憧れの味
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暗い夜道を歩く。今日の業務も無事に終了し帰宅したのだが、急用ということでまた仕事場へととんぼ返りとなった。同僚がとある理由から収容されることとなり、部隊の隊員たちは疲弊しきっている。隊員たちのケアもしなければならないし、なにより同僚だった彼のメンタルも心配だ。彼の担当研究員となったまではいいのだが、彼を救うべき手立ては未だ見つからない。そんなこともあり私自身もボロボロになっていた矢先に呼び戻されるような事態だ。本当についてない。

交差点の待ち時間、下を向き溜息をつく。私がこんなことでどうするのだ。もっとしっかりしなくては。意気込みをこめて顔をあげる。目の前にはお腹の大きな女性。こんなところにさっきまでいただろうか。不思議に思い目を凝らす。薄暗く顔は良く見えない。背格好は私と同じくらいだろうか。そういえば「お見合い企画」なんてのが始まるらしいことを思い出した。そんなことをしている場合ではないのだが。しかし私も年ごろの女性だけあって憧れはある。信号が青になり女性はこちらに向かって歩いてくる。もう少しで顔が見えそうだと思った瞬間、横から迫る乗用車に気が付いた。車はまっすぐこちらに向かって走ってくる。ブレーキを踏んでもおかしくない距離だ。危ない、そう思ったときにはもう遅かった。1人なら避けることもできた。でも私の体は勝手に動いて──

目の前は純白に包まれた。


目が覚めた。私は死んだのだろうか。随分きらびやかな場所に出たものだ。あの世というのはこんな感じなのか。

おや、おはようございます。

あれは、神の遣いなのか。とてもそうは見えないが。例えるならレストランのウェイターのような。

こちらが本日の食材となります。

食材?なんのことだ。そこに倒れているのはさっき助けた妊婦じゃないのか。麻袋を被せられていて顔はわからないがさっきの女性に違いない。

ああ、そんな状態では喋ることもできませんね。ちゃんとお帰りの際は綺麗な状態に戻しますので、ご安心ください。

声を出したいのに声が出ない。なんなんだここは。なんなんだこいつは。

それでは本日は特別席にて調理の様子をご覧いただきましょう。

なんのことだ。調理って一体──

巨大なコンロの上に女性を乗せる。女性は抵抗している様子だが手足をコンロに縛りつけられていて動くことができていない。その先の展開は容易に想像できる。やめろ、と言いたいが声が出ない。動き出そうとしたら激痛が走った。手足も損傷しているようだ。

ウェイター風の男は鼻歌など歌いながら包丁を手にした。そのまま大きなお腹に包丁を突き刺し、一気に引き裂いた。そこから胎児を大切そうに取り出す。なんで、こんなひどいことを。私の目から涙が流れているのを感じた。女性はまだ生きているようでより一層抵抗している。しかし、男は全く気にしていないようだった。

次に男は内臓を乱暴に取り出し始めた。女性の体が反射的に跳ねている。このままでは女性は死んでしまう。いや、もう手遅れなのかもしれない。でも、私は財団職員として同じ女性として彼女を救うことはできないのか。己の無力さを呪う。

内臓を全て取り終わると男はぽっかりと空いた妊婦の腹に取り出した胎児と液体を投入し始めた。何をやっているんだ。カルト的な儀式か何かを行っているのか。いや、男はなんと言っていた。食材、と言っていたのではないか。まさか──

女性の下のコンロがついに着火された。女性は熱から逃れようと体をよじる。しかし縛り付けられているため抵抗虚しく体は焼かれていく。食材とは、つまりあの「中身」を食べさせようとしているということ?そんな、おぞましいこと。理解してしまった。手足はまだ動かない。喋ることも今は難しい。そんな、そんなこと。

男がこちらへ振り向く。

お待たせいたしました、国都様。こちら当店自慢の親子鍋でございます。

いや、やだ。食べたくない。そんな、そんなのって。

どうしました?ああ、動けないので食べられないのですね。気が利かなく申し訳ありません。僭越ながらお食事の補助をさせていただきます。

近づけないで。やめて。口を開かないで。いや──

失礼します。

口の中に出汁の味が広がる。それだけではない。胎児と母親の肉の味も同時に味わう。吐き出そうにも口は閉じられている。飲み込むしかないのか。仰向けに寝かせられその衝撃で喉を下す。出汁の味だろうか、一瞬でも美味しいと感じてしまった自分が憎い。

どうです?さぞかしいい出汁が出ていることでしょう。

確かに美味しいと感じた。なぜそんなことを思ってしまったのか。自分自身を恥じる。

それはですね、本日の食材がスペシャルな食材だからです。お客様の憧れをじっくり煮詰めて、夢と希望をメインに据えた特別製だからなのですよ。

確かに、憧れではあった。いつか結婚して、子供ができて家庭を築いて、そういった普通の幸せを掴むのが憧れだった。あんな女性になりたかった。いつか、子供と一緒に料理することが夢だった。憧れだった姿を思い出し、噛みしめる。

ええ、お望み通りお子様と一緒に料理いたしましたよ。それにお客様ならそんな女性になることができます。私が保証いたします。

何をいってるんだこいつは。この状況でそんなこと。

ええ、わかります。あなたは仕事で成功して、最愛の人と結婚して、子供もできて順風満帆な生活を送ることでしょう。

今はそんなことはどうでもいい。お前はそんな女性を殺しただろ。私はお前を絶対に許さな──

おや、もうお帰りですか。またのご来店をお待ちしております。

待て、まだ言いたいことが。


目覚めたときそこは病院のベッドだった。起きた瞬間、あの女性のことを尋ねたが現場にはそんな女性などいなかったらしい。夢だったのだろうか。幸い怪我もなく簡単な検査を受けた後、即日退院することができた。同僚にも心配をかけずに済みそうだ。そう、こんなところで躓いている暇はないのだ。私にはまだまだやるべきことが残っている。嫌な夢のことなど忘れ、仕事に専念せねば。何もかもまだ始まったばかりだ。

























































あの事件から数年が経過した。あの後、同僚を無事助け出すことができた上、なんと「お見合い企画」で意気投合した隈取博士と結婚するに至った。まさか自分がこんないい人に出会えるなんて思いもしなかった。今私の大きなお腹には新しい命がいる。今日から私も産休に入る。まさかこんなにお腹が大きくなるまで産休に入れないなんて、意外とうちもブラックだったんだなあと実感する。しかし家に帰れば愛する夫が待っているのだ。足取りも軽くなる。今が私の幸せの絶頂。憧れの人になることができたのだ。

お腹をさすりながら交差点で信号を待つ。向こうにも待っている女性がいるみたいだ。背格好は同じくらいかな。下を向いていて顔は良く見えない。信号が青に変わる。今日のご飯は何にしよう。隈取博士待ってるだろうなあ。

そんなことを考えながら歩いている私は横から迫ってくる乗用車に気づくことはなかったのだ。

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