吸血鬼
どもに
お誂え
向き
ホテルと食事。
文責: セバスチャン・ラクロワ
15分で読了可。
⭐⭐⭐⭐⭐ (非凡)
アンブローズ・トランシルヴァニアは料理店であるのみならず、五つ星ホテルも兼ねているという点で、このブランドにしては一風変わっている。複合施設が鎮座するのはクルジュ=ナポカの郊外、カルパティア山脈の牧歌的な山麓だ。この地域は古来より、ナミヴァンパイアから奇妙で怪物的な“蒼褪めた男ども”に至るまで、あまねく種類の血食者ヘモヴォアの人気を集めてきた。街の近場なので狩りも容易に楽しめるが、施設自体も伝統的な食事より優れた数々の料理を提供してくれる。
ホテルは地上と地下の二階層に分かれている。地上ホテルはアンブローズの名を冠していない、ごく一般的な宿泊施設として経営されている。一方のアンブローズ・トランシルヴァニアは真のリゾート地だ — 地下にあり、血液のみを供する。
私は先日、アンブローズ・トランシルヴァニアのレビューとインタビューを兼ねて、このホテル/レストランでチャズ・アンブローズ氏にお会いする機会に恵まれた。我々はアンブローズ氏の料理店を幾度となく紹介してきたが、彼自身はこれまで一度もウォルドン・スタジオのインタビューを受けていなかった。スタジオに勤める唯一のヴァンパイアである以上、適任者は私だけだったのだが、こうして彼に会う権利を得られたことは光栄に思っている。食人種全般を対象とするレストランではなく、私に特化した場所で食事を楽しめるという期待にも胸を膨らませた。
私の棺がホテルの暗い部屋に着くと、既にアンブローズ氏が待っていた。日光が差し込まないように、入口ロビーは地下深くに設けてある。幾つかの薄暗い松明で照らされており、光量は夜闇に適応した我々ヴァンパイアの視界にとって完璧だ。アンブローズ氏は私が棺を開き、外に出るのに手を貸してくれた。彼は景気付けにコップ一杯の血を用意しており、私が起きると早速二人で一口すすった。
彼は私をゲストとしてホテルに迎え入れ、我々の種族に伝わる古来からの冒涜的な歓待の規律を全て順守した。我々はおもてなしの儀式を執り行った — 私はアンブローズ氏に贈り物をして、彼は滞在中の事項について私に概説した。滞在二日目の夜明け前、夕食とインタビューのためにもう一度顔を合わせることにして、それまでは荘園領主のような気分で自由にホテルを楽しんでもらいたいとの話だった。
ホテル
私はこの長い死後生で数々のホテルに宿泊したが、その多くは私のような血食者専用のサービスを提供していた。就中、アンブローズ・トランシルヴァニアは、これまで目にした中で最も見事な施設であると言わざるを得ない。私がこの種の施設に望んでいた全てを満たしており、今後数世紀にわたって何度でも宿泊したいと強く思っている。このホテルは、あらゆる血食者が素晴らしい憩いの一時を過ごせるように、隅々に至るまで特別に設計されている。
部屋自体は快適で広々としている。内装は古めかしいが、それだけにヴァンパイアには馴染み深い。近現代やポストモダニズムの建築様式は、多くのヴァンパイアの目には無闇に真新しく奇異なものと映る。過去の遺物のような気分に陥らせない場所に泊まるのは常に良い体験だ。
血食者専門ホテルが必ず抱え込む大きな問題に、部屋からの眺めと、ホテルには間違いなく複数のヴァンパイアが滞在するという点の二つが挙げられる。アンブローズ・トランシルヴァニアはこれらを双方共に解決することができた。
景観
