AM4:15、初夜
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 2019年12月24日、午後9時41分。都心からの下りの電車の中。

 断続的な走行音以外の音はないその車両の角の席で、2人のアニマリーが、絶妙な緊張感を感じながら腰掛けていた。
 片方はイヌ科の形質を携えたアニマリーの男性、もう片方はヌートリアの女性──どちらも学生だった。種族にれっきとした差のある2人だったが、頬を染めたまま目をそらしつつも互いの手を握り合っている。その様子通り、2人は恋仲であることは明白だった。

「……本当に、これで良かったんでしょうか、弐条さん」

 度々訪れる線路のつなぎ目を通る時の震動に揺られては、互いの肩をぶつけ合う静かな2人だったが、その沈黙を破ったのはヌートリアの女性──アマリア・アヒージョ・リュドリガだった。
 彼女は不安げに彼に問う。というのも、本来ならばこのような行動は、彼女の祖国・スペインではさすがにあり得ない話だったからだ。

「しょうがないよ。都心付近は、まだまだ僕等にとっては過ごしにくい場所だから」

 彼はアマリアの方を向かず、軽く俯いて呟くようにそう答える。彼の名は福路弐条。後天的にアニマリーへと姿を変えてしまった平凡な大学生だった。
 2年前のある日、いつも通り大学へ向かう道中に現れた超常存在によって獣じみた見た目に変容させられた彼にとって、自身のような存在が日本では筆舌に尽くし難いほどに過ごしにくいことは彼はよく理解していた。
 度重なる差別、偏見、拒絶──社会から次々とぶつけられる心ない対応に、彼の心は次第に荒みつつあったが、そこに一筋の希望の光となって現れたのが、他でもないアマリアだった。

「そう……ですね。でも、それでも。私はきっと、この国が私達に理解ある国になってくれると、信じています」
「アマリア……」

 そう、彼にとっての希望の光。それは、まさしくこの、強い信念と確固たる意志に満ちあふれた、アマリアの瞳それそのものだった。アニマリーの権利向上のために活動する活動家でもあった彼女のそれは、弐条自身の悲痛だった人生に確かな光として照らしたのだ。
 彼女との出会いと、生き方への共感。それによって、今の弐条はあの頃よりも遙かに活発な躍動を見せていた。

「……ありがとう、アマリア。僕も、そう信じてる」
「い、いえそんな……今のような状況は、きっと誰も望んだものじゃありませんから」
「そう、だね」

 ここに来て初めて互いに向き合い、微笑み合う。大学で初めて顔を合わせた時に見せたあの笑顔を、アマリアは弐条に向けていた。彼は尾をパタリパタリと座席にはたき付けて、今この状況を楽しんでいた。
 アマリアもまた、彼という「普通の友人」から始まった関係に強く心を打たれていた。祖国では同じヌートリアからは「英雄」と持ち上げられ、異常の無い人たちエスパノル・ヒュマノからは敵視されることの多かった彼女にとって、自身もアニマリーでありながら、誰に対しても分け隔てなく接する弐条という人間は、関わりを深めていくうちに心底特別な存在として認知するようになった。
 それがアマリアが自身にとって初めての「恋」であると理解するまでには些か時間が掛かってしまうのだが、それはこの場においては割愛するとして。

 つまりは、2人は互いに必要とし、必要とされる関係へと昇華していった結果が、今の間柄というわけでなのある。



 ところで、何故2人はこのご時世に鉄道などを利用しているのか。跳躍路による移動技術が一般化した現代において、鉄道を足として使う者は今やほとんどいない。
 そんな中でわざわざ鉄道を使って移動するのには、それなりの理由があった。

「ついたよ」
「……ここが、そうですか……?」
「うん、ここが、僕等でも使えるところ、らしい」

 弐条が端末を片手にマップと顔を合わせている。都心から離れた地方都市の名も知らぬ川沿いのビル群を前にして、師走の冷えた空気が2人を包み込む。弐条が指差した方へ歩き進んだ先に佇む、さらに古ぼけた雑居ビルのような建物。掲げている看板からして、宿泊施設なのは間違いない。それもただの宿泊施設ではない、男女がともに入って利用するための場所として。
 彼らは今日この日、互いの持つ想いを確かめ合うためにこうして顔を合わせたという明確な理由があったのだが、それを行うための「場」は都心にはなかった。



『アニマリーご利用お断り』



 真冬の冷え切った、乾いた空気よりも遙かに冷淡な表示を、ここに来るまで2人は幾度となく見てきた。どの施設も自分たちのような存在は見事に断られ続けた果て、ついには都心から離れたこの地方都市の郊外に佇むホテルへとたどり着いたのだ。跳躍路の駅すら存在しないこの街に来るために、わざわざ慣れない鉄道を使ったというのが結局の所だった。

 アニマリー特有の暖かな毛皮に上乗せするように厚手の防寒着をしているとはいえ、この寒さには身体の芯まで冷え切ってしまう。アマリアは弐条の左腕にしがみつくように寄り添って、互いの体温を共有せんとした。人っ子一人見当たらない場とはいえ、その大胆な行動を取るアマリアに弐条は僅かに恥ずかしさを覚える。

「見たところ表示はないし、多分いけると思う。きっと大丈夫だよ、アマリア」
「分かりました。……行きましょう」

 2人は頷き合い、建物へと足を踏み入れる。付き合い始めて1年、この胡乱な世に生まれ落ちた若き2人の男女の情愛を歓迎するように、天からちらりちらりと白い綿毛のような雪が舞い落ちた。







