「こんにちは。来てくれてどうもありがとう。私を知らない方にお伝えすると、私の名前はティルダ・デヴィッド・ムース博士です。私はサイト-19の管理官をやっています。」
「私がここにいるのは ── 私にとって日常的な言葉を使わせてもらえば ── あなた方に魔法についてお教えするためです。」
「私は名講師ではありません。前もってお伝えしておきます。私に権限があれば、ここには他の誰かが立っているでしょう。では、いくつかの質問から始めましょう。学生時代のように手を挙げてください。簡単なやり方です、でしょう? ── あら。これは… とても沢山の手が挙がっていますね。大丈夫、前のあなたから始めましょう。」
「いいえ、これは機動部隊シグマ-3のオリエンテーションではありません。シグマ-3は存在しない部隊です。'オリエンテーション'はありません。私が考えるに、彼らのオリエンテーションは一度だけ、彼らが組織されたときのものでしょう。もしあなたがシグマ-3からやってきてオリエンテーションが必要だと考えているなら、あなたの上官は仕事をしていないということです。次の質問は?」
「私はこの種の質問をしないようにと言ったはずですが ── ええ、いいでしょう。彼女は今ここにいる全員がシグマ-3から来ている理由はなぜかと質問しました。最初の答えとしては、全員ではないからです。ええ… あなた方の3分の2以上です。私は最低でも1ダースのタウ-9、本の虫の上位メンバーを確認しています。何人かは自分がこのプログラムに関わりがあると思ったクリアランス4の研究者ですし、最低でも3人は新しい管理官がいます。そしてさらに幾人かは… 'スパイ'でしょう。誰かは言いません、もちろん。訝しむことを楽しんでください。どっちみち分かりません。」
「財団では、ごく、ごく少数の人々が魔法について知ることを許されています。これは… わたしがこのことについて語ったことのある人数よりも大量です。私は最近起きているすべての事象について推測できますが、監督官はより多くの人々が、ええ… 何が起きているのか知ることを望んでいます。」
「はい、では、質問をどうぞ。── 彼の質問は ── 'シグマ-3'とは正確には何なのか?」
「その件に関しては、私も質問があります。いったいどうしてここにいる全員がシグマ-3が何であるかを知らないのですか?あなた方は資料が送られているはず… ええ、そう、まだ機密解除の段階なのですね。わかりました。話を元に戻しましょう。」
「いいでしょう。私たちが"超常コミュニティ"と呼んでいるものについてから始めることにしましょう。日常的な世界を想像してください。この外、影の中で世界がどのように動いているのか。私は要注意団体がどのようにしてこれに溶け込んでいるかについて説明します。私はあなた方に放浪者の図書館についてお教えします。そして、ええ、シグマ-3についても少しだけ教えるでしょう。その前に、あなた方が私を嫌いになりすぎないように休憩を取ります。」
「あなた方は全員このことを知っていると思います、ですが… 今夜は100名ほどがここに集まっています。それでも、財団の構成員のほんの一部に過ぎません。私たちはこのやり方を続けていきたいと望んでいます。私から聞いたことはすべて、すべて ですよ、このプログラムに関わりのない人間とは話し合わないでください。死の痛みを伴うでしょう。おそらく。」
<咳払いする>
「とうとう、魔法についてお教えする時が来ました。」
「パニックにならないでください。いいえ、幻覚に襲われているのではありません。収容違反は起きていませんし、約束します、あなた方のコーヒーにはドラッグは入っていません。」
「青色の時はごく率直にお話しします。」
「これは私が彼らが"メイジ"と呼ぶものだからです。もしくは、あなたがそうしたいなら、"タイプブルー"… あるいは"魔女"。これは私たちができることの本質です。ええ、そう ── 魔法。ありふれたものですが、それでもなお魔法なのです。」
<咳払いする>
「ですが、まだ今しばらくは魔法に関して語るつもりはありません。もう少し時間を置いたら再開しましょう。」
「いいでしょう。私はあなた方に機動部隊シグマ-3、"書誌学者たち"について話すと言いました。この退屈な名前はわざとです。」
「前置きさせてください。私はシグマ-3ではありません。私は単なる顧問です。数年前、私はあなた方のごく一部をそれに任命しましたが、私はそれ以上のことをしていません。ええ、あなたを知っていますよ、エージェント・ナヴァロ、手を振るのを止めてください。私が言っていたのは、私はシグマ-3にいないので、これは簡略版だということです。」
