(一部編集済み)
(録音開始)
『20██年██月██日、エージェント・夕暮、本名夕暮顕兵の予備問診を始める。』
(無音)
(ドアをノックする音)
『どうぞお入りください。』
(ドアの開く音)
「うーす、来たぜ。」
(ドアの閉じる音)
『ちゃんと質問用紙は無事に持ってきましたか?』
「ああ。これで三回目だからな、流石にちゃんと持ってきたさ。はいよ。」
『・・・はい、確かに受け取りました。でも私の気持ちも分かってください。あなたは過去二回において渡した質問用紙を原型をとどめて返してくれたことがなかったんですからね?』
「それについては悪かったっていっただろう。しかもどっちも不慮の事故だったんから、そんな引きずらないでくれよ。」
『今回ちゃんと無事に持ってきてくれたからもう言いませんよ。さぁ、それでは始めましょうか。』
「はぁ、面倒だ・・・。これ終わったら飲みにでも行こうぜ?どうせアンタもこれで今日は終わりだろう。」
『別にかまいませんが、きっちり全部終わらせてからですよ?・・・それでは最初に、あなたの名前、年齢、現在の職種を教えてください。』
「えー俺の名前は夕暮顕兵、歳は28、所属は特にないフリーのエージェントだ。・・・毎回思うんだかこれホントにいるのか?」
『私用の保険みたいなものですよ。結構人数こなしますし、後でこの会話を紙に出力した時に誰か分からなくなったりしたら嫌ですからね。我慢してください。』
「あーはいはいそうだったねえ。全くホントにめんどくさいなぁ・・・。」
『私だってこんなことさっさと終わらせて帰りたいですよ。でも今の財団は圧倒的な人手不足ですから、こうやって本業が終わった後に副業に駆り出されてるんです。とりあえずこの議論はとっても時間の無駄なので話を進めていいですか?』
「わーかったわーかった、次をどーぞ。」
『次は・・・最近起きた出来事の中で、最初に思い浮かんだことを教えてください。』
「・・・それって別に仕事に関わってなくても良かったんだよなぁ?」
『ええ、そうですね。特に制限なく、ここしばらくで身の回りで起きた出来事でパッと思い浮かんだことを教えてくだされば結構です。』
「そーだなー・・・そうするとあれだな、空物論争。こないだ初めてみたんだよ。」
『えっとそれってあれでしたっけ、長夜博士と物部博士の不毛な議論。』
「そうそうそれよそれ。カフェエリアで次の仕事まで時間をつぶしてたらなんか突然しかめっ面した二人が入ってきてよう、もうそのまま侃々諤々の大論争。」
『私も噂には聞いてますけど実際に見たことはないですねえ。』
「いやああんなん見たって時間の無駄だぜ無駄。噂には聞いてたけれどあそこまで中身からっぽで埒のあかない言い争いは初めて見たわ。」
『一体どんなことを話してたんです?』
「確か物部博士が、財団はこの世界に存在しないということが考えられないような存在だ、それを絶対的な正義、つまり神と考えて信奉することのなにがおかしいのだ!的なことを言ってたなあ。」
「そしたら長夜博士が、だからそれを想像力の欠如だというのです、確かに財団は今こうして存在してますが、それが必然である理由なんてどこにもありませんし、例えそうだったとしてもそれが信奉を正当化する理由にはなり得ません、てな感じで返してた。」
「んでそれを聞いて物部博士が、君の方こそ想像力が欠如している、考えてみたまえ、今私が話したことを否定するということは全世界に五十三億人いるありとあらゆる宗教の信者達を否定するということなのだぞ、って食いつく。」
「そったら長夜博士が、何故そんな理論の飛躍が起きているんですか?しっかり分かるように説明してください、と返す。」
「物部博士はそう言われてすぐに、何故なら君の先の発言は神を信じるという行為を真っ向から否定しているのだ、彼らは皆、彼らの中では存在して当たり前の絶対正義を信奉しているのだからな、とドヤ顔で主張する。」
「すっとまた長夜博士が」
『ああ、待ってください、その辺で結構です。』
「おおっと済まねえ。でも大体分かってくれたろう?」
『ええ、十分に伝わりました・・・なんといいますか・・・不毛ですね・・・。』
「ああ、アンタの言う通り、とっても不毛だねえ。ついでに付け足すと、他の奴らにも空物論争について話を聞いてみたんだが、どうもあの二人が話してることは毎回大体同じらしい。」
『それなら何のために言い争ってるんですかあの二人は・・・。』
「あの状態になったらもう理由なんて関係ないだろうなあ。一つだけ確信をもって言えるのは、あの二人は経験うんぬんを越えた人間としての本質からして噛み合ってねえってことぐらいか。」
『もうそれが理由ってことでいいと思います。』
「だよなあ。・・・っと、なんか大分話しこんじまったな。」
『いえ、全然問題ないですよ。こうやって思いついた出来事で雑談をすることが検査ですから。』
「そうだったねえ。そういや最初のときなんか、適当に雑談しろなんて言われてなに話しゃいいんか分かんなくってアタフタしちまったけなあ。」
『あのときのあなたは財団に雇われてからそんなに日が経ってませんでしたね。』
