羽根を持つモノ
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作戦が開始され、静寂が戻ったカフェエリアで
準備を始めた。
もちろん機動部隊な-1224"メイドさんのお手伝い"の実力を疑っているわけではない。
しかしそれでもなお未知数なこの作戦の成功を可能な限り100%に近づけるために、私が別働隊として動くことにした・・・
まあ、実を言えば最初から私を含めた3方向で追い込むつもりでいた。
スタンガン、ロープ、フック、ボウガン、聴診器、手鏡、各種工具を手持ちのバスケットとメイド服の各所に詰め込む。
普段の「粛清」ならばここに加えてもう少し道具を加えるが、今回は「捕獲」までなので省略。
バックアップチームに私の存在は秘する事を伝え後を託した私は、少し重くなったメイド服を纏ってカフェエリアを後にした。

とはいえ、すぐに目標確保に向かう・・・とはいかなかったりする。
つい報酬の増額をとんとん拍子に決めたのだが、増額分の食券の交渉がまだ済んでいないのだ。
先に忘年会のサブ会場にもなっている食堂へ向かい、手痛い出費ではあるが報酬分の食券の確保をしなければ・・・
少し速足で食堂に向かいつつ、端末で電子掲示板の書き込みを覗いていると

単逃げに4

他にも

全逃げに1

という謎の書き込み・・・逃げ・・・?
私は少し考え、一つの顔が頭に浮かんだ・・・
すぐにその書き込みの出所を探り、そちらに向かい踵を返す。
参加費は頂かないと、ね。


「差の単逃げ4枚やな!まいどー!」
忘年会エリアの端にある一室、メイン、サブ、カフェエリアからも離れており本来であれば人はあまりいないはずの場所。
しかし、その中は熱気に包まれていた。その中心にはお祭りごとが大好きな達磨・・・もとい達磨の面を被った男が一人・・・
「いやー、しかしおもろいことになってるやないの。こっちも臨時収入入ったし、お祭りはええなぁ!」
集まった参加者が持ち寄った食料を面をずらして上機嫌に食べながら、電子掲示板の情報に目を向ける。
両チームともまだ確保には至っておらず、まだ追いかけっこの状態。文字通り高みの見物・・・という感じである。
コンコン
そんな熱気の中、控え目なノックが室内に響いた。
「また新しい参加者かいな?ちょっと鍵開けたってー」
達磨男は電子掲示板から目を離さずに入口の方に居る参加者に頼んだ。
その選択が、彼の明暗を分けた。
「こんばんは、天王寺博士」


私が扉を開けてもらい中に入った瞬間、室内は凍り付いた。
外から聴診器で中の様子を探った時はちゃんと熱気に溢れていたのだが・・・
まあ、どうでもいい事でしょう。
「こんばんは、天王寺博士」
私は達磨のお面を頭に付けて食事をとっていたであろう天王寺博士ににこやかにあいさつをする、残念ながら博士と部屋の解凍はなかったが。
そのまま、部屋を横切る・・・室内の皆はまるでモーゼの出エジプトのように道を開けてくれた・・・大変ありがたいことです。
「な、なんのようかなぁ?」
まるで蛇にでも睨まれたかのように急にトーンダウンした声を出しながら、天王寺博士がこちらを見る。
「面白そうなことをしてると聞きつけまして・・・参加者を集めようとするのに電子掲示板は確かに有用ですが、もう少しやり方を練るべきでしたね?」
「何の事かさっぱり分からへんわ」
「どうせ胴元の利益計算してやってるんでしょう?」
「利益失くして胴元は出来へんで?」
「とりあえず半分いただきましょうか」
「は・・・!?」
「半分。嫌だと言うなら仕方ありませんが・・・」
その場合は全部持って行きます。という言葉を飲み込み、私は出来る限りにこやかに交渉を続ける・・・バスケットの中からロープを取り出しつつ。
「それは脅しちゃうかな!?」
「交渉ですよ?」
手段を選ぶ気があまりないだけで。と心の中で付け加えつつ更に交渉を続ける。
「ナナサンで「半分です」ならロクヨ「半分ですって」」
「・・・」
「・・・」
なかなか折れてくれない・・・あまり時間をかけるわけにもいかない以上、全員簀巻きにするしか・・・
と、準備を始めた時
「分かったわ・・・半分持って行きぃや・・・」
「ありがとうございます、天王寺博士」
バスケットから取り出したスタンガンが効いたのかやっと折れくれたようだ。