「シグマ-3は超常コミュニティに直接対処する財団の部隊です。友好的なかたちで、少なくとも私たちが出来得る限り友好的なかたちで。これが馬鹿馬鹿しく聞こえるのならば、結構です。つまり機密は漏洩していないということです。」
「もともと、30年から40年ほど前、シグマ-3は放浪者の図書館への失敗した侵入に参加していた部隊でした。それはほとんど… 無傷で残っていた唯一の部隊でした。その後、部隊は再編され、O5司令部の指揮下に再び組み込まれました。」
「彼らは準軍事的な部隊ではありません。収容チームでもありません。私たちの上司が財団がいくつかの重要なこと ── 世界滅亡についてなど ── に、超常世界から孤立しているという単純な理由から関われないのではないかという意見についてとても、とても懸念したことの所産が彼らなのです。」
「図書館への侵入でさえ… 私たちが超常コミュニティの情報源を持ち、部隊か、最低でも彼らのリーダーや作戦立案者たちが、財団が既に把握していた図書館についての知識に触れることを許されていたなら ── 作戦はまったく違ったものになっていたでしょう。」
「その時、図書館への侵入に際し、作戦が始まる前に図書館について聞いたことのある人間は伴われませんでした。それは高すぎる機密レベルに置かれ、私たちの下には直接的な情報源、そこに入ったことがありどんな場所なのかほんの僅かでも知っている人材は一人もいませんでした。」
「私たちは図書館に入った時、何が起きたのかを未だに解明できていません。侵入した全員の記憶が異なっています。私たちが存在した記録さえ ── 実際の動画記録です ── それぞれはっきりと矛盾するのです。生還者の何人かは出来事すべてを覚えていません。」
「確かなことは、いまだに財団職員が図書館に残され、私たちの手の届かぬ場所に閉じこめられているということです。どんな手を尽くしても届きません。そしてそれが完全に予防できた事象だということも。」
「図書館に話を戻しましょう。」
「私たちは超常コミュニティにいくつかの情報源を持っています。私たちは、超常世界において私たちより大きな影響力を持つ世界オカルト連合との長い協力の歴史があります。私たちは図書館、手、そして'魔法'に関係する超常現象を、より伝統的な方法に基づいて処理するために機動部隊タウ-9 ── 本の虫 ── をも作りました。」
「しかしこれには限界があります。司令部は私たちが耳を必要としていると確信したのです。」
「当初は、シグマ-3も超常的な手段を直接用いてはいませんでした。近年、これが… 変わりました。この部屋にも、実際に魔法使いになるための訓練を行っているシグマ-3のメンバーがいます。異常芸術家もいます。マーシャル・カーター&ダークや、蛇の手、その他超常的組織との二重スパイもいます。」
「そして彼らは結果をもたらしています。シグマ-3は数多くの活発で危険なアノマリーを収容しています。これらは有益な超常存在の協力なしには確保できなかったでしょう。私は少なくとも3ダースもの、シグマ-3が直接収容したSCPオブジェクトを知っています。シグマ-3が少なくとも情報を提供したものならもっとたくさんあります。」
「私は今夜、それらの大部分の名前を言うことが許されていません。なぜならあなた方の全員がシグマ-3な訳ではありませんし、それをはっきりと知っているわけでもないからです。ですが、私がプロジェクトリーダーを務めたSCPから言うなら… シグマ-3はSCP-003、私が初めて割り当てられたSCPオブジェクトについて、遠隔調査活動と放浪者の図書館からの外部情報ソースを組み合わせ、捜索を援護してくれました。シグマ-3は超常コミュニティとの接触からSCP-472を発見・入手しています。」
「大規模なところでは10年ほど前、シグマ-3はインシデント・ゼロ直後の財団への直接的かつ複合的な攻撃 ── 私たちを壊滅させたであろう、財団の規模と防衛力ではほぼ防げなかったはずの襲撃を未然に防ぐ助けとなりました。あなた方にシグマ-3が文字通り世界を守った正確な回数をお伝えすることはできませんが、それが複数回であることは言っておきましょう。」
「代わりに、シグマ-3は他の財団機動部隊とは異なる扱いとなっています。彼らは直接間接問わず超常存在の収容を手助けすることはありません。それが超常コミュニティとの協力下、もしくはそれらのメンバーと共に行われない限りは。」
「ここで多くの人が止まり、騒ぎだします。彼らにとっては、オメガ-7やアルファ-9のような部隊よりもこれはたちが悪いのです。それらの部隊は超常存在を使うもしくは使っていました ── しかしこの部隊はいくつかの超常存在を積極的に収容から匿っています!最悪なことに ── シグマ-3は時折、超常存在を解放する取引をすることさえあります。」