 放棄された建物かと見紛うほどに小汚いエントランス。誰かと顔合わせすることもない造りになっている受付で弐条は手続を済ませ、ホテルの鍵を手に入れる。
 アニマリーでも利用可能なホテルといえば、これだけ格が下がってしまう──こういったところにさえ、アニマリーへの風当たりの強さが如実に示されてしまう現実に、弐条は僅かに苛立ちを覚えていた。しかし状況に一抹の不安を抱えるアマリアが、「きゅぅ」とヌートリア特有の甲高い声を静かに上げて、より一層弐条の腕にしがみつくのを見やると、その程度のことで苛立ちを覚えること自体が、今においては無粋極まりないことだと冷静に判断した。



 518号室。オートロックの閉じる音とともに、密閉された部屋の中にあの緊張がまた張り巡らされていく。
 いよいよこの瞬間がやってきたのだ。弐条は持っていた荷物を片隅のテーブルに置いて、アマリアと共に、思いのほか綺麗に敷かれたベッドに腰掛けた。

 沈黙の中でも、唯一聞こえる2つの呼吸音のみが室内に木霊する。その吐息は屋外の外気よりも暖かな室内を、ことさらに加湿するのに一役買った。
 お互いに具体的には口に出さない。けれども目的は分かりきっていた。それを達成するために、今日この日、彼らはこうやって寄り添っているのだ。

 弐条は既にこの時点において興奮を隠しきれず、己のズボンの中心を力強く膨らませている。だが彼自身の理性は、すぐにそのような行動に出られるほど性急なものではなかった。
 2人は顔を合わせず、床を見つめている。弐条の尾が、ぽふぽふとアマリアの尾を叩く。アマリアはそれが彼の無意識に発する喜びの表現であることを知ってか知らずか、ゆっくりと距離を詰め、肩を寄せ合った。

「弐条、さん」
「うん、アマリア」

 2人はこれが初めてだった。このような施設を借りるのも、同じ部屋の空気を吸うのも、そして、同じ夜を過ごすのも。
 だからこそ、互いに寄せ合う身に伝わる早まった鼓動を感じつつ、静かに頷き合っていた。
 カワウソとイヌ。2種類の異種族が、これから交じり合う。超常世界においても物珍しいその行為に、2人はつつりと背徳感が背筋に這う感覚がした。

「……。大丈夫、ですよね?」
「うん。……僕が、ついてるよ。きっと大丈夫」

 シーツに置いた手を重ね合わせる。先に動き出したのは弐条だった。
 彼はアマリアの身体をゆっくりと自分の方向へと向ける。頬を染め、赤くなった顔を俯かせて息を荒げているアマリアを見て、弐条はさらに僅かな背徳感を受けて、むずがゆさに少し目をそらしてしまう。
 普段、スペインの英雄として書籍に映る、そして名のあるAFC人権活動家としてメディアで目にしていた、あのアマリアとは同じ人物だと思えないほどに惚気た、女性の表情を浮かべるアマリアを目にして、弐条は自分が彼女にふさわしい人物であるのかと、ふと思考を巡らせてしまった。

 彼女との出会い。大学のオープンキャンパスで初めて話したあの日のことを思い返す。スペイン人でもあり、まだ高校生の年齢だったアマリアは、あの年で既に日本語を流暢に使いこなしていたのを覚えている。
 兄と共に日本にやってきて、この国の現状を知ったこと。彼女がこの国がとても好きだと言うこと。自分はここに留まり、その現状を変えたいということ。
 その言葉の端々に滾る力強さは、弐条自身も大変な感銘を受けるだけの意志が宿っていたのは間違いなかった。だからこそ、弐条は彼女に希望を託さんとしたのだから。



「どうしたん、ですか……?」
「え、ああ、いや……なんでもないよ! その、アマリアが……可愛くて」
「えっ……えへへ、嬉しい、です」

 神妙な顔つきでアマリアを撫でながら物思いに耽っていた弐条は、アマリアからの指摘を受けてとっさにごまかした。そのごまかした際にとっさに出た言葉、それはアマリアにとってはとても喜ばしいものだった。アマリアは彼から「可愛い」とは祖国にいた時より言われ慣れてはいたのだが、この時ばかりの空気で評される自身の魅力に対する感想というのは、どうにもさらに気持ちを昂ぶらせる何かが含んでいる気がしたのだ。

「私は、その、いつでもかまいません。……弐条さん」
「……うん、わかったよ」

 これが、最後の確認だった。互いの心の準備が整ったことを認識し合うと、弐条はそっと手をブラウスに手を掛ける。
 緊張で手が震えていることは、彼自身も理解していた。その原因もまた同じく──そう、彼は不安だったのだ。心の奥底では本当にこれで良いのかと、僅かな不安がよぎっていたのだが、アマリアが己の胸毛に彼の肉球がくすぐってくるのを感じて少しだけ喘いだ様子を見て、たどたどしいながらも手つきに自信がつく。
 ひとつ、またひとつ。ヌートリア向けに作られた大きめの、ブラウスのボタンが丁寧に外される。