私は思わぬ臨時収入に軽くなった足取りで食堂の目の前まで歩き、その入口前まで来たところで
おもむろにバックステップ。
「ぐえー!!」
私がさっきまで立っていた場所を職員が通過する・・・流石に当たると痛そうなので当然避けました。
次が来ないことを確認した後にその飛んできた方向・・・食堂の中を見ると・・・
サブ会場の一部は文字通りの戦場と化していた。
台所はさながら戦場のようだ・・・とは誰が言った言葉でしたっけ・・・
その戦場の主役の一人は大柄な男、ゆったりとした動きで自身を止めようとする人間を殴り飛ばす、その緩やかな動作とは比べ物にならないほどの被害を出していた。
もう一人の主役も男、ただし全身スーツを着込んでいるためにその顔はうかがい知れず、こちらも暴れている・・・千鳥足で。
その暴れっぷりは大柄な男を静とすれば動の動きと言っていいような暴れっぷりで、双方を止めようとしてエージェントたちが立ち向かっているにも関わらず旗色は悪い模様。
なんとなく何が起きたかは察しが付きますが・・・正直、関わりにならない方がいいでしょう。
幸いなことに、食堂の一角だけが戦場となってるのでその腋を抜けてキッチンの方へ
「おや、そこに居るのは長夜博士じゃないか」
辿り着けず・・・暴れていた二人に完全に見つけられてしまいました。
「こんばんは、銀襟主任。エージェント厚木も」
「んふふふ・・・こそこそとどこに行こうというんだい?」
ゆっくりとこちらに近づきつつ、いつも通りの口調で声をかけてくる銀襟主任・・・その割に明らかな敵意を感じるのは多分気のせいではないのでしょう・・・
さらに荒い呼吸音を響かせたエージェント厚木もジリジリとこちらに詰め寄る、やっぱり千鳥足で。
「一体何事でしょうか?」
大体想像はつきますが一応確認を・・・周囲の投げれそうな物、机、人の位置に注意を注ぎながら。
「んふっふっふ・・・実は先ほどエージェント差前がここにやってきてね・・・」
ああ、やっぱり・・・しかも銀襟主任が暴れっぱなしと言うことは「彼女」はまだ戻ってきていない、と。
2人との距離が徐々に詰まる・・・逃げようにも残念ながら入口はすでに遥か彼方、正面突破するには数が不利・・・
さて、どうしたものか・・・
「なるほど、大体の事情は察しました」
「君の頭の回転が速くて助かるよ・・・んふふふ。」
「ですが、エージェント差前が暴れてる件と私は無関係では?」
「なかなか面白いジョークだ」
「事実です」
「んふっふっふ・・・」
「・・・あの・・・?」
「んふっふっふっふ・・・」
残念ながらその歩みもその敵意も全く変わらない・・・
どうやら聞いてもらえないようです。
私はここで一戦交える気はないのですが・・・とりあえず脱出を考えるとしましょう。
「仕方ありません・・・、それでは」
私は隠れて手に持ったテーブルコショーを銀襟主任へ投げつける!
それは綺麗な放物線を描き銀襟主任の顔に向かい・・・
荒い呼吸音に遮られた。
「罪には・・・罰を・・・」
私は舌打ちをしながら、突っ込んでくるエージェント厚木に椅子を蹴り投げ、近くにあったパイ投げ用パイを顔面にプレゼント。
・・・しかしなんでこんなものまであるんでしょうかココ。
一瞬疑問が浮かぶがマスクに付いたクリームと格闘するエージェント厚木の隙を逃さず、足をロープを掛け引き摺り倒す。
周りのエージェントが取り押さえに掛かったのを確認し、更に次の目標である銀襟主任に向けて次々とパイを投げる!
「んふっふっふ・・・当たらなければどうということはない」
私が投げたパイを通常の三倍の速度で避けながら銀襟主任は距離を詰め、その研ぎ澄まされた拳が襲いかかる!
「そこまでじゃッ!」
突如食堂に響いた声に、銀襟主任の拳と彼の顔面を狙った私のトレイの動きが止まる。

銀襟主任への警戒を続けながら、声のした方を見ると・・・声の主は見えなかった。
正確に言えば、人垣の向こうから声を発したようで、人垣に阻まれて見えなかった。
「ちょっと・・・どいて欲しいんじゃよー」
人垣をかき分けて声の主が近づいてくる・・・少し下の方から。
「こんばんは、鬼食料理長」
「こんばんわー・・・早速二人とも武器を降ろして貰おうかの」
その言葉に合わせて銀襟主任は拳を、私はトレイをそれぞれ降ろした。
「その一味もじゃよ」
・・・一応隠し持っておいたのですが、見抜かれた様子。
もちろん、それも机の上に戻す。
「うむ・・・ところで何か用じゃったかえ?」
「ああ、そうですね・・・食堂とカフェの3割引き券を42枚ほど頂けます?」
「・・・何に使う気じゃ・・・」
怪しむようにこちらを見る料理長・・・まあすでに今日の報酬分でかなりの量買ってますからね・・・
「えーっと・・・エージェント差前を捕まえるために必要な出費でして・・・」
「最前ここにも来たのじゃが・・・一体何をしとるのじゃ・・・」
同時に先ほど消えた敵意を再び察知。どうやらちゃんと説明した方がよさそうだと判断した私は、「ではまず最初から・・・」と切り出し、説明を始めた・・・

