スペシャル・収容・プロレスリング 〜勝ちて生きるはただ1人〜
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SCP。
その名前は、ヴェールの中に隠されている。

「ウオォッ」

そして、ヴェールの中ではあくなき闘争が繰り広げられていた!

ドキャッ

ボギイィッ

選手番号682——『不死身の爬虫類』の必殺技、『噛み潰し』が決まった。巨大な両手両足を活かして相手の胴体を挟み、力押しでへし折る技である。

「ギィヤァァァ」

もろに技を受けた相手の『アベル』は悲鳴をあげてリングに転がる。

審判は立ち上がれず吐血している『アベル』を見てこれ以上の試合続行は不可能と判断し、試合終了のゴングを打ち鳴らす。

審判はゴングの横に設置されているボタンをハンマーで叩く。

すると観客の手元に2つのボタンが展開し、熱狂が収まらない会場にボタンを叩く音が無数に響く。

リング頭上の巨大モニターに“試合結果”が表示される。審判がそれを見据え、地下500mヴェール闘技場に怒声で裁定する。

「29450対24062で、『不死身の爬虫類』の勝利!」

ウォォォォォォォォォォォォ!!

SCP設立以来の最大規模のトーナメント『頂上戦』の準決勝に相応しい試合に、53512人の観客は惜しみの無い賞賛の声を上げた。


危なかった。
あのまま時間切れまで持ち越されたら、負けていた。

相手の『アベル』の『黒剣』——パイプ椅子を手足のように操り相手をリーチ差で一方的にボコる必殺技——を序盤に決められたのが痛かった。

文字通り死ぬほど痛くてしばらく動けなかったし、何よりあのワザは映えていた。
あえてパイプ椅子を大きく動かすことによって観客の目線を誘導し、主役は自分だと猛烈にアピールしていた。
実際、アイツがオレのワニ頭の被り物にパイプ椅子を引っかけて取り落とすまでは完全にアイツの独壇場だった。

……勝てたのはまぐれだ。

投票結果も接戦だった。準決勝でこんなんじゃあ……
決勝で当たるだろうヤツには勝てない。

『頂上戦』は、出場できただけでもスゴイ意味がある。

世界中で異常な強さのせいで爪弾き者にされた一癖も二癖もあるヤツらを集めた『SCP』の中でも、よりイカれてるヤツだけがこの大会に参加できる。

あまりの異常さに実社会に悪影響を与えるとされ一般人には秘匿されている『SCP』とは言え、資産家、大企業の重役、一国のトップさえもがこの大会に注目していることを考えれば、その意味がイヤという程分かるだろう。

30後半の自分がここまで来れたんだ。もう十分かもしれない……

そんな暗い考えがよぎっていたところ、控室に備え付けられていたTVにもう1つの準決勝が映されていた。

ワァァァ……

ソコには、98570対2141と完全勝利を収めるヤツがいた。

ヤツ本物の伝説だ。観客数もぽっと出のオレとは桁違いだ。

オレはヤツの圧倒的な実力を前に、黙りこくるしかなかった。

その日はいつもより早く控室から出て家に帰り、パイプ椅子で打たれて痛む首をさすりながら寝た。


5日後 1998年5月8日 午後1時30分

「サァ、いよいよ開幕です!『頂上戦』トーナメントの決勝戦!まず白リング側、『不死身の爬虫類』の入場です!」

実況付きかよっ!ああヤダ。観客の反応が分かりづらくなる。

……これはオレの持論だが、入場は後の方が有利だ。相手のパフォーマンスを見て対応することができるからだ。

だから今回オレは、誰にもマネできないことをする。

「『不死身の爬虫類』がリングに降り立ったァ!それぞれ50kgはあろうかという四肢から伝わる力がこちらにも響いてきています!オヤ……?バケツを持っているようです……。」

ワニ頭の被り物をむしりとりリング外へ放り投げる。

そしてバケツを両手で頭上に抱え上げ、ひっくり返す。
中身がこぼれ、オレが

赤に染まる!

「血だァァ!己にどす黒い血をぶちまけたァァ!もはや、もはやここはリングではないッ!地獄だ!地獄であるッ!ワニ頭を脱ぎ捨て、地獄の鬼となりました!これが、これこそが『不死身の爬虫類』ィッ!」

さぁ来い。

来い。

「来いッ!!彫刻野郎!!」
















!!

バァンッ!!