 この官能的な空気が幾千億もの時が巡るほど続くと思っていた彼らだが、既にアマリアの上半身を大きく開かせたところで、それが永久に続くものではないことがはっきりと理解出来てしまう。早く次のステップへと進まなければ、それこそかえってこの貴い時間が失われてしまう気がしていた。
 弐条は見る。アマリアのさらけ出された上半身を。
 ヌートリア特有のなだらかな流線型を描く身体は、まさしく彼女がカワウソの身を持って生きていることを明確に誇示する。
 その胸部から腹部に掛けてぽつりぽつりと表出する小さな出っ張りは柔らかな毛の間から顔を覗かせており、将来彼女が身ごもり、子を成した時に初めて使われるであろう器官であることは間違いない。
 彼にとってもまさしく初めてのことであるだけでなく、ヌートリアの肉体をはっきりと目にすること自体、弐条にとっては非常に新鮮な出来事だった。
 自身よりも二回りも小さな体躯を持つ彼女が、今は大変に愛おしい。弐条はアマリアに対するその熱い情動が確かに奥底から湧き出ていた。

「アマリア……その、毛並みがとても綺麗で。それに……」
「弐条さん、ふっうっ……そこは……」

 弐条は弐条で、少々我慢が利かなくなりつつあるようだった。彼自身も初めてのことで、具体的に理解も、そして制御もうまくできない感情、いや情動に、手が、指が勝手に動いていたのだ。
 弐条は、ここに来て初めて、オスとしての本能に目覚め始めた。

「大丈夫、大丈夫……。僕が、ついてるから……っ」
「う、うん……でも、やっぱり、ちょっと不安、です……」

 アマリアは少し恐怖していた。この瞬間より、彼の雰囲気が一瞬、僅かに変わったのを見逃さなかった。
 弐条は弐条で、このような感情を有し始めるのは初めてだった。明らかにこれまでとは違う衝動的な意識。理性の裏側から強烈に叩きつけるような、良からぬ思考が脳内を侵食していく。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ。弐条はその衝動を振り払おうと、アマリアから距離を取った。
 このままでは、アマリアに酷いことをしてしまう、そんな気がして。

「えっ……弐条、さん……?」
「ご、ごめんっ アマリア、その、僕……ど、どうしちゃったのかな。なんだかすごく、おかしな感じがして……」
「おかしな感じ、ですか。ええっと……それって……」

 アマリアは、ふと以前どこかで耳にした話を頭に浮かべた。彼女は弐条の様子に心当たりがあった。
 弐条の方を見れば、今までとは明らかに違った吐息を示し、苦痛を伴ったような表情で股間を抑えていた。

 「間違いない」──アマリアは確信した。

「弐条さん、落ちついてください……! これって、やっぱり……」
「うっ、ふぅーっ……あ、アマリっ、アぁ……っ」
「も、もしかして……発情するのは、今回が初めてなんですか……?!」

 涙目になってアマリアの名を呟く弐条を見て、彼女は少し焦りを見せた。
 以前調べた情報によるところであれば、イヌ科のアニマリーは交配の瞬間になると、強烈な性衝動に襲われてしまう事があると。
 男性の場合は特に、それによって理性でさえ押さえ込めず、パートナーに対して傷を付けてしまう可能性さえあるのだ、と。

 回数を重ねて「慣れる」ことは可能とされているが……この様子、現状の状況から推察するに、弐条が「発情」していることは明白だった。それも、今回が初めてであるということも。
 ゆえに、今彼はその慣れない衝動に困惑し、恐怖していることは火を見るより明らかな事実。アマリアはその確信の上で、ある行動に出る。

 弐条は焦りを見せるアマリアを見て、酷く彼女を求めたいという欲求で埋め尽くされ掛けていた。それをギリギリの理性で踏みとどまっているのが現状で、いてもたってもいられない様子を隠すことも出来なかった。
 だが、アマリアはそんな彼へと、ゆっくり、またゆっくりと近づいていった。

「こ、来ないで……アマリア、だ、だめ……っ」

 弐条が力なく声を上げて、アマリアを拒絶する。だがそれでも彼女は接近をやめなかった。
 ついに顔の近くまでやってきて、アマリアは安心させるように、震える弐条の頭と肩を撫でた。

「いいんですよ、無理はしなくても……弐条さんのような人が、こんな風になるのは、珍しいことではありません。だから、いつも通りの自分を、ゆっくり、ゆっくり思い出してください。……そうすれば、落ちつきますから」

 アマリアは弐条に深呼吸を繰り返すよう促す。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 その呼吸に合わせて、アマリアは弐条の胸中へと寄り添い、そっと身体を撫でた。トゲついた、急流のように彼の身体に襲い来る興奮は、アマリアのその優しい宥めによって徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
 理性がようやく巡ってくる弐条。ふわついた視界がはっきりとしてくると、自身の身体にべったりと寄り添うアマリアの姿が見えた。

「アマリア……っ!?」
「……落ちつきましたか?」

 ああ、自分はなんて酷いことを考えていたのか──自身の衝動すら抑えられず、アマリアを己の衝動のまま求めそうになった彼は、アマリアを安心させるどころか、その意識によって傷つけてしまう可能性すらあった事実に、強い自己嫌悪にすら至ってしまった。

「ご、ごめん……ごめんなさいっ……! ぼ、僕、アマリアに、ひどいことを……っ!」
「……あはは、ええ、大丈夫です。いいんですよ……私も大丈夫ですから」
「でも、でも……っ」