まずエージェント差前を「粛清」のために追っていること、阿藤博士と峰研究員助手も同様であること、そして機動部隊な-1224"メイドさんのお手伝い"の発足とその報酬のこと、最後に私も今から追うことを簡単に話し・・・
「・・・と、言うわけでして・・・割引券が必要になっているのです」
・・・ちなみに代金を天王寺博士から徴収したことは伏せてます・・・まあ天王寺博士も出所が出所だけに喋らないでしょう。
説明してる間に敵意も消えたようです。
「ふむ・・・まあそういう事なら構わないんじゃよ。ただ今すぐというのは無理じゃ」
「後で構いませんよ。終わった後に寄りますので」
今日は忘年会と言うことで、ここ食堂は出入り自由のバイキング形式となっている。このため食券の販売管理システムそのものが切られているのだ。
要件も終わり、立ち去ろうとしたとき・・・
「あ、そうじゃ。今から追うのなら簡単な料理でも食べていくのはどうかえ?」
「料理・・・ですか?とはいっても私も急いでる身ですし・・・」
「ちょっとした滋養強壮のスープじゃよ。そんなに量もないぞ」
・・・あまり良い予感はしません・・・ですが彼女の腕ならそれなりのものが出てくるでしょうし・・・
「では・・・一杯だけ」
「承知したんじゃよー」
鬼食料理長はキッチンに入っていく、その後ろ姿を見ながら私の頭にある疑問がよぎる。
・・・銀襟主任は何故私を迷うことなくターゲットにしたのだろうか・・・?
「経験則だよ、んふっふっふ・・・」
「・・・あの、まだ私何も言ってませんが?」
「それも経験則だよ、んふふふ・・・」
「・・・」
そんなやり取りをしているうちに、香り立つスープを持って鬼食料理長が戻ってきた。
「特製の亀のスープじゃッ!」
そう言いながら差し出された椀の中には・・・
見事なほどの緑色と赤色の亀の甲羅となぜか手羽先が・・・
「亀のスープ?」
「特製のじゃ。効くこと間違いないぞ!」
・・・確かに効きそう・・・ではありますが・・・うーん・・・
「さ、グイッと」
「あ、やっぱり私急ぎますので」
ガシッ
立ち上がろうとした私の手を鬼食料理長が掴む。
「御残しは許しまへんで?」
・・・逃げることなど不可能な状況であった・・・が
その時背後で食堂の扉が開く気配がし、私の手を掴んでいた鬼食料理長の目が驚愕の色と共にそちらにくぎ付けになる。
私も何事かとそちらを見ると・・・

そこには、伝説が立っていた。
おそらくは世界で最も有名な兄弟
おそらくは世界で最も有名な配管工
おそらくは世界で最も有名なひげ面
そんな彼が、その立派な耳と尻尾をその身に携え立っていたのだ。
「・・・料理長、このスープを・・・彼に」
言葉は自然と紡がれた。私はその姿を見た瞬間に確信した、このスープは彼の物だと。
「う、うむ・・・」
異論はなかった。私は席を立ちあがり、彼を席へと誘う。
「極上のスープです、どうぞ」
伝説は何も言わずただ席へと向かう・・・それを確認した私はそっと食堂を離れた。
・・・別にスープを 桑名博士 伝説に押し付けたということはないですよ。

そして私はエージェント差前の元に急いで向かう。先ほど電子掲示板の情報を確認したところ、ここからそう遠くはない場所で今追跡中とのこと。上手くいけば挟み撃ちに・・・
「イィヤッフゥゥ!!!!!」
食堂から声が響く、それは伝説の咆哮。ああ、やっぱり・・・と思った矢先、扉が開け放たれる音とともにあまりにも懐かしい電子音を聞いた、そんな気がした。
そして伝説が廊下を駆ける・・・私の方へ向かって!
同時にこちらも走り出し状況を確認する。伝説はその手を広げて疾走中、どうやらすでにこちらの方が若干遅く、更に悪いことに廊下が飾りや備品で若干狭い!もちろん廊下には他にも職員がいるのだが、伝説を前にしては彼らはただの通過点に過ぎず、次々と画面外へ・・・もとい弾き飛ばされていく。
確認している間にも伝説はその速度を増しながら私の背後に迫る!
「くっ・・・」
私は咄嗟に廊下の壁に背中を預けた!
伝説の広げられた手が私に迫る。
2m・・・1m・・・
そしてその手は・・・私の胸の前を余裕を持ってすり抜け、伝説は走り去った。
伝説が駆け抜け空になった廊下を、駆けた時に生じたと思われる一陣の風が荒々しく抜けて行った。

ついでに私の胸中にも。

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