NYPDと次元崩落 『アメリカ自然史博物館編』
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悪を思う者に幸いあれ

2001年 9月12日 ニューヨーク セントラルパーク バリー・コスター巡査部長/エクソシスト

11日に始まったニューヨークの次元災害はいまや最悪の事態に移行しつつあった。災害対策マニュアルに基づき設置されたセントラルパークの避難所は悪魔の群れに囲まれ、息もつかせぬ攻防戦が続いている。

各地から銃声や爆発音、怒声に悲鳴、あらゆる悲劇の音が折り重なって地獄のコンサートとでもいうべき状況が数時間は続いている。セントラルパーク各所に設置された『霊素通信機』からの交信も21時、1時間前を最後に何処にも繋がらなくなった。この時、私はセントラルパーク・ウエストと81番通りの交差点に設置された防御陣地を任されていた。私のほかに十数人の警官と協力を申し出た市民により辛うじて保っている状態だったがそれも時間の問題であった。

「巡査部長!このままではここも時間の問題です!もっと安全な場所で市民の受け入れを行うべきです!」

「出来ればもうやってる!今のニューヨークで安全な場所があれば俺の方が教えてほしいくらいだ!」

「弾薬だって交代のメンバーだって限りがあるんですよ!動けるうちに動かないと……くそ、また奴らだ、チクショウ、ファッキンスモーカーめ。」

そんな事を喚きあいながら煙の湧き出す人型のあれこれや地下から捨てられた飼い主に復讐しに来たような鰐の怪物、ゴーストにたっぷりの聖水に浸した弾薬やクロスボウのボルトを叩き込んでいく。81番通りから突っ込んできた最後の悪魔に対して狙いを定めると、ヒュダンと弦から放たれたボルトが煙を吹きだす悪魔の体に突き刺さり、内側から破裂するように白い光が弾けて悪魔が”送還”される。次の一本を放とうと腰の矢筒に手を伸ばしたところでせっかくの聖別されたそれがなくなっている事に気が付く。

「誰か、クロスボウのボルトを寄越せ、もう矢がない!」

「自分で補給所から取ってきてくださいよ。こっちだって手いっぱいです。」

舌打ちをついて視線を後ろに移す。そこで目に入ったのは、恐ろしい何かだった。何かというのは正直なところ頭がそれを理解するのを阻んだ、というのが正しいところなのだろう。ただそこに”ある”というだけなのにその怪物は周囲の何かを徹底的に変えたのがわかった。いや、理解せざるを得なかった。

その神か何かと見紛う怪物はそこにいるというだけで次元を塗り替えたかのようだった。セントラルパークに張られていたギリシア式の結界が内側から収縮し、そのまま崩れ去っていくその様をその目で見てしまったのだ。

「なんだ……なんだありゃあ……」

呆然とするほかなかった、そして、次の瞬間、横合いから殴りつけられるような衝撃を感じ……そこで私は意識を失った。


2001年 9月13日 ニューヨーク アメリカ自然史博物館 アデルバート・スティードマン 歴史学者/ネオ・サーキスト

ファック、ファッキン・ギャロスだ。歴史の彼方に忘れ去られたような包囲戦の再現にまさか現代で巻き込まれるとは思わなかった。今やNYの殆どは悪魔に幽霊にNMCじみたクリーチャー1、この世の悪意を押し固めて整形した怪物どもで溢れかえっている。過去のギャロス島の包囲戦がお互いの正義をぶつけ合う聖戦であったのなら今回のこれは悪意による平穏への侵略だ。

警察や”財団”や州兵たちが市民を守るために作ったセントラルパークの防御線は決壊し、今やNYの各地に点在する点在する堅牢な建物に身を寄せて辛うじて生き延びている、そんな状況にまで追い込まれていた。その数少ない建物の一つがここ、アメリカ自然史博物館だった。

11日、あの悪夢が始まった時、私を含む博物館のスタッフは”パラテックの歴史展”の展示物の保全の為に逃げ遅れ、その後脱出の機会を失い博物館に隠れていた。幸いにも建物を閉鎖するには十分すぎる程の資材があったし、普段溢れかえっている大量の観光客がいなければカフェの在庫で数日食いつなぐだけの余裕があったのだ。

我々は時折逃げてくる避難民を受け入れながら助けが来るのを待った。しかし、それは叶わなかった。12日セントラルパークに出現したあの”神格”とでもいうべき強大なそれが我々を助けるべき警察や軍、希望となるそれぞれを撃滅したのだ。我々は怪物から逃げ延びた一握りの警官たちによってそれを知らされ、愕然とした。我々は、自力で生き延びるしかなくなったのだ。


