Summer Live!!!
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「日本支部職員でアイドルこさえて今度の夏祭りでライブ開こう」
「え?」

そんな言葉がエージェント・カナヘビの口から発された。その情報だけを聞けば、おそらくはこの猛暑にでもやられたのか、冬眠以外にも夏眠を勧めるべきではないか、やはりあの水槽暑いんだろうな、そうだと思ってたよetc…。といったような様々な推測が飛び交い、即座にカナヘビの休暇申請が出されただろう。しかし、それが発された場所は喧々諤々と議論の交わされる会議室であり、カナヘビの脳味噌は正常そのものだった。

一瞬困惑する会議室を端から端まで眺め、カナヘビの高い声が続く。

「それやったらインパクトもある、大勢に広めることもできる、映像資料としての頒布も可能や。現状アレが出現すんのんはここだけに留まっとんのやし、被害に遭った職員にはどっかの要注意団体による工作員の仕業、ということにしとんのやったね?」
「成程、それに彼女を組み込むということですね。確かにそれなら大きく広まる前に塗り替えられるかもしれない…」

先程まで各自の意見が混濁していた会議室に、一つの納得が広がっていた。満足したようにカナヘビが改めて全員に問う。その表情は読み取れない。

「どうやろうか? 幸い後醍醐おるやろ、ノウハウはアレと弟さんらに任せて職員全員に声かければいい、名付けて"サマーライブ作戦"、どう?」
「少なくとも今以上の事態が発生する可能性は少ないでしょう」
「…予算を考えれば他に良い案は無さそうですね、職員の慰安かつ余興にもなりそうですし」
「そう考えると結構いい案かもしれません、…上手く塗り替えられればいいんですが」

その場にいるほとんど全員の職員が是を示し、カナヘビは最後に細かい指示を飛ばす。

「じゃ、これで決まり、文章はまあ、上手い子に任せるわ。…あとは、話が話やからサプライズの方が効果的やろうし、…ホントの事話せんのがやっこしいなあ、もう数人依頼せなアカンやろうけど」

短い前脚でカナヘビが頭を掻く。会議室では既に候補の選定が始まっていた。

「じゃ、作戦名は…ま、サマーライブでええやろ、みんなよろしゅうなあ」

そしてカナヘビの声に全員が立ち上がり、ここにて、特殊収容事例作戦"サマーライブ"が幕を開けた。


その会議が行われた翌日、サイト掲示板に以下の文章が張り出されていた。

例年恒例夏祭りに伴う野外企画の人員募集

財団日本支部職員各位、徐々に気温も上がり、暑苦しい季節になって参りましたがいかがお過ごしでしょうか。

今年も例年同様、財団夏祭りを開催します。日時は開催場所の決定後随時発表いたします。
また、夏祭りの開催に伴い企画されている野外企画へ参加する有志職員の募集を行います。

1.募集内容
夏祭り期間中に特設ステージで行われる日本支部職員からなるアイドルライブ企画への参加。

2.募集人数
約50名前後

3.募集要項
・財団日本支部職員であること
・女性であること

4.その他注意事項
・約二週間の練習に参加する必要があります
・規定人数に満たない場合、財団職員が直接勧誘を行う場合があります

募集内容へ参加希望のある職員、問い合わせを希望する職員はA.後醍醐のいずれか、あるいはA.カナヘビまで連絡をお願いします。


時間を前後し、サイト管理室に後醍醐勾、後醍醐鏡、後醍醐剣の三人が呼び出されていた。カナヘビに渡された書類を確認し、それぞれにどうしたものかといった表情を浮かべる兄弟。そんな三人に、水槽から伸びたアームによるボディランゲージを交えながらカナヘビは依頼を端的に告げた。

「と、いうわけでちょっと頼むわ、キミら」
「要するに職員で作ったグループの指導すればいいんですね?」
「そういうことやね、メンバーが固まり次第ボクの方から言うし、そこの資料に色々やってほしい事はまとめとるから」

アームがそれぞれの資料を指さす。資料の内部は、ライブの規模、必要機材、練習内容、スケジュール調整等が記載されたまさしくライブ計画書とでも言えるものだ。その内容をペラペラとめくりながら、今まで黙っていた後醍醐勾が口を開いた。

