おもちゃ箱
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──ガラガラ、がちゃがちゃ。

頭の中に音が響く。何か複数の物がぶつかる音が聞こえる。それは硬い樹脂製の物体同士がかき混ぜられるような。私の幼い息子がレゴブロックを引っくり返した時のような。そんな音が。
耳障りだなと思った。普通に考えて、うるさい。息子がこの音を鳴らす時には毎回、「後でちゃんと片付けるんだぞ」と半ば嘆息混じりに言うのだ。その後片付けられずに、家内が怒鳴るのである。

──ガララ、ガラ、がちゃがちゃ。

音が気になって仕方がない。場所はどこだろうか。オブジェクトの収容室だろうか。何か不穏な動きでもされていたらたまらない。様子を見に行く。この音は、そうだ。泣きじゃくる息子をあやす時に使っていたものだ。ガラガラを鳴らすと、にっこり笑うのだ。それがたまらなく愛おしい。小さな手で掴んでは、私に振るように催促するのだ。

──ガラ、ガラガラ、がちゃがちゃ。

防音室から音がする。頭の中に音がする。監視窓から覘くとそこには、様々なおもちゃで構成された小さな恐竜がいた。
恐竜、と思わず口に出した。そうだ、私は恐竜が好きだった。大学院では生物学の研究をする傍ら、恐竜の化石に熱中していた。こんな生き物が本当に存在していたのか、どうして絶滅したのか。思いを馳せればキリがなかった。

──ガラガラ、がちゃがちゃ。

恐竜の鼻の先に、ロボットの模型が見える。いささか不自然に見えたそれは私の目を惹き、そして突き動かした。
そうだ、そうだよ。あんなに好きだったじゃないか。毎週アニメを見ていたじゃないか。躍動感溢れる戦闘シーンに興奮して、友人たちと語り合い、時には意見が衝突してけんかもしていたじゃないか。
久し振りに触れたい、と衝動的に思った。思ってしまった。
鍵はあった。持っていた。偶然か必然か分からないけれど、きっと必然なんだと思った。

──ガララララ、がちゃ、がちゃ。

鍵を開けて、収容室の中へ。おもちゃの恐竜は大人しい。良い子だ。
恐竜を作っている部品は、どれもこれもおもちゃだった。そう、僕もこれを持っていた。まとめておもちゃ箱にほうりこんでいたはずだ。お母さんからどなられて、おもちゃを箱にかたづけていた。
どれもこれも、僕のたからものだった。

──ガラ。ガララ。

おもちゃを手にとる。これじゃない。もっと好きなのがあった。そう、赤いロボット。テレビで見ていた戦隊ヒーローの変形ロボット。ある。きっとある。あるにちがいない。また見たい。またふれたい。あのころのたからもの。私の、僕の、ボクの。
おもちゃ箱をかき分けて、もうまわりのことは見えなくて。ぼくはただ、大事にしまいこんだおもちゃでまたあそびたくて。
それで、おもちゃをひっくりかえしたんだ。

──ガラガラ、がちゃがちゃ。がちゃ。

みつけた。

ふれたしゅんかん、おもちゃであふれた。おもちゃはキョウリュウになった。キョウリュウが大きくなった。おもちゃがいっぱいになった。
おもちゃが、おもちゃが、おもちゃが。おもちゃ箱が、いっぱいに。
もう一どひっくりかえしたい。ひっくりかえして、ゆかにいっぱいひろげて、めいいっぱいあそびたい。

ぼくだけじゃおもかったから、ともだちをよぼう。ガラガラならそう。あそぼう、あそぼう、あそぼう、あそぼう、あそぼう──。
 
 
──ガラガラ、がちゃがちゃ、ガラガラ、がちゃがちゃ

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