アレクサンドル・ユーリエビッチ・ピチュシキンはロシアの連続殺人犯。
40件以上の殺人罪と3件の殺人未遂罪に問われ、終身刑が科せられた。
「チェス盤のマスの数だけ人を殺さねばならないと思った」と発言。
マスコミなどからは「チェスボード・キラー」と呼ばれる。
──君がピチュシキンだね?
: えぇ。初めまして。
──私はスミルノフという。この施設、財団の職員さ。君のインタビュアーを務めさせてもらう。
: あなたもロシア人ですか。
──そう、お互いロシア人だ。面倒な嘘は無しでいこうじゃないか。早速だが、本題に移ろう。君の持っていたチェスボードについて、だ。
: あのイカれた盤ですか。異常品だったでしょう?
──確かに、あれはウチで扱うべきものだったよ。同時に君自身におかしいところがないことも分かった。
: それはなにより。それで、俺はどうなるんです?
──君は検察に引き渡される。少なくとも、こんな物々しい場所じゃないところに護送されるよ。
: 待った、裁判で立件されるのは殺人罪一つだけですよね?
──待つのは君の方だ。細かいことは後で話すさ。一先ずは、こちらの質問に答えてくれないか。
: ……分かりました。
──君があのチェスボードをどうして入手したか、そして異常性にどうして気付いたか、改めて話してくれるかな?
: あのチェスボードはチェスの大会で優勝したときの賞品だったんです。……誰かしらにチェスに勝ちたかった、それだけだったんですがね、俺は。そんで、家に帰って箱からボードを出してみたら、盤上にコインがあったんです。1枚。
──あの1ルーブル硬貨、だね?
: あれが1ルーブルだって気付くのは、まだ先のことですがね。裏返して何のコインか確認するのも憚られましたよ。友人の顔がオモテになってるコインなんて。
──顔は、君が殺したはずの友人のもの。それで間違いないね?
: はい。俺が14年前に殺した、[個人名]でした。
──続けて。
: 奴は俺を睨んできました。ただ冷淡に俺を見てきた。俺はその1ルーブルをドブに捨ててやったりしたけど、何度やってもコインは再出現する。箱にボードを入れても、貫通するように視線は感じる。奴は、俺を見続けました。
──なるほど、経緯は分かった。それで、連続殺人に至った動機は?
: だんだんと、奴は俺に語りかけているような気がしてきたんです。「俺以外の顔を、ボードに混ぜればいいじゃないか」。「俺以外の怨恨を混ぜれば、俺の怨恨は薄くなる」。そんな風に。
──ふん。
: だから俺は、チェスボードのマスの数だけ殺さないとダメだと思い始めたんです。その上で実行した。でも、怨恨の視線は混ざって薄まったりしない。結局俺は62人殺して、そこで止められて終わりました。あのクソ盤に狂わされてたんです。俺はチェスボードに殺人を強いられた。
──そこまでだ。承知したよ。君はインタビューを受けてもらった。私からも何か言うべきだろう。情報交換さ。
──「チェスボードに殺人を強いられた」、君はそう言ったね?
: はい。
──我々財団の調査結果は、あのチェスボードに殺人を強制させる効果がないことを示した。
: は?
──君も見ただろう? オレンジツナギの人間。彼らは実験体みたいな存在なんだよ、ウチでは。実は結構な重罪人もいるわけで、殺人を犯した人間もいるんだ。そんな彼らにチェスボードを目視してもらった。君の言う通り、死人の顔が描かれたコインがいくら回収しても出現した。しかし、複数人試しても、殺人衝動に目覚めた人間は出なかったんだ。「視線」を感じる人間もね。
: そんなはずはない!
──君がチェスボードに影響されたというのは半分だけ合ってるだろう。
──だが、決して強いられてはいない。君自身の、いや、人間になら誰にでもある内包された異常意識とチェスボードが結びついてしまった。異常なオブジェクトと出会ったことで、異常意識のトリガーが引かれ、殺人に目覚めてしまった。我々はそう推測する。
──君は殺人の理由を、チェスボードに求めていたんじゃないか?
──黙ってしまったね。
アレクサンドル・ユーリエビッチ・ピチュシキンはロシアの連続殺人犯。
40件以上の殺人罪と3件の殺人未遂罪に問われ、終身刑が科せられた。
「チェス盤のマスの数だけ人を殺さねばならないと思った」と発言。
マスコミなどからは「チェスボード・キラー」と呼ばれる。彼は後にこう発言している。
「止められることが無ければ、殺人を止めなかっただろう」と。
説明: 殺人歴のある人物が目視すると、被害者の顔が刷られた、自身に馴染みのある硬貨が盤上に出現するチェスボード。
回収日: 2006年██月██日
回収場所: ロシア、████市内。犯人を射殺した経験のある警官に、殺人事件の家宅捜査中発見される。
現状: サイト-██で保管。
ただこれだけのアイテムがかつて多数の犠牲者を生んだとは、きっと思われないだろう。 - スミルノフ博士