演目-炎の物語
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台本: 『炎の物語』
独創性: オリジナル
ジャンル: 舞台劇
監督: LG

記録者: 機動部隊-庚卯-91(コードネーム"劇団魅影")フィールドエージェント・余淡観

異常影響: 観劇後、一部の観客の体に炎による火傷が現れ、体毛や衣服の燃えやすい箇所から時折火花を発するようになった。これらの異常現象は単なる視覚的なエフェクトのように見え、7日以内に消失した。また、一部の観客は観劇後、炎に対する異常な好感/憎悪の感情を示した。

注: 文中の斜体部分はエージェントによる供述と所持していた撮影機器によって記録されたものである。


序幕: 火種


語り: 久遠の昔。原初の火がまだ人間の下で燃えていない頃のことだ。人間は闇と寒さの中で縮こまり、声を張り上げて神の栄光を讃えていた。

舞台左手にライトが当たる。プロメテウスは舞台中央で、光源に向かって跪いている。
彼の半身は陽の光を浴び、半身は闇の中に沈んでいる。

アポロの声が雷鳴の如く、天から聞こえてくる。


アポロ: 火が無ければ、光も、闇も、寒さも、温もりも無い。神の授けた四季は明瞭で、昼夜もはっきり分かたれているではないか。

プロメテウス: 哀れな者どもは光の輝きを知らず、暗闇の中で苦しむことを厭わない。烈火を知らない者どもは、夜の寒さに進んで浸かろうとする。私が欲するのは、ほんの僅かな火花だ。自由を渇望する人間に、足掻こうと思わせるような火花を。暗黒を憎む人間に、光明を抱かせるような火花を。ちっぽけな火花を、ごうごうと燃え立つ炎にさせるのだ。

アポロ: 火が有れば、暗がりはさらに暗くなり、寒さはさらに寒くなる。哀れな男よ。神の栄光をとうに捨て、神の務めを忘却したというのに。火取虫が火花の光を欲したとして、その火は結局、虫を焼き尽くしてしまうというのに。

照明が消え、舞台中央に火花が散る。
暗闇にプロメテウスの顔が見え隠れする。その顔つきは荘かで、重々しくもあった。


火花


語り: 18世紀のある冬の日。ロンドンの街は蒸気機関が吐きだす濛濛とした煙に埋もれていた。人通りの少ない表通りを、やせ細った少女が片靴だけで歩いている。沿道の家屋からは金色の光が漏れ出し、雪の上に幻想的な色を映し出す。少女は時折、手入れされた窓枠越しに、華やかに飾られた室内でクリスマスを祝う様子を見ることができた。

雪が降り、劇場内の温度が次第に下がっていく。


語り: 少女はゆっくりと、街灯のない一角に進んでいく。道端には時折、雪に覆われた人影が見える。少女は彼らがまだ息をしているかどうか分からなかった。

舞台の奥深くにプロメテウスが現れる。何らかの空間異常が生じたのか、観測された空間は現実的なサイズを超過している。プロメテウスは道路脇に座しており、背後には灰色の煙を上げる工場が見える。腹部には金属製の巨大な歯車装置が貫通している。大小様々な歯車が、呼吸に合わせてゆっくりと回転する。装置の作動に伴って、機械の中に臓器が巻き込まれていく。背中に突き出した煙突からは、巨大な濃煙が立ち上っている。彼は黒々とした枝を、宝物を抱くかのように抱えていた。

プロメテウスを前に、少女は呆然としていた。


少女: おじさま、おじさまは……どうなさったんですか?

プロメテウス: おやおや、可愛そうなお嬢ちゃん。私のような老いぼれより、君の方が心配に思うがね。クリスマス・イブだというのに、どうして可愛らしい子どもが、こんな場末に来たんだい?家で暖炉を囲み、香ばしいローストグースを楽しむものだろうに。(少女に近寄る)それに、お姫様はどうやら、舞踏靴を失くしちまったみたいだ。

少女: お恥ずかしい限りです。この靴は、舞踏靴ではありません。母から貰った、ボロの革靴なんです。あまりにもサイズが合わなくて、いつ片方を失くしたかも覚えていません。私はただ、寒い夜を凌ごうと、暖かい場所を探していたんです。火を起こすことができれば、それに越したことはないんですけれど。

プロメテウス: 哀れな子よ……火というものは、決して良いものではないんだ。

少女: どうしてそうおっしゃるのですか?

プロメテウス: 子よ。もし火が無ければ、人は皆一様に凍え、冬には仲良く腹を空かし、誰もが暗闇に潜むものを恐れるだろう。ゲホッ、ゲホッ……

プロメテウスが咳き込むたびに、背後の煙突から濃煙が噴き上がり、暗い路端に充満する。


プロメテウス: 火が無ければ、腹立たしい煙も出ることはないんだ。煙に満ち満ちたロンドンは、暗闇の時代と何の違いがあるというのか?