ヴァンパイアは昼日中に外を眺められない。太陽の下ではあっという間に滅びてしまう。日光を浴びても生きていられる血食者もいないではないが、それらの種族は希少であり、全くと言っていいほど人間に似ていない。つまり、我々は滞在する町の見所や代表的な観光名所の多くと縁が無い。慎重なヴァンパイア — 善良なヴァンパイア — は、例え用心深く板張りされていようとも、日光が差し込むかもしれない部屋に入ることさえ好まないものである。
我々の宿泊に唯一適した場所 — 我々の需要に特化したホテル — は地下に埋めるしかない。太陽光問題に対する妥当な解決策はこれ一つだが、どうしてもそれ自体が複雑な状況を招く。
兎にも角にも、我々は眠る時に何かしらの目の保養を期待するが、地下に魅惑的な光景など滅多に無い。アンブローズ・トランシルヴァニアは、全ての部屋を広大かつ風光明媚な地下湖の岸辺に建造して、この問題を解決している。景観は心を奪われると言う他無く、照明も魂の籠ってない電子スポットライトなので、燃え盛るような光を伴なわない。アンブローズ氏は我々が古代から抱く願望の一つを見事に満たしている。魅力的な景観に恵まれない部屋など、このホテルには一ヶ所も無い。
他の吸血鬼
ヴァンパイアにとって何よりも気障りなのは他のヴァンパイアである。我々は内輪揉めで悪名高い。餌場を巡って、人間を我々の血族に引き入れる権利を巡って、長老たちが人類文明という名の盤上で繰り広げる仰々しいゲームを巡って抗争が絶えない。四体液も不均衡で、血液の量が多い(平衡を取るための黄胆汁はごく僅かだ)。我々は興奮し易く、直ぐ激怒する。
そこで、大勢のヴァンパイアを一つの狭苦しい空間に招くと、火を見るよりも明らかな結果が出来する。この問題にどう対処するかは各ホテルの経営者に委ねられる。私は長年にわたって、ヴァンパイア同士を交流させないようにする(滑稽極まりない)、全ての宿泊客と血の絆を結ぶ(暴君のやる事だ)、ふんだんに警備員を雇う(息が詰まりそうになる)等々、数多くの試みを見届けてきた。
アンブローズ・トランシルヴァニアの解決策は、私が目にした中で最もエレガントとはいかないが、功を奏している。ホテルの敷地は儀式的に穢され、数柱の血を司る暗黒神に捧げられている(チャズはどの神々に捧げたのかは明言を避けた)。特筆すべき事に、これらの神々は我々の存在を耐え難いものとは見做さない。むしろ逆だ — 我々の種族を傷付ける行為は大罪である。禁忌を犯す宿泊客には神罰が下り、その身体を動かす血の絆は如何なるものでも打ち消されるだろう。
粗削りな解決策だが、そこに圧迫感は無い。他の吸血鬼に危害を加えない限り、魔法は敷地内の宿泊客に活力を与え、生気を吹き込む。自分の喉笛が引き裂かれる危険を心配せず、心ゆくまで他のヴァンパイアと交流できるのだ。
レストラン
ホテルの部屋を見て回るうちに夕食の時間が来た。私は滞在二日目の夜明けにチャズと待ち合わせをした。私からすれば遅い時間帯で、普段ならとっくに眠っているか、その準備をしている頃である。私はリスクを冒してまで日中も活動するタイプではない。チャズは戸口まで来て、私が支度を終えるのを待っていたが、決して敷居を越えようとはしなかった。その後、私たちはインタビューとレビューのためにレストランへと向かった。
食事体験を三つに分けてご紹介しよう。
料理
一般的な食物を食べられるヴァンパイアはそう多くない。仮にどうにか飲み下しても然程の栄養にならない。尤も、大抵の者は全て吐き戻してしまうだろう。
だがアンブローズ・トランシルヴァニアはレストランである。そして、身体が食物を消費できないにも拘らず、我々は依然として生者たちの日常生活に加わる夢を捨てきれない。施設は食事を振舞いたがっていて、我々は食べたがっている! しかし、どうすれば我々が消費できる料理を作れるだろうか?
