とあるエージェントのキャリア堕落譚
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バン

エージェント・福留は試射場の的に静かに狙いを定める。きっちりと両手で銃を構え、真ん中を撃ち抜いた。

「いい知らせがあるんだ」

試射場には二人いる。一人はエージェント、もう一人は研究員だ。

「へえ、ぜひ聞かせてほしいね」

エージェントの名前は福留。財団に入って十年近く経つが、まだまだ体力に衰えを見せない現役バリバリのエージェントである。この日は同い年の研究員に呼ばれて、いつもの試射場に足を運んだ。

「この前、対現実改変者用拳銃の実演をしてくれただろ?」

博士や研究員と比べて、前線で異常と戦い続ける実働的な印象があるエージェントだが、意外にも日頃から準備しておくことは多い。その一つは銃の扱いだ。当然だが、財団で使う銃器の中には世間に広く知られたそれとは違うものが多数ある。軍隊もびっくりの反動の重さ、装填の難しさ、扱いづらさ。これらは化け物に対抗するための成分を日夜研究する化学畑の職員達と、度重なる仕様変更に辟易する工学畑のエンジニア達との間の摩擦によるものである。

「ああ、そういえばそうだったな。今さっき撃ったやつもそれだよ。こうやって頻繁に訓練しなきゃ腕が鈍るんだ」

「結構扱いが大変みたいじゃないか、うちの銃は」

その摩擦を受け止める役割こそ、エージェントである。扱いづらい銃だからと言っても、実践で使えないようでは意味がない。度々配備される奇天烈な銃のメカニズムを頭に叩き込み、試し打ちして腕に慣らすのだ。この作業の煩雑さにエージェントは苦しめられるが、同時に彼らの誇るべきアイデンティティでもある。エージェント・福留においてはその志向はさらに顕著である。工学、化学、合わせて研究畑の青菜のような職員達ができないことをやってのけているという優越感が男のモチベーションに繋がっている。

「そうだろうそうだろう。全く大変なんだよこれが」

福留は演技ぶった態度で肩をすくめた。福留は、はっきり言葉に表すことはないが、少し嫌味な男である。男は実務主義的な傾向が強く、どんな理論や定理を研究室でこねくり回していようと、一番大事なのは前線で戦う自分だと思っていた。仮にどんな強い銃だの兵器だの開発したところで、実際に狙って撃つ俺が居なきゃ始まらないのさ。この前の山間地での化け物退治も、市街地での悪者たちとの銃撃戦も、エージェントが居なきゃ何もできないじゃないか。こんな自己中心的な内面を男は持っていた。今この会話の瞬間も研究員と自分の上腕の太さを比較しては悦に入るような歪んだ内面である。その内面が男の職務遂行意思の向上に貢献していたためさして糾弾すべきことでもないが、それにしても男は忠実なエージェントたちの中で一際強いナルシズムを持っていた。

「現行の自動式拳銃を自分でも試したんだがね、反動がひどいのなんの。エージェントはよくこんな銃を扱えるね」

「ああ、反動はひどいが、それでも撃てなきゃ始まらないさ。向かってくる敵は待ってくれないからな」

「確かにそうだが、それでもすごいさ。こっちの財団製テーザー銃もね、反動がひどくて肩が外れるかと思ったよ」

「そうだろう、なんたってテーザー銃の癖に弾丸はアフリカゾウの内臓まで突き刺さって、内側から電流流して殺すほどだからな。俺だって扱いには苦労しているが、なんとかやってるよ」

「それについては本当に苦労を掛けてしまったと反省しているよ。装備を作る側の立場に居ながら情けない。こんな状況でも任務をこなしてくれるのは、ひとえに君たちエージェントの実力に他ならないよ」

男は気分上々だった。ただでさえ下に見ているヒョロガリが、こちらを褒めてくれている。ラボで実験を繰り返してばかりの研究員が、自分のエージェントという立場を称賛している。男にとってこの研究員の発言は自分の承認欲を高める心地よいものだった。恐れ入ったか。これが前線で命を張るエージェントの御姿だ、と男は余裕気に鼻を鳴らした。

「そこで、いい知らせの話に戻るんだが。これらの不便を解消するアタッチメントを開発したんだ!」

「……は?」

「このサイレンサーみたいな見た目のアタッチメントなんだけども、中身はただのサイレンサーじゃない。エージェントの君じゃあ分かんないだろうから奇跡論だのAIだの詳しい説明は省くが、反動無効! オート照準! さらには不思議なことに軽量化! これなら非力な研究員の僕でも簡単に扱えるのさ」

若い研究員はおもちゃの銃を持つように片手で拳銃を構えた。適当に試射場の紙標的に銃を向けると、奇天烈な装置からは謎のピコピコ音がした。

素直で純粋な研究員は男からきっと好意的な反応を貰えるだろうと期待して、振り向いて微笑んだ。研究員は、的など見向きもせず引き金を引いた。

「どうだい?オート照準だから一度的に合わせたら後は適当に撃てばいいんだよ」

バン、バン、バン

銃口から飛び出した三発の弾丸は、全て試射場の的のど真ん中を、静かに撃ち抜いた。

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