実在する真のブラッド・カルト
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「ブレント、車に戻るべきよ」デリアが声を上げた。その友人はメイン州ポートランドの住宅街にある、古風な通りの歩道のど真ん中に立って、ツイステッドティー1を飲んでいた。仮装した子供たちが気まずそうに彼の周囲を歩いており、慌てた親たちに無視するように促されていた。彼は友人グループの中で唯一仮装しておらず、オレンジ色のTシャツと黒いズボンで十分仮装になると言い張っていた。「あんた、明らかにハロウィンで一番怖いわよ」

「新鮮な空気ってのが入り用だったんだよ」ブレントは言った。「クッソ窮屈だぜ、あん中は」ドラゴンの仮装に身を包んだ小さい子供がブレントの足につまずいて転びつつ、歩き続けた。ブレントかその子供は、一切気に留めることはなかった。

デリアは厚縁眼鏡ごしに友人たちの顔を覗き込み、親友ターラのハッチバック2の助手席に座った。「じゃあ、今から何するの?」と尋ねた。彼女は、母親が渡してくれた虹色のハイライトがある青緑色のカメレオンの手作りコスチュームを着ていた。彼女の母親は、娘が好きな本やテレビ番組に出てくるキャラクターを元にそれを作ったのだが、どうしてもその名前を思い出せなかった。デリアは何時間も何時間もかけて調べたが、結局一切見つけられなかった。

「知らねえよ」ブレントは言った。ツイステッドティーを飲み終えると地面にポイ捨てしようとしたのだが、実際に入ったのは子供の持っていたカボチャ型のハロウィンバスケットだった。「俺んちに来てただダラダラするしかできねえだろ、コール・オブ・デューティ3やるとかな。他にやってるパーティーとかもねえし、こないだのはとにかく最悪だったしな」

「あたしは楽しかったわよ」デリアは返した。

「言うだけなら簡単だけどね」ターラは少し微笑みながら返した。彼女はブレントの隣に立って「フードを被った女狩人」の仮装をしていた。そのコスチュームは本来カットニス・エヴァディーン4のものだったが、著作権フリーだった。ターラはハンガー・ゲームを読んだことがなく、読んでもきっと合わないだろうと確信していた。そのコスチュームが場に合って見えるだろうと思っただけであり、すぐに決めないといけなかったために期間内に発送させたのだった。「あそこでホントにリンゴくわえ5をやったのは君だけじゃないかな」

「ねえ、あたしは楽しんでたの。あんたが行くようなパーティーには絶対参加しないわ」デリアは返した。「いいわ、じゃあみんなはこのひと部屋にぎゅうぎゅう詰めってわけね?で、他の人たちと色々話したいけど、音楽がうるさすぎてできないと。さらに、上手くやるっていうのが仕事のこの世代のプロ  要するに『DJ』って呼んでるやつ  の練習を私含めみんなしてきてるから、この音楽にインターバルなんかなくてあんたは話せると。踊りたい?ダメよ。3方向囲まれちゃってるもの。だから、あんたにできるのは飲むことだけ。でまあ、あたしは、その、みんなが飲んだら死ぬって言う薬を3錠飲んじゃったわけ」