チャズが考案した解決策はこうだ — 調理に大量の血液を使用すればいい。料理にたっぷり血が滲みていれば、我々もそれを食べて腹に収めておける。それだけでなく、何らかの形で栄養を得るのにも十分だ。我々は食べた料理の味を楽しみ、調理に使われた全ての血は滋養となる。
当然だが、大量の血液を使うように改変できるレシピはざらに無いので、メニューは限られる。定まったお品書きではなく、日替わり料理の短いリストを使い回す。これは然したる問題ではない。我々は大抵の場所では食事の機会さえ無いのだから、在るだけ有難いというものだ。私が訪れた夜のメニューは二品。血まみれブリオッシュとブラッド・ソーセージだ。
先ずはブリオッシュが来た。仕掛けは単純で、血液を卵の代用品にしている(卵一つに対して血液が四十三グラム)。パンは真っ赤に染まっていたが、美味しそうに見えた。テーブルに運ばれてきた一斤を、チャズが半分に割り、二人で分け合った。
ブリオッシュは濃厚な甘い味がした。前菜としては余り例が無いが、血液で代用できる卵を使ったパンはそう多くない。従ってブリオッシュは数少ない選択肢の一つなのだが、長らくパンなど口にしていなかった私は大いにそれを堪能した。
ブラッド・ソーセージは単純だが美味だった。普通の基準からすれば脂と血液の比率がややお粗末だが、我々ヴァンパイアの嗜好にはこちらの方が向いている。ソーセージはリンゴの薪で燻製処理されていて、その甘美でスモーキーな味わいに、まだ若き生者だった頃の懐かしい思い出が蘇った。
アンブローズ・トランシルヴァニアで食事をすると、生きているような気分になると聞いたのを思い出した。私は内心この真偽を疑い、きっと食べた者を一瞬だけ蘇生させるか、知覚を変えて自分は生者だと錯覚させるか、或いは何か壮大な幻覚を押し付ける特性があるのだろうと考えていた。的外れもいい所だった — 料理はただしっかり調理されて美味しいというだけで、古き良き日々を思い起こさせる。
血液リスト
アンブローズ・トランシルヴァニアには種類豊富で潤沢な血液リストがある。二百種以上の血液が掲載されて、その一つ一つが多数のカテゴリや特性で細分化されている。余りに多すぎてお目当ての血を探すのも一苦労だ。標準オプションは全て取り揃えてある — A/B/O型はいずれもRh+とRh-の両方が用意され、大半は複数ドナーからの提供オプション付きだ。尚、少々お高めになるが、全ての主要な血液には処女オプションもある。
Tuatha Dé Danann
神秘に包まれた島、ハイ・ブラジルの原住民であるトゥアハ・デ・ダナーン(時としてシー族とも呼ばれます)から採取した血液には誰もが酔いしれます。この血には軽度の幻覚作用があり、飲んだ者は束の間、妖精の目を通して世界を垣間見るでしょう。
リストに目を通すと、トゥアハ・デ・ダナーンのオプションが幾つか設けてあるのが分かった。これまで妖精族の血を味わう機会が無かった私にしてみれば、注文できる中で最も興味をそそられる。妖精族にはヒルに血を吸わせて喜ぶ趣味は無いので、この機会を逃せば二度と賞味できまいと思った。メニューの中でも一際値の張る品だったが、チャズはただ笑って好きな血を注文するように言った。
そこで私は妖精の血を選び、処女オプションもお値打ち価格だったので付けてもらった。私は処女の血ばかりを飲んでいる訳ではないが、大抵その方が味が良いと感じている。チャズも同じように長大な血液リストを広げ、スカキシ女性の血を注文した。 (スカキシS'kakithiとは何ぞやという読者諸氏へ: 知性ある巨大なクモの一種であり、我々の直ぐ傍で暮らしている。私はそれまで彼らの血を飲んだ経験が無かった。)
注文の品は早々と、どちらも堂々たる豪奢なゴブレットで運ばれてきた。この施設の見所の一つとして、血液は新鮮に保たれ、生気が抜けないようになっている。アンブローズ・レストランが独占権を握っているので、その手法についてはお教えできないが、実際に効果がある点は保証しよう。血液は採れたてではないが、瑞々しく、栄養を豊富に含んでいる。