2001年 9月13日 ニューヨーク アメリカ自然史博物館 バリー・コスター巡査部長/エクソシスト

目が覚めた時、私はアメリカ自然史博物館の少しかび臭いスタッフ用仮眠室に転がされていた。傍らではスタッフの一部が大量に並べられたウインナーにナイフで奇妙な細工をしている。

「……ああ、あんた目が覚めたのか。運が良かったな、まだここは人間も残ってるよ。ようこそ、アメリカ有数の自然史博物館へ。」

「ああ、あの建物にはまだ人が残ってたんだな……運がいいというべきか、運が悪いというべきか。」

「運が良かったのさ、どうも、錯乱した警官の一人が逃げ出そうとして思いっきり振り向いて、手に持っていた銃があんたの後頭部を直撃したってところらしいが、おかげで警官たちがあんたをここまで運び込んでくれたってわけでな。ファッキン・デヴィルどもの餌食にならず未だにここで生きてる。」

ホットドッグから目を離さず、奇妙な文様やヒッタイト系に見えなくもない文字を肉に刻みながらスタッフの男性はため息交じりに話してくれた。

「まあ、死ぬよりはマシって思う事にする。ところで今、ここはどうなってるんだ?」

「パラテックの歴史展の展示物のおかげで一応は安全が確保されてる。ホットドッグを加工した触媒で蘇ったサーキシズムの恐竜もどきがあの悪魔どもの侵入を拒んでくれてる。」

スタッフらしき男性は自身の削ってるホットドッグの束を指して皮肉気に笑う。サーキシズム、いわゆる肉に関連した宗教だって話は聞いたことがあるが、一体どうしてホットドッグを使って恐竜をよみがえらせているのか皆目見当がつかなかった。

「恐竜もどき?」

「ラプトルやらトリケラトプスの骨にサーキシズム由来の触媒を取りつかせて自立させてるのさ、ファッキン・ミート・ディノサウルスも知能は低いが人以外の全てを襲えっていう命令はなんとか今のところは守ってくれてる。それよりもあんたに聞かなくちゃいけない事があるんだ。」

「ここから脱出したい。今脱出可能なルートについて知ってる事を教えてほしい。」


結局のところ、いくら蘇った恐竜に守られていると言っても限界はある、そういう話だった。

「リンカーントンネルで脱出路が構築中って話は聞いた、現状はしらないが、可能性が一番高いのはそこだろう。もしくは沿岸警備隊経由で海を越えるかだ。ただ、船が消失したって話もある。どっちにしてもNYの街をどうにか突破していかないといけない。」

「なら、突破すればいいさ、私がどうして延々とファッキン・ホットドッグにあれこれ刻んでいたと思う?実は、短時間しか動かせないが切り札があるんだ。それを使えばうまくいけば脱出路までの道を作れる。」

「切り札?」

「T-REXをよみがえらせるのさ。それを使って悪魔を蹴散らして突破する。」

馬鹿みたいな提案だったが、それはある意味で魅力的でもあった。恐竜が実際に動いているのを目にしたいという欲望だけで頷くわけには行かなかったが、それでも検討するには値する提案だった。

「のってもいい、だが、実際にT-REXが動くのを見届けてからだ、でなけりゃ無茶な作戦、うまく行きっこないからな。」

私はずきずきと痛む頭を押さえながら彼の提案に賛成する事にした。実際にそれがどうなるかは分からなかったが、少なくともその時は他に選択肢が浮かばなかった。そして、私がそのT-REXについて詳しく聞こうとしたその時だ、事態が動いた。

「あのデーモン、エントランスフロアのシャッターを破りやがった。急いできてくれ!」


私とスタッフ……あのスティードマンがエントランスに駆け付けた時、そこは戦場となっていた。普段は観光客でにぎわうエントランスには外の赤い霧がゆっくりと流入し始め、それと共に大量のクリーチャーどもが中へとなだれ込んできていた。一瞬めまいを覚えたが、次の瞬間、我々の頭を飛び越えるように何かが悪魔の群れへと飛び込んでいった。それが、あの恐竜もどきを始めてみた瞬間だった。奇妙に脈動する肉のとりついたヴェロキラプトルがそのかぎ爪を武器に煙の悪魔に飛び掛かったかと思えば、壁を突き破って現れたスライムのような何かに覆われたトリケラトプスが牛頭に手痛い教訓を味合わせる。