「お前もヤレるだろ」ブレントは指摘した。

「普通の人ならね」デリアは返した。「あんたはヤらないでしょうけど」

「はいはい、わあったよ」ブレントは笑った。「とっとと失せろ。結局、やりたいことなんて誰も何もありゃしねえだろ?」

「うちの叔母さん、マジもんのブラッド・カルトに入っててさ」ターラが平然と言い出した。「そこ、今夜ハロウィンパーティーやるんだ」

沈黙が流れた。デリアとブレントは友人を見つめ、ブレントのほうが先に話しだした。「何だって?」さっきよりも興味深そうな声の調子だった。

「バカみたい。冗談よね、それ?」デリアは言った。「この街にブラッド・カルトがあるっていうなら、あたしが知らないわけないわ。ホントよ」

「全然真剣だよ」ターラは肩をすくめた。「馬鹿馬鹿しく聞こえるのはわかるんだけどさ、でも……まあ、車に乗ればわかることだよ」

「ええ?」ブレントは言った。「嫌だね。こんなんに引っかかるもんか。マジモンの提案ならありがたく受け取ったかもな。どうも」

「この子に合わせるべきじゃないの」デリアは言った。「多分、このクールなお化け屋敷をあたしたちかなんかのために作ってくれたのよ」

「悪ふざけでも嘘でもないさ」ターラはそう返すと、自分の車の運転席側に回り込んで乗車した。「私たちと一緒に来てもいいし、来なくてもいいよ。どっちでも大丈夫」

ブレントは唸った。「わあった、良いだろう。行こうじゃねえの」


控えめなデザインのレンガ作りの教会の前に看板があり、「忘れないで  神は常に我々のために戦ってくださっています」と読めた。ターラは車を教会の通用口のそばに停めた。ブレントとデリアは、前に通りでこの教会の前を通ったことがある気が漠然としたが、多くは考えなかった。その教会はありふれた風景の一部でしかなく、全員がその存在を認めた一方で誰も真に理解してはいなかった。

ブレントは停車するピッタリ1秒前にシートベルトを外し、停まると同時に立ち上がった。前部座席に身を乗り出して、その頭をターラとデリアの間から突き出した。「ハッ。わかったぜ。イエス様の血を飲んでるからブラッド・カルトってわけか。ウィットに富んでて賢いじゃねえの。そんな冗談言うために、ここまでの道を俺ら連れて運転してくる必要なんてあったのか?」

ターラはクスクスとせせら笑った。「この教会は見せかけだよ」そう言った。「何?君はあの人たちが、自分たちの神様にその血を捧げてるって大っぴらに話すとでも思ってるの?」

「血を捧げてるですって?」デリアは言った。「って言うかあたし、自分が『ブラッド・カルト』が意味するところを分かってるはずだって思ってるんだけど、でもあんたはもっと動物を生贄にするみたいなことを言ってるんだと思ってたのよね。誰かアイツらに破傷風のこと言ってた?HIVは?それか、自分を切開したら起こるような文字通りのひっどいことの話かしら?」

「あの人たちは狂信者だよ」ターラは静かに言った。「あの人たちの思考はまともじゃない。叔母さんは何年も私たちをこんなヤバいところに入れようとしてるんだ。だからあんまり会わないようにしてるんだよね」彼女は車のドアを開いて出ていき、ブレントとデリアはすぐ後ろを付いていった。

ターラは友人たちを通用扉への階段へと案内し、3回ノックした。扉を開いたのは老いた巨漢だった。肩まで伸ばした白髪と薄く白い髭を携え、丸い厚縁眼鏡をかけていた。もっと目についたのは、肌全体を明るい緑色に塗った、フランケンシュタインのような服装だった。彼らを見ると、横向きになってお辞儀した。ターラは、これが叔母がいつも挨拶するやり方だと覚えていた。「ラクマウ・ルーサンはいつも通り戦っておられます」彼は言った。「ようこそ」

「こちらこそ、こんにちは」デリアは言った。

男は歯を剥いた笑みを見せた。「ここは初めて、と考えてよろしいかな?まあ、とにかく初めまして」ターラに緑の手を伸ばして握手を求めた。「ハーヴィー・ウィットフィールドです。第二ハイトス教会のこの支部でウル・アイマUr-Aímaの司祭をやっております」彼が微笑むと、肌の緑の着色が突然もっと自然な肌色へと戻っていった。「こちらの方がよろしいでしょうな。人間のレベルにおられる新しい家族と会うのにはこれが一番良い姿だ。たとえ今日がハロウィンであっても、ね」

デリアは顔色を明るくした。「うん、あんたマジでどうやって今のやったの?」彼女は首を捻って部屋中を見回した。「よし、壁にプロジェクターはないから、そうじゃないのね。一体on Earthどうやって  

ハーヴィーは咳払いした。「いや、多分地球Earthからのものではございませんな」古いSFのアナウンサーによく似た作り声で話し、一語一語をハッキリと発音した。「どうぞどうぞお入りください、キャンディーももらえますよ。1つやっていただければ、いずれ皆さんの質問には全部お答えします。よろしいかな?」

