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この映像は、財団医療部門の全職員を対象として、異常外傷学に関する講習を目的として配信されています。医療部門における勤務を開始する上では必修となる項目ですので、オリエンテーション期間内に必ず視聴いただくようお願いいたします。
さて、この映像を視聴している皆様は、既に一般社会で十分な医学知識を身につけ、大衆への医療行為を通じてそれを実践してきている方々が殆どであるかと思います。しかし、皆様がここ財団での勤務を開始するにあたり、皆様には一般社会の日常から踏み出し、ヴェールに包まれた闇の世界、すなわち超常社会における医療の実践をしていただかなければなりません。もともと外科、整形外科、形成外科での診療に勤められていた方も多いかと思いますが、皆様全員がそうというわけではないでしょう。それにもかかわらず、異常外傷学が全ての医療部門職員の必修である理由は至極単純です。なぜなら、我々財団職員の死因の実に9割を、異常外傷学の分野が未だに占めているのです。
財団の設立以来、我々は常に異常存在からもたらされる死の影と隣り合わせで生きています。忍び寄る死の目線の先に捉えられた職員は、生きて職場に戻ることは叶わないのがかつての常識でした。収容室で発生する不幸な死傷者の数は、時に戦場を遥かに上回ることがあります。犠牲者の全てを救命することが叶った例は非常に少ないと言わざるを得ません。
しかし、我々には経験を後世へ継ぐ力があります。異常外傷の症例、試された治療法や管理の方法は財団内で少しずつながらも蓄積されており、やがては現在皆様が聴いているところの異常外傷学として体系立てられるようになっていきます。我々は超常社会の管理者にして、この世に生きる一人の人間でもあり、医療を与えるもの、そして受けるものとなります。人類を闇から掬い上げるために培われてきた医療分野の一端について、この講習を通して皆様に受け取っていただければ幸いに思います。
皆様は近日中に職務に割り当てられ、初日から異常外傷の症例に遭遇する可能性があります。従って今回の講習では、異常外傷について受傷機転による分類を行い、各論を述べてゆくこととしました。医学知識は見聞きして覚えるだけで身につくものではありません。実際の症例を診療する際に、この講習を迅速に思い出し、傷病に対処できるようにするための方策であるとご理解ください。もし致命的な異常外傷の具体例のイメージが沸かないようでしたら、直近のKetergramsを閲覧することを推奨いたします。
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異常外傷の各論に入るより前に、基本事項の確認を兼ねて、異常現象に付随する形式で発生した非異常性の外傷について解説しましょう。これは一般医学においても説明可能な機序による外傷です。しばしば経験されるのはアノマリーから生じるエネルギー発露に触れた場合の熱傷や爆傷、自律稼働するツール型アノマリーによる裂傷や刺傷でしょうか。収容現場から少し外れた場所ですと、収容サイトの建屋や大規模な収容機器の構築時に発生しうる墜落なども広義の非異常外傷に含まれるかもしれません。そういった外傷の診療知識については皆様は既にある程度お持ちではないかと思います。
皆様が戸惑うことがあるとすれば、受傷時の重症度の高さが挙げられるでしょう。エネルギー収支に不整合のあるアノマリーの暴発は、大抵の場合そのサイズからはおよそ予測できない重篤な外傷を犠牲者に与えます。しかしながらこれは先述したように非異常性の損傷ですので、細胞外液の急速補液、輸血、カテコラミン等を用いたバイタルサインのコントロールが第一に行われるべき治療となります。通常の高エネルギー外傷と変わるところはなく、治療の開始に臆することがあってはなりません。
現場で往々にして問題となるのは、「どうやって治すか」ではなく「誰を治すか」の方です。異常な高エネルギーの発露による大規模災害の発生時は、迅速なトリアージの実施が要求されます。重症度と救命可能性が絶対の判断基準となるとは限らない点で、一般災害時のトリアージとは異なります。理想の条件下での災害発生であれば、救助優先度は一般人が第一であり、次に異常コミュニティ構成者が来て、最後に可処分人的資源、いわゆるDクラス職員となります。無論、これは可処分人的資源であれば治療の必要がないということを意味するのではありません。医療リソースが十分なのであれば、全ての被害者は治療を施されるべきです。
