定期検査前予備問診 担当:黄昏龍梧 対象:長夜博士
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(一部編集済み)

(録音開始)

『20██年██月██日、長夜博士、本名長夜空の予備問診を始める。』

(無音)

(ドアをノックする音)

『どうぞお入りください。』

(ドアの開く音)

「こんばんは。すみません、お待たせしてしまいましたか?」

『いえいえ、こちらこそお時間を取らせてしまって申し訳ないです。待っている間は本職の方をやってましたから大丈夫ですよ。』

(ドアの閉じる音)

「ならよかったです・・・質問用紙を持ってきました、誤りがないかどうか確認お願いします。」

『はい・・・・はい、大丈夫ですね。』

「ありがとうございます・・・本当に遅れてすみません。ちょっと私の方で緊急の用事が入ってしまいまして、あ、お菓子一ついかがですか?」

『あとでいただきましょう。緊急の用事って・・・アレですか。』

「ええ、そうです、粛清です。本当ならもっと早く片が付くはずだったんですが、思いのほか抵抗されてしまいまして。」

『あまり可哀想なことはしないであげてくださいね?その彼だってそんなつもりで言ったわけじゃないでしょうに。』

「それはそうなんですが、言ったのにしないというのは他の方々にとって不平等ですからね。」

『はあ、そうですか・・・一応聞いてみますが、なんて言ったんです?』

「それを聞くんですか・・・『あの博士と15 cm差つけられるのってチェ ・ ホンマンくらいじゃね?』って言ったんですよ、彼は。」

『15 cm・・・理想の恋人の身長差ですか。つまりそういう会話の流れの中で普段の自制が外れてしまったと。』

「恐らくそんなところでしょう。」

『なんて哀れな・・・。』

「哀れでも何でも、禁句発言者は全員行われることになってますからね。諦めてもらう以外の選択肢はありません。・・・ところでそろそろ始めませんか?」

『ああ、すいません。それでは始めましょうか。初めにあなたの名前、年齢、現在の職種を教えてください。』

「名前は長夜空、歳は██歳、今はこのサイト-8181で博士として研究をしています。」

『ありがとうございます。それでは次に、最近起きた出来事の中で最初に思い浮かんだことを教えてください。』

「いつも思うんですが、なかなか面白い検査ですよねコレ。・・・最近ですか、となるとあれですね。」

『なんですか?』

「あと少ししたら忘年会じゃないですか。」

『今年もやるんですね、あれ。』

「私が企画立案しましたからね。今年ももちろんやりますよ。」

『そうなんですか。・・・何となく想像がつきましたが、そこで何かやるんですか?』

「ええ、その通りです。今年はこのサイトの最高責任者から粛清の許可を取ることが出来きました。」

『ああ、神よ、哀れなる粛清対象を救いたまえ・・・。』

「神に祈らないでください、キリスト教徒でもないでしょうに。・・・まあ、粛清許可と言いましても、いくつか制限を付けられましたけどね。場所に関してとか。」

『当たり前ですね・・・でも、粛清ならいつもなさってるじゃないですか。何故わざわざ忘年会の日にそんな腰を据えてるんですか?』

「残念ながら普段の粛清活動ではどうしても手が回りきらないといいますか、ちょっと捕まえるのが難しい対象者がいるんです。でも忘年会の日なら他のサイトからもここに人がたくさん集まりますからね。そこで対象者に懸賞金をかければ一気に粛清が行えると踏んでいます。すでに協力者も何人か確保済みですし。」

『なるほど、普段なら協力してくれない人たちを懸賞で釣るわけですね。』

「言い方は悪いですが、まあそういうことです。対象者もお祭り気分で浮かれてガードが緩くなるでしょうし、そのお祭り気分はこちら側の士気の上昇にも繋がると考えています。」