「で、それは何なのよ?」デリアは返した。

「疑いの益を我々にお与えください。今夜だけで構いません」

3人の友人たちはハーヴィーに教会の地下へと連れられていった。そこはあらゆる教会の地下にありがちといった見た目をしていた。床にはブラウンの陶磁器製タイルが敷き詰められ、汚れた漆喰の壁があり、円形の折り畳み式テーブルが壁に立てかけられたり部屋の周りに設置されていたりした。それぞれのテーブルには菓子が置かれていた。手作りのスコーンやマフィン、ハロウィンパーティーと聞いて思い浮かべるだろう種類のボウル入りキャンディー全部、そして幽霊や枯れ木にカボチャ型のゼリーだった。ハロウィンの飾り付けはシンプルな市販品だった。人々に立ち入り禁止を警告するオレンジ色と黒の「注意」テープ、蜘蛛の巣とそこにぶら下がるプラスチックの蜘蛛、そして部屋の隅2つに立てかけられた骸骨。その辺りで真新しい工夫はなされていなかった。

ブラッド・カルトと思われる団体のメンバーが、菓子を食べながら互いに簡素な雑談をしていた。ブレントとデリアは2人とも、そのメンバーの人間としての見た目について同じ結論に至った。何人かは、先ほどのハーヴィーのように仮装の一部として明るい色の肌をしていた  中年の夫婦は映画アバターのナヴィ6に、12歳の少年はマーベルのヴィジョン7に扮していた  が、彼らは笑い、良き時間を過ごし、キャンディーを消費すること以外に秘密の血の儀式に参加してさえいなかった。人々は硬い仮装を組み合わせたものを身に着けていたが、幾つかはどこでも場違いだった  4本腕の明るい赤色の肌をした人々が、槍や剣を携えていた。デリアは、何かが恐らくその宗教に関連しているため、即座にこのことに注目した。ブレントは聞いたことのない新しい何かのアニメがあるのだと思い込んだ。ターラは、彼らが何に扮していたのか嫌というほどわかっていた。

「その仮装ですが」ハーヴィーが、デリアの身に着けている、かなり前に母が何週間もかけて作ってくれた緑色のパッチワークの服を指さして言った。「人生で二度も『カーマ・カメレオン』に出会うことになるなんて思っても見ませんでした」愛想よくフフッと笑った。デリアはポカンと彼を見つめた。「調べようとはなさらないでくださいね」彼は付け加えた。「彼が誰なのか覚えている人はいないのですよ、もっともな理由でね。我々にはただ、他の方々よりもよく物事を記憶するやり方があるだけなのですよ」

デリアはその場で立ち止まった。「これが何か知ってるの?母さんは何なのか知りすらしないでこれを作ったのよ。どうやったのあんた?」

「ううむ。話せば長くなりますし、あまり話す許可を得てはいないのですよ」ハーヴィーはターラに振り向いた。「待って、あなたは見覚えがある」彼は、その場で立ち止まって言った。「アルバ・ムニョスの姪っ子さんですね。あなたのことならたくさん伺っています」

「笑えるね」ターラは呟いた。「もうずーっとあの人とは会ってないよ」

ハーヴィーは親身に頷いた。「それも聞いていますとも」ほとんど囁き声のような音量で言った。「先入観なくお話しすることは難しいでしょうし、ご家族の事柄にまで関与するつもりは毛頭ございません。あえて言うとすると、あなたやご両親が受け入れてくださるのであれば、彼女は間違いなくあなたと対面する機会をもっと得たいと思っています」

「絶対に嫌だね」ターラは言った。「あの人は洗脳されてる。見えない空の宇宙人たちに血を捧げるような人と話すつもりはないよ」

ハーヴィーは微笑んだ。「では何故ここに?」

ターラはブレントとデリアに振り返った。「2人はあの人たちに混ざって楽しんでくればいいよ。生贄にされないようにね」ブレントもデリアもターラが言った最後の部分が本気かどうかわからなかったが、互いに素早く顔を見合わせて、同い年の数人の子供がいるテーブルの1つに向かった。