パラテクノロジーの活用により、不可逆的な外傷は必ずしも活動機能の廃絶を意味するものではなくなりつつあります。プロメテウスが開発した旧式の無機義体が多数の異常コミュニティにおける主要な生態機能代替用品として広く普及した一方、有機義体の開発は現在に至るまで財団を含む多数の団体がしのぎを削る領域です。尤も、義体を用いた治療を開始するためには、それまでに受傷者の生命が絶たれていてはなりません。繰り返しとなりますが、非異常外傷における最初の一手はバイタルサインの維持です。これは超常技術を含まない一般の診療となんら変わることはありません。最低限、これだけは常に忘れないようにしてください。
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さて、本題の異常外傷に入りましょう。最もポピュラーかつ最も深刻なのは体組織置換性外傷です。ヒトの体組織が全く異なる物質へ置換される、いわゆる「状態変化」です。異常外傷学の黎明期には犠牲者の即時かつ永続的な喪失を意味する現象として恐れられ、現在でも完全な回復が可能な症例は決して多くありません。体組織の異常変性の原因は非常に多岐にわたり、その機序を一元的に把握することは我々が現在までに得ている知識では不可能です。EVEやヒューム値の著明な変動の検出が可能なものであればまだかなりマシです。それ以外の大多数の症例はアノマリー固有の物理化学法則歪曲の不幸な適用例と理解せざるを得ず、体系化した分野としての研究は進んでいません。
犠牲者が「概ねヒト」であることを放棄していない場合、すなわち変性した体組織がヒトの表現型の一環であると見做せる場合を指していますが、この場合であれば予後は比較的良好です。超常形成外科学は異常なヒト肉体を一般社会に迎合しうる人間へと整形する多数の手術方式を既に概ね実現しています。
より不幸な転機を取る例は、犠牲者の一部あるいは全部が、最早ヒトでない存在に置換されてしまった場合です。置換先が生命体であるか無機物か、またヒトの肉体の形を維持しているか否かにかかわらず、本来のヒト組織が保持していた情報は恒久的に失われています。犠牲が肉体の末梢に留まる場合は、患部の切断が第一選択となります。病状が進行性でないと事前に判明している場合に限り、待機手術とすることが許容されます。生命活動の維持が不可能な範囲が置換されている場合は、残念ながら犠牲者に対して次に実施されるのは鎮痛鎮静剤の投与であり、然るべきのちの死体検案となるでしょう。
先ほど軽く触れましたが、だいぶマシな例、つまり原因が奇跡論によるものであると判断できる場合は、外科的治療法選択は全て棄却されます。この場合のみ、例外として奇跡術逆施行による治癒が見込めるためです。加害時の正反対の反応を起こすよう、加害者のEVEパターンを可及的に再現する施術が有効とされます。
最悪な異常外傷の一例を提示してこの項を終わりにしましょう。いま私の肩の上にいるハトはかつては実績のある研究員でしたが、ある時に運搬中の2個のアノマリーの予期せぬ相互力場形成に巻き込まれてこの姿になりました。変化は1秒以内に完成しました。我々が彼に提供できるのは、生物学的なハトとして平和な余生を過ごす支援だけです。
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財団が収容するオブジェクトのかなりの割合を占めるのが、異常性を持つ生命体です。既知の一般生物学に当てはめ得ない異形の生命はもちろん、異常性を有する既知の生物も対象になります。
異常生命体から受傷した場合、それが一般的に説明可能な機序により生じたものであっても油断はできません。イヌによる咬傷と、イヌ型のアノマリーによる咬傷を見たとき、両者に対して画一的な処置を行うようでは甚だ不十分です。咬傷そのものが異常性のトリガーとならない場合であっても、異常生物咬傷に対する処置は非異常のそれとは異なります。最大の理由として、異常生物は往々にして異常微生物による汚染を受けていることが挙げられます。それらがペニシリンG如きで滅ぼせる脆弱な生命体であればどれほど楽だったでしょう。