「………リ、リングに、『不死身の爬虫類』に誘われ、リングに降り立ったのは……『彫刻』です!黒リング側、『彫刻』です!」

オレと比べると小柄な体格、そこまで焼けていない肌、顔の真ん中を縦に赤黒く塗り目の周りを緑に塗ったフェイスペイント、スキンヘッド、とても淡い黄色一色のレスラーパンツ。

フェイスペイント以外にこれといった特徴は無い。

「カァッ!!」

『彫刻』はビシッと構え、威嚇する。
会場は一瞬静まりかえるが、直後に大歓声に包まれた。

ウォォォォォォォォォォォォ

……しまった。逆手に取られた。

どす黒い血に染まったクソデカいオレ、そのから放たれる怒声の挑発!

会場の空気はついさっきまで完全にオレのものだった。圧倒的な悪役を演じ切れたはずだ。

だが、あの状況から、無言のダッシュエントリーからの片膝着地——いわゆる『スーパーヒーロー着地』——を血で濡れるリングで完璧に決めやがった。
からのビシッと構えてからの鋭い威嚇。

完全に、悪vsヒーローの構図だ。

この構図は非常に厄介だ。オレがどんなことをしても対等に見られてしまう。オレがどんなインパクトのある事をしても、アイツも同等のインパクトを持つようになってしまう。

名指しで挑発したのが特にマズかった。怯んで勢い負けすると思ってやり過ぎた。アイツの精神力を見誤った。

心の中でペッと唾を吐いて、全力の四股を踏む。リングがグワングワンと揺れる

ここまで来たら、やるしかねぇ!
何よりオレは決着をつけに来た。
単純に勝利を求める闘いでは無いんだ!
アイツ、『彫刻』が居る限り、オレはに進めねェ!
やってやる!

「グゥウオオォォォォ!!」


オレは強くなりたかった。
強かったら、誰にも負けないから。

政府高官の息子だったオレはある日、親に連れられて『SCP』を見た。
そこで『彫刻』を見た。

鮮烈だった。単純ながらも洗練されていた。
いや…洗練というよりも元からそうであったのだろう。
ともかくアイツは誰よりも強かった。
そして、強さに憧れていたオレはアイツに惹かれるようにより強さに憧れた。

そうして、鍛えて、鍛えて、鍛えて……

SCPのリングに立っても満足せず、鍛えて、鍛えて、鍛えて……

いつしか、憧れは呪縛に変わった。


それがオレが文字通り血反吐吐きながらも未だにこのリングに立っている理由だ。

体を覆う血が被ったものなのかオレのものなのか、もう分からない。もう耳も遠い。実況の声は何も聞こえない。アイツを讃える歓声のみが耳に響く。

強い。

単純に、鮮烈に、強かった。あの時と何ら変わっていない。これでオレより年上かよ。

入場の後先とか、パフォーマンスとか、そういうウダウダしたモノとは全く別の、本物の強さだ。

首が死ぬほど痛い。痛くなっちゃいけない所が痛くなっている気がする。

崩れ落ちそうになる体を、なんとか立て直す。

アイツの必殺技は『首折』。チョップで相手の首を叩く、いたって単純なワザだ。見てくれはよくあるチョップだが、その練度が異常!

頭が朦朧として、一瞬意識が飛ぶ。
その次の瞬間、首に強烈な衝撃が走る。

「ゲォッ」

呼吸がままならなくなる。

やぶれかぶれに腕を振り回すも、擦りもしない。何より、試合が始まってから、こっちの攻撃は一回ぽっちも当たっていない。

みじめだ。あんだけ派手にやったってのに、何もできやしねぇ。この5日間、ずうっとアイツの試合動画を見てた。対策だって考えた。

何一つできやしない。ああ、ちくしょう。こんなものか。オレの、人生、こんなものか。
はぁ、でも、まぁ、いいんじゃないのかなぁ……

よくやったよ。俺にしては。

「よくやったよ、お前は」

アイツもほめてくれた。




ガァン‼

拳も握れない腕をリングに叩きつけた。
ブッチンと何かが切れた。オレの中の何かが。
もしかしたらホントに切れたのかもしれない。

心が真っ赫に燃える。

怒り

がオレを支配した。

バァチィゥン!!

全身を使って飛び上がり、アイツの憎たらしい顔面に思いっきり平手をぶちかました。

「ぶっ潰す!!

「どぉぉでもいい!ここで、お前を、ぶっ潰す!

「勝利、栄誉、幸福、信念、命、未来

「どぉぉでもいい!