「ついでに言うと社会に出てから何かに属するってのもここが初めてだからな。今までと勝手がいろいろ違って参ってた時期にあれだぜ、そりゃ慌てるわ。」
『それが今じゃ立派なフリーのエージェントの仲間入りですか、世の中何があるか分かった物じゃないですね。』
「おい、今の俺はフリーのエージェントだが、人があの集団の仲間入りしたみたいに言うのはやめろ。俺はあいつらみたいなアッパラパーじゃねえ。」
『アッパラパーって・・・私はそこまで言ってませんよ?』
「むしろ俺はあれをみてそう思わないならそいつの神経を疑うぞ。何が悲しくてトカゲJCその他諸々と一緒に仕事しなきゃならねえんだ。」
『トカゲじゃなくてカナヘビですし、JCではなく立派な大人です。本人たちにそれ言ったら頭から丸かじりにされますよ?』
「んなこた俺の方がよく知ってるわ。」
『それならいいですが・・・あれでもエージェントとしての腕は一級品ですからね。』
「それはそうなんだけど、ただなぁ・・・やっぱりトカゲの方はエージェントというよりもオブジェクトなんだよなあ。」
『まあ、それは、否定はしませんが・・・。』
「否定要素がないだろうよ。・・・ああそうだ、アレの水槽の中を覗いたことあるか?」
『ありますよ。書類みたいなのが山になってましたね。』
「ああ、それそれ。実はアレが餅月に呼び出されて席を外した時にちょっと中身を読んでみたんだよ。」
『バレたらかなりやばいですよそれ。』
「大丈夫大丈夫、そこら辺はちゃんとバレないようにやったから。そんで読んでみたら大体は新しく収容されたオブジェクトに関する書きかけの報告書だったんだが、一枚変なのが紛れ込んでてよ。なんだと思う?」
『さあ、想像つきませんが・・・キャバクラの領収書あたりですか?』
「キャバクラって・・・アレってそういうところ行けるのかね?まあいいや。実は領収書ってのはあってる。自身の自叙伝の印刷費の請求書。」
『それは・・・なんとまあ・・・。』
「経理課に提出して突っ返されたんだろうなあ、でかでかと不許可の赤い印が押されてた。」
『何故経費で落ちると思ったんでしょうかね。』
「知らん。まあ話をもどすと、そういうやつらの集団にあたかも俺が属しているように言わないでくれ、俺はもうちっとまともだ。」
『それは分かりましたけど・・・あまりそういうことは外では言わないでくださいね?みなさん我が強いですから・・・。』
「流石にそんくらいの常識は持ち合わせてるってーの。」
『念の為ですよ、念の為。・・・それじゃあ次行ってもいいですか?』
「むしろさっさとしてくれ。」
『えーじゃあ次ですが・・・最近のお仕事の調子はいかがですか?』
「また世間話じゃねえか・・・まあ、ぼちぼちと言ったところだよ。」
『ふむ、ぼちぼちですか。でもここの仕事は結構危険なことも多いですからね、それだと少し危ないんじゃないですか?最近だとエージェント・███が解雇されたって話ですし。』
「あー、いや、うん、大丈夫だ、そこまでひどいわけじゃあない。」
『ならいいんですけど・・・そういえばエージェント・███の解雇って確かあなたのいた機動部隊で起きた事故が原因じゃなかったですっけ?一体何があったんです?』
「・・・すまないがそれは言えないことになってるんでな。どうしても知りたいなら他当たってくれ。」
『ああ、すみません、こちらこそ不躾なことを聞いてしまって。』
「いや、いいんだ。・・・でもなあ、あんなことを目の前で見せられてもまだエージェント続けてる俺ってなんなんだろうね。」
『それを私に聞かれても・・・なんだかんだで気に入ってるんじゃないですか?ここの仕事が。』
「多分そうなんだろうねえ。普通に生きてるだけじゃ絶対にお目にかかれないようなトンチキなことばっかりだもんなあ、ここ。」
『嫌なことを自ら続けようとする人なんていませんからね。ここをやめようと思えばいつでも記憶処理を受けてやめることが出来るんですし、それでもやめないってことはそう言う事なんですよ。』
「それに同意だなあ。そう思っといた方が精神衛生によさそうだ。」
『そう思っといてください。』
「ああ。」
『・・・さて、これで今日は終わりですね。』
「やっと終わりか。やっぱ思うんだがよう、こんなただ雑談するだけのことが帰宅時間を遅らせてまでしなきゃならないほど重要なことなのか?」
『そういう規定なんです、私だって不服なんですから。』
「財団ってのもめんどくさい組織だねえ。」
『世の中なんてそんなものですよ・・・ちょっとこっちを向いてください。』
「んん?なんだ、まだなんかある」
(フラッシュ音)
「んか・・・」
(エージェント・夕暮が倒れる音)
(ドアの開く音)
『これでエージェント・夕暮の予備問診を完了とする。ああ、まだ連れて行かないでくれ。すぐに書き終わる。』
(録音終了)
小金井博士へ
予備問診において特に重大な異常は見受けられなかった。あったと思い込ませておいた機動部隊の事故に関しても、口を滑らせるようなことはなかったよ。ただ、自身の行ったことに対しては口が軽くなっているようだ。ここに慣れたからなのか何かの影響なのかはこちらだけでは判断しかねるな。念の為、前K-2はよく見ておいてくれ、要観察だ。
黄昏龍梧