「これがサーキシズムの応用、肉の神秘だ。ネオサーキックの信徒としては珍しく世の中に役立つ活用法だと自負してる。私はこれからT-REXをよみがえらせるために触媒を設置しに行かなくちゃいけないがあんたには他の警官やら生き残りと一緒に時間稼ぎを頼んでもいいか?いくら強力に見えても結構脆いんだ。」

私はため息をついて彼の提案に頷いた。

「これでもエクソシストなんだ、少しは時間を稼げるだろうさ。だが、早めに頼む。それで、他の生き残りはどこに?」

「こっちだ、案内する。」


2001年 9月13日 ニューヨーク アメリカ自然史博物館 アデルバート・スティードマン 歴史学者/ネオ・サーキスト

例のエクソシストの警官を他の仲間と引き合わせて防衛に回ってもらった後、私はT-REXの展示室にいた。周囲にあらかじめ刻んでおいた精神保護の魔法陣にネオサーキシズムの魔術研究用に保管されていた血液を流し込んでいく。そして蘇生術式と個体操作の為の触媒のソーセージを一つずつ、要所要所に差し込み、自身の血をたらして定着させる。

「俺はディア大学出の歴史学者でプロトサーキックの信奉者じゃないんだぞ、もうちょっと現代的な手順に構築しなおせってんだ、ファッキン・カルキスト。イオン様にアルコン様、我が身を通じて門を開き、古代の獣に血の加護を与え給え。わが身は血と肉の信仰の元に。わが心は世界の果ての貴方様に。」

愚痴交じりにカスタマイズした詠唱を唱え、輪唱させるようにタイミングに合わせてテープレコーダーのスイッチを入れていく。カチリ、カチリとスイッチが押され、ソニーのカセットデッキから呪文が流れ始めると魔法陣が昏く紅い光によっておどろおどろしく輝き始める。頭にノイズのような何かが走り、その場にいない誰かが左耳に語り掛けてくる。何かがそこに降りてきている事を確信し、彼らのいう事を意識しないようにしながらゆっくりと詠唱を締める。

「アルコンよ、アディトゥムの神よ、その力を持って失われた肉を再び与えよ。蘇りし肉よ我が眷属として悪夢を喰らえ、死を知らぬものに死を与え給え。」

動作要素、音声要素、触媒、即席にしては比較的上等な部類のそれで行われたそれはジュラ期の王者、T-REXに対して十分な効果を発揮した。57本のソーセージが膨張し、まるでそれぞれが生きた何かのようにREXの骨にまとわりつく。それは骨格を覆い、筋肉を形作り、疑似的な生命として何千年前の暴君をこの世に蘇らせた。


2001年 9月13日 ニューヨーク アメリカ自然史博物館 バリー・コスター巡査部長/エクソシスト

例の歴史学者のスタッフにカフェまで案内されるとそこでは生き残った部下やボランティアの市民たちが装備を整えていた。聖別された弾薬、銀メッキされた十字架に僅かながらの聖水。防弾ベストにそれぞれを詰め込んでいた。

「巡査部長、待ってましたよ。ボルトもクロスボウも陣地から回収してます。物理で悪魔祓い、今度こそ期待してますよ。」

調子にのった調子の若い巡査が装備の入ったボストンバックを投げ渡してくる。手早く身に着けてクロスボウにボルトをつがえるとバトル・アスペルジラム2にカートリッジを装填して吊るす。

「さあ入館時間を間違えた悪魔には地獄へお帰りいただこう。」


ヒュダダン、ヒュダダンと鋭い音を立ててエントランスに向かってクロスボウのボルトが一斉に発射される。雨あられと降り注ぐボルトはヴェロキラプトルを踏みつけて今にもとどめを刺そうとしていた牛頭の悪魔を蜂の巣にして地獄へと送還する。

「ファイア、ファイア、神はベガスへのバカンスからNY観光に切り替えてくださったぞ!自由の女神から神の加護を大安売りだ。」

クロスボウにボルトを装填しながら声をあげる。柱や仮置きされた資材を遮蔽物に射撃地点を確保しながら各自で全身をしていく。幸いにもラプトルや他の恐竜たちの半数はいまだ健在であり、彼らを巻き込まないように侵入してくる悪魔たちに射撃を加えていく。