『そう考えると確かに合理的ですね。でもそこまでしないと捕まえられない対象者ってなんなんですか?』

「大体は別のサイトに移動してしまったり、普段私の行動圏内にいないような人ですが・・・一人だけ例外がいます。」

『例外?・・・ああ、彼ですか。』

「例外の一言で察せられるのも悲しいですが・・・ええ、ご想像の通り、エージェント・差前です。」

『彼は身軽というか、逃走スキルが振り切れてますからね。』

「私もそれで困っています。常々確保を試しているのですが・・・その度に彼は私から逃げ切っています。」

『粛清モードの博士から逃げ切るとは・・・スキルが振り切れているとかそういうレベルじゃないですよ?』

「彼は財団に所属する前はかなり危ない橋を渡ることも多かったみたいですからね、そのくらいじゃないと今頃彼はここにいないと思いますよ。」

『ですよねー。・・・ところで彼は何をやらかしたんです?いつもエキセントリックな言動してますから何やっててもそんな驚きませんが。』

「一時期とある写真が出回ったのです。」

『写真、ですか。』

「はい、写真です。その写真は犯罪行為の結果得られたものであるにも関わらず、特に男性職員の間で大量に流通しました。複製の複製の複製まで出回る始末です。」

『たかが写真がなぜそこまで・・・。』

「博士はこういうことに無頓着ですからね。知らなくても仕方がないです。」

『そういうものですか・・・一体何の写真なんです?』

「・・・前の休日に少し遊びに行ったんです。」

『はあ。』

「ちょうど休日の重なったエージェント・餅月と前原博士、それと彼女の旦那のエージェント・Dも一緒でした。」

『ふむふむ。』

「その出掛けた場所というのが県内のとある屋内温水プール施設だったのですが・・・。」

『・・・あっ。』

「ご察しの通り、奴はそのとき私たちを盗撮したんですよ。そしてその写真を巨女と中学生と人妻の水着写真集としてとある職員に売ったら、それが複製されて出回ってしまったというわけです。」