「これ、用意する機材はコウたちの自由でいいのかな? ヘビちゃん☆」
「ん、まあ予算の範囲内で動かせそうなの見繕って教えてくれればええよ。報告はキッチリな、機材保管してる側には伝えとくから」
「…ふーん。分かった、ありがとね☆ ヘビちゃんにお礼のスマイルッ♪」

バチンとウインクを決める後醍醐勾に曖昧な表情を浮かべ、カナヘビは姉弟へ問いかける。

「内容は分かってくれたかな。まあ、余興みたいなもんやしそこまで気ぃ張らんでええよ」
「まあ、そこまで負担になる内容じゃないですしね、了解っす」
「私も異論はありません、では、失礼します」
「じゃあね☆ アイドルとしてがんばるぞー!」
「うん、じゃあよろしく頼むわ。ごめんな、キミらも忙しい時期に」

三姉弟が去るとほぼ同時、カナヘビの背後に一人、研究員が現れた。"サマーライブ作戦"発動の場面に居合わせた一人である彼は、訝しげに水槽へ語り掛ける。

「彼女らにも伝えないんですか」
「まあ、彼らは分からんでも動ける、すなわちそういうことがあるってのを理解してる人間やしね、…問題はアレや。キミもあんまりアレとは関わらん方がええで」


夜深く、人々が寝静まったその時刻に、サイト内を歩く影があった。鼻歌交じりに歌うその影は、徐々に、闇が深くなる方へと歩いていく。

「ふっふふーん☆ わらびんわらびんらびらびーん♪」

ふ、と影が立ち止まる。そして闇の中に笑いかけた。

「…いるかな? おーい、コウちゃんが来たよー☆」

闇の中からその呼び出しに答えたように朧な影が現れる。その手には包丁を握り、表情は見えないながらもピリピリとした緊張が張り詰めていた。だが、後醍醐は、その緊張を意にも解さない様子でポーズを決め、ウインクを飛ばす。片手にはマイク。目の覚めるようなステージ衣装。そしてその手を伸ばす。

「初めましてだね☆ コウは」

闇の中の影が閃いた。包丁が突き出される。

「アイドルです☆」

後醍醐は、笑っていた。


そして時間は過ぎ、夏祭り当日。うだるように暑い中、着々と進められていく祭りの準備。あちこちでソースの焦げる匂いやどこか甘い匂い、笛や太鼓の音が漂い始める。祭りの訪れが五感を通じて伝わる中、櫓を越えた向こうに、特設のステージが姿を見せていた。並の音楽フェスに負けないほどの資材とスタッフ。その熱気が祭りの匂いに混ざり、一種異様な高揚感を生み出していた。それを作戦本部として設置された特設テントから眺めるカナヘビ。水槽に特設した冷房装置はしっかりと稼働しているのか、この暑さの中、二重になったガラスの内部でゆったりとくつろいでいる。

「カナヘビさん、準備が整いました」
「暑うてかなわんねえ、昔からあんまり夏は好かんのよね、腐ってまうから。…で、準備整うたって?」
「はい」
「人数もそこそこ集まっとん?」
「ええ、影響を受けた職員、被害を受けた職員は全員参加させています。パンフレットの内容にも目を通しているようですね」

アームがカナヘビ用に準備されたパンフレットをペラペラとめくる。指示通り、パンフレットには全体の進行内容と、参加した各職員の説明。特筆すべきは各職員の個性や特徴と言ったキャラクター的部分を前面に押し出していることだろう。その出来を改めて確認し、満足げにカナヘビは頷き最終ページを捲る。最終ページに記載されている設定を確認し、パチン、とパンフレットを閉じ、組みあがったステージをカナヘビは眺めた。観客は千、それ以上はいるだろう。

「なら、大丈夫…やとは思うけど、まだちょっと足りん気がするなあ。…あと一手詰められたらよかってんけどね。これ以上の資金は出せんとかどういうことやろか」
「明確な名前は出していませんからね。現時点で十分な効果があると思えますが…」
「まあ、大丈夫やろう。諸知クンのお墨付きももろうたしな。…そういえばあの機材は何に使うんやったっけ」
「始まりましたよ」