「ここで

「お前を

「ぶっ潰す!!」

虎叫を上げ飛び掛かる。

バチィィン

ボグゥッ

グワァオン

蹴り・殴り・ぶちかまし

アイツをぶっ潰す。超える。
じゃないとこの熱は収まらねぇ。

「顔面の血ィ、似合ってんじゃねぇかよぉ!」

アイツの額から血がだらだらと流れる。
血の入った目じゃァもう『首折』は使えないだろう。

「もうメイク要らずだなぁオイ!」

「……こいてんじゃねぇ」

「あ?」

「調子こいてんじゃねぇよガキがぁ‼」

ドゥゴオォンッ!!

「ウゴォッ」

鋼鉄製のリングロープに叩きつけられる。

蹴りだ。アホみたいな威力だ。
体重300kgのオレを数メートル吹っ飛ばしやがった。

「ウッ、ガァ」

吐血だ。やばいやばいやばいやばい。

「良いよなぁガキは!勝手に落ち込んで勝手にキレて勝手に暴れりゃなんとかなるんだもんなぁオイ!」

あんだけ顔面狙ったのにそんな大声まだ出せんのかよ!クソッ!

ガゴォォン

身をよじってギリギリで蹴りを躱す。
ビンと張られているはずのリングロープが大きくたわむ。

アイツの真の武器は蹴りだ。

急いで立ち上がって距離を取る。

「いいか⁉俺にはなぁこれしか無いんだよ!ここ以外に何も無えんだよぉ!

「このリングが俺の世界だ!

「だから、お前が邪魔だ!

「くたばれぇ!」

ゴチィィン

「⁉」

「グチグチグチグチ……うるせぇんだよボケッ!親父ィ!

蹴りにまだ握れる右こぶしをぶつける。

「父親面しやがった!オレの大一番で!」

弾いたアイツの脚をオレの右脚でぶち蹴る。
思った通りだ。威力は高くとも力自体はそこまでだ。

「オレが子供の時ロクに父親してこなかったくせに!」

不安定になったスキを逃さず、残った脚へと体当たりをする。
アイツは倒れる。

「今さら、今さらぁ!」

「グゥッ」

オレはリングロープに登り、アイツめがけて全力でボディプレスをする。

「ウワオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

ドゴゴォォォォォォォォォン

見事ぶち当たった。

「今さら父親面されたら、バカみたいじゃねぇかよぉ……」

リングロープを掴んでフラフラと立つ。

もう限界だ。
いくらアイツが下になっていたって、5mからロクに受け身も取らず飛び降りたら全身がめちゃくちゃだ。
特に『首折』でさんざんやられた首元と、蹴りをくらった腹がやばい。

だが、下敷きになったアイツはオレ以上に動くことはできない……勝ちだ。




ゴリッ

「がああああああああああああ!」

ダンッ

嘘だ。噓だ!
1ミリだって無理なはずだろ!

だけど、アイツは立ち上がった。

やばいっ!








衝撃は襲ってこなかった。
そこには立って意識を失っているアイツがいた。
アイツはバタンと倒れ、そして10カウント以内に起き上がってこなかった。


109572対109494

これが試合の結果で、オレは勝った。
SCPの最高議会やら各国のトップから惜しみの無い称賛を浴びた。

確かに伝説を超えたはずなのに、何の感慨も達成感もなかった。
勝ったという感触ではなかった。最後、アイツの意識がもう少しあればオレは確実に負けていた。

再戦の機会は2度とない。

アイツ――親父が死んだ。
あの試合の後2度と意識が戻らなかったそうだ。
直接の死因はオレではないらしいが、オレが殺したようなもんだ。

葬儀やら遺品整理が終わった後、親父の担当医からオレあての遺書をもらった。(個人的なもので、遺産やらのことについての遺書は既にもらっていた。)
ハサミで仰々しい封筒の封を開け、万年筆で書かれた文章を見た。
親父の字は綺麗だった。

そこには、幼少期家族に向き合えなかったことへの謝罪や『頂上戦』優勝の賛辞、今後への励ましがあった。

試合前に書いたであろうこれに優勝について書かれていることを疑問に思いつつも、最後の部分を読む。

これを読み終わったら、ある人物を訪ねてほしい。
彼は西海岸のとある浜辺でひっそりと暮らしている。
甘いものが好物なので、手土産にはドーナツを持っていくと良い。きっと喜ばれるだろう。
彼は不器用でとても愛想が悪いが、君の大ファンだ。


遺書の最後に書かれていた場所へと着く。
風が心地よい浜辺で、穏やかな潮騒が耳に届く。
とても、とても懐かしい所だった。
かつての優しく、大きな手をまだ覚えている。

海の方から自分を呼ぶ声が聞こえた。

確かに、不器用で愛想が悪そうだった。
苦笑しながらそちらへと振り向く。




オレは浜辺に『彫刻』を――いや、父さんを見つけた。

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