「シャッターに沿って簡易的な聖域を作る。奴らの侵入を防ぐ結界を作るぞ、手を貸せ。」

「ラジャ、恐竜の下敷きなんてやめてくださいよ、笑い話にもならない。」

「了解、せいぜい美味しいところを持っていくさ。3秒後に一斉射で道を拓け、その後は各自で死なない程度に守れ。」

そんな戯言を話しながらも腰につるしたバトル・アスペルジラムを抜くと、斉射にあわせてエントランスホールへと飛び出していく。すれ違いざまにアスペルジラムの一撃を煙の悪魔に食らわせてノックアウトすると、悪魔に飛び掛からんとするラプトルの間をスライディングで抜け、一気にシャッター直近の柱へと取りつく。懐から残り少ない聖水の詰まったスキットルを取り出すとゆっくりと息を整えて詠唱を始める。

「Exorcizamus te, omnis immundus spiritus……」

片手でアスペルジラム、片手に聖水を持って悪魔の侵入してくるシャッター、詠唱を行いながらその破砕された地点に歩みを進めていく。近づいてくる悪魔をアスペルジラムの手痛い一撃ではねのけながらの詠唱は神経に障るものがあったが、一旦は無視して、聖水でラインを引きながらシャッターの横を通り抜けて反対側の柱へと入る。

「purified! purified!」

キーとなる言葉で詠唱を締めくくると聖水で引かれたラインが淡い光で輝き、薄い膜のような壁が出来るのが見える。それが何なのか理解もせず通り抜けようとした煙を吐き出す人型の悪魔が壁に触れると、まるで電気柵に触れた猪のように悪魔が弾かれ、侵入を防ぐことができる最低限の威力がある事を証明する。

「後は中に入ってきた奴だけだ!T-REXが復活して脱出の準備が整うまでここを維持するぞ!」

そう叫びながらスキットルを一口含み、聖水を飲み下しふところにしまう……あくまで低級の格の低い悪魔しか防ぐことが出来ない代物であることを口に出さず、代わりにものすごい勢いで近づいてきた悪魔をその聖水入りのメイスで殴り飛ばすことで代替とする。熊か何かかと見紛うばかりのスピードのそれに対してホームランをかますように思いっきりスイングしてやると、インパクトの衝撃でアスペルジラムから聖水が噴き出し、飛散した聖水とメイスのインパクトで悪魔がまた一匹送還される。

口笛が聞こえ、それに続くようにクロスボウのボルトが、散弾銃の掃射が、ラプトルの鉤爪が悪魔を掃討していく。一時の波はしのぎ切った。そう、この時、ほんのひと時とは言え勝利の余韻に浸り、浮かれていたのだと思う。その数十秒後に起こるそれを目にするまでは……


それは突然の事だった。ズン、ズシン、と縦に大きな揺れがあったかと思うと、建物が大きく揺れ始めた。最初は小さく徐々に大きくなっていくこの振動はひときわ大きな振動の後に上部からの衝撃という形に帰結した。天井が結界ごと崩れ、その瓦礫が何人かの生存者を押しつぶす。

「ひけ!ひけ!でかいやつが来たぞ!機動防御に移れ!」

「退路が瓦礫で埋まってます!これじゃ下がれない。」

「何か逃げ道を探せ、瓦礫をかき分けて奥だ!」

あたり散らすように叫ぶ。瓦礫をかき分け、少しでも奥に行こうと足掻くが一人、一人、また一人と瓦礫を乗り越えて外から侵入してくる悪魔に飲み込まれていく。結局、終わりを先延ばしにしただけなのか?あきらめにも似た感情が奥底から湧き上がってきた、次の瞬間だった。

何処からともなく曲が聞こえてくる、クイーンズの曲だ、壁の反対側、瓦礫の奥から……聞こえてくる。絶対に止まるなと。そして次の瞬間現れた……鞍を付けたT-REXにのったクレイジーな学者野郎だ!


2001年 9月13日 ニューヨーク アメリカ自然史博物館 アデルバート・スティードマン 歴史学者/ネオ・サーキスト

鞍を付けたT-REXはフロアの全てを蹴散らし、壁を突き破ってエントランスホールへとたどり着いた。スピーカーからはクイーンズの名曲をリピート再生でファッキン・ホットにテンションを上げた状態でだ。

「よう、警官。まだ生きてるか。」

「遅すぎるんだよ、学者野郎。俺は流星、俺は音速のレーシングカー、こんな状況じゃ皮肉めいてるぞ。」

「これでも急いだんだ、少なくとも全滅してないだけましだろ。道を開けてやる。リンカーントンネルを目指すぞ。」

尻餅をついた状態でこちらを眺める巡査部長に肩をすくめて答えてやる。何やらT-REXのデカブツがこっちを見下ろしてるのを見ないふりして調子に乗ったように壁をぶち破る。T-REXはおまけとばかりに近くにいた悪魔の一体に喰らい付き、まだ動ける状態にある悪魔の方向へと投げ飛ばす。続けて警官やスタッフの生き残りに近づこうとする奴らを尻尾で薙ぎ払う。