ドン、と演出の花火が噴出し、ライブの開催を告げた。火花の中からまず現れたのは後醍醐。笑顔を浮かべながら、全体的な流れをいつもの調子で軽やかに説明していく。そして進行に合わせ次々に現れる財団職員。本職のそれには負けるが、各自の役目を把握したうえでそれぞれがそれぞれのパフォーマンスを見せていく。あるときは情熱的に、あるときはしとやかに、あるときはポップに。その熱がゆっくりと全体へ伝播していく。一つの流れは確かな熱量と指向性を以て津波のごとく広がっていく。普段は白衣に身を包み、個を喪失した職員たちはまるで浮かされたように熱狂と騒乱の只中に有った。

その熱狂に、カナヘビはにんまりと笑みを浮かべる。その傍らには特性のサイリウムが置かれていた。

「…前原クンや長夜クンもよう受けてくれたね」
「色々とあったみたいですがね、了承してくれたと」
「新顔もちらちらおるね、御先クンと…茅野クンには歌わせんといてよ? あと何で那澤クンもおるん?」
「…さあ?」

熱は徐々にそのボルテージを上げていく。指向性を持った狂乱が場を満たしていく。サイリウムの流れが天井の川のごとく煌めきだした。カナヘビも新たに舞台へ立った職員を見るや否や、小さな体で水色のサイリウムを振り出す。

「お、立花ちゃんやん。これはちょっと応援せなあかんね」
「…彼女、顔が引きつってますけど」
「持病やからしゃあない。彼女も本望やろ」

徐々に終わりの時間が近づいてくる。それに伴って独特の寂寥感が会場に漂い始める。帰りたくない、終わらせたくない、彼らにそこまで思わせるものがそこにあることにカナヘビは素直に感心した。あとは全員で披露される最後のプログラム、曲が待つのみ。参加したほとんどの職員は何らかの形で姿を見せた。だが、多くの職員は気づく。最後の一人が出てきていないことに。最終ページに記載されたその名前は、何故か黒塗りで秘匿されていた。

後醍醐が前面に立ち、ライブの終わりを告げる。その様子を眺め、カナヘビがじっとりと声を上げた。

「…さて、そろそろ問題の場面や」

直後、突然ステージのライトが落ち、バックスクリーンが下ろされる。プログラムにはない突然のハプニング。明かりは消え、光源は背後に広がる屋台の明かりのみ。困惑が伝わる中、電子音声が鳴り響いた。カナヘビがほっとしたような表情を浮かべる。この計画は無事に終わるだろう、そう安心して。

『ここで、サプライズゲストの登場です! 皆さん、お手持ちのパンフレットに、ある意味で見慣れた名前があるのにお気づきでしたか? そう、その名前は』

だが、そこまで電子音声のアナウンスが鳴り響いたとき、カナヘビは気づいた。ステージの近く、何箇所かに見慣れない機材が設置されていることに。

「…? 何や、あの機械。キミ、なんか準備した?」
「え、聞いてませんけど?」

カナヘビがその機材が巨大なプロジェクターであることを理解したと同時に、バックスクリーンに展開されようとしていた映像が電子音声ごとブツン、と途絶える。予期せぬ正真正銘のハプニング。にわかに混乱がカナヘビの周囲に控えていたメンバー、今回の作戦に関わり、その実情を知るメンバーに広がった。困惑が観客に伝わるまでに何とか手を打たなくてはいけない。カナヘビの脳内でぐるぐると考えが回る。真っ暗になった舞台上では後醍醐も混乱しているのか動き回っている。…突如、カナヘビの脳内で、提出された機材のリストに存在した違和感、ステージ上の後醍醐が闇の中へ手を差し伸べる姿、誰かがいるというように差し伸べる姿が繋がった。

「…猛烈に嫌な予感してきた。ちょっと確認してきて、機材が今どうなってるんか、加えて照明その他がどうなっとんかを」

思い至った予測に、間に合わないだろうと理解しつつカナヘビは周囲の研究員に指示を飛ばす。だが、やはりその指示は遅かった。ステージにライトが輝き、手を差し出した後醍醐の手に、一人の少女が手を重ねている。黒い学生服を基調とした衣装。腰まであるような長い黒髪。片手にはイミテーションの包丁。その容貌はまさしく優れていると言えるものだが、恥ずかしがるようなその仕草が隠してしまっている。

