砕け散った金魚鉢
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「吸いますか?」

「いや、煙草はやらないんだ」

「ええまぁ、私もです。でも持ってると助かるんですよね。煙草を吸うと人は安心しますから」

「そ-」

「ちょっとお待ちを。とりあえず、これがどういう会話かはっきりさせておきましょう。これは私が話し、あなたは聞き役に徹するタイプの会話です。間違いなくあなたは100万個以上の質問を抱えているでしょうし、私はそれらに回答できないでしょうからね。でも幾つかはお答えしますよ」

「お-」

「まず最初に、あなたはつい今しがた見たものを本当に見たのでしょうか? 答えはあなたが間もなく下さなければならない選択に左右されます。しかし現時点で私が言えるのは、あれは表向きは単なる猟奇殺人事件だったということです。実際のところは、俗に“チュパカブラ”などと呼ばれる身長11フィートの哺乳類じみた爬虫類がやって来て、強力な出血毒をあなたの隣人や家族に注入し、彼らの中身を吸い出してから我々に捕獲、収容されたのが真相です」

「で-」

「やめてください。涙を流している暇はありません。先程も言ったように、あなたはもうすぐ非常に重大な決断をすることになるのですから、しっかり気を配ってください。途轍もなく長い話を短くまとめると、全ては現実です。全てがです。あなたが考えているよりも遥かに広大なこの世の中では、モンスターが、宇宙人が、呪われたアイテムが、そして想像の及ぶ限り全ての物があなたを痛めつけようとします。話についてこれますか?

宜しい。こんな風に言い換えましょう — あなたの世界は金魚鉢のようなものでした。そして今、金魚鉢は粉々に砕け散りました。真の世界へようこそ。あらゆる影の中に、新種の曰く言い難い怪物や、新たな命取りの呪いが潜んでいます。あらゆる群衆の中に、非凡な恐るべき能力を宿した人間が紛れています。そしてあらゆる街角に、その手の存在やあなたを支配しようと企む新興の極悪非道な組織が待ち構えています。

ご心配なく、我々は善人ですよ。何故そんな事が言えるのかって? 我々はこの時点まであなたを生かしているからです。他所ではまず有り得ないでしょう。その点は信用してもらわないと困りますね。

何者か、ですか? 我々はSCP財団。SCPは“特別収容プロトコル”の略です。我々には三つの使命があります — あのチュパカブラのような夜に蔓延る異常存在を確保し、今回のような事件が起こらないように収容し、それによってあなたたちを保護する。我々はこの大義のために人生を捧げる科学者とエージェントから成る世界的な組織です。

あなたに選択の余地を与えましょう。実はね、我々はあなたの仕事ぶりを見て、その取り組みを気に入ったのですよ。選択肢は2つあります。しっかり耳を傾けてください。あなたは深淵を覗き込まなかったかもしれませんが、ともかく深淵はあなたを見つめ返しました。そこでお聞きします — 引き返しますか?

これは簡易吸入式の記憶処理薬です。これを取るなら、我々はあなたの小さな金魚鉢を修復し、あなたはその中での生活に戻ることができます。別に戻らなくても構いませんが。もう片方の選択肢は、全てを記憶し続けることです。金魚鉢の中で生きるのに飽き飽きしてはいませんか。単調な小さな泡のような人生に囚われていることに、うんざりしてはいませんか。私には分かりません。分かるのは、あなたに熟考する時間を差し上げられないことだけです。

勿論、そのままお別れという訳にはいきません。あなたは我々の一員となるのです。残念ですが、ゆとりは全くありません。でもそう悪い職場でもないですね。給料は良いし、休暇もバッチリ取れます。そしてあなたは文字通り、不可能の研究に時間を費やすのです。嫌な事もあります。でも一日だって退屈しません。

昨日、私は毎日時速200kmで動き続けているチベット仏教僧の研究に携わりました。その前の日は? 人間を生きたピカソの作品に変えてしまう巨大な金属の球体です。その目で見なければ信じられないでしょう、そういう物を実際見られる人はそう多くありませんよ。時として世界一素晴らしく、また時には世界一気の滅入る仕事です。同時に両方感じられる日もたまにあります。

で、どうします?

その目を見れば分かりますよ。私が選択肢を与える前から覚悟を決めていたのでしょう?

SCP財団へようこそ。

さて、それでは… あなたの名前はヘンリーでしたよね? ヘンリー・ドロムグールさん? 苗字は変えていただくことになりますね。この界隈の慣わしみたいなものです」

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