「これは財団の基本的な理念に反している、と彼らは言います。そしておそらく彼らは間違っていないのでしょう。しかし現在、財団には在野のアノマリーすべてを収容する能力はありません。その時まで、シグマ-3は価値を証明し続けるでしょう。この世界を私たちが守れないとするなら、何が私たちの理念の美点なのでしょう?」
「再び日常的な言葉を使いましょう。シグマ-3の仕事は、カルティストがクトゥルフを召喚しようとしているかどうかを知ることです。概して、彼らの友人や同胞は世界の終わりを望んでいません。ただ彼らは世界の終わりを止めることができないのかもしれない。ですが私たちにはできます。彼らには知識があります。私たちには資源があります。」
「彼らは私たちが看守だとは… ええと、財団のメンバーだとは知らないでしょう。ですがクトゥルフが関わる時、彼らは私たちに繋がっている人物を知っている誰かを知っている誰かにそれが伝わるのを気にしません。そして私たちの大きな機動部隊に連絡が入り、何人かの頭が吹っ飛ばされます。これで世界は守られました。」
「クトゥルフが本当に実在していると言いたいのではありません… もしそうであっても、あなた方がそれについて知ることは許されません。これはあくまで一例です。」
「休憩が必要なようですね。20分後に戻ってきて、今度は、ええ、"超常コミュニティ"と呼ばれるものについて話しましょう。」
「では、'超常コミュニティ'。これは何を意味するのでしょうか?」
「超常コミュニティは、この世界で異常性と共に生きるあらゆる人々から成り立っています。考えられる限りの様々なタイプの人々がそこにはいます。それぞれのコミュニティの人口を総計すると、世界中で数十万人になるでしょう。」
「おそらくあなた方が考えていたよりも多いでしょうが、事実なのです ── そしてこれがシグマ-3が必要であるもう一つの理由です。この人々は皆異常な世界に気づき、多くの場合晒されているのです。彼らの中には、それが日々の生活の一部となっている者もいます。」
「彼らの多くは放浪者の図書館に立ち入ったことがありますし、そのほとんどは図書館について耳にしています。彼らの多くは異常芸術コミュニティと呼ばれるものに関係しています。また多くは世界オカルト連合と蛇の手に関係しています。」
「財団自身でさえ、はるか昔に存在した超常コミュニティに起源を持っています。そういった噂話をいくつか耳にしたことがあるかもしれませんが ── いえ、公式声明ではありません、私はただ噂を繰り返しているだけです。お好きなように受け取ってください。」
「実際どれほどの超常能力者がいるのか?ええ、これには議論の余地があります。目立つ少数の人々は下級のタイプブルーであり、ちょっとした奇術や本から僅かな呪文を修得することができます。メイジ、魔女、魔法使い、予言者、などなど。そういった人々は… ええ、私ですね、財団へ亡命する前の私のような人々です。」
「私たちが彼らを捕まえた場合、大抵はSCPに分類しません。私たちが確保している人々のほとんどはAnomalousアイテムに分類されています。シグマ-3は彼らの多くを扱っているのです。」
「GOIという観点から超常コミュニティを見ると… はい、厳密には、彼らは皆何らかの形で超常コミュニティの一部です。ですが大規模なものは… このスライドを見てください。」
Are We Cool Yet
カオスインサージェンシー
壊れた神の教会
第五教会
世界オカルト連合
境界線イニシアチブ
マナによる慈善財団
マーシャル・カーター&ダーク株式会社
イスラム・アーティファクト開発事務局
オネイロイ・コネクティブ
サーキック・カルト
蛇の手
連邦捜査局異常事件課
「見ての通り… 彼らの大部分が超常コミュニティに含まれます。A-W-C-Y、インサージェンシー、フィフシスト、そしてサーキシストたちはより… 過激です。厳密に言えば、これには壊れた神の教会も含まれますが、'敬虔なる者'と呼ばれる彼らはあなた方が思っているよりは超常コミュニティから許容されています、ただし境界線同盟を除いて。」
「マナ、境界線、そしてORIAは超常コミュニティ内の'主導者たち'です、あなた方もそう呼ぶでしょう。MC&Dはあなた方が考えている通りに ── 超常コミュニティの富裕層の殆どはそれに属するか関係しています。そしてオネイロイ… 神だけがオネイロイが何者であるか知っているでしょう、…私は深く考えたくありません。」
「次に、最も巨大な2つの組織があります ── 連合と手です。」
「我々にも名声があります。GOCに加入していない人々は、そして加入者の中でも一部は私たちを看守と呼んでいます。しかし連合は'焚書者'と呼ばれています。ですから… まあマシな評価でしょう。」