我々が従う古来からの客人の権利の一環として、先ずお互いのグラスから一口飲もうとチャズが提案した。私はそれを受け入れ、我々は自分の注文の前に相手の血を試飲した。スカキシの血は耐え難いほどに苦く、煙とアーモンドの強烈な香りがした。私個人には強すぎたが、惹かれる者が出るのも分かる。紛うことなき玄人向けの味であり、新参者のヴァンパイアにはお勧めできない。勿論、洗練された味覚の持ち主であるアンブローズ氏だからこその注文だろう。
一方で、トゥアハの血は甘い — 私が飲んだどの血よりも遥かに甘かった。幸いにも胸焼けするほどではなく、圧倒的過ぎない確かな存在感を醸し出すバランスの取れた味だ。強いブドウとイチゴの、そしてより深遠な香り。抽出された古い血液を飲んでいるにも拘らず、非常に新鮮だった。更に、とても濃厚だ — 並の人血よりも遥かに満たされる味だった。
全体として、それだけでも素晴らしい血である。
しかし、この血を飲む者には第二の見所が待っている。最初の一口の直後から、色彩が空中で光り輝き、私の周りで踊ったり動いたりしているのが見え始めた。単なる幻覚ではない。私の周囲を漂うマナのパターンに対して目が開かれたのだ。視界の下には、暖かく開放的なチャズのオーラが垣間見えた。
多くのヴァンパイアと同様、薬物やアルコールは最早、生命の無い私の身体には作用しない。心から名残惜しい生者時代の快楽の一つだ。シー族の血の効果は完全に同じではないが、今までに味わった物の中では最も近い。ほんの一瞬ではあるが、生き返ったように感じさせてくれた。滅多に得ることの無い感覚だ。
生食
しかし、これらはアンブローズ・トランシルヴァニアの最大の魅力ではない。此処を訪れる者たちが本心から求めているのは生食 — 獲物の首に牙を突き立て、直に血を吸うことだ。高額な料金を支払えるならば、アンブローズ・トランシルヴァニアはそのヴァンパイアを地上階のホテルへと案内し、運悪く泊まり合わせた人間の宿泊客を襲わせてくれるだろう。食事が終わり次第、ホテルスタッフが宿泊客に記憶処理薬を投与し、綺麗に後始末をしてくれる。暴力性を思いのままに解き放つ絶好の機会だ。
最高の狩猟体験を提供するために、ホテルの地上階には特別な模様替えと改装が施されており、行き止まりの廊下、見抜き易い隠れ場所、秘密の通路が多数設けられている。ホテル専属の狩猟監督ハントマスターが客と相談しながらプランを練り、ホテルを制御してくれるので、挑戦者は実際に我が身を危険に晒さないレベルで十分に楽しめる。
私が是非生食に挑んでみたいと述べると、チャズは笑い、このホテルで最も人気がある側面の一つだと述べた。時刻も時刻なので — 夜明けまで十五分程度しかなかった — 狩りを楽しむ時間はそれほど無いから地下で待っていると言う。まだ空腹ではないかと訊ねると、自分はアンブローズ・レストランの創設者 兼 経営者であるからして、全ての従業員は使用人であり、彼らから血を吸う権利があると説明された。チャズは指を鳴らして給仕人を呼び、私が上に居る間はこの給仕人を堪能するつもりだと言った。
そこで、私だけがエレベーターで上に昇った。ハントマスターが私に電話でオプションを説明してくれた。当時、一人の客がまだ起きており、図書室の一つで読書していた。館内に他の客は居なかった。ハントマスターは別な誰かを起こすこともできたが、その必要は無いだろうと私は考えた。既に起きている客こそがターゲットに相応しい。
エレベーターのドアが開くと、そこは大きな窓を設けた広い玄関ホールだ。空が白み始めているのが分かった — 早く動かなければならない。私は巨大な狼に変身して図書室に入ると、少しだけ客を弄ぶことにして、視界の隅に座り込み、彼が振り向いて気付くのを待った。そう長くはなかった — せいぜい三十秒 — だがそれでも存分に楽しめた。