一例をお見せしますと、あるAnomalousアイテムの口腔内から発見された異常細菌種は、三次元的に末端カルボキシ基の欠如した異常タンパク質として観測される毒素を生成し、ヒトを含む一定水準以上の知的生命体に重篤な影響を及ぼします。そのため、この細菌は同時多発的な中枢神経系自己融解症の主要なリスクファクターとなる病原体として認識されています。一般社会に流通する広域抗菌薬ではこの細菌の細胞壁を通過できないため、財団内での治療にはベリリウム銅の点滴静注製剤が使用されています。残念ながら有効成分には既知の発癌性がありますが、大脳全体の融解と比した際の生命リスクが許容できるとみなされているのが実情です。
異常生物による外傷に臨むにあたり、常に最重要なのは感染予防であることを忘れないようにしてください。異常脊椎動物の飼料にベリリウム銅をキレートした配糖体を微量添加することは、アノマリーの常在菌を著明に減少させ、予期せぬ外傷時の二次的な異常感染リスクを78%低減することが知られています。
なお、異常人獣共通感染症の大半は幸運なことにヒト-ヒト感染しませんが、僅かな例外は時に激甚な結果を齎します。サイト内の人員の9割が最高70℃の発熱により一夜にして広範なタンパク凝固を起こした忌まわしき例では、前日に解剖された異常豚の肺から変異インフルエンザウイルスが分離同定されました。この例に関しても重要なのは治療の前段階、感染予防であると言えます。
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未解明領域に対する有人探査を計画する際は、その地で探査人員に降りかかる可能性のある影響を可能な限り事前に予測し、適切な予防手段を講じておく必要があることは論を俟ちません。しかしながら、人知を外れた空間に発生する現象が全て事前に予測できるという楽観的な考えを持つ者は、最早いません。異常空間が持つ力場の特性は、その継時的変化も含め、事前の無人探査で正確に把握しておかれるべきです。集積された観測結果は探査人員が異常力場に曝露する危険性を回避するために有用です。対人活性の懸念がある場合は、可処分人的資源を先行して未開の地へ投入する手法も検討されるでしょう。
対象の領域がヒトに対して敵対的でない空間であることが大まかに把握できたら、十分な装備を有する探査人員を用意することになります。人員の生命維持を保証する防護服は大切な装備ですが、重要性で言えば上から2番目です。では最も重要なものが何かと言うと、それは緊急時の即時退却あるいは即時回収を可能とするための命綱です。
一般的な物理法則の一部あるいは全部が適用されない未解明領域内では、例えその地に敵対的な生命や知性が認められない場合であっても、単に存在しているだけで重篤な損傷を受ける可能性が否定できません。特に領域内の存在による特定の行動をトリガーとして物理法則が変動する手合いが最も危険です。ですから探査人員が持つ命綱は、想定し得る限り多数の物理法則内で構造を保持できること、あるいは改変後の世界を無視して我々の世界の物理法則を遡及的に適用可能な設計にすることが要求されます。このうち後者は命綱それ自体については実現していますが、それに繋がれた保護対象への効果の波及は研究段階です。
そういうわけで、通信途絶後の命綱を巻き取ってみると、大抵の場合は有能な探査人員が無残に加工された状態で結び付けられていることになります。未解明領域探査に超常形成外科学が関与する際の目的は、異常力場に曝された人間の救命、及び任務に復帰可能な水準への肉体の復調を達成することにあります。
一例としてこれをご覧ください。ええ、ピカソの「ゲルニカ」です。ではこちらは?驚くほど先ほどの絵にそっくりですね。ですが不幸なことに、こちらは全て異常空間から引き上げられた実物の人間なのです。そして幸運なことに、彼らは全てヒトの見た目に戻って職務に復帰しています。