 理性を取り戻させる方法を知っていたアマリアは、実践によっていつもの弐条に戻ったのを確かめると、彼に安心そうな表情を向けて、涙を溢すその頭をそっと撫でた。
 彼女には彼のような「発情」によって苦しむアニマリーの気持ちは分からなかったが、それでもなお、彼のことを理解したいという想いはいっそうに強くなっていた。

 噎び泣くように俯いて倒れ伏す弐条のマズルに向かい、アマリアはそっとその小さな口を重ね合わせる。
 事はどうであれ、アマリアにとって弐条はさらに愛おしい存在だと、静かにもう一度意識していたのだった。







「……弐条さん」
「……」

 ベッドの上で向き合う2人だったが、先の事があってだろうか。弐条のほうは、あまり彼女に顔を向けようとはしなかった。
 その顔は明らかに紅潮しており、未だ彼のズボンはまだ見ぬアマリアの顔を拝めんと自己の存在を主張している。
 それだけの興奮を如実に剥き出していてもなお、弐条はアマリアに積極的に近づこうとはしなかった。

「……僕は、その。アマリアを、傷つけたくないよ……」

 吐息混じりに、恐怖心と興奮と後悔が入り交じり合う弐条の心情は、彼女を、アマリアを守るという行動宣言をもって伝えられる。
 今ここでアマリアを傷つけること。それはつまり、既にメディアに多く取り上げられつつあった彼女の地位に直結する問題でもあったからだ。
 彼女の人生を壊してはならない。その考えも含めて、弐条はここから先に進むことをやめ、踏みとどまっていた。

「気にしないでください」

 だが、弐条がその気持ちを言葉として吐露する前に、アマリアのほうが先に口を開いた。

「弐条さん。私はあなたがとても優しい人だというのは、私はよく知っています。この1年間、弐条さんの優しさに何度も救われました。……だから、今日だって、そんな優しい弐条さんでいてくれるはずだって、私は信じています」
「アマリア……」
「それに、どうしても耐えられなかったときは、また私が宥めますから。ね……?」

 そう言って、アマリアは弐条の後ろへと回り込む。



 既に衣類を自分で脱ぎ去っていたアマリアは、高い体温を保つ弐条のベルトをそっと緩めた。
 ヌートリアの小さな手指ではもたついたものの、なんとかズボンを押し下げることには成功したようだ。

 弐条は逆にリードされてしまうことに、理性的な恥ずかしさを覚えると同時に、ただズボンを脱がされるという刺激だけで強く震えていた。喘ぎ声すら押さえ込めず口を塞ぐ弐条は、アマリアのリードに沿うがまま、パンツさえも脱ぎ去らんとしていた。

「ひぐぅ……っ」

 下着の布を力強く押し上げるその怒張を見下ろす弐条は、己がいつも見てきたよく知るそれとはあからさまに違った様子であり、思わず悲鳴を上げてしまった。
 いつも見るそれよりも一回りも二回りも勃起した弐条の分身は荒々しく鎌首をもたげる大蛇のごとく打ち震え、薄布越しにでも赤く腫れ上がっているのが如実に表出していた。普段の勃起でもここまでに至った事のない弐条は、早くアマリアにその勇姿を見て貰いたいとわめく子供のように、強くたくましく震えてるそれにさえ恐怖心を隠せずにいた。

「……わぁ」

 するりと弐条のパンツを取り払ったアマリアが吃驚の声を僅かに上げる。パンツの尻部の上方に形作られた穴から尻尾が抜けると同時に、堅くそり立った弐条の剛直が天高くに向かって背伸びをした。彼自身が持つ覚めやらぬ興奮を象徴するそれは同年代のものに比べればそれは実にやや小ぶりなものでだったが、発情したオスとしてのそれは人生で一番の膨らみを見せている。アマリアにとっても、それはひときわ大きなものとしてまざまざとその眼に映っていた。

「っ……はぁっ……ふっ……」

 弐条はまた上り詰めてくる情欲に抗うように呼吸を乱し、うずくまるように背中を丸める。熱く熱く湯気すら立てる弐条のペニスとその表情を交互に見るアマリアは、そっと彼の背中を撫でながら言う。おおよそヒュマノのそれと大差のない形状をしている、紅潮した先端部を吐息でくすぐりながら、弐条の耳元で囁いた。

「大丈夫です、大丈夫……私も、頑張りますから……」

 弐条が興奮で理性を失わないよう、安心させるように寄り添って撫でながら、その屹立に小さな手を沿わせる。
 弐条の「あうっ」という情けない声が聞こえてきたと同時に、僅かに冷えた手のひらに広がる熱した金属のごとく堅く強い熱に、彼女は僅かに衝撃を受けた。
 男性のそれはここまで熱く、堅く、重ったるいものなのか──アマリアはその熱源に対して好奇心を隠せずにいただけでなく、その持ち主が己の愛する弐条のものであるという事実に、どことなく面白さを感じていた。
 彼自身はアマリアのその思案を気に掛けるほどの冷静さを得てはおらず、ただ手が触れただけで既に限界に向かって突進していた。やけどするほどに熱量を持ったその剛直は、指を這わせる度に打ち震え、先端からしゃくり上げるように透いた雫を迸らせる。