少女: おじさま。そうはおっしゃいましても、私はやっぱり、火が嫌いにはなれませんわ。

少女は半分ほど聞いたところで、プロメテウスのそばに座り込んだ。
少女が口を開いた時、その顔には憧憬の笑みが浮かんでいた。

プロメテウス: それは一体なぜだ?火が温もりだけではないことを、君は知っておくべきだ。私は長きに渡って、無数の人間が炎に呑み込まれるのを見てきた。炎は華やかな宮殿を瓦礫に変え、美しき物を焦土となるまで焼き尽くした。人を喰い散らかす火焔を、君はどうして好きになれるんだい?

少女: 確かに火は、この世界そのものを燃やしてしまうかもしれません。でも、火は常に火でしかない。こうした考えは、祖母にマッチ作りを教わった時、一緒に教えてもらったものです。暖炉にマッチで火を付ければ、その火は光と暖かさと希望をもたらします。導火線に火をつければ、その火は破壊と傷と死をもたらします。それでも、火はあくまでも火でしかありません。良いように使われる可愛そうな炎より、私はむしろ、父の怒りの炎の方がずっとずっと恐ろしい。マッチを売るよう言いつけられたのに、私は暖を取るため、全部使ってしまったんです。

沈黙していたプロメテウスは、突然、安堵したように微笑んだ。
彼は固く抱いていた枝を取り出すと、僅かに付いていた小枝を折り、3本の棒に加工する。


プロメテウス: 人はかつて、理外の事物から逃れようと、洞窟の中に身を隠し、小さな焚き火を囲んで暮らしていた。私はウイキョウの小枝をある勇者に与え、民を導かせ、「神」や「悪魔」と呼ぶものに抗わせようとした。彼は成し遂げた。強大な炎が、暗黒を世界の隅々より打ち払ったのだ。……人はかつて、神魔の遺物に跪き、その力を求め、ひたすらに祈りを捧げていた。私はウイキョウの小枝をある賢者に与え、仲間を連れて未知の事物を探求させようとした。だが、彼は依然として、道の途上にいる。

プロメテウスは少女に棒を手渡す。


プロメテウス: そして今、君に枝の1節を授けよう。これを売ってみなさい、お嬢ちゃん。これを欲しがる者なら、見返りに山ほどの金銀を求めても、喜んで差し出すはずだ。己を進んで燃やそうとする限り、彼らの魂は枝の恩恵を受け、烈火の如く燃え続けるだろう。だが、もし誰もマッチを買わなかったら、君は君の言う、他人に温もりをもたらす火となる覚悟があるだろうか?

終幕: 火炎


語り: 夜も更けてきた頃、少女はまだ孤独に街を歩いていた。

語り: 彼女の両手はとっくに、感覚がないほど冷え切っていた。それでも、3本の黒々とした、地味で目立たないマッチは、その手にしっかりと握られていた。誰にも必要とされないマッチを売る声が、まだ自分の喉から出ているかどうかすら、彼女には分からなくなっていた。

語り: やがて、眼前の世界がぼやけていく。彼女はどうすることもできず、道端に座り込んだ。あの温かく、魅惑的な夢の世界に飛び込みたいと思った。だが、彼女は歯を食いしばり、震える手で最初のマッチ棒を擦った。

語り: その炎は何とも小さいものだった。彼女のやせ細った身体のように、闇の中に埋もれていた。それでも、炎は眼前の闇を確かに打ち払い、オレンジ色の輝きを彼女に見せつけた。少女は心の中で思った。火の光はこんなにも綺麗で、こんなにも明るいものだったのか、と。

語り: 炎はすぐに消えてしまったが、少女の気持ちはかつてないほど昂ぶっていた。彼女は別のマッチを手に取り、灯した。ピカッ!2本目から放たれた光は、通り全体を明るく照らし出した。道端に伏していた人影が、ゆっくりと動きを取り戻す。少女は辺りの変化に気付いていない。彼女はただ、温かくて柔らかい炎だけを感じていた。さながら、祖母に抱かれている時のような。それは雪や氷、寒さを遠ざけるほどの温もりだった。

語り: 赤色光が少女の頬を真っ赤に照らし出す。炎が次第に衰え、舞い散る雪が再び辺りを覆うまで、彼女はただ、静かに見守っていた。彼女はニッコリ笑うと、躊躇なく3本目のマッチを擦り付けた。

語り/プロメテウス: それは太陽の光だった。


カーテンコール


劇場を出ると、人々は少女が最期に見たものについて議論を交わし合った。ある者は祖母を見たのだと言い、ある者は少女が火に呑まれ、神が語ったところの火取虫になったのだと言った。思うに、人々の考えはいずれも間違っている。少女が見たものは、プロメテウスの台詞の中に隠されていたのだから。……最初のマッチで、彼らは光を目にした。 2本目のマッチで、彼らは温もりを感じた。

3本目のマッチで、彼らは希望を見出したのだ。

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