客は甲高い悲鳴を上げ、追跡劇が始まった。彼はまず、そう遠く離れていない自室に走って戻ろうとした。しかし、ハントマスターが遠隔操作でカードキーを無効にしていたので、ドアは全く処理を受け付けなかった。私はのんびりと後を追い、哀れな馬鹿が何度も何度もキーを試す猶予を与えた。やがて耐えられないほど近くまで私が歩み寄ると、彼は脱兎の如く逃げ出した。
私は客が角を曲がって消えるのを敢えて見送り、彼の部屋の隣に用意された偽のドアに滑り込んだ。このドアは実際の客室ではなく、ホテル内を簡単に移動できる通路に繋がっている。通路内の電子地図が客の居場所を教えてくれたので、私は狼の身体で全力の唸り声を上げながら、玄関ホールに彼よりも早く到着できた。
そして — このホテルではそれこそ何をやってもお咎め無しで済む — 私は“人間”の姿に戻った。客は後ろに飛び退き、躓いて転び、恐怖に声を震わせた。この瞬間、私は飛び掛かって咬み付いた。彼の熟した血にはアドレナリンが満ち、豊かで香ばしい味わいになっていた。やはり生食に並ぶ物は無い。
満腹になると、私はエレベーターに再び乗り込んだ。この時点で夜明けまで僅か数分、辛くも日光を逃れた格好だ。小綺麗な食事マナーにはこだわらなかったので、玄関ホールは惨状を呈していた。普段なら私自身が後始末をしなければならないが、今回はホテルが全て処理してくれる。
地下に戻ると、チャズもまた食事のせいで汚れ放題だった。私が帰還した時、彼は未だに給仕人の首から吸血しており、血溜まりの中に座り込んでいた。私の到着に気付くと、彼はおずおずとナプキンで口元を拭ったが、私はただ笑って済ませ、同じような食事を上で済ませたばかりだと説明した。
料理店主その人
食事の話を片付けた所で、チャズ・アンブローズとのインタビュー及び夕食について語ろうと思う。チャズは完全無欠の紳士に他ならない。私の滞在は一貫して適切な主客関係に従って進み、チャズは私を失望させはしなかった。彼はホテルに到着した私をその場で歓迎し、夕食の約束にも時間を早めて到着した。
我々は夕食の間も長い会話に耽ったが、それは主に料理や世間話に関するものだった。インタビューの大半は、私が地上階で生食を終えた後に完了した。
アンブローズは — チェーン全体としての話ですが — 数年前の在り方から急激に様変わりしていますね。何故でしょうか?
チェーンとしての新鮮味を失いつつあったからね。とても長い間、私たちは新しいことに挑戦せず、同じ古臭い事ばかりを繰り返していた。終いにはそれが全く当たり前のようになっていて、よくこれで会社が続いたものだと驚いたよ。だから私は、限界に挑戦し、新境地を開拓しようと決めたんだ。
このレストランもそれと関係が?
ああ、勿論だとも。血食者ヘモヴォア、ヴァンパイア、吸血鬼ブラッドサッカー — 食事の必要条件によって定義される種族全体。この店はそれに特化している。未着手だが、余り発展していない市場だ。拡張し、革新し、新しい食材を試し始める余地が沢山ある。私はようやく己の殻を破り、本当にやりたかった事を始めることができたんだ。
本当に素晴らしい経験だった。この種の施設としては初の大規模店舗だし、メニューもできる限り実験的な料理に挑戦した。シェフとしての悲願さ — 過去の経験からインスピレーションを得つつも、その束縛を恐れずにいられる。好きなだけ自由に振る舞える。
貴方の選択に敬意を表します。
ハハハ。どうも有難う。此処で提供するのは、念には念を込めて厳選した食材ばかりだ。血液も全て私個人が吟味したんだよ! いや、流石に全てではないが、合格ライン以上の品質なのはしっかり確認済みだ。 料理もかなり微調整が必要だったが、結果には非常に満足している。キッチンで何時間も過ごす日々を繰り返した。時にはかなり見苦しい様を晒したこともある。
あの血液リスト! どのようにしてあれほどの品数を用意したのですか?