 アマリアは先端から漂うオスの強い匂いに、なおのこと恍惚とした表情を向ける。その様子をまじまじと見つめる弐条と言えば、必死に理性を保ち抑えようと首を振っていた。それと同時に彼自身の意識としては、女性どころか他人にすら見せたことのない部位を至近距離で観察されてしまっている事実に、強烈な背徳と興奮を覚えていたのも事実だった。それは彼の剛直にさらなる興奮のうねりを与え、ついには赤子が情けなく泣きじゃくるように先端から雫を迸らせた。

「あっ……また……」

 その動きさえもじっと観察し、撫で続けていたアマリアが、またも感嘆の声を上げる。粘性の高く青臭いその雫は弐条の下腹部へとしたたり落ち、薄い毛の流れを乱す。アマリアはそれが弐条が喜んでいることの証であると直感的に理解し、そり立つ逸物越しに弐条に向かって静かに笑いかける。

「良いんですよ……弐条さん。そのまま……。ゆっくり、落ちついて気持ちよくなってください」

 アマリアは積極的に、弐条の理性を保たせたまま、少しずつ追い詰めていく。
 彼女もここに来て、このような性的な行為は一度だってやったことがないにもかかわらず、落ちついて事をなしていることに我ながら驚いていた。
 それもこれも、弐条のことを想っているからこそなせることなのだと気付くまでには、そう時間は掛からなかった。

 アマリアがそっと指を動かし、ゆっくりと擦るように逸物に刺激を与えると、弐条はこれまでにないほどの叫びと喘ぎを轟かせた。

「ひぅっ……あ、アマリア……っ! そ、その……それ、すごく、だめっ……変な感じがっ、あぁっ……!」
「あっえ、ご、ごめんなさい、痛かったですか……?」

 急に喘ぎ始めた弐条に怖じ気づいたアマリアが、彼の屹立からとっさに手を離してしまう。あと僅かで悲願を達成できるところまで上り詰めていた赤々とした先端が、もう一つの彼の尻尾のようにぶるりぶるりと振り回される。

「い、いや、その、大丈夫……。ちょ、ちょっと、すごく、その……気持ちよくって……びっくりしただけ、だから……っ はぁっ……」
「え、ええっと……そうなんですね。……落ちつくまで、ちょっと深呼吸を……」
「う、うん……」

 常に発情による抗いがたいアマリアへの性衝動を抑え込む弐条は、彼女の吐息に合わせてゆっくりと深く息を吸っては吐く。一通りの深呼吸の後、弐条の理性が保てそうだと判断でき次第、アマリアは安堵しつつ、もう一度打ち震えるものを握った。

 剛直は正直にアマリアの手指の動きに歓喜する。
 熱い。熱くて、大きくて、そして愛おしい。
 アマリアは弐条のそれに対してそういった尊さ溢れる感情を露わにしていた。弐条だから、弐条のものだからこそ、このような情動を素直にさらけ出せるのだと、彼の逸物を優しく撫でながら、じっと見つめていた。
 彼は今なお股間からじんじんと全身へ響き渡る強烈な快楽と刺激に打ち震えつつ、アマリアの優しさに追いすがるように叫びと喘ぎを漏らし続けた。

「アマリア、アマリア……すごく、すごく……き、気持ちいい……よ……っ、あっ、あぁっ……アマリア、アマリアぁ……っ!」

 弐条はアマリアの慎重ながら愛らしい愛撫に、少しずつ、少しずつ高められていった。彼は身体の横でその様子をじっと見つめるアマリアにしがみつきながら、ついに訪れる最高の瞬間に身構える。身体の奥底……根元に垂れ下がる器官から打ち出された種子が上り詰める感覚。あと少しで山場を越えてしまうところにまで差し掛かる。もはや止められない。止めたくない。彼女に、アマリアにしてもらえるのなら、どこまでもこのままでいたい。弐条は理性を保ったまま、アマリアのもたらす愛おしい刺激に喜びを示す。今ならいける。今なら、発情に苦しめられていないこの瞬間なら。止めどない感情のウェーブが、弐条の熱く滾る欲望の結晶となって、ついに勢いよく飛び出した。



「あっ……わぁっ……!」
「ひぅ、はぁっ……はぁ……うっ、ふぅーー……っ!!」

 まるで数十分にわたって吐き出し続けたかのように錯覚するほどの、経験の無い強烈なオーガズムに、弐条は声を抑えきれなかった。まるで少女の淡色の叫びのように甘ったるい嬌声を部屋に轟かせ、周囲に白いマグマを打ち上げ続けた。

 やがてその勢いも収まり、ほんの僅かに理性が戻ってくる。発情による衝動性も一旦は落ち着き、スパークしてぼやけていた視界も戻ってくると、目の前には己の吐き出した白に汚され、きょとんとした顔で目を丸くしていたアマリアの姿が見える。

「……あ、アマリア……!?」
「え、えと、その……大丈夫です……?」

 弐条は慌てふためきながらアマリアに飛び散った雫を拭った。なんてことをしてしまったんだ──弐条はそんな罪悪感すら感じ始めていたその時。

「……えへへ。弐条さん、いっぱい出ましたね。すごいです、実際に見たのは初めてですけど……」

 屈託のない笑顔を向けるアマリアは、彼の精液を受けてなお嫌だとすら思っていないようだった。
 それゆえに、弐条は感じていた。このまま次の衝動に身を任せていては、きっとこの笑顔すらぐちゃぐちゃにしてしまう──そんな己の背徳感に苛まれ、押しつぶされそうになる感覚を。