「インサージェンシーについては ── 財団外の人々はアレと私たちがやっていることを同一視していません。私たちは彼らを… ええ、反乱分子たちを、得体の知れない理由で全てを抹殺しようと目論む、半ばトチ狂った財団からの離反者と見ています。」
「超常コミュニティはインサージェンシーを、他の何よりもサーキック・カルトに似た運動だと捉えています。世界を作り直すための、強い宗教的な含みを伴った運動にも関わらず、インサージェンシーは無神論を公言しています。彼らは神になりたいのです。理屈の前に破壊ありき、暗黒の神々の降臨を望む輩以上にイカれています。」
「実際には、暗黒の神々を喚び出そうとする者たちでさえ、インサージェンシーを自らとはかけ離れた存在と見なす傾向があります。彼らは一般に"不和の種を撒く者"や"狂人ども"として言及されます。文字通りの死のカルトですら彼らをそう呼ぶことを肝に銘じてください。インサージェンシーは大きな抗争では勝利したことがありませんが、これはおそらく彼らの… いえ、脱線しました。これは機密事項です。」
「それでは手と連合について話しましょう。」
「世界オカルト連合は超常コミュニティのビッグブラザーです。彼らは警官であり、処刑人でもあります。彼らは108の加盟組織を有しています。その全ては何らかの形で異常性を有しており、連合によって私たちから守られています。」
「連合は虚構と呼ばれるものの維持に多くの注意を払っています ── 彼らは私たちと同じように正常性の保持を望んでいます。ですが私たちは超常コミュニティの一員ではありません ── そして彼らは一員です。概して、超常コミュニティにおける地位あるメンバーや上流社会の人々は皆連合に参加しています。」
「彼らは第七次オカルト大戦 ── 第二次世界大戦の頃に起きました ── 後の設立以後、'焚書者'と呼ばれています。彼らは本質的に、超常コミュニティへの敵対的買収から生じました。連合 ── ビッグブラザーに加盟するか、さもなければ壊滅させられるのです。」
「連合のいくつかの要素は図書館に忌み嫌われています… それ以後、彼らは不可思議なやり方で締め出されています。私たちのように。皮肉なことに、最初に図書館と交わった時でさえ、彼らは私たちから得た情報通りに振る舞いました… ですがこれは別の機会に。」
「敢えて言うなら、多くの連合メンバーは彼らが図書館へのアクセスを失ったことについていまだに怒り狂っています。私はこれが連合の活動の多くを弱めたのではないかと思っています。彼らが締め出されたことは、連合を嫌う人々が身を隠すことを容易にしました。そうする必要がある人々は図書館の中へ行けばいいのです。」
「蛇の手は連合を陽とした場合の陰です。手は連合全体… ビッグブラザーへの対立運動です。そして超常コミュニティを収容または鎮圧しようという思想とも対立しています。」
「彼らは超常コミュニティの急進的な活動家です… しかし大きな政府同様の形を取らない平凡な人々でもあります。手は参加を望むあらゆるタイプの人間を受け入れます。ですから、そこには多くのまともな人々と多くの死のカルティストが同じようにいるのです。手と過激なコミュニティ、 それからカルト宗教 ── 時折、壊れた神の教会のような本格的な宗教が現れます ── や異常芸術グループといったムーブメントの間には、明らかに多くの重複があります。」
「手に所属するようなタイプの人間は私たちを嫌いがちですが、連合に対する悪感情よりはマシです。なぜなら、私たちは人間を殺そうとしないからです。これはシグマ-3が存在できている理由でもあります。」
「全てを打ち明けましょう。私は蛇の手の構成員でした。私はそこに大学組織を通じて入りました。財団に亡命するまで数年をそこで過ごしました。これで私はタイプブルー ── 魔法使いになったのです。」
「私の信じられないくらい興味深い経歴については質問されても答えられません。ごめんなさいね。次は魔法使いについて少しだけお話ししようと思います。ですが今は、休憩を入れた方が良いですね。」
「放浪者の図書館とは何か?あなた方のほとんどは聞いたことがあり、知っているでしょう。ええ、図書館です、そして蛇の手が使っていて、私たちは… 使っていません。」
「…まぁそのような所です。」
「放浪者の図書館はこれまでに書かれた、まだ書かれていない、永遠に書かれることのない、ほとんどすべての本を収めている図書館です。」
「私たちはそこの動画をいくつか持っています。映すまで少し待ってください。」
「ええ、もう少し待ってください。では… 話し続けましょう。」
「あなた方に図書館の外観をお見せすることはできないでしょう。私たちの知る限りでは、誰もそれを見たことがないのです。図書館は宇宙の外側に位置しています。"異次元"というのは専門用語ですが、これは適当な説明ではありません。図書館は私たちの世界にはありませんが、私たちの世界と繋がっているのです。」