しかし後醍醐はそれを許さず、手を取り、前に押し出す。そして彼女を指し、観客へ叫んだ。

『紹介するね☆ このSCP48-JP、最後の一人、サプライズゲスト☆ 消照闇子ちゃんだよ!』

消照闇子。SCP-835-JPに分類されるオブジェクトであり、財団職員の認識によって変化する存在である彼女は、今、アイドルの一人として闇の中から引きずり出された。思わず身構える職員もいるものの、多くの職員は前面に出てきた少女が、イメージされていた彼女をまさしく引きずり出した、と言える姿であることに圧倒されている。まさしく漫画やアニメから飛び出したようなその容貌、彼女は後醍醐の演技もあり、まるで生身の少女のように思われた。

カナヘビを初めとした作戦本部が全員頭を覆う中、後醍醐は闇子をさあさあと促す。それに促されるように闇子は真っ黒なマイクを握りしめ、恥じらうように頭を下げた。

『は、…初めまして』
『んもう、そんな困った顔しないで? 笑顔笑顔☆』

後醍醐の指示に、もたもたとしつつも不器用な笑みを見せる闇子。その笑みによって警戒を解いた人数と警戒を強めた人数は半々といったところだろうか。それを見取ったように後醍醐の口がにやまりと歪む。

『実はぁ、闇子ちゃん最近困ってたんだよね? 悪い人が闇子ちゃんの真似して、みんなを傷つけてたんです、ぷんぷん!』
『…私のせいで、すいません』
『ノンノン、笑顔じゃなきゃダメダメ☆ だってもうその悪い人は捕まってる、でしょ? …ヘビちゃん!』

後醍醐の視線が確実に自分に向けられたことをカナヘビは察した。そして、自分が今務めるべき役目も、察さざるを得なかった。

「! …やってくれたな、後醍醐」

苦々しげに呟き、カナヘビは傍らの研究員にマイクを用意させ、それに向かい話す。このタイミング、この状況で自分が宣言するという意味を完全に把握しながら。自分の一撃が、この事態を収拾する最後の一撃だと理解して。

『ああ、その通りやでー、一連の事件は工作員による仕事やったわけや。そこの闇子クンには一切非ぃはないよ。ボクが保証しよう』

ステージ上の後醍醐が不敵に笑ったのをカナヘビは確かに見た。その表情は一瞬で、即座に彼女はアイドルとして闇子の背を押していく。観衆の雰囲気もカナヘビの発言でかなり和らいでいる。そもそも疑惑が発生していたとはいえ、その特性上ほとんどの職員に知られているものであったことも幸いだったのだろう。そして、インパクトのある登場、人としての強烈なリアリティ、そしてそこに加えられる権威ある人間からの言葉。その全てが僅かな疑惑を払拭するうえで最適のタイミングで考えられていた。それはカナヘビと後醍醐、互いのできる分野をうまく噛み合わせた結果だ。カナヘビは舞台、機材の準備、そしてその扇動の才能に加えて権威という大きな武器を、後醍醐はパフォーマンス、演技、人を引き付けるその技術を。

『だから、今日はそんなわるぅいイメージを吹き飛ばしてもらおうと思って来てもらったんだ! さあ、じゃ、歌おう!』
『え、で、でも…』
『ほうら☆ スマーイル! い~っぱい練習したもんね☆』
『は、はい…!』

背を押され、消照闇子がステージの前に立つ。静かに澄んだその声が、熱狂を冷ますように観衆へ響く。ライブを終わりへと導く標のように、自らから始まった喧騒を冷やしていくように。その傍らで、変わらず笑顔を見せる後醍醐を見ていたカナヘビへ慌ただしい声が届く。

「カナヘビさん!」
「ああ、もう分かっとる。…ここでの下手な中断はよけい面倒増やすだけやろう」

カナヘビはその視線を闇子へと移した。その表情、声、仕草はプログラミングされたものに過ぎない。だが、観客は明らかに彼女を存在する「アイドル」として扱っていた。まるで、彼女が危険な特性を持つオブジェクトであることを忘れ、アイドルとして塗り替えられたように。そしてそれこそが、カナヘビたちの意図していたことでもあった。