『立派な犯罪行為じゃないですか、警察にでも突き出しましょうよ。』

「ここは腐っても秘密組織ですよ?そんな公的機関なんて呼べるわけないじゃないですか。」

『分かって言ってます、気にしないでください。』

「それは置いておきまして、その写真を持っていた人間はほぼ全員粛清済みです。サイト-8181の長に許可をもらって疑いのある人間の手荷物検査までやりましたから。」

『徹底的ですね。』

「普通ならしかるべき場所に突き出すべき行為ですからね、長もすんなりと許可を出してくれました。」

『まあそれはわかります。』

「ただそれでも・・・彼は捕まえられなかったんです。」

『うわあ・・・それで、忘年会のタイミングで今度こそひっ捕らえてやろうと。』

「そういうことです・・・普段から彼の行動は目に余るものがありましたが、あれで決定的ですね。彼は他の人に比べても特にキツい粛清を用意するつもりです。」

『キツい粛清ですか・・・そうですね、忘年会ってクリスマス・イブにやるんですよね。』

「はい、今年もその予定ですよ。」

『ならクリスマスツリーに飾りつけてあげたらどうです?これならこの日特別って感じがしますけれど。』

「ツリーの飾りですか・・・面白いですね・・・でもどうせならいっそ最上部に晒しあげた方が面白そうです。」

『てっぺんに星の代わりにですか、それはいい案です。となると他の粛清対象もツリーに飾り付けます?』

「ええ、もちろんです・・・想像したらなんだかとても気分が高揚してきました。とてもいいアイデアをありがとうございます、黄昏博士。」

『全然構いませんよ、私もこういうのは大好きですから。』

「人の不幸は蜜の味・・・ですか。なかなか悪い趣味をお持ちのようです。」

『人間なんて大体そんなものだと思いますよ。』

「それもそうですね。・・・と、大体こんな感じでよろしかったですか?」

『はい、問題ありません。それでは次の質問に移りましょうか。それでは・・・最近のお仕事の調子はいかがですか?』

「また見事に雑談ですね・・・最近の仕事の調子ですか。さっき話した忘年会の企画立案も仕事と言えば仕事ですが。」

『それは私でいうと今やってるこの検査の仕事、つまり副業みたいなものですからね。本職の研究のほうです。』

「そう言われても、特にこれといった変化はありませんね。いつも通り確実に封じ込め手段を探るだけです。」

『本当ですか?最近何か大きな事故だとか事件は起きてません?』

「起きてませんよ、しつこいですね・・・大体、そんな事故事件が起きたなら黄昏博士も知ってるはずです。」

『・・・それもそうですね、すいません。』

「わかって頂ければいいですよ・・・でもそうなるとあまり雑談のような話はできませんが。」

『ああ、いえ、これで結構ですよ。この項目に関しての質問は終わりました。』

「そうなんですか。なんだかさっきの質問よりさらにわけがわからないですね・・・。」

『まあ、そちらには知らされない評価基準があるということです。』

「気になりますね、それ。」

『そちらの特秘事項と同等のものですから、お教えすることはできませんよ?』

「・・・そちらの、ですか?」

『・・・いや、言葉のあやですよ。お互いこんな仕事ですからね、似たような特秘事項を持っててもおかしくないでしょう?』

「・・・そういうことにしておきましょう。」

『そういうことなんです。』

「・・・空気の転換におひとつお話ししましょうか。」

『先ほどいつも通りとおっしゃられませんでしたか?』

「ええ、仕事の方はいつも通りですよ。ただ、仕事の合間の出来事でいいのなら話せることがあります。」

『・・・ではそれを話していただけますか?』

「はい。最近の仕事は天王寺博士とともにすることが多いのですが、どうも彼の行動が突拍子もないのです。」

『それは有名な話ですね、西の天王寺・西の差前みたいな感じで。』

「何故西に二人いるのかはいいとしまして・・・確かにその二人の言動にはそろってすってんきょうなものが多いですが、実はそこには明確な差が存在しています。」

『差、ですか。』

「はい、です。エージェント・差前の行動はどんなものであれ最終的には彼自身の利益につながるものが多いんです。」

『確かに先の盗撮行為も金にはなったでしょうねえ。』

「ええ、非常に腹立たしいですが。・・・それに対して、天王寺博士のものは本当にただただ突拍子もないだけで、そこに明確な意味なんてないんですよ。」

『愉快犯・・・的な?』

「その認識で間違っていませんが、彼自身がそれを面白いと思っているかどうかすら不明ですね。ふと思いついたことをほいっとやってみた、という感じでしょうか。」

『はあ、そういうものなんですか・・・それで、彼は何をやらかしたんですか?』

「・・・彼は、私の研究室の前の廊下に突っ張り棒を仕掛けました。」

『突っ張り棒・・・?すいません、よく状況が想像できないんですが・・・。』

「彼は廊下の床から180 cm程度の高さのところに突っ張り棒を突っ張らせたのです・・・それも50本も。」

『ごじゅっ、ゴホッゴホッ、すいません、50本も?わざわざですか?』

「はい、全部数えたので間違いないですよ。しかも180 cmという設定が完全に私を狙い撃っています。あの辺りを通る人間で普通に歩いてあれに当たるのは私しかいませんし。」

『それで、彼は何か言ってたのですか?』

「ええと、確か、『ホンマお前さんしか引っかからへんな!』とかなんとか言っていた記憶があります。」

『何故そんなあやふやなんですか。』

「それはもちろん、その直後に粛清に入ったからですよ。」

『うーん、これは擁護できないかなあ。』

「終わっても全く懲りていなかったのでまたそのうちやらかすかもしれませんが。」

『そりゃ懲りないよなあ。懲りたら天王寺博士じゃないもんなあ。』

「私としては非常に不服なんですけどね。もう少しキツめに絞ってやりたかったんですが。」

『絞っても無意味ならそんなやる気も出ないですか。』

「そうですね、やっても無意味な相手にやることほどむなしいこともありません。」

『せめてもうちょっとだけでも道理を通してくれないかなあ、彼は。』

「私も切にそう願います。・・・ええと、そろそろいいでしょうか?」

『えーと、はい、もう終わりですね。お疲れ様でした。』

「相変わらずよく分からない検査でしたね・・・認識災害に対するものか何かでしょうか。」

『その認識で間違ってはいませんね。』

「そうですか・・・でもやっぱり何か違うような。」

『あまり深入りはお勧めしませんよ・・・あちらを見ていただけますか?』

「あちらって・・・棚に置時計が置いてあるだ」

(フラッシュ音)

「けでは・・・」

『おっと!』

(椅子の倒れる音)

(長夜博士が倒れ込む音)

『グハッ』

(黄昏博士が咳き込む音)

『痛ってえ・・・やっぱり身長差 -15 cm・・・いや、ダブルスコア手前かもなあ。まあ、それを俺みたいなモヤシが支えようとする方が無茶か、クソッ。・・・あ、お菓子潰れてる、もったいねえ、まだ食えっかなあ。』

(ドアの開く音)

「博士、何をなさっているのですか?」

『いやあ、流石に女性を床には転がせられないと思ってなんとか支えようとしてこの有様だ。逆理想の恋人の身長差 × 2 を男女差だけで埋めることは出来なかった、それだけだ。』

「・・・とりあえず宣言をお願いできますか?」

『ああそうだったな・・・これで長夜博士の予備問診を完了する。』

(録音終了)


小金井博士へ

毎回思うんだが、彼女にこれは必要なのか?彼女はいつも物部博士と言い争っているそうだが、二人ともこういう精神の頑強さだけは似たもの同士だと思うね。今回も全く何の問題なかった。こちらの意図が少しバレかけたくらいだ――それは俺も悪いんだが。そっちで念入りに記憶処置しといてくれ。いっそのことこっち側に引き込んでもいいかもしれない。要観察は、もう何でもいいんだが、強いて言えば小J-3だ。あの怪力がどこから来るのか非常に気になる。

黄昏龍梧

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