「あなた方は道を通ってそこに行くことができます。道というのはネットワーク… つまりは、ある場所から別の場所へあなた方を移動させる魔法のポータルのネットワークです。それらは世界中に点在しています。財団はネットワークをいくつか収容していますが、ほとんどはAnomalousアイテムに指定され ── ごく一部のネットワークはSCPに指定されています。」
「図書館とは道の集結点であり、地球上でもっとも大きなものです。図書館に繋がる道は図書館内部の扉に結び付いているので、ドアと呼ばれています。とても単純でしょう。」
「道の利用はそんなに簡単なものではありません。ええ、そういうものもあります。それぞれに作動するためのコツがあります。招いてもらう必要のあるものもあります。儀式を要求するものもあります ── 影にむかってくしゃみをしたり、合い言葉を暗唱したり、妖精と友達になったり、ペットの猫の後をついていったり、羊を殺したり、戸口を通り抜ける時にハーモニカを吹いたり。時に、それらはノックと呼ばれます。」
「道はあなた方がドアとして想像するようなものです。もしくはドアに似たもの。洞窟、アーチ、トラックの後ろ。厳密には、すべての影と鏡は道に成り得ますが、有用な道にはならないでしょう。いくつかは芸術作品の形を取ります ── 私はかつて、まだそうできた頃、図書館へ入るドアとして絵画を使ったことがあります。星々の間の回廊の形を取ることもあります。」
「これらはあなた方が考えているよりも一般的なのです。すべての主要な都市に最低でも数個はあります。私たちはごく一部の位置を把握していますが、より沢山の道が存在していることを知っています。」
「もし財団もしくは世界オカルト連合からやってきた誰かが道を使おうとしたら、それは作動しないか、あるいは図書館はそれを… 危険な場所と繋げるでしょう。他の惑星。無益で、有害な土地。宇宙空間。ある報告では文字通り地獄が開いていたそうです ── あなた方が想像したようなものですよ。しかしながら、より一般的な例では、彼らは図書館の書庫へと私たちを通し、私たちを司書へと変えます。」
「これについて説明を ── 動画が見られるようです。」
<動画は森の中を歩く2人の女性と1人の男性を映す。1人の女性はサイズの小さいゴジラのコスチュームを着ている。もう1人の女性はフルプレートアーマーを着ている。男性はプラスチックの炎に覆われた赤いコスチュームを着ている。>
「これはかなり一般的な ── 質問ですか? なぜ仮装しているかって?ああ ── この道は自分ではない何かに仮装することを要求するのです。ですので… コスプレを。ついでに言えば、彼らは財団のエージェントです。私服姿ですがね。あ、いえ… あれらは私服ではないと… 思います。」
「ゴジラはエージェント・ジョーンズです。騎士はエージェント・リュウ。最後の1人は今日ここにいる ── エージェント・ナヴァロです。うーん、燃えさかる衣装を着ていました。みなさんに挨拶してください、エージェント・ナヴァロ。そうしたいんでしょう。」
<動画は3人のエージェントが非常に接近して植わっている2本の木の間を通り抜けるのを映す。彼らが木の間を通り抜けた時、彼らは跡形もなく消えた。動画は中断される。>
「ともかく、彼らシグマ-3の隊員3名は図書館にアクセスすることができます。財団全体では、シグマ-3の隊員のみが図書館に入れます ── 部隊の中でも限られた者たちが。」
「私たちは図書館が、図書館を利用しようとする者とその後援者について知る方法を備えていると考えています。知るのはそれらの現在だけではなく未来についてもです。ええ、図書館は限定的な未来視の能力を持っているようです。どうやってやっているか?私にも分かりません。」
「ところで、これこそシグマ-3が他の財団職員による図書館の人々の収容を手助けしない理由です。もし彼らがそれをすれば、彼らはただ図書館から蹴り出されるでしょう。そして、私たちは世界で最も重要な異常地帯の一つにおける'手掛かり'を失ってしまうのです。」
<動画が再開される。エージェント・ジョーンズ、リュウ、そしてナヴァロは今は普通の服を着て、巨大な広間に立っている。広間は大量の本棚に囲まれ、高さは天井が見えないほど、摩天楼のように高い。廊下には沢山のテーブルと多くの人々 ── 最低でも100名以上。動画が進むにつれ、ロビーの人々は全員が人間ではないことがはっきりしてくる。1人がカメラの前を通り過ぎる ── 顔は青く棘に覆われている。3つの尻尾にそれぞれ本を持った30フィートほどの高さの歩くカーペットが近くのテーブルに座る。>