「正直なところ」ハーヴィーは言った。「恐らく我々がここに連れてきた方の90%は、こういう反応を最初にするのですよ。我々が外の方々からどう見えるのかはようくわかっています。それに、我々は人を生贄になどしません。重要なことです。ラクマウ・ルーサンに捧げられる血は、いずれも喜んで譲られたものなのですよ」

ターラはため息をついた。「そうだね。知ってるよ。酷いことをする他の宇宙人だか女神だか何かのせいなんでしょ」

ハーヴィーは突然、腹の底から我慢できずに笑い出した。「彼らは女神と呼ばれてなどいませんよ」そう言った。「そして宇宙人でもありません。しかし、その熱意は気に入りました」彼は止まった。「来てください。見せたいものがあります」

ターラは自己防衛の感覚がすぐに湧き上がってこなかった理由がわからなかったが、ハーヴィーが立ち去ると、自分の腹の中の全てがやめろと告げているのにもかかわらず彼に付いていった。


教会のメインフロアは、意外なことに小さい頃にターラが見た記憶の中の自分の教会と似ていた  両親は通う習慣から脱しており、また母親は時々通わないことへの罪悪感を感じると口にしていた一方で、元の生活習慣に戻るほどのものでは決してなかった。この場所が実際は何であるのかという痕跡はそこになかった。品が良いという錯覚がこの場所全体に満ち満ちているせいで自分には反吐が出そうなのだと、ターラは思った。

ハーヴィーは、普通のやや日焼けした肌の色をしたフランケンシュタインに未だ扮しており、壁の照明スイッチに手を伸ばしてその空間を照らした。こういった教会で見られる種類のステンドグラスの窓が簡単に見渡せたが、ターラはそこに描画されていたどの場面にも見覚えがなかった。よく目を凝らして見つめると、その肖像の幾つかには腕が4本あることに気づいた。祭壇の上には川にあるような平たい石に見えるものがあった。その横には、叔母が自室の壁の大半にぶら下げていた七角形のシンボルにとてもよく似たものがあった。

「そのまま自分じゃない何かのふりをし続けてればいいよ」ターラは言った。「良い見た目だしね。真の宗教ならそういうことをする必要ないだろうし」

ハーヴィーは笑った。「まあ、このように溶け込む必要がなければよかったのに、とは心から思っていますよ。しかし、我々は多くの強大な団体と契約を結んでしまいました。そしてこれが、多くの敵を作ることなくラクマウ・ルーサンをお支えするための最良の妥協なのですよ」彼は神の名前におけるRの部分で舌を震えさせ、ターラはそれが見せかけの崇拝の何よりも思いあがった露呈なのだと思った。

ターラは目をグルグル回した。「このまま曖昧にしたままでいるのがお望み?それとも、見せたいものを見せてくれる?」信者席の一番端に座り、足を外側に向けて壁を見た。

「あなたにお見せしたいのは」ハーヴィーは言った。「あなたの叔母・アルバがこのコミュニティに注ぎ込んだ大変な労力なのです。彼女がこのパーティーを計画したのですよ、ええ。上手くいかなかったのは恥ずかしかったですね。彼女は、自宅の玄関先にいて子供たち全員にキャンディーを配らなければならないということをつまびらかにしたのです。何もその邪魔をするものはありませんでした」

ハーヴィーは身振りでステンドグラスの窓を指さした。「先日、アルバは私がこのステンドグラスを設置する手助けをしてくれました。取り掛かるのに途方もない時間がかかってしまいましたが、古いものにはまだヨルン・ルーサンの図があり、これ以上見ているのは苦痛だったのです」彼は、ターラのイラついた顔に気が付いて止まった。「誰なのか知る必要はありませんよ、お気になさらず。脱線してしまっただけですので  

「つまり私が聞いてるのは」ターラはため息交じりに言った。「あなたが1人の女の人を、この場所をよくするのと同時に、文字通りカラカラになるまで血を流させるために全エネルギーを注ぎ込ませるぐらい洗脳したって話でしょ。こんな話を受け入れられない理由なんてきっとわかんないんだろうね?」