うん、ああいう物を入手するには数多くのソースを頼らなければいけない。適切な取引を行い、適切なハンターを雇い、数ヶ所の血液バンクに賄賂を贈る。君が飲んだ血ははっきり覚えているよ — シー族の一人と運試しの賭けをして勝ち取ったんだ。あの数リットルを入手するために、私たちがどれほどの損失を出したかはどうか訊かないでほしい — 金銭面では何事も無かったが、安い血じゃなかった。しかし、嗚呼、それだけの価値はあったね。
今後の計画について、何か教えて戴けることはありますか?
それが実はあるんだ! ちょっとした独占ニュースになるだろうが、数ヶ月後に料理本の出版を予定している。まだ誰にも話していないが、仮タイトルは“アンブロシア”だ。人気の高いアンブローズ・レストランのレシピが全て載っているし、希少食材を何処で入手できるかについてのヒントもある。そうそう、これが出版見本だよ!
チャズはこの時、アンブローズ・レストランが完成させた特異なレシピを多数掲載した、“アンブロシア”の緩く綴じられた原稿を手渡した。詳しい内容はまだ機密だが、数ヶ月後に書店の棚に並んだ時には、十分に購入する価値がある。夕食の残り時間の殆どは“アンブロシア”の掲載レシピについて話し合い、チャズは幾つかのお気に入りを挙げてくれた。間もなく、夕食の締めくくりの時間となり、私たちは食卓を後にした。
しかし、ちょっとした事に触れておかねばならない。
インタビュー終了後、私はチャズと共にホテル内を軽く歩き回り、チャズは設計上の詳細を数多く指摘してくれた。エレベーターホールに到着すると、彼は私に向き直り、別れの挨拶をした。私は速やかに止めに入った — 今頃には、地上は完全に夜明けを迎え、エレベーターが開けば即座に日光が差し込む。私はアンブローズ氏に、上に昇れば身体が崩れてしまうと警告し、エレベーターには乗らないでくれと懇願した。彼はただ笑って乗り込んだ。
私はチェックインデスクに駆け寄り、受付係に監視カメラのモニターを見せるように強いた。私はチャズがエレベーターで上昇し、ホテルの地上階に出るのを見守った。恐怖に包まれながら、彼が外界の光の中に歩み出るのを見て、彼が死ぬのを見届けることになるだろうと覚悟していた。ところが、何も起こらなかった。彼は建物を出て、何の影響も受けずに白昼に立った。彼はそのまま車に乗って去った。
ようやく、私はアンブローズ氏が如何なる意味でもヴァンパイアではないことを知った。彼は屍者アンデッドではない。定命の人間だ。知り合いのヴァンパイアの多くからもこの話を聞いているし、その中には彼の生命力を超自然的感覚で確かめた者もいる。彼はごく普通の人間でしかない。
普通なのだ。他の人間たちと同じように。だが人間の目が夜闇で光ることは有り得ない。人間は嘔吐せずに何リットルもの血液を短時間で飲み干すことはできない。人間は首に咬み付いて吸血することはできない。しかし! 彼はヴァンパイアではない。あらゆる証拠が彼がヴァンパイアであることを示すにも拘らずだ。ならば、私が共に食事をしたのは一体何者だ? あれは本当にチャズだったのか? もしそうだとしたら、どうやってあんな事をやってのけた?
概要
食事は生者時代を振り返る時に心から懐かしく思える素晴らしい事物の一つだが、我々の宿命はそれを無情にも奪い去った。アンブローズ・トランシルヴァニアで提供される料理は正しく絶品であり、最期の息を吐いて以来経験したことの無い陽気な宴会が待っている。このレストランは、恰も死から蘇ったかの如く、諸君を再び生き生きとさせてくれるに違いない。
本レビューのインタビュー部を御覧の通り、チャズ・アンブローズは相変わらずミステリアスな料理店主のままである。私は短いインタビューの間に彼の内面を少しだけ垣間見ることができたが、彼は今でも食の世界を魅了し続ける奇妙な謎だ。