してくれると、私はそう信じて疑わない! 君たち開発チームはきっと家族のために驚嘆に値する仕事を成し遂げると分かっているよ。未来に待ち受けるものが待ち遠しい。
敬具、ダニエル・ダン。
アルカディア・コスモス開発報告書。
82/12/11
1. 製品の開発経緯
本製品の開発は、それまでアーケードゲームの開発に携わっていた小チームにアラン・アルコーン氏が配属された後、1982年4月に開始されました。その後の数ヶ月間、開発は順調に進行しました — この期間中の開発の詳細に関しては、添付の覚書をご参照ください。今年8月には最終設計が合意に至りましたが、アルコーン氏の抗議はこの決定に至るまでの進捗状況の大きな妨げとなりました。システムに対応するハードウェアの開発は今年11月に始まり、現在も進行中です。
2. ハードウェアの確定
コスモス開発チームの内部議論に続いて、システム対応ハードウェアに関する最終決定が成されました。アルコーン氏が手掛け、我が社の注目を集めたコスモスの初期設計は、大幅な変更を加えれば顕著に改善できると判断されました。以前にアルカディアン・プロジェクター6 (第3項を参照) を開発していたテオドア・ウィルキンス氏7は、コスモスにおけるプロジェクター技術の利用を要請するため、然るべきオフィスに連絡することをアルコーン氏に推奨しました。本要請は担当オフィスに提出され、既に承認されています。アルカディアン・プロジェクターは、初期設計版のようにホログラフィック技術を用いて立体的な映像を再現するのではなく、狭い部屋などの三次元空間に複数の立体映像を投影することが可能だと判断されました。開発チームは現在、この技術を小さめのリビングルームにおける双方向性エンターテインメントに用いるにあたり、どのような利用法が最適であるかを模索しています。
3. アルカディアン・プロジェクター
アルカディアン・プロジェクターは二次元の画像を立体物として三次元空間に映し出せる小型投影機です。プロジェクターはB.M.C.C.8を通して (詳細は“B.M.C.C.と君たち: 地獄と繋がるためのアルカディアン・ガイド”9を参照) ケイ粒子10を利用し、この効果を実現しています。アルカディアが承認していない実体による干渉の報告は現在調査中であり、関連する報告書の閲覧は適切な部門に要請可能です。
記録された書き起こし: 87-02/23/83-ALC
序文: 以下は2名のアルカディア従業員、ジョナサン・エドワーズ11とジェームズ・ウォルトン12の間で交わされた通話記録の書き起こしである。
記録開始
エドワーズ: もしもし? どちらさん?
ウォルトン: エド、僕だよ、ジムだ。聞いてくれ-
エドワーズ: 何ぃ? 待てよおい… 夜中の2時じゃねぇか、どういうつもりだ?
ウォルトン: 君の助けが必要なんだ、エド。ちょっと — ちょっと問題が起きてる。
エドワーズ: あぁん?
ウォルトン: 実はその、コスモスの調子がおかしいんだ。僕はさっきまで、あの、“センチピード”のゲームを調整しようとしてた。
エドワーズ: ほう。
ウォルトン: そしたらいきなり、操作中のコンソールからムカデが飛び出してきたんだよ!
エドワーズ: で? 俺にそれをどうしてほしい? 土曜の午前2時にアルコーンに電話しろってか? とっとと寝ろ、ジム。
ウォルトン: ねぇ頼むよ、聞いてくれなきゃ困るんだよ、エド。僕はごく単純な作業しかしてない、コンソールで正しい画像を正しい位置に投影したかっただけなんだ。助けてもらえなきゃ、僕はまた納期を1週間延ばさなきゃいけないとアルコーンに伝える羽目になる。
エドワーズ: 分かったよ、すぐ行く。
記録終了
ダン、
コスモスの開発に手こずっている。虫バグが山ほど湧いて出て来るんだが、君の指示で取り組んでる新しいハードウェアと奇妙奇天烈な技術が相手だから、俺はどう適切に対処すべきか見当も付かない。チームは小規模だ、君が割り当ててくれた人員はごく数人しかいない。俺たちはもっと多くのリソースと人手を切実に必要としている — チームの誰よりもこういう超常技術に詳しかったウィルキンスは先週辞職した13。つまりだ、君がくれたハードウェアと技術は、大抵の人に名前すら知られていないし、ましてや開発に取り組んだ経験者なんかほとんどいないんだよ。もしプロジェクトを完了させたいなら、もっとリソースを提供してくれないか。
- アルコーン
販売店の皆様への通達
Arcadia
To: 店舗管理者様
From: アルカディア
件名: コスモス納入
日付: 83/12/19
不測の事態により、アルカディア・コスモス・システムの納入は無期限に延期となりました。遅延によるご迷惑を深くお詫び申し上げますとともに、ご理解を賜りました販売店の皆様に心より感謝申し上げます。
なお、他製品の納入は、遅延を最小限に留めて予定通り継続して参ります。アルカディアの製品、お届け、懸念に関する質問は各担当部門までお寄せください。詳細に関しましては、電話または郵便でお問い合わせください。
敬白、
アルカディア
記録された書き起こし: 53-84/5/6-ALC
序文: 以下はアラン・アルコーンとジョナサン・エドワーズの会話記録の書き起こしである。
記録開始
人々の足音とタイピング音が聞こえる。
エドワーズ: よう、アル! ちょっとこれを見てくれないか!