「あ、えっと、その……ごめんなさ……んっ!?」

 とっさに謝罪の言葉を口にしてしまう弐条のマズルに指を押さえるアマリア。他に何かを言いたげに口をもごもごと動かす彼だったが、直後に続けてアマリアは話し始めた。

「謝る事なんてないですよ、弐条さん。すごいですよ……こんなにたくさん出して、弐条さん、私のことを傷つけようとすらしなかったんですから。……ですから、弐条さんはやっぱり、優しいんです。私が信じたとおりの優しさを、あなたは持っています」
「……アマリア、僕は……」
「だから。そんな風に謝らないでください。ね?」

 彼女はまたそうやって優しく笑う。発情による不安を取り払うために発した言葉の数々は、確実に弐条を落ちつかせた。弐条はそれを察し考えるだけの余裕もなく、彼女の言葉を素直に受け取って、また「ごめん」と謝ってしまう。

「あはは……。でも、まだまだ元気いっぱいですね。弐条さん」

 それでもなお申し訳なさげに謝る弐条と、あれだけ欲望を吐露したにもかかわらず現金にも必死に膨らみを維持する彼の逸物のアンバランスさに、アマリアはまたクスリと笑った。







「はぁ。はぁ……アマリア、その、僕は……」
「……ええ。大丈夫です。弐条さんなら、きっと」

 アマリアは未だ高ぶりを落ちつかせられずにいる弐条をそっと撫でて、そのまま弐条を押し倒す。
 どうしようもなく追い詰められたままの彼にとって、自分でリードできずにアマリアに任せてしまっている現実に、僅かにではあるが申し訳なさを感じていた。
 だが、アマリアがこの体位──いわゆる騎乗位と呼ばれるそれ──で事に臨もうとしているのにも、彼女なりの理由があった。

「この姿勢なら、弐条さんが私を傷つけようとしても、おそらく難しいはずです」
「そ、そうかな……」

 そのように言うアマリアだったが、それでも弐条は不安そうな顔で、上に跨がる彼女を見上げていた。尻の後ろ、尻尾の動きで弐条の逸物を弄ぶアマリア。
 彼女はそれを己の股ぐらの前側に持ってきて、腹部の毛に押しつけて愛撫していた。

「……そ、その、アマリア」
「え、はい。なんでしょうか……?」

 弐条は、醒め遣らぬ興奮に抗いつつ、ベッドの脇に置かれていたものに手を伸ばして、アマリアへと手渡した。
 渡されたそれは、小さな銀紙のような袋に包まれた、いわゆる避妊具──コンドームだった。

「せめて、するなら……これを付けないと、危ないんじゃ……ないかな」

 弐条は、アマリアの身を案じてその提案を投げたのだが、アマリアの方はといえば、それをはねのけるようにコンドームを押し戻した。

「ええ……その、ありがとうございます。でも私、以前調べたんです。エスパノル・ヌートリア同士でない場合は、子供はできない、って。なので、私達の間には、避妊は必要ないんです……」
「それは知ってるよ。で、でも僕が言いたいのは……」

 エスパノル・ヌートリア。種族としての彼女は、自身の精では子を宿すことがないのは、彼自身も事前調査で知識としては得ていた。
 だがそうじゃない。彼はそれが心配ではなかったのだ。

「……この異常が溢れる世の中で、僕ら異種族が行為に及ぶとなったら、お互いどんな病気を持ってるかなんて分からない。その、僕が避妊をしたほうが良いって言ったのは、それが心配だからなんだ……」
「弐条さん……」

 そう。実際のところ、異種族の間で子を成すことは不可能でも、避妊をするだけの理由は存在していた。互いの種族差が大きければ大きいほど、奥深くまで繋がった際にどのような結果を招くか分からない。あくまで噂に過ぎないが、実際に同様の事例でパートナーが病床につかざるを得なくなったという話もあったりした。2019年現在においては特に、その研究も深く進められているわけではない以上、リスクは避けるべきというのは当然のことだった。弐条はそれらを踏まえた上で、アマリアに避妊を提案したのだ。
 当のアマリアは、彼がそこまでして自分の身を案じてくれているという事実に深く喜びを感じた。そうか、彼はどこまで行っても優しい人なんだ──その優しさこそが、アマリアが彼を好きになったきっかけだった。

「……分かりました。弐条さん。あなたの優しさに、私は甘えますね」

 そう言って、アマリアはゴムを包む袋をべりりと破いた。



 0.1mmの薄壁に遮られた生殖器同士が、互いに触れ合っていく。騎乗位の体勢のままアマリアは弐条の屹立を手で押さえ、受け入れ体勢を整えた小さな切れ込みに、その先端の狙いを定めさせる。
 熱く火照った亀頭が彼女の陰りの毛にくすぐられ、僅かな喘ぎとなって表出する。

「……弐条、さん」
「アマリア……」

 既に濡れそぼった互いの秘部が重ね合わせられる。いよいよ、ついに、この時が来たのだ。
 互いの情動は熱い吐息となって混じり合う。弐条の上に乗馬するように跨がるアマリアは、弐条がこれ以上理性を失わないよう、そっと彼の身体を撫で上げた。