「これが図書館の大広間です。見かけよりも… ずいぶんと大きいです。この日は比較的空いています ── 大抵はいつでも数百人はいます。そして何千人もが寛げるでしょう。」
「空間は欺いてきます、図書館の中では。例えば、大広間では、後ろの壁に行くまで半日かかります… その上、通過した距離は少なくとも大陸ほどの規模になります。」
「ああ、これは単なる大広間です。図書館には多くの棟があります。いくつかは小さく ── 都市ほどの大きさです。ここはそこから登ったところです。森の中に建てられた棟もあれば、空が見える棟もあります…」
<動画は続き、エージェント・ナヴァロがローブを着た人型の彫像と会話を試みている。彫像には口がない。左手が、燃えている真鍮のランタンと繋がっている。>
「…あー、はい。あれが司書です。ええ、あれには口がありません。」
「それは司書となることが処罰だからです。大抵は。自発的な司書が少数おり、彼らの外見はとりわけ奇妙です。しかしこの記録では見ることはありません。」
「この口がないのはガイドたちですね。彼らは図書館を案内し… 図書館のルールを守らせます。彼らはとてつもなく恐ろしく ── 実際に1人のガイドが財団の準軍事的な部隊を造作もなく撃退しました。ガイドが収容違反に巻き込まれてしまった、非常に、信じられないほど稀なケースでしたが、被害は甚大でした。しかも彼らは図書館の重要な守備戦力ですらないのです。」
「他の代表的な司書は保管係と従者です。この短いショットの背景に保管係を見ることができます ── 左の大きい机にいます。彼らは椅子に縛り付けられています ── 彼らは脚を持っていません。そしてこのアングルからは見えないでしょうが、彼らには眼がありません。実際彼らは読むのに必要としないのです。そして ──」
<人型の蜘蛛に似た何かがエージェント・リュウの頭上の棚を走っていく。彼女は驚いたようには見えない。>
「──あれが従者です。彼らは直接本を世話します。彼らが地面に触れているのを見たことはありません。」
「あれらはすべて、かつては人間でした。彼らのほとんどはヒトでした。今は、違います。」
「ご覧のように、図書館にはルールがあります。本を傷つけない、本を盗まない、本を時間内に返却する。図書館に危害を加えない。そして図書館にいる者を傷つけない。」
「もしあなた方があまりにも甚だしくルールを破れば、強制的に司書へと変えられるでしょう。そして… はい。財団エージェントたちがまさにそうやって図書館に閉じこめられ、司書の刑を受けているのです。彼らの罪の性質を思えば… 運が良ければ、彼らは数百年で解放されるでしょう。」
「質問に戻ります。いいえ。不運なことに、彼らにしてあげられることはありません。どの司書が誰かさえわからないのです。ああ ── 沢山の質問ですね ── いいでしょう、動画を一時停止します。」
<水の球体に浮かぶ緑表紙の本の山に囲まれた、宙に浮いている壮麗な外見の人魚をエージェント・ジョーンズが口説いているように見えるシーンで動画は一時停止する。>
「いいでしょう。沢山の質問です。その、ワイシャツのあなた、言ってください。」
「シグマ-3を図書館から本を回収するために使えるか?ふむ、いいえ、できません。第一に、図書館はもう私たちに目を ── 比喩的ですが、私はそう見なしています ── つけています。もしそういった計画を練り始めたら、それを真剣に考慮しただけでも、私たちは図書館へのアクセスを失うでしょう。私たちはシグマ-3のエージェントを通した情報に頼るしかないのです。彼らが撮影したり、コピーを取ったりなどしたものに。信じてください、それよりいい方法はないのです。」
「第二に、私はまだ図書館カードについて話していません。」
「本を借り、図書館の外に持ち出す際、図書館カードが必要になります。図書館とあなた方がそれぞれコピーを持ちます。カードにはあなた方の真の名前が魔法の署名で記されます。」
「このことの重大性が分からない大半の皆さんに対し ── 真の名前について突っ込んだ話をする時間はありません。ですがその意味を言えば、そのカードを手に入れた者はまるで受け入れられるかのように容易く、あなた方に魔法をかけられるのです。彼らが十分に熟達していれば、あなた方をほとんど好き放題にできます。図書館は確実にそうするでしょう。」
「図書館カードは一定の範囲内での図書館の加護もまた与えます。カード保有者を殺したことこそ、世界オカルト連合が図書館から締め出された理由の一つです ── 彼らは図書館で誰かを直接殺さないだけの分別を持っていたのに、結局殺害を遂行してしまったんです ── すみません、脱線しました。」
「ポイントは、連合が図書館を'不穏分子'の監視に利用し、彼らが図書館を離れた際に処刑したことです。図書館を欺くことはできません。」
