コールセンターの一日
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「おはようございます、お客様。はい、こちらは“メルルおじさんの大安売り百貨店”でございます、ご用件をお伺いします。申し訳ございません、こちらはテクニカルサポートでして、販売には携わっておりません。いえ、お客様、紹介の無い方を営業部にお取次ぎするわけには参りません。数日前は繋いだとご友人様から聞いたとか、そんなのは知ったこっちゃねぇんですよ、今回の私は致しません。何故って、前回繋いだ時は、その人が持つべきでない物を売り付けられる羽目になったからです。お客様、そのような言い草はいただけませんね。それでは」

サミにとっては悪い一日だった。

サミが良い日を過ごすことなど滅多にないのだが、こりゃ並大抵の悪い日じゃねぇぞ、と彼は思った。今日は期待と夢に満ち溢れた悪い日だった。今日はできる限り完璧な悪い日、他の悪い日たちが武勇伝を子供に語り聞かせるような凄まじくツイてない日になろうと切望していた。

サミは少々芝居がかった表現が好きな男であった。

サミは、メルルおじさんの大安売り百貨店のテクニカルサポートスーパーバイザーである。神秘的な魔法の製品を数多く取り扱う最大手の企業だと、同社はそう言い張っていた。サミ自身の知る限りでは、彼らは10分おきに故障し、しばしば悲惨な事態を招くバカ高いゴミを売りさばくことにかけては最大手の行商人集団であった。読者諸氏がマーシャル・カーター&ダークの経営方針をどう貶そうとも勝手だが、少なくとも彼らの商品は大抵意図した通りに動くのだ。メルルのポンコツ人間性剥奪機やら、見掛け倒しの浮遊装置やらがぶっ壊れて炎上する度に、サミの仕事はますます増える。ちょうど今のように。

「それで奥様、いったいそのルクセトロン3000の何が問題なのでしょうか? 眩しすぎる? 奥様、ルクセトロンは魔法の暗闇を払う装置であることはご存知ですね? いえ奥様、日焼けランプとして使うものではございません。説明書に書いてあります、23ページです」

そして時々、製品には特に問題はなく、客がアホだった。

「奥様、それでは当社の操光術ルクソマンシーの専門家にお繋ぎ致します。このまま少々お待ちください」 サミはキュービクルから立ち上がり、オフィスを見回してとんがり帽子の先端を探した。「おいダン、5番に電話だ! ルクセトロンを日焼けランプ代わりに使ったバカがまた出たぞ!」

とんがり帽子が突き出しているキュービクルから返事があった。「大魔導士ダネリウスの手を煩わせるでない! 儂は今まさに難解なる流れの神髄を覗き込んでおるのだ!」

「フリーセルなんかやってねぇでとっとと電話に出ろ!」

背の高い白髪の男がキュービクルから立ち上がった。ローブを纏った威風堂々たる佇まいが、その上に花柄のネクタイを締めているせいで若干損なわれている。「邪魔立ての代償は重いぞ、サミ。 この罪には最も忌まわしき呪いを課してくれるわ!」 電話に出なければならなくなる度に脅しをかけていなければ、ダンの言葉にももっと重みがあったかもしれない。

「はいはい、シャーマンを呪いで脅迫とはね、大した名案だよ、ダン。じゃあ悪いけど、別の電話があるんでこれで」

サミはデスクに座って仕事を再開した。続く2時間で、彼は特許取得済みのお昼寝本が誤作動を起こして人間を軽く爆発させたという苦情と (「もし私がお客様の立場でしたら娘さんを病院に連れて行きますね、医者ならまだ足を縫い付けられるかもしれませんから。いえお客様、返金対応は致しません」) 、デュランダル・シリーズの新作に文句を言う客と (「新型ですからどうしても不具合が出るのは否めません。はい、巨大なトカゲの皮を斬れないのはかなり大きなバグだと認識しております。いえ、当社では製品による怪我の治療費は負担致しません。お客様も権利放棄書にサインなさいましたよね」) 、また暗黒の儀式でコピー機を修理しようとした黒魔術師ボブの (「いいからそのネズミの血とヒツジの頭蓋骨を捨ててテクニカルサポートに電話しろ、ボブ、マジで」) 相手をしなければならなかった。退社まであと4時間。休憩が必要だ。