アルコーンが溜息を吐き、立ち上がってゆっくり部屋の向こうへ歩いていく音が聞こえる。
アルコーン: 今度は何だ、エド? またバグか? それとも君のクソ忌々しい悪魔友達からまた呼び出しが-
エドワーズ: 口に気を付けろ、アル。アンタの愚痴を聞かされなくたって俺は十分苦労してるんだ。
アルコーン: 俺の愚痴? 俺の愚痴だと?! 俺が好きでこんな事をやってると思うか? こんなもんの開発を望んでると思うのか? 喜んでこれに関わってると本気でそう考えてるのか?
エドワーズ: 俺はもう何ヶ月もろくに寝てないんだ、アラン、苦しんでんのはアンタだけじゃない。俺はこのプロジェクトに時間と血と汗と涙を注ぎ込んできた。俺はこいつを完成させたい。頼むよ。
15秒の沈黙。
エドワーズ: B.M.C.Cがどうもおかしい。コスモスは必要以上に魔力を消費してる。まるで何かデカい物に力を供給してるような動作だが、俺たちはそこまでの魔力は要らないんだ。そいつがシステムに過負荷をかけてる、アラン、修正しないと年末までにゲームを完成させられない。
アルコーン: そんな代物の直し方は分からない。
エドワーズ: リリースしたいなら、どうにかして解決策を編み出すしかないんだよ。コスモスを機能させるために俺ができる事はほぼ全部やった、これはしばらく前から続いてるやつじゃなくて、新しい問題だ。B.M.C.Cが完全にイカレちまってるか、誰かがコンソールに手を加えてるかのどっちかだ。
アルコーン: 嘘だろ?
エドワーズ: アラン、俺はな-
アルコーン: これは新しい問題? 以前は発生しなかったって? コンソールから湧き出すムカデとも、プロジェクターから銃弾みたいに飛び出す岩屑とも無関係? なんでこんな事になってるか心当たりは全く無いってのか?!
エドワーズ: アラン、頼むから落ち着-
アルコーン: これで落ち着いていられるか。ダンに会いに行く。
ドアが勢いよく閉まる音が聞こえる。
記録終了。
映像書き起こし: 54-84/5/6-ALC
序文: 以下は映像記録に残されたダニエル・ダンとアラン・アルコーンの会話の書き起こしである。
記録開始
アルコーン: ダン。
ダン: アルコーン。調子はどうだ? コーヒーでも飲むかい?
アルコーン: 要らん。ダン、話がある。
ダン: 何についての?