「もう一つ注意をしておきましょう。シグマ-3が他の財団職員による図書館を利用するアノマリーの収容を、決して、手伝うことのできない理由です。私たちは死のカルトやその類の者たちをやっつけることができます。連中の狙いは他の図書館メンバーにも及びますし、他の図書館メンバーもそうやって我々を助けるからです。しかし、そういった時でさえ、私たちは注意を払わなければなりません。」
「続けましょう。」
<動画が再開する。ナヴァロ、ジョーンズ、リュウは大量の、終わりのない本棚の前を擦り抜けて中庭へ向かう。野の花が茂る野原の端に、不釣り合いなコーヒーハウスがある。人々は本の山の上にラップトップコンピュータを載せている。リュウは空いている青い"長いす"を快活に指さす。それは人間より大きい、おそらく手足の配置が異なる存在のためにデザインされたようだ。>
「別の質問です ── 図書館にフリーWifiはあるか?ええ、冗談だとは分かっています。ですがその質問はイエスです。図書館はあなた方が考えるようなものはほとんど備えています。生活をまるまる全部図書館で行っている人々もいます ── 彼らは一般的ではありませんが、可能なのです。」
<大きく聳え立つベヒーモスがのしのしと歩く様が映る。竜脚類の恐竜とクラーケンの合いの子のようだ。それの多数の目は矮小なヒューマノイドたちを一人ずつ順番に流れるように睨め付け、図書館の中庭の天辺から発せられる奇妙な光源の一切を覆い隠す。その目はジョーンズ、ナヴァロ、リュウをとりわけ長く見つめながらも巨躯は前進し、その下を潜り抜けるには余りにも小さいアーチ道の向こうへ消えていく。>
「…そしてあれは… 図書館の重要な守備戦力です。これは私たちが侵入した際には現れませんでした。もっと脅威的なモノが現れました。これは一種の司書かもしれませんし、他のモノかもしれません。分かるもんですか。」
「さほど象に似ていないにも関わらず、彼らは象の神と呼ばれています。おそらくそのサイズからでしょう。」
<3人のエージェントが怪物の見えなくなりつつある尻尾をぼけーっと見ているところで動画が終わる。>
「これが今日までに私たちが把握していることの全てです。覚えておいてください、これら全ては図書館のほんの一部に過ぎません。この領域には地球から簡単にアクセスできます。図書館は彼らが書庫と呼ぶ図書館の内部領域や、私たちのような人型存在が訪れない棟を有しています。」
「図書館に入れるシグマ-3のエージェントの中で、書庫にアクセスできたものはいません。図書館はそこまで私たちを好いていないのです。しかし私たちはそこまで行くことのできる協力者を持っています。ごく僅かです、いいですね。書庫は軽々しく入れるような所ではありません。そこにはマンティコアがいるのです。」
「そして… 書庫は財団が無理やり図書館への道を開いた時、実際に道を違えて辿り着いた所です。奇妙な道、ボイラールーム、根源の守衛、そして… すみません。ちょっと説明するのは難しいです… あの場所の様相は欠けて… 皆さんにはおとぎ話について話しているように聞こえるでしょう。ともかく、言いたいのは、財団が図書館を攻め落とそうとした時に何が起きたのか本当に知っている者はいない、ということです。」
「分かりました。私は本当に、本当に、休憩が必要なようです。ディナーを取りましょう、そして戻ってきたら最後の講義です ── 魔法について。」
「おかえりなさい。素晴らしいディナーであったのなら幸いです。いえ… それはどうでも良いことです。私はここに審査員としている訳ではありませんから。」
「では。魔法についてです。」
「魔法を恒常的に行使できるものはタイプブルーに該当します。一般的な言葉で言えば、メイジ、魔女、魔術師、そういったものです。」
「このタイプブルーという用語は、財団が世界オカルト連合から借用したものです。連合は超常能力をもった人型存在を色を使って分類しています。財団の私たちも大抵はグリーンやブルーという彼らの用語を使います。 グリーンは現実改変者です。ブルーは魔法使いです。」
「ここに来る前、世界オカルト連合の新人工作員に与えられる'応用奇跡論'、魔法の言い換えですね、それについてのレクチャーの写しを読んだ方もいるでしょう。まだの方はこのセッションの後にそれらの写しに触れることになります。」
「あなた方の上官はあなた方がそれらを読むことを望んでいます。というのも、新人のGOC研修員は今尚それらを読むことから始めているからです。例えその内容が数十年以上前のもので、情報の一部に至っては… わたしは難癖を付けようとしていますね。重要なのは、あなた方は私たちの競争が始まった当初の基礎の半分しか知らないということです。」