この事案の原因となったのは、彼らが潜っていた空間内に小規模な求心性および遠心性球状力場の瞬間的かつ同時多発的な出現が起こったことでした。これはヒトの体の一部を膨張させ、別の一部を収縮させますから、複数の力場に同時に巻き込まれるとご覧のようなキュビズム的生物が一瞬で完成することになります。しかし幸いなことに、球状力場による変形は剪断力を有していませんでした。犠牲者の体は冒涜的な延長を受けましたが、その組成は直前の状態を維持しており、血管や神経の構造まで保たれていたのです。通常の空間内で人体にこのような芸術的な加工を施そうとすれば、身体構造の崩壊は免れ得ません。
従って我々が彼らに施した治療は、制御下にある人工力場を調整し、異常空間に発生した力場の逆を発生させることで行われました。人体の構造変化の詳細を三次元CTで詳細に確認し、異常ベクトル場を算出したのです。彼らの骨の強度には変性はありませんでしたので、彼らを円筒状の撮影機器に押し込むのは我々の骨が折れました。このように、人工力場による治療は、剪断力を持たない異常ベクトルによる損傷に広く適用可能です。我々としては未解明領域の調査を行う基地には是非とも一台ずつ常備していただきたいのですが、価格と設備の規模の関係上、財団全体への浸透にはまだ相当な時間が必要とされるであろうことも重々承知しています。
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異常外傷学が内包する分野は非常に広範にわたります。アノマリーが関与して発生したヒトへの侵襲であれば、その殆どは異常外傷の名を関します。時には必ずしも衆目に明らかな形式でなく、中枢神経に起する精神活動への影響としてそれが現れることもあります。ヒトに対し好戦的な傾向を持ち精神侵襲を主とするアノマリーの主要な例として、ここでは霊的存在による外傷について語ることとしましょう。
一般社会において認知されているポルターガイスト現象は多分な脚色を含んでいます。実際の霊体の殆どは家具や包丁を振り回すことはできません、質量を有する物体は霊子と物理相互作用しないためです。従って霊体が常世の存在に干渉しようとする場合は、質量のない光子を頼ることになります。彼らは霊子光子相互作用を起点とし、電子光子相互作用を併用することで様々な電磁波を放出し、それにより外界への干渉を図ります。そして一様な強度の波しか作成できない低級の霊体は、ヒトやその他の生物に対する敵意の表明に可視光線を利用する傾向にあります。これは多くの心霊現象の報告が視覚に基づいている概ねの理由です。
しかし、より高度な電磁波の制御が可能な霊体は、生物の情報演算処理器官である神経系を直接的な標的とします。すなわち電磁波の周波数を巧みに調整し、対象の脳波に対する電磁的干渉により対象に非物理的な異常知覚、すなわち霊障を齎すのです。彼らは犠牲者の視線の先には存在せず、脳の中に潜伏するのです。一方で生物、特にヒトの脳波は非常に複雑なパターンを常に描出していますから、外部からの干渉の結果として作り出される脳波はしばしば正常範囲から逸脱したものになります。これは被害者に継続的な不随意運動を発生させることになります。お分かりですね、これが一般社会において「てんかん」と呼称される疾患の成因なのです。
霊障やてんかん発作が起きている人間に対して、かつては地域の風習ごとに様々な除霊儀式が行われていました。もともと霊体光子相互作用の持続時間はさほど長くないため、犠牲者の痙攣は自然消退していました。従って、除霊儀式は本質的には意味を持ちませんが、形式的な時間稼ぎとしては十分な意義のあるものでした。
人々が「てんかん」という疾患としてこの現象を理解してからは、西洋医学に基づく薬物治療が積極的に取り入れられました。ベンゾジアゼピン系の薬剤は神経系の電気活動を鎮静化させるものと理解されていますが、その実は霊体に対する強力な排斥作用を持つ抗生剤、もとい、抗霊剤としての作用が主体です。抗霊作用のある物質の探究は異常コミュニティ内では古くから行われていましたが、「霊」の存在を秘匿した上で一般社会に霊体への抵抗力を与える試みは難航していました。