アルコーン: コスモスだ。あれは使えない。俺たちには何もできない。割り当てられた資材の量じゃ、クリスマスまでに完成させるのは不可能だ。
ダン: アル、君は確か-
アルコーン: 自分で言った事はちゃんと覚えてる。俺が間違ってた。俺たちはプロジェクトを完了できない。ダン、俺にはもう無理だ。眠れないし、何かに四六時中見つめられてる感じがするし、例のクソ機械は今じゃほぼ毎日のように故障してる。君が俺たちに任せたこの… この… 悪魔的なガラクタは俺たちを痛めつけてるんだ、ダン。
ダン: 全ては正常に動くはずだ。B.M.C.Cは徹底的に試験されて、他の数多くの製品にも使われているんだよ。
アルコーン: でも機能してない。君の指示で扱ってるアレの正体が何にせよ、必要以上にエネルギーを生成してシステムに過負荷を掛けてるし、他に何をやってるか知れたもんじゃない。ちょっと見せたいものがある。
ドスンという音と共に、アルコーンはアルカディア・コスモスをテーブルに置く。
アルコーン: こいつがコスモスだ。君が今俺たちに作らせてるゲームだ。消費者たちが今年の年末に目にするであろう物だ。
アルコーンは立ち上がり、室内の明かりを消してからシステムを起動する。頭上にアルカディアのロゴが投影され、アルコーンとダンの真上に浮かび上がる。数秒後、ロゴはちらつき、薄れて完全に消える。
ダン: 何が言いたいんだ、アラン、具体的に-
アルカディアのロゴが再び表示され、ダンは口をつぐむ。ロゴは以前の青ではなく、血のような赤に輝いている。
アルコーン: 君が俺たちに作らせてるのはこういう物だ、ダン。俺はこんな物を求めてなかった。俺はコスモスを改良し、完成させたかった。君が悪魔絡みのふざけた技術をそこに持ち込んだんだ、こいつのせいで人死にまで出てるんだ、ダン。コスモスは2年前の時点でもリリースできた。でも君はもっと大きな物を、もっと堂々とした物を作れと強要した。
ダン: 私が下す決定は全て、企業としての、そして家族としてのアルカディアを思ってこそだ。
アルコーン: 本気か? 企業のためを思ってコカインを吸うのか、ダン? ひっきりなしのドラッグパーティー、魔王崇拝の儀式、悪魔に捧げる生贄、それは全部俺たちのためだってのか? ふざけるのもいい加減にしろ、ダン。俺はアタリに10年以上勤めた、これが何を意味するか分かってる。このゲームがどんな風にプレイされるか分かってる。俺はもうこんな事を続けられない。
30秒の沈黙。
ダン: 君の望みは何だ?
アルコーン: 自分のプロジェクトを自由に創造したい。悪魔抜き、コカイン抜き、虫けら抜き、ポンコツのプロジェクター抜きで、コスモスを本来の構想通りに作りたい。もう一度自分の仕事を楽しめるようになりたいんだよ、ダン。今のコスモスを廃案にして、旧版の設計に差し戻してから完成させる許可を貰いたい。
ダン: アラン… 私にそんな事は無理だと分かっているだろう。君たちは長い間プロジェクトに取り組んで、随分と進歩したじゃないか! 本当にここで終わらせていいのか?
アルコーン: 年末までにゲームを完成させるのは無理だ。このまま取り組み続ければもっと多くの人が傷付くし、俺たちは期限を先延ばしにし続けるだけだろう。
ダン: アラン、君は家族の一員だ。私は君を、この会社のあらゆる社員と同じように気遣っている。アルカディアは家族だ。他の家族と同じように、意見の相違や諍いといった問題も抱えているだろうさ。しかし家長として、そして友人として、私には君にこの仕事を続けてほしいと頼む責任がある。君たちには必ずもっと支援を-
アルコーンがデスクに手を叩き付ける。
アルコーン: 支援なんか要らねぇよ! 俺のプロジェクトを、俺の仕事をやり遂げたいだけなのに! この会社には、この家族にはもううんざりだ。社員たちが抱えてる問題がいつでも無視されっぱなしなのを見ると吐き気がする! できる事は全てやった。話を聞くつもりが無いなら、俺はもうここには居られない。
ダン: 辞めるつもりか?
アルコーン: ああ。辞職したい。
ダン: アル。私は君の友人だ。君のために力を尽くす。
アルコーン: 辞職する。もう終わりだよ。君は耳を傾けないだろうし、俺はこんな環境ではもう働けない。
30秒の沈黙。
ダン: そうか。残念だよ、アル。君の今後の活躍を願っている。他に何か要望はあるか?
アルコーン: コスモスを打ち切りにしてくれ。あれを一般社会にリリースするな。安全じゃない。
ダン: アル、君の努力-
アルコーン: お願いだ。
ダン: …分かった。コスモスはお蔵入りにしよう。最後の給与は郵送する。
アルコーン: 必要ない。そいつはエドに渡して、すまなかったと伝えてくれ。
アルコーンは立ち上がり、その場を離れ始める。ドアが開き、アルコーンが退室する。アルカディアのロゴが薄れて消え始める。ダンが両手で頭を抱えているのが見える。
記録終了
我が親愛なる友 アラン、
家族の誰かが夢を叶えられないのは常に不幸な事だ。真に先見性のある発想が、開発の厳格さに耐えきれない時もある。アルカディアン・ファミリーの愛しい一員が己の道を進まなければならないと聞くと、本当に心が沈んでしまう。
しかし、それでも人生は続く。今日は友人としての頼みがあってこれを書いた。君に見せたい物があるんだ、アラン。
何処で私に会えるかは分かるね。君の友、ノーラン・ブッシュネル。14