「私はもう半分の視点を与えるためにここにいます。あなた方は既に私がかつて蛇の手の一員であったことを知っていますね。」
「後ろの、私が連合の写しに言及した際に手を挙げたあなた?」
「質問の意味が理解できなかった方のために言いますと、彼女は'ホグワーツもどき'について尋ねました。いいえ、彼女はふざけたわけではありません。'ホグワーツ'というのは、おほん、統一奇跡論国際研究センターです。」
「厳密にはホグワーツではなく、より研究に焦点をあてた大学で、ですが… ええ、ある意味では魔法使いのための学校です。皆さんの'魔法使い'の定義によりますが。」
「なぜそれを収容し、閉校させないのか?ええと、私がシグマ-3についてお話ししたことを思い出してください。そう、確かに、私たちはシグマ-3をそのために使う必要はありません。本当の答えは、センターが世界オカルト連合によって他の組織から守られているためです。そこへの攻撃が第三次世界大戦の引き金になると言っても過言ではありません。」
「思い出してもらう必要があるようです。私たちはここにいるのは、確保、収容、保護のためであって、すべてを日向に引きずり出し、地球上のあらゆる超自然的アーティファクトが私たちの所有下にあるか確かめるためではないのです。」
「どちらにせよ、私たちが決めることではありません。O5評議会の命により、センターには干渉しないことになっています。ですが、センターは存在し、超常コミュニティの一部です。いいえ、財団職員が通学できるとは思いません。」
「手とGOCは兵士として数多くのタイプブルーを所有しています。財団はどうかと言えば… 公式には、私たちの同僚にタイプブルーはいません。財団に魔法使いはいないのです。もちろん、あなた方はこれが真実ではないと知っています。ごく少数のタイプブルー財団職員は、そのほとんどがシグマ-3と関係しています。」
「ですが、いったん全部脇に置きましょう。」
<咳払いする>
「皆さんは私がどうやって青色で話しかけているのか知りたいでしょう。」
「ええ、これはそう簡単なわけではありません。ここに来る前にいくつかの儀式を行っているので、私は望んだ時に数回これを行えます。すべて財団での上官の承認を得て ── ええ、私より上の地位の人々はいます、勿論です。私は管理官にすぎないのですから。」
「ポイントは、皆さんのいずれかが行使するであろうありとあらゆる魔法はとても厳重な管理の下で行われるということです。財団から離れ、他の組織に溶け込む必要がある時を除いて。あらゆる魔法の行使は財団の業務として行われます。」
「ディナーの際に質問された方がいましたね。その方は知りたがっていました。なぜ私たちはタイプグリーン ── 現実改変者について話すことはできるのに、タイプブルーについて話すことはできないのか?と。」
「既にお察しの方もいるでしょう。何を隠そう ── この事実を大勢の前で他言することは許されません、もちろん財団の同僚たちの前であっても ── すべての人間はタイプブルーになることができるのです。」
「誰もが魔法使いになれます。誰もが魔法の行使を学べます。皆さんの多くは少なくともそれを学ぶことになります。ほとんどは実を結ばないでしょうが、あなた方のいずれかは魔法使いになれます。」
<咳払いする>
「少し疲れたでしょう。具合の悪そうな方も何人かいますね。すみませんでした。」
「話を戻します。誰もがタイプブルーになれますが、いくつか注意があります。第一にポテンシャルと呼ばれるもののことです。少なくとも、私が手のメンバーであった時はそう呼ばれていました。」
「ごく少数の人間はその遺伝子からポテンシャルを有していますが、人口の99.9%はポテンシャルを持たずに生まれてきます。それから、ガンの発症のように、魔法を会得しうる百万もの要因があります。いくつかは皆さんが考えつくものです。その他にも、あなた方の行い、あるいは社会に馴染まないことが要因になります。ある種の知性も要因になり得ます。そして時には、確たる理由がないこともあります。」
「一般的に、あなた方が魔法使い ── タイプブルーになることを望む時、まず最初に自分のポテンシャルは何であるかを理解します。どのような人生が皆さんに与えられているかということです。運が良ければ、あなた方は自分に合った既存の魔法様式を見つけるでしょう。もしとても運が良かったなら ── つまりは、あなたが既にタイプブルーであるもののそれに気付いていない場合です ── すぐに魔法を使い始められます。そうでなければ、皆さんは自分をよく、長く、しっかりと見つめなければなりません。」
「なぜなら魔法使いになることは困難だからです。それはあなた方から多くの、常人とは異なる何かを奪い去ります。大抵は何