「い、いきますよ……弐条、さん」
「……うん、分かった」

 2人の合図と共に、女知らずだった弐条の健気な陽根が、少しずつ内部へと押し入れられていく。彼女は慎重に、ゆっくりと、女陰の位置を定めながら、屹立を挿入していった。
 しかし、それでも種族差というものは大きな障壁となるもので、亀頭の半分を超えたあたりで、アマリアは痛みを訴え始める。

「あ、アマリア……む、無理はしないで……っ」
「だい、大丈夫です……これくらいなら、まだ……」

 コンドーム越しといえどキツく締め付けてくるアマリアの肉筒に、弐条もまた嬌声を一段と上げる。当初ほどの発情による理性の吹っ飛びは抑えられているものの、その経験したことのない断続的な刺激は、彼の意識を明滅させるだけの勢いを持っていた。
 ひくりひくりと全身を打ち震わせては腰を持ち上げる弐条の動きに、アマリアは痛みよりも喜びのほうが勝っていた。
 自身の大好きな相手が、自分の行動によって喜び勇んでいる状況がアマリアにとっての一番の心地よさだったのだ。

 しかしながら結局、思う以上にアマリアの内部は狭く、いくら人よりは小ぶりの彼の逸物といえど、全体の半分に差し掛かったところで限界だった。

「ほ、本当に……あ、アマリア、大丈夫か……っ?」
「は、はい……今は、大丈夫です。ちょ、ちょっとキツいけど……」

 アマリアにとっては、膣内を限界を超えて拡張されている状況。それは実際、相当に苦痛を伴ってはいたのだが、だからといってここでやめてしまえば、それこそここに来た目的を無碍にしかねない。彼は常にアマリアのことを心配げにしている。そう、だからこそ、アマリアにとってはそれが安心だった。
 彼が冷静な頭でいる。それならば、きっと──

「あ、アマリア、アマリア……っ あっ、あぁっ……ああああああぁっ!!

 しかし、そんなアマリアの予想に反して、唐突にけたたましい叫び声が弐条の大きな口から吐き出される。
 彼女はその叫びに驚き、目を丸くして弐条を見やった。

 彼の目は、明らかにまっすぐな光を失った "獣" となっていた。



「ちょっ、待っ……弐条さん、弐条さ……ぁっあぁっ!?」

 叫びと共に、理性をどこかへおいてきたとしか思えぬほど荒々しく奮い立った弐条は、アマリアを強引に押し倒して、震えていた。
 アマリアの名を連呼しながら、彼はさらに限界まで膨張した屹立を、身動き一つ取れないアマリアの女陰に向かい押しつける。
 完全に入りきらないそれを強引にねじ込まれれば、さすがのアマリアといえど耐えられるものではない。

 声を上げようものなら、彼女よりも大きな体躯を押しつけては彼女の顔面を圧迫されうまくは行かない。呼吸こそ合間合間に出来はするが、妙齢のヌートリアの女性がこの圧を受け入れるには些か重すぎるがゆえ、結局はどうしようもできず、暴走した弐条にされるがままに腰を振られ続けた。
 彼の鼻息が、アマリアの頭部を撫でる。その度に彼の怒張が内部で息づくように脈動し、どぼどぼと露をゴムの中に滲ませていた。

 幾度となく外へ引き抜かれては押し込まれる一連の動きを続けながら狭き門をこじ開け、その最奥を目指して突き進む彼の獣性は、いよいよ最後の一線すら破らんとしていた。

「弐条さ、落ちついて……だ、だめですっ! やめっ……あっ、痛っ……あぁっ、ひぅっ……! あっ

 ぶつり。彼女の内部で、何かがはち切れる音が、はっきりとアマリアには聞こえた。
 直後、結合部の側面から、淫液に混じって毛皮を濡らしつつこぼれ落ちる、赤い雫。



 アマリアは破瓜に至った。

 アマリアは声を抑えきれないほどの刺すような痛みに襲われ、あふれ出た涙は強く皺を浮かばせるほど握りしめたシーツを濡らした。
 そんな彼女などお構いなしにただただ己の欲望のまま行動する弐条。アマリアは乱暴に乱されることにも次第に抵抗を見せないようになっていった。

 彼女の表情が少しずつ綻んでいく。アマリアは自分がこのようにされてもなお、どこか安堵のような、喜びのような、言いようのない意識が芽生えていたのだ。
 彼の本性をさらけ出したその滅茶苦茶な様相さえ、いつしかアマリアは愛おしく感じ始めていた。

「弐条さん……あっ、好き、です……っ! 大好き、です……弐条さんっ、弐条さ……っ」

 その愛おしさは、痛みや苦悶を次第に性的な快楽へと変容させていく。彼に、弐条に本能のままに求められる喜びに、アマリアは目覚めていった。
 擦りあげられる結合部からの水音は次第に音を増していき、互いの興奮はやがて最大値を目指して昂ぶっていく。
 やがて、その時が来る。弐条の呼吸はさらに荒々しくなり、腰の動きはついに当初よりも遙かに早くなっていた。高まった感情を形を持った熱へ変換し、最後の時へと駆け上っていった。
 そしてついに、猛り狂う弐条の加熱した鋼鉄の如き竿を押しつぶすほどに締め上げる肉壁の刺激に、弐条もアマリアも、限界に達した。