ハーヴィーは頷いた。ターラの前の信者席に座り、クルリと回って彼女に向き直った。「まあ、他所の方々が我々の真実を聞いて馬鹿馬鹿しく思わなければいいのに、と思うことは多いですよ。誇り高い人間であれば誰もが、ここでのあなたの反応を非難することはできないでしょう。宇宙人に血を与える行為は……ええ、まあそれは無理難題なのですよ。その上、最初のアイマクトAímactを与えるパラドックスがあります。最初に己の血をラクマウ・ルーサンにお捧げするとき、彼が戦っておられるのを目の当たりにし、敵との彼らの奮闘を、光と闇の間の勇猛な舞いを感じることになります。最早信じる必要などないのです。ただ知れば、与えなければならない理由を知ることになります。しかし、その核心を知るためには想像もできないことを、やってはならないと生物学で教えられていることをする必要があるのです」

彼はため息をついた。「そして、私には決してそれがどんな感覚か、今私が何を知っているかということの全体像を説明できないでしょう。それをただ受け入れられるように自分を訓練したのです、三千回以上もね。しかし、全く試みないことなどできないというのはわかっていました」

沈黙が部屋に立ち込める。ターラは自分が部屋の静けさに魅了されているのに気が付き、階下の人々の大騒ぎを見て、自分の周りで子供たちがその年でお気に入りの夜の1つを祝っているのを知った。ふさわしく感じられたのだ。やっと、彼女は話しだした。「私があなたのことを信じるとか、あなたが支持するものを大して嫌わないだとか、そんなこと1秒でも考えさせるつもりはないよ」ターラは言った。「でも、私は知らなきゃいけない。ここで実際何をしているの?ブラッド・カルトの中にあるものは、一体どんなふうに見えるの?」

「そうですね」ハーヴィーは言った。「諸々を始めたとき、日曜に礼拝をするようにしていました。単に、この場所を始めたかつてのクリスチャンたちにとっての規範に感じられたからというだけですがね。しかし、結局はクリスチャンでもありながらコルティストkorutistsになりたいという多くの人々を抱えることになりました。オルトサンは決してあちら側にあるかもしれないもののわずかな可能性も逃しませんでしたし、我々も同じようにありたかったのです。ですから短い礼拝を日曜に、長い礼拝を水曜の夜にするようにしているのです」

「それであなたは血を捧げてるんでしょ」ターラは、仮装のフードを深くかぶりながら指摘した。

「もちろん血を捧げていますよ。携帯用の石も、毎日使うために持っています。あなたは与えられるものを与えるのです。大半の時間はただ針で刺す程度のことですが、時々一部の人には危険になることもあります。合理的にすべき、という以上のことは求めません」

ハーヴィーは立ち上がった。「別の良き時間は」手を伸ばしながら言った。「先祖が残した面倒事を解決するのに費やしています。太古の昔にコルティストの王国があり、多くの文書がそこにあったのです。王国からも……まあ、その外からも。何百何千万という数のものが箱の中に積まれており、その箱は小さい箱に折りたたまれた後大きい箱に戻されていました。8これが私に示せることですが、この建物内にはいかなるものもないでしょう。我々は数千年にわたる物語を研究し、翻訳し、辻褄のあう時系列への編集を試みるのです」

「ああ、嫌だね」ターラは言った。「あなたはそのことも、その人たちがみんな何故か行方知れずになったってことも話せないんだ」

「日曜日にいらしてください」ハーヴィーは言った。「そうすればもっと大きな教会にお連れしますよ。ご自身の目で確かめられるでしょうね」

「ポートランドに別の教会があるんだ?」ターラは言った。「深入りするつもりはないからね」

「見方によれば」ハーヴィーは頭を掻きながら言った。「後のことをお話ししたとしても、一切の意味をなさないでしょうね。繰り返しますが、一番良いのはただお見せすることですよ」