「周囲の悪魔やあのデカブツは俺がひきつける、駐車場のバスを使え、後で会おう。」

私はなんとか立ち上がり、武器を構えた巡査部長に向かって懐から観光用のバスのキーを投げ渡すと、デカブツに向き直って少しでも威勢がいいところを見せつけてやろうとする。T-REXが怯えを隠すように咆哮を上げる。見れば見る程やばい感じが伝わってくる。赤い霧で視界が悪くなってるっていうのにそいつだけは光で浮かび上がるようにはっきりと視認出来た。左耳のノイズが囁く。

「緋色の王に敬意を……」

「知るか、あれは既知の世界を侵食する脅威だろうが。」

「緋色の王に畏怖を……」

「それは俺以外の誰かがする事だ。俺は死にたくないだけだ。」

「王に……」

左の囁きを無理やり意識の外に追いやる。意を決して一撃くわえて逃げよう、そう決意した時だった。

こちらを見下ろすその巨大な何かに、杭か、槍か。そういう何かが突き立った。いや違う、奴の体をすり抜けてニューヨークの石の石碑、クレオパトラの槍がこちら側に伸びていた。それは、すぐに引っ込められ、次の瞬間、そのデカブツを横なぎに薙ぎ払った。

「ファック、また次の悪魔かよ。ファッキン・メカニトか?それともゴジラでも出たか?」

クレオパトラの針の根本、その先には何かの影が見えた。機械的なごつごつしたシルエット、憎むべき機械の信奉者どもが操る様な、いうならばガンダムのようなシルエットがそこにあった。それはクレオパトラの槍らしき長い物体を携え、セントラルパークに倒れる巨大なナニかを見据えている。

一体どうすべきか考えていると、後ろでエンジン音が聞こえ、バスが出発しようとする音が右耳に流れ込んでくる。私は手綱を引いてバスの方へとT-REXを差し向けた。ガンダムだろうが、エヴァンゲリオンだろうが、マクロスだろうが知った事ではない。ヒーローがいるならそいつらでやればいい事だ。


2016年 9月13日 ニューヨーク 新アメリカ自然史博物館 karkaroff パラウォッチジャーナル専属ライター

その荒唐無稽なファンタジーの内容を古めかしいタイプライターで記録しながら私は話を締めくくる。

「それで、あなたがたお二人と生存者の皆さんはリンカーントンネルを抜けてあの次元崩落から生還した、という訳ですね。」

次元崩落を生き抜いた人々の証言はどれもこれもまるでフィクションのようなとんでもない話だが、その中でも飛びぬけてぶっ飛んでいた。だが、再建されたアメリカ自然史博物館の目玉となっている”生きた”T-REXの展示を見る限り、少なくともその話のかなりの部分は本当の事なのだろう。実際にリンカーントンネルの周辺では彼らの証言を裏付ける多くの目撃情報もあった。

「ああ、俺としてはあの時に死んだと思ったのだが思わぬ増援で命を拾ったという訳さ。クイーンズの曲を流すためのスピーカーの設置がなければ生存者がもっと増えた筈と思うと残念な部分はあったが……」

「あれは囮になるために必要だったのですよ。脱出時にファッキンクリーチャーの注意を引き付けるには十分に役に立った。」

などとの言もあったが、どちらが事実だったのか、本当の正解を見つけることは難しいだろう。だが、この二人のキーパーソンの証言からNYの次元断裂について多くの事がわかった。未だに正確な情報の語られないセントラルパークでの事象についてだ。

あの場所では公式発表では詳細がボカされていた”複数の”神格実体の現出があったとされる可能性が高い。もしくは一体の神格実体とそれへの対抗手段として用意されたGOCやメカニト、財団などの何らかの団体の切り札が投入された可能性がある。

真実は未だ闇の中だ、しかし、パラウォッチジャーナルの目はいつか霧の奥に隠れた真実に光を当て、新たな情報を届ける事だろう。今はこの二人と、そしてアメリカ自然史博物館の生存者たちの生還にエールを送り、今後の幸運を祈るとしよう。世界に真実の目を。

『NYPDと次元崩落』
2016年10月5日 ニューヨーク市警 バリー・コスター警部補 および 歴史学者 アデルバート・スティードマン氏のインタビューより抜粋
著:karkaroff パラウォッチジャーナル専属ライター

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