「…笑っとんね、忌々しいことに」

特別ライブは大盛況のうちに幕を下ろした。


「…はいはい、おつかれさん。不測の事態はあったけど万事うまくいったようで何よりやわ」

サマーライブから数箇月後、サイト管理室でカナヘビは電話を切った。ふう、と休む暇もなく、扉が開かれ、キラキラした衣装に包まれ笑顔が飛び込んでくる。

「ヘビちゃーん☆ コウのこと、呼んだ?」
「…はぁ、そこ座り、お腹の傷は大丈夫なん? キミアイドルやろ?」
「んー☆ ちょっと痛かったけど、今はばっちし☆」
「さよか、まあ財団の技術なら何とかなるやろ。キミはコーヒーの方が好きやったっけ? 出さんけど」

アームでパイプ椅子を指さすカナヘビ。カナヘビ自身も後で聞いたことだが、後醍醐は収容違反中のSCP-835-JPに接触し、負傷していたらしい。その状態であれだけのパフォーマンスを終えたその胆力に少し感心しつつ、カナヘビは水槽を移動させる。そのまま後醍醐と向き合う位置に陣取ると、若干威圧的に尋ねた。

「さて、じゃあもう散々話したやろうけどもう一回やってもらおか。いつ気づいたんや?」
「むぅ? 闇子ちゃんのこと?」
「そう、消照闇子、SCP-835-JPを無力化させる作戦が今回のライブやったことを」
「そんなのカンタンだよ☆ みぃんな、コウに隠し事してたでしょ? 目を見ればコウはビビビッと分かっちゃうのです!」

冗談とも本心とも取れない後醍醐の返答。カナヘビはそちらの方面で話すのは無駄と感じたのか、やれやれと言うように話を切り替えた。

「…キミに隠そうとしたんがそもそもの間違いと、そう言うわけやね」
「だってコウちゃんだもん☆ ぶいっ♡」
「まあええ、全部終わったしな。キミも気になっとンのちゃうか?」

カナヘビの質問に後醍醐は笑みを絶やさずズバッ、ピシッとリアクションを交え答える。

「よく分かんないけど闇子ちゃんが、ふしぎな力でどっかーんってなっちゃったんでしょ? それで、ヘビちゃんはそれにもっとばっきゅ~んとしたイメージを付けようとした☆」
「そうやね、どこぞのアホに新しく付けられた属性が『漫画やアニメの中から登場する殺人鬼』やったわけや。もうちょっと具体的な手を打てればよかってんけど」
「なるべく情報を締め出そうとしたんでしょ?」
「ご名答、異常性が通り魔みたいなもんに弱まったせいで、逆に生き残った職員の中にどんどん広まってまう事態に陥ってもうたんよね。御大層に記憶処理を受け付けへんいうおまけ付きで」

SCP-835-JP、本来は人を暗所へ引きずり込んでおそらくは殺害するオブジェクト。しかし、それは古来の妖怪がごとく陳腐なキャラクターに引きずり落とされていたはずだった。だが、およそライブの開催日から一月前、匿名で発表され、広がった作品にその「キャラクター」は変化させられていた。そして発生した収容違反がさらにそれを強めていく…、そんな経緯を思い出しながらカナヘビは話を続ける。

「で、元々媒体は漫画やイラストなんかやったわけやけど、あの姿ありきの存在になったことで、それでは逆に疑念が払えんようなってもうた。そこで、イメージ修正のインパクトある場として職員総動員のライブに登場させるっちゅう手段を提案したわけやけど」
「うんうん! みんな笑顔だったもん☆ コウすっごい嬉しい☆ ってなったよ☆」
「…まあ、それでメンバーの中に消照闇子の名前を紛れ込ませて、パンフレットに充実させた紹介文等々でさらにキャラクター化を強めたってわけや。ホントのとこは涼代クンや銭形クン使うたイメージ映像で済まそう思うとったんやけど、まさか立体映像使うとはな。…何人巻き込んで何ぼ使うたんや?」