ターラは再び目をグルグルと回し、立ち上がってゆっくりと壁に沿って歩いた。少しの間ステンドグラスそれぞれを見て、その芸術に感動していないふりをした。「じゃあ、みんなただの魔法の宇宙人学者ってこと?あなたの言う馬鹿げた話を全部信じるならだけど。血を捧げて、研究して、それでおしまい?つまんない話だね」

ハーヴィーは厳かに言った。「その……とりあえず、こういったことのせいでパーティーに相当遅刻したと言わざるを得ないでしょう。あなたのボケた叔母からこのことを聞いているなら、ここで止めてくださいね。太古の昔、7柱の神々が毎日、この宇宙を脅かす非存在の潮流と勇敢に戦っていらっしゃいました。ゆっくりと、しかし着実に、神々はお倒れになっていきました。1人のある大馬鹿者の神が、今までで恐らく最悪の決心の下で他の神を殺したのです。本当に最悪のね。コルティズムが地球に伝来したとき、3柱が残られていました。我々が再発見したときには、2柱になられてしまっていました。そしてあなたが生まれた3週間後、1柱になられてしまったのです。もし最後の1柱もお隠れになったならば、我々はそれでおしまいです。光は失われる。それが終焉です」

ターラは今回、乾いた笑いを見せた。「自分の信者を従わせるためのでっち上げの緊急事態ってわけだね」

「結論としては」ハーヴィーは言った。「自分たちが共同体としてこのことを知り、宇宙と無限の栄光と恐怖がどれほど変わりやすいか知っているからこそ、楽しんでいるのです。我々は日々を生き、得られると思っていたよりも多くの祝宴や祝日を楽しみ、そして返すのです。ほら、あなたが血を、存在の本質を、あなたが知りすらしない者に、あなたの存在を決して知ることの無い者に捧げ始めれば、こうした面白いことが起きるのです。気づき始めているでしょう、実際に日々戦い合っているのを見られる者たちに対し、もっと重要でないものを自分が与えられることに。我々が養い、服を与え、こちらに帰ってくるよう助けている者たちの大半は、我々を伝統的な類の教会であると考えているのです。たとえラクマウ・ルーサンは更なる信徒を獲得なさることがないということであるとしても、構いません。彼らがいた方が良いでしょうし、それこそが重要なのです」

ターラは頷いた。何も言うことを思いつかなかったから、何も言わずに階段を戻ってパーティーに向かった。ハーヴィーもターラも、その時ハーヴィーが彼女に何か理解させられたかわからなかった。


「よし、計画変更よ。帰らなきゃ」デリアは、ターラが地下に降りてくると、階段を駆け上がって言った。

「あの人たちは  」ターラは言ったが、デリアに付いてきたブレントが駆け上がってきたのでその言葉を途切れさせた。

「ようやく戻ったかよ」ブレントは言った。「あん野郎、そろそろお前のこと殺してるんじゃねえかと思ってたぜ!アイツらがよそ者に何をすんのか知ってるか?」先ほどまで座っていたテーブルと、人工的な赤い肌をした4本腕の仮装を着たティーンの1人を指さした。「アレはジョーブだ。アイツ優しすぎんだよ、ここで実際やってるようなクソに俺が用心しちまうくらいな。お前の叔母さんはもうダメ人間だな。ジョーブは何年も出ようとしてたらしいが、家族がアイツの一挙手一投足監視してんだと。んで  

「聞いたところによると」デリアは遮って言った。「毎年のクリスマスには、あの人たちは動物保護施設に行って、15匹の子犬を見つけてきては神聖なる第四位とやらに捧げるんですって。それに、イースターの時には集会で一番弱い人を虐待するのよ!」

「アイツはハロウィンに何が起きるか言いたくなさそうだった」ブレントは言った。「ただ、真夜中になる前に帰るように言ってきたんだよ!」

ターラは心の中で笑った。ジョーブに視線を向けると、視線を返してウインクしてきた。「ジョーブは」ターラは言った。「君をからかってるんだよ。行こう。車に戻るよ」


別の場所の、このハイトスにおける別の時点において、幼いターラ・ムニョスはポートランド郊外のテラスハウス9で、手作りの木の椅子に座っていた。叔母がキッチンのドアから出てきて、彼女の目の前にベシャメルソースをかけたティラピアの皿を置いた。ターラの母がクリスマスに買ってやった料理本から得たレシピだった。「どうぞ、ヨルン」叔母は言った。いつもそのニックネームでターラを呼んでいたのだ。母は全く気に入っていなかったが、ターラにはその理由がわからなかった。「美味しいといいのだけど」