サミは、ジャムのオフィスに近付かないように用心しつつ、外にタバコを吸いに出た。まだ今期の業績報告書を書いていないし、上司は怠慢を良しとしない主義だ。ジャムはサミの従兄弟にあたるが、だからこそこの男と距離を置けないのである。外では、法務部のサラが膨れたコートにくるまり、寒さに手を震わせていた。「大変な一日じゃない?」 彼女はそう訊ねてきた。

「全くだ。バーンスタインがご機嫌斜めになってやがる」

「なんで?」

「誰かがヘマして、ウチの… 割と後ろ暗いタイプの事業に繋がるような足跡を残したんだとよ。サツがあちこち嗅ぎ回って質問しまくってるそうだ」

誰も知らないが、これはサミの落ち度だった。紹介の無い奴を営業部に取り次いではマズいと分かっていたのに、とても愛想のいい女だったから、ついやってしまった。幸い、サミはその営業担当者を格別タチの悪い呪いで始末し、どうにかそのミスを取り繕っていた。

「やめてよ、あんなマヌケな奴ら、一単語辞書を読んだって異常だなんて気づかないわ」 (ウチの製品の中でも特に役立たずなアレか、とサミは思った。) 「それに、バーンスタインだって、その手の問題に対応する人を雇ってるって言ってたし」

異常な物品の流通に携わるのは、決して安全なことではない。メルルが… “ユニークな”品を売るのに反対する連中がいる。危険な連中だ。正直なところ、サツが動いたと聞いてサミは震えあがったが、サラにそれを悟られるわけにはいかなかった。結局のところ、彼は父親のコネでこの業界にいるに過ぎないのだ。

サラは肩をすくめて別なタバコに火を灯した。今日も元気そうな姿に、サミは思わず見とれた。もしかしたら、そろそろ男らしく彼女に誘いをかけてもいい頃合いかもしれない。「なぁサラ、今夜、予定あるか?」

これは彼女の気を引いた。「いつでも何かやってはいるけどね。どうして、何考えてるの?」

サミは気まずげに体を揺らした。こういうのはあまり得意ではない。「俺ん家で一緒に過ごそうと思ってさ。自慢のガンボスープでも作ってやるよ」 緊張のあまり鼻を掻こうとしたが、漆塗りの木彫り仮面を被っていたのを思い出し、両手をポケットに滑り込ませて、サラが気付かなかったのを願った。

サラは微笑んだ。「楽しそうね。8時に行くわ」 彼女は喫煙休憩を終えて中に戻った。

サミは仮面の下で目を輝かせた。ひょっとしたら、今日はそんなに悪い日ではないかもしれない。後でスーパーに寄ってガンボの材料を調達し、多分ついでに新しいアフターシェーブローションも…

突然のモーター音とローター音が、サミを白昼夢から呼び覚ました。駐車場は今や黒い車とジープに埋め尽くされ、数機の黒いヘリコプターが社屋上空を旋回している。集結した車から目立たない服装の男たちが現れ、うち数名が彼に向かって来た。その中の一人、灰色のスーツに身を包んだ一際大柄な男が、サミを引っ掴んで手錠を掛け、近くのバンの後部座席まで引きずっていった。

「一単語辞書を読んだって異常だとは気づかないだと、えぇ?」 男はドヤ顔で言ってのけた。「そうそう、スタントン捜査官からお前に伝言だ。例の開示マシンを売ってくれてありがとう、だとよ。かなり便利だったそうだぜ」

サミは溜め息を吐いた。まぁ、少なくとも業績報告書を書く必要はもう無さそうだな、と彼は思った。

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