ヒトの神経活動が電気的に表現可能になり、芳香族化合物の形を取る薬剤が合成されてから時代は変化しました。つまり、一般社会が持つ一種の科学信仰を有効に活用できる形式を保ったまま、霊障およびてんかんの治療方法を導入する必要があったのです。結果としてこの試みは成功しました。脳の外部からの電磁干渉により生じる幻覚や痙攣によって人間的で文化的な生活が困難になっていた人々に、干渉を払い除ける力が与えられたのです。
一方で、これら脳神経に影響するという建前の抗霊剤は、須くして投与された人間が持つ霊魂にも悪影響を生じます。強力な抗生剤が体外から侵入する微生物だけでなく宿主の細胞にも多少なり影響するのと同じことです。従って、抗霊剤中毒による意識障害は往々にして服薬者の霊魂の荒廃を伴います。原則として、ヒトが有する霊魂の活動期間は肉体よりも長期になるように管理されることが望ましいです。電気的活動を継続できる霊魂は肉体の滅亡後も残存し、人それぞれの意思と嗜好に基づいて電磁的に描写される「穏やかな死後世界」への誘導が可能です。その逆は残念ながら成立し得ません。
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パラテックの進歩は、異常コミュニティ間におけるセキュリティ設備の更新や紛争の解決手段をより先鋭化させる現象を齎しています。これらの超常兵器により生じた外傷については、それが一撃で敵対勢力個人を粉々に吹き飛ばす威力に満たない場合に限りはしますが、原則的には外科処置での対応が推奨されます。
おそらく今後皆様が頻繁に遭遇するであろう症例として。敵対組織の研究施設の捜索に出向いた機動部隊員が不注意にも施設入口のトラップを踏み、多重起動した光学兵器セキュリティによる細断を被った場合の処置の方法を考えてみましょう。サイコロステーキの個数が30未満であれば、適切な条件下で生還可能な例が増えつつあります。光学兵器による標的の切断は熱エネルギーの瞬間的な集中によって生じますから、断面は瞬時に熱凝固し内部の構造は保たれ、出血量は少量です。当然ながら脱落した組織は阻血により速やかに障害されるため、救命のためには破片の即時の全回収が必要不可欠です。ゴールデンタイムは20分です。期間内に受傷地点からの肉体の回収が可能であると判断されたならば、直ちに後方での無菌バルーン展開を手配するよう、前線から皆様に連絡が入ることでしょう。
運び込まれた犠牲者は直ちに再結合手術の適応となります。麻酔薬はなるべく中枢側の断片に対して網羅的に投与されるべきです。手術は分割された断片の再縫合が主体となります。以前は卓越した速度を持つ外科医の手のみが頼りでしたが、実質臓器の接合の基盤となる生分解性フレームが導入され、永久植え込み型の人工毛細血管網およびエンドニューロン網が使用可能になって以降、手術の完遂率は飛躍的に上昇しました。再建は循環器系から始め、呼吸器系、中枢神経系、その他の実質臓器、管腔臓器、骨格、筋肉、皮膚の順に行われるのが理想的です。しかし実際にはとにかく速度が最優先なので、体中心部から外側へと向けた系統的な一括再建術が行われることが多いです。血流の再開は末梢側から順に実施されるべきです。管腔臓器の再建が困難である場合は、人工血管や透析機器による姑息的な代用を積極的に考慮すべきです。
中枢神経系の損傷が重度である場合は、人工脳幹ユニットによる一時的な生命活動の代行が有用です。現場では犠牲者の蘇生を最優先とし、撤収後に拠点病院で直ちに再手術を行うようにしてください。中枢神経系の再建を行った症例では術後の合併症に特に大きな注意を払って管理する必要があります。肉体的な生命活動の再開が完了した後も、脱離した意識の適切な復帰までにはかなりの期間を要します。不用意な刺激は良くて永続的な人格プロファイルの変容、悪ければ植物状態を直ちに惹起し得ます。
外傷に対する救命処置という観点からはやや外れますが、近年では人工組織の比率を極限まで高めた全身一括型の義体躯の実用化が徐々に見えつつあります。回収できた肉体が中枢神経を含む一部の断片のみに留まった場合でも、事故以前の犠牲者の存在を再現可能となることに期待が寄せられています。
