木々に太陽が沈んでいくにつれ、蜂蜜色の光がゆっくりと弱まっていく。O5-13は小さなコテージのベランダに腰かけていたが、小さくうめき声をあげながら立ち上がり、彼が何度も読み返した本の一冊である、ゴーイング・ポスタルを近くのテーブルへと置く。彼がコテージの中へ歩を進めると、頑丈なオーク材のドアがそっと開き、ドアを吹き抜ける風と息を合わせるかのごとく、コートを掛けるハンガーが揺らめいた。調理器具の前を通った時、彼は笑いをこらえられなかった。この場所に来てから、こんなものは必要ではないのに、その一つ一つの素晴らしいこと、笑わずにいられようか。
「ヘイ、スキッピー、ホームタウン・スマイルをかけてくれ」
「間違えられたくなければ、お願いします、って言った方がいいよ!」
「あなた、皮肉の一つも覚えていられないのですか?その頭の悪い態度には飽き飽きしているのですが、ねえ」
「僕の性格をこれにしたのは君だろう、そう考えると全部君のせいってことになるよ、トム」
O5-13がコンピュータを起動させると、ウィーンというゆっくりとした音が空気中を満たした。最初は奇妙に聞こえていたこの音は、何年かすれば心地よい音に変わり、今では彼の思考を渦巻く嵐を静めてくれる、単なる雑音の一つに変わった。
「ある人は言った、ああ、全てが上手くいく日がいつか来る、と」
ログイン画面の読み込みが終わると、輝く緑色の草原を背景に、露が太陽の光を受け、光の屈折でできた虹は景色を横切るように空に掛けられていた。若く、幸せそうなカップルが、手にバッジを持ち、口が裂けてしまいそうなほどに大きく開けて笑っている。彼があきらめてしまった思い出だ。
「この顔には何もないから、あなたの眼には何も映りやしないけど」
パスワード: DrAmeliaArk2007
「あなたに側へいてもらうためだったら何でもするの」
デスクトップ画面が読み込まれると、財団のマークがゆっくりと回転する。亀の背中に四頭の象が乗り、世界を支える影絵を背景にした画面には、数個のアイコンがまばらに表示された。ブラウザを開こうとしたO5-13は、左下に表示された「SCiPNET Eメールにアクセスしますか?新着メッセージが(1)件あります!」という小さな通知を目に留めた。
To: O5-13
From: O5-1
件名: 午後1時からの倫理委員会ミーティングについて
こんにちは、サーティーン。倫理委員会に関する投票がもう一つあるんですが、じきに行われると思います。あなた、巻き込まれるのがお好きでしょう、こういうことには。知っていますよ。開始は一時間後です。
またねチャオ
O5-1
サーティーンは笑みをこぼす。嬉しかったのだ。ここ最近で倫理委員会は良い方向へ進んでいる。確実性への長い坂道を登り始めてくれたらしい。
「会議の時刻にアラームを設定してくれないか?」
「悪い考えではないだろう。きっとこの人工暑気で疲れてしまった。会議までの時間くらい、仮眠をとった方が良いと思ってね」
「すっごく良いよ」
「そうかい?スキッピー。じゃあ私の睡眠用ミックスリストを再生してくれるか?」
「仰せのままに。これより"ルース・Bのロスト・ボーイ"を再生します」
「行くあても帰るあてもなくて、一人ぼっちだった時もあったわ」
O5-5: 残念なことですが、私、少なくとも他に何人か、は問題となっている事についてはよく分かりません。状況について簡単に教えていただけると幸いです。 ファイブの重厚な声が、仮想世界のミーティング会場に蔓延る沈黙を切り裂く。
O5-1: ああ、申し訳ございません。テン?あなたは詳細を分かっているでしょう。
O5-10: このミーティングの二日前のことです。SCP-2561はこれまでに確認されていなかった認知機能改竄能力を駆使して二名の倫理委員会の職員を制御下に置き、逃亡を幇助させました。SCP-2561は追い込まれると、暴れたようでしたがサイト内の二名の警備員によって誤って無力化されました。既に対処済みのセキュリティの欠陥を考慮すれば、SCP-2561は二名の倫理委員会職員にあれほどの影響を与えられなかった筈です。それだけではありません、前述した職員らの行動はより上位の倫理委員会職員によって隠蔽されたと考えられています。明らかになったのは踏み込んだ調査が行われ、今回の件の職員らの身元が判明してからです。
O5-9: 件の職員は今回の事例の前から、SCPと繋がっていた可能性があるかどうかは分かっているのですか?あるいは……
O5-10: 現時点で分かっていることは何一つありません。我々の真実を解明しようという試みも、倫理委員会自体によって妨げられています。
O5-3: この件が職員に与えた影響は?俺が把握している限りだと、職員は皆不純物がごちゃごちゃ入ったガラスの向こう側にいて、いかなるミームを用いた強制も効いていないというものだ、間違いないか?