カナヘビの問いに後醍醐は悪びれもせず舌を出す。

「てへ☆ それ言ったらダメダメ、でしょ☆」
「…はあ、大方想像はつくし、今回は作戦の一環と言うことで不問に処すわ。ただし余分な費用はキミの給金から引いとくで」

がーん、と口で言いながら頭を押さえる後醍醐。それを無視しカナヘビは話をさっさと切り上げようと言い立てる。

「とりあえずのところキミの活躍でSCP-835-JPは現在異常性を発生させないこと数ヵ月。キミの独断専行は追って処分されるけど…、まあ、功績とトントンやろうね。正直キミの独断で動いてくれたおかげでボクも助かったわ、未だに頭の固い連中がやいのやいの言うてきたのがそもそもやからな。成果は出とんのに」
「ふふん、コウは賢いのです☆ それにコウだけじゃないでしょ? ヘビちゃんが動かなきゃコウも動けなかったんだよ♡」
「はいはい、お褒めいただきありがとさん。要件はそれだけや。もう帰ってええよ、鏡クンと剣クンによろしゅうな」

カナヘビがアームをぶんぶんと振る。その仕草は一刻も早く追い払いたいというようで。だが、後醍醐はしばし留まると、笑顔のままカナヘビを制す。

「帰るのはいいんだけどね☆ ヘビちゃん」
「何や?」

部屋の空気が変わったことに気づきカナヘビは目を細めた。後醍醐は笑っている。

「闇子ちゃんをこんなことにした悪い子は誰か分かってるのかなぁ☆」

その瞳は笑っている。どこまでも笑っている。だが、おそらくその瞳を見るべきではないのだろうとカナヘビは判断した。目を見る代わりに、カナヘビは質問を返す。

「…一つ聞こか、なんであないアホな真似したんや? もし、キミの考えが間違っとったら、今頃降格されとってもおかしくないんやで?」
「だって、闇子ちゃん」

その次の言葉をカナヘビは知っている。誰もが望むことであり、ある意味ではこの組織の理念そのものであるはずのその考えを。

「笑ってなかったから☆ 悲しそうな顔はダメだよ☆」

この言葉を発したのが目の前の女以外だったらカナヘビは鼻で笑い、懇切丁寧に財団の論理を説くだろう。だが、もう無意味だと気付いている。だからこそカナヘビは端的な事実だけを告げる。相手が誰で、いや、何であろうとも、今はそれだけなのだから。

「…言っとくで、後醍醐。それはキミの触れる範囲とちゃう。キミが何者であろうが、何を知っていようが、あくまでボクの前ではセキュリティクリアランス1のフィールドエージェントや。キミが職務に忠実なのは認めるで。でも、それを相殺してなお余りあるソレ、ソレをもってなお、何故雇われているか。もう一度説明せなアカンか?」
「コウはみんなを笑顔にしたいだけだよ?」
「…キミにここまで教えたんがそもそもの特例やと言うことを忘れなや。後醍醐、キミの信念とボクらは致命的なとこで違えとる」
「違わないよ☆ ヘビちゃんたちは…、ううん、違うね。財団は、人間を護る。それはたくさんの人の笑顔を護るってこと。コウはそれに納得してここにいるんだから☆」

後醍醐の言葉にカナヘビがゆっくりと顔を上げ、二人の視線が交錯する。後醍醐の瞳は笑っていた。敵意も、悪意も、淀みもなく。笑っているが故にどこまでも底が見えなかった。カナヘビは軽い眩暈を覚える。笑いながら、どこまでもアイドルとして笑いながら、後醍醐は続ける。

「コウとヘビちゃんは似てると思うよ? しがみついたのか流されたのかは違うけどね♡」
「冗談はよしてな、キミと一緒にされるとか虫唾が走る。…キミとは長い仲やけどな。ボクはキミが苦手や、気づいとんやろ?」
「ヘビちゃん」

カナヘビの言葉に、勾は。

「コウはね、みんなのアイドルなんだよ☆」
「ボクが信じるもんはキミとは違うねん。生憎、財団に偶像はお呼びやないんや」

最後まで、笑っていた。

「私は、アイドルだよ。ずっと、ね」

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