ここまでお見せした通り、レーザーセキュリティは現在では確実な殺傷には決して向かないのですが、「救命の可能性を残して治療に当たらせ、行動可能な人員を削ぐ」という目的で仕掛けられることも多くあります。従って異常コミュニティでは未だメジャーな兵器の一つであり、当然それによる被害件数も膨大です。従って皆様もこういった受傷に即日対応可能な技能を獲得することが必要とされます。一括再建術の実際の術式に習熟していただくため、可処分人的資源を用いた実習を後日に予定しています。日程は追って連絡します。
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本日最後の講義としては、遭遇頻度の高い認識災害外傷を取り上げることとします。認識災害が人体に損傷を与えるメカニズムは大きく3通りに分けられます。認識者の周辺または内部に質量を持つ物体を召喚するもの、認識者の脳信号の改竄を行い致死的な不随意運動を発生させるもの、そして認識者の全部または一部を対象とした遠隔転移現象を惹起するものです。
第1の例では、侵襲は物理的な手法によってなされます。認災の閲覧者の外傷で頻度が高いのは、至近距離での爆発による熱傷や圧力損傷です。閲覧者の心肺や頭蓋内に化学的活性のない塊を出現させ、直接の組織破壊および塞栓症や脳圧亢進による即死を狙うものも同じくらい多いです。これらの実例に対する治療は、損傷が軽度であれば通常の外傷や異物塞栓と同様に実施して構いません。ただし、組織実質の損傷を伴う症例ではより高度な、時によっては超常的な処置が救命に要求されることがあります。救急病棟では初期対応の迅速さが命運を分けます。
第2の例は脳回路の持続的なショートにより生命活動を途絶させることを狙って製作される認災で、物的証拠が残らないことから非異常社会に干渉しようとする勢力が好んで用います。脳幹を直接障害する例は、よほど幸運でないと蘇生が間に合いません。姑息的手段に過ぎないことが多いものの、即時の冷凍睡眠処置が救命に繋がった例がいくらか報告されています。
最後に第3の例ですが、超常医療者の側からするとこれが一番たちの悪いグループです。被害者の一部だけが異常空間へ転移した場合、最優先に取り掛かるべきは転移した部位の捜索ではなく、当然ながら残存する部位の生命維持です。生存に重要な臓器の一つ以上が喪失している例は予後不良です。
先講で紹介した光学兵器による身体細片化では、外傷発生時の断面焼灼により体液の喪失は抑制されました。しかしながら人体転移による傷害ではそうはいかず、残された組織は即時の大量出血に見舞われます。従って経血管的な輸血では間に合わず、組織全体を保護液に沈めた状態での水中オペが救命に必要とされる例がしばしば経験されます。液浸状態のオペで生じる問題の主たるものは、手術操作が非常に困難かつ煩雑であることです。現在はマニピュレーターを用いた遠隔操作手術が主流ですが、執刀する医師の熟練度が結果に直結する高難易度の手技です。
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本日の講習では、主要な傷病の骨子を数例挙げて各論を述べていく形式で、異常外傷学の大まかな概要について説明させていただきました。財団医療部門の皆様には、今後の業務の中で実際にこれらの外傷患者を診療し、治療を行い、救命と身体機能の復帰を成し遂げていくことが要求されます。
残念なことですが、個人としての超常外科医が積むことが可能な研鑽の限界量は、人間の肉体に発生しうる異常外傷のバリエーションに遠く及びません。なので、それぞれの外科医に我々が求めたいことは、今回の講習でお見せした数々の分野からご自身の専門領域を見出していただき、その診療に習熟していただくことです。外傷診療に長けた医師の人数を増やし、組織全体で対応可能な症例を増やしていくことが、財団の活動基盤をより強固なものとするのです。強い異常現象に弱い人間が挑む上で、頼れるのは数です。
以上をもちまして異常外傷学の講習を終了とさせていただきます。お疲れ様でした。皆様の医療部門オリエンテーションが、今後も実り多いものとなることを祈念いたします。今回の配信映像はいつでも再視聴可能です。私は超常医療倫理学の講習も受け持っておりますので、そちらの受講も忘れることのないようお願いいたします。それでは、またお会いいたしましょう。
財団医療部門講習会: 異常外傷学
ページリビジョン: 1, 最終更新: 14 Jan 2024 08:30