O5-10: 理論的にはそのガラスがどっか壊れていたのか、実体が当初の想定を上回る強さだったのではないかと考えられています。実体を収容していたチャンバーは現在調査を……
O5-7: とにかく、倫理委員会はここ最近で成長していると同時にいくつかの問題を起こしており、いささか不従順になってもいるということなのですね。それは矯正が必要なようで。
O5-1: 私の考えていることはまさにそれです。倫理委員会の活動は今回の問題などの根本的な原因へと徹底した調査ができるようになるまで、活動縮小をさせたいと思っています。
O5-2: 収容違反時の対応の不適切さを鑑みれば、私も、生憎、あなたに同意せざるを得ません。
サーティーンは苛立ちと共に机に向かって座し、顔のない黒色の影を見つめていた。「私たちはこの問題は倫理委員会によるものではなく、収容の問題であるということで合意したでしょう。違いま……」
O5-11: そうでしたね、ですが倫理委員会の職員は高いCRV1を有していたのではありませんか。今回の件くらいの異常実体の攻撃など、意にも介さなかったのでしょう。
イレヴンが倫理委員会のことに対して反対票を投じるなんて滅多にある話ではなかった。彼はここ最近の倫理委員会の手法を熱心に支持しており、サーティーンの良き友人でもあった。何か大きな出来事があったのだろう。彼の天秤を反対票に向けるような。
O5-8: 倫理委員会へは現時点で判明している、精神影響に関する異常実体への関与を減らすことを提案させてもらえませんか。彼らから完全に権力を剥奪してしまえば、収容に関して他で大きな問題を起こしかね……
O5-9: こういった関与が他の異常実体の研究や収容の試みに対し影響が生じているのならば、私もトゥーに同意するしかありません。精神影響の有無に関わらず、倫理委員会はその職務を遂行しなかった。
O5-10: エイトの提案に特に問題はないでしょう。が、現在の全倫理委員会の職員にはCRVの確認を推奨します。
O5-4: 承知しました。
O5-1: 全員の賛成が得られ次第、「現時点で判明済の、精神に影響を及ぼす異常存在への倫理委員会職員の削減、研究中の異常実体に対する倫理委員会の交流削減、現在も倫理委員会に属している全職員のCRV確認」についての採決を行います。
投票の為の数分間が終わると、二件のメッセージがサイドチャットに表示された。
[OBOT] 投票結果: 可決
[OBOT] 賛成 10 vs 反対 3
O5-1: 皆様、本日はお忙しいところ参加してくださったことに感謝を。詳細については近日中に連絡したいと思います。
顔のないアバター達は一つまた一つと次第に消えていき、残されたのは二人分のアバターだった。「あなたに言いたいことがあります。サーティーン?」
O5-13: あなたは精神に影響を及ぼしてくるタイプの異常実体に対して、縄で縛り続けるのですね、ワン。その縄はいずれ切れてしまいますよ、遅かれ早かれ。
O5-1: 何が最初に壊れるかによりけりだと思いますよ。財団の収容技術者には自信があります。
O5-13: 限界まで押圧されたものはいずれもはち切れてしまいますよ。その時点で、収容の質の高さなど何の問題にすらなりません。
O5-1: 我々が同意しない、ということに同意しなければなりませんよ。それではさようなら、サーティーン。
サーティーンは「会議終了画面」をじっと見つめると、両脇から拳を振り上げた。
「おい、スキッピー?今日の予定はもう何もないか?」
「ないよ!アーカイブ・プロジェクトの進捗状況を確認するってのを除けばね」
「そうか。誰かから電話が来たら、忙しいと伝えてくれ。頭を冷やすために散歩でもした方が良さそうだ」
「了解!良い散歩を」
ドアはサーティーンの背後で勢いよく閉まり、そよ風は明るい色をした草の上で囁き声を出している。家の脇で育つ鮮やかな緑のツタに気付いた彼は、帰ったら刈り取ることをメモに記した。太陽の光が目に入らないように遮りながら、小道に目をやった彼は、行き止まりに青いドアがポツンと立っているのを見ることになった。
石畳の敷かれた道を進んでいく中で、彼は心の中のメモに、SCP-5977のこれまでについてあまり穏やかではない発見をしたことをサミュアルに連絡する、と記した。青いドアへとたどり着くと、彼はドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと開けていくと、中には「お待ちください」と書かれた真っ白な四角い何かがあった。
特筆すべきことが何もない部屋へ歩を進めると、柄のない壁に反響し、声が響き渡った。
「オネイロイ・ウェストへようこそ。ご希望の目的地をお願いします」
「パリだ。フランスの」
「接続を確立中です。しばらくそのままでお待ちください。お待ちいただき、ありがとうございます」
声が途切れ、部屋の中では重い沈黙が領土拡大をしている中、再び声が聞こえた。
「接続が承認されました。オネイロイ・ウェストへようこそ。滞在を楽しんでいただけると幸いです!」