足音。1人分が近づいてくる。それは廊下を響き綿立って私のむき出しの房に入り込み、完璧な静寂をぶち壊しにして私を苛立たせた。大きな振動音がして、今度はあまりにも近くて歯が震えるのを感じる。隣の房の金属製の掛け金が外れ、住民の足音が加わる。一言もなく。他の人たちと同じように。
足音は遠ざかり、私は後ろに傾いて寝台に倒れ込む。リラックスして神経を鎮めないといけなかった。彼らが私を連れに戻ってくるまでおよそ30分、ストレスで時間を無駄にするのは無意味だ。
なんちゃらバイオサイト-12は前いた施設とは似ても似つかない。19はといえば、レクリエーションルームあり、運動場の時間あり、図書室あり、作業ありだった。刑務所と大差はない、私たちと一緒に閉じこめている不可解な恐怖以外は。
でもここは? 次に歩いて行かねばならない不幸な1人になるのを待って、うす暗く照らされたツーバーファイブに詰め込まれて。
私はポケットから写真を取り出し、ああ、一日中見つめていたい。キラン(Kiran)、あの美しい笑みを浮かべて誇らしげにエコー画像を指差してる。小さなマイラはパパと同じぐらいカメラの前では恥ずかしがり屋で、予約時間の間中技師の検査から逃げ回っていた。彼女は手を目に当てていて、キランはあの子も微笑んでるって言ってきかなかった。
すべてにそれだけの価値があるだろう。私が耳にしたすべて……見てしまったすべてに。世界は彼女が知っていたよりはるかに陰鬱な場所だ。彼らがこの場所に閉じこめているものたちは、後片付けに何週間もかかるやり方で人間を殺す。彼らの心と魂を破壊して。やつらは悪夢の存在だ。
足音が戻ってきた。私は淀んだ空気を深く吸って立ち上がる。準備はできている。唸る音、軋る金属、そして2人の守衛が私の戸口に立つ。漆黒のバイザーが彼らの顔を隠し、同色のスーツが肌を隙間なく覆う。背の低い方が手招きして、私は廊下に踏み出す。
私たちは歩く — 他の人たちがしてきたように — 無言で。私は怯まず、命乞いせず、言い争わない。私を待ち受けるものが何であろうと、それは早くなく、短くなく、おそらく全てを感じることになるだろうと私は知っている。でもこの人たち、彼らはこの暗黒を知っている。彼らはあれに立ち向かえる、あれを遠ざけておける。
右に曲がった。左手の真っ白な扉が — ぼんやりしたコンクリートとは鮮やかな対照だ — ほとんど聞き取れない音を立てて、横に開く。背後から眩しい蛍光灯の明かりがあふれ出て、通路の彼方に飛び散る。
中には折りたたみテーブルが1つと椅子があった。明らかに、対面の壁を占めるマジックミラーの向こうから研究者たちが見ている。扉が背後でカチッと閉じる。守衛たちはついてきていない。
私は自分の席と思われる場所に座って待った。最初換気口だと思っていた場所から気送管が降りてきて、目前のテーブルに茶色い薬を1つ落とす。
「これを飲めばいいの?」自分の鏡像に訊ねる。
答えは右手のインターカムからやってきた。「そうです。カプセルを摂取してください」
ゆっくり検分しながら拾い上げ、指の中で一周させる。これがそれだ。ついに私の番がやってきた。何が起ころうと、彼らの理解をさらに推進するだろう。だからある種ささやかなやり方で、私はまだ彼らに未来を与える手助けができる。
飲み込む。肺の中で焼けつく感覚が爆発する。テーブルを叩き、空気を求めて喘いだが無意味だった。部屋の明かりと色彩が霞みはじめ、無感覚になる。倒れても、リノリウムの感触はほとんど分からない。すぐそばでは家族が私に笑顔を……
……それから、暗闇が侵すけれども、私は微笑み返した。
To: O5-12
From: M. ハドリエル 添付 +1
D-5542の結果です。12の被験者は全て前任者同様に従順です。もちろん少々他の人格と背景も必要となるでしょう、もし彼女らが文字通り自分自身に囲まれていれば気付くでしょうから。しかしながら、トライアルランに実際のアノマリーの代わりに青酸カリを使わねばならないのは残念です。いずれにせよこれは目覚ましい成功であると考えます。どうでしょうか?
To: M. ハドリエル
From: O5-12
全くだ。君は完璧な選択をしたようだな。30番に他の400を生産させる必要があるだろう。あの写真のコピーについてRAISAのクラインに連絡するのを忘れないように。よくやった。