ターラはフォークで料理をつついてから、ようやく一口食べた。変な味だったが、クリームソースのかかったそれの食感ほどではなかった。舌の上で数回転がしてから飲み込み、もう一口食べた。魚を飲み込むと、自分が一口一口味わうごとに美味しく思っていることに気が付いた。危険な好奇心だと、幼心に思った。こんなにも強烈な味で普通じゃない食感をしているのに、美味しいと思うはずはなかった。

ターラは壁にかかった時計を見たが、時針と分針から時間の情報を翻訳するのに数秒かかってしまった。午後7時14分。叔母を見上げると、彼女は隣に座って自分でもその料理を食べ始めた。「アルバ叔母さん、血を捧げる時間じゃないの?」

アルバは向き直り、狂気じみた愛おしい微笑みを浮かべた。「そうだとよかったのだけど」そう言った。「本当にそうだったらねえ。でも時々あなたは、あることをするには随分大人びた感じになるし、お医者さんが私には上手くできないって言うのよ」腕を伸ばした。年老いた肌には青い静脈が浮き出ており、教会の儀式という繰り返される習慣によって5本の指それぞれに小さい針の傷が浮かんでいた。アルバは手をターラのそれに重ねて、微笑んだ。

ターラは黙想的に頷いた。ようやく、彼女は話しだした。「お母さん、叔母さんの宗教のせいでもう私を会わせたくないんだって」

「あら、あの子の言うことなんて気にしなくていいのよ」アルバは笑った。「私たちはいつも違うけれど、2人は世界の誰よりも近くにいるの。きっとあの子は私の宗教のことを理解してくれないでしょうけど、私のことならわかってくれるわ、スイートピー。それが大事なのよ」

ターラはテーブルに目を向けて、もう一口魚を食べた。「ふーん」

2人は食べている間、互いを見てはいなかった。ついに、アルバは沈黙を破った。「まあそうね」そう言った。「あなたが生まれたとき、私は良くないところにいたの。必ずしもラクマウ・ルーサンに血をお捧げしているわけじゃなかったのよ。もちろん尊敬はしていたけれど、別の道を歩んでいたわ。私は血を別の神様に、これまでで一番大きな戦争の中にいる別の戦士にお捧げしていたの。そして、全てのものがそうするように、彼女もお隠れになったわ。私は教会には行けなかったし、そのことを考えるのはつらかった。だからあなたが生まれたとき、私はあなたに会って、あなたは人生の光になってくれたの。あなたの目にヨルン・ルーサンを見たわ。宇宙の深淵を覗き込んで探検しようとする彼女の意志を見たのよ、あなたの目の向こうに隠された秘密の全てをね。私の言う馬鹿げたことを聞いてくれなくても、ただ約束してほしいのよ。絶対に好奇心を抑えないってね」

ターラは、しっかりと聞いていなかったが頷いた。この瞬間は、ターラにとっては決して、アルバの思うほど重要ではなかった。その時は、魚とか、家に帰ったら書かないといけない太陽系についてのレポートとか、そういったことについて考えるのに忙しかったのだ。2人とも、それが両親がターラをアルバの家に泊める最後の時になるとは知らなかったが、それ以降も会うことにはなった。アルバは血を再び捧げ始め、一方ターラはアルバが儀式で傷ついているという知らせを決して受け入れなかった。その知らせがいつも、信じられないほどターラと両親を心配させたのだ。

ターラは車で友人たちを家に送る間、こういったことについて一切考えなかった。しかし、取り組まないといけないことについても全く考えなかった。心の中で、教会への千の先入観と、ふさわしく思えない千の現実と、答えのわからない百万の疑問が駆け巡っていたのだ。

もっと知る方法は1つしかなく、それには彼女の抱いた全感情を裏切るようなことをする必要があった。

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