「あ、アマリア、でっ、出る……っ  う゛っ」

 彼の潰れたカエルの鳴き声のごとく放り出された声と共に、アマリアの奥深くへと幾度となく腰を叩きつける。その圧に圧倒されたアマリアも、甲高い声をきゅうきゅうと上げながら彼にしがみつくばかりだった。
 弐条の姿勢が大きく仰け反る。それと共に、ヌートリアの矮小な子宮口めがけて、弐条の猛りは白濁を放り出さんとした。まばゆい光が何度も何度も視界を散らし、強烈な絶頂の波に意識がスパークする。
 どくり、どくり。何度も何度も爆ぜる最高潮の興奮に、2人は一周回って声すらあげられず、互いを求め合うように抱きしめ合った。
 弐条の指の爪が、抱きしめていたアマリアの背中を引っ掻く。毛皮を破って滴った血液が、シーツをさらに汚した。ビクビクと震える弐条の辛そうな表情の縁、頬に一筋の涙が滴ってはドスの利いた雄の声を上げている。

 アマリアはといえば、自身の身体の中で、彼のあの立派な怒張が一生懸命に打ち震えているのを感じて、既にほとんど消え失せた苦痛が、完全な快楽へと変換されていった。彼からもたらされるあまりにも素直な愛情が、自分の中で爆ぜている──そう思うだけで、今のアマリアにとって、この瞬間はただただ幸福で満たされていた。



「はぁ……あっ……はぁ……ふぁ……」

 ようやく、何度も襲いかかってきた荒波が落ちつき、潮が引いてきた頃になって、互いの浮ついた意識はゆっくりと戻ってくる。既に気絶したアマリアの上に倒れ伏した弐条は、まるで体力を使い果たしたかのように、もう一度深呼吸をして、彼女の横へと転がり落ちた。







「……あ、あれ。僕は、一体、何を……」

 朦朧としていた意識が復帰する。自分が何をしていたのか、すぐにハッキリとは思い出せない。
 少しずつ、自分が何をしていたのかを思い返す。ホテルにやってきて、部屋を借り、アマリアと一夜を過ごすためにベッドに横になった──そこに来て、弐条の表情は青ざめた。

 ふと顔を横に向けると、うずくまったまま動かないアマリアの姿が見えた。その背中は浅い傷が幾本も見える。気がつけば自分の手指が赤黒くなっていることに気付いたとき、その青ざめた表情は焦りと焦燥へと変貌した。

「……ッ!? あ、アマリアッ!?」

 弐条は心配げに声を上げる。まさか、自分が行為に及んでいる間に意図せず酷いことをしていたのでは無いか。そしてそれによって彼女が傷ついたのなら、それによって彼女の命に何かがあったなら……。
 取り返しのつかない結果を予測しながら、弐条はアマリアの身体を揺すった。

「アマリア、アマリア! 頼む、起きてくれ、アマリアっ!」



「……弐条、さん……」

 弐条の叫びに呼応するように、アマリアはゆっくりとまぶたを開ける。彼の名前をうっすらと呼ぶ彼女は、僅かに微笑みながら起き上がった。

「弐条さん……さすがに、激しすぎですよ……」
「あ、あぁ……アマリア……僕、まさか、こんなことになるなんて……本当にごめんなさい……っ!」

 涙目になりながら、アマリアの身体を抱きしめる。「生きていて良かった」──今の弐条にとって、ただそれこそが安心だった。

「ちょっ、ちょっと……き、傷が痛むので、背中は触らないで……っ!」
「あぅっ……ご、ごめん……」

 とっさに離れた弐条は、申し訳なさそうに頭を下げて頷く。その様子を見て、アマリアは、彼がいつもの弐条に戻っているのが分かったように微笑んだ。
 弐条に付けられた傷はズキズキと痛むが、それさえも今は愛おしい。それが、今のアマリアの持つ彼への感情だった。







「今日は、本当にごめん」
「良いんですよ。気にしてませんから!」

 事を済ませてホテルを後にした2人は、もと来た道をまっすぐと歩いていた。
 傷はいまだ痛むが、弐条が近場のコンビニから持ってきたガーゼやテープで応急処置したお陰で、今はそれほど辛くは無かった。
 未だ申し訳なさそうに頭を下げる弐条とは裏腹に、アマリアは快活そうに笑って、弐条の手を握っていた。

「こ、ここまで大変な事になるなら、きっとアマリアにもっと辛いことをしてしまうかも知れない。次からは、もっと気をつけないと……」
「弐条さん」

 日も昇らぬ冬空の下、駅へと歩む2人。これ以上彼女を傷つけまいと後悔し、俯いた弐条の前に立ちはだかったアマリアは、振り向いて彼に言う。

「私は確かに、あの時の弐条さんは怖かったです。……でも、でもですよ。それと同時に、私はとっても嬉しかったんです」
「え……?」
「弐条さんに、あそこまで強く求められるのが、こんなに嬉しいことだなんて。そう思うだけで、今日はとってもよかったなって、そう思えます。だから……」

 アマリアはそっと弐条の手を取り、さらに続けて、呟くように弐条に思いを伝えた。

「今日は、ありがとうございました。大好きです、弐条さん」
「……ぼ、僕も。アマリアのことが、好き、だよ……」



 駅前の広場で、2人のアニマリーが身を寄せ合った、AM4:15、初夜。
 彼らの始まりは、師走の早朝にかけての出来事だった。
 2人の夢は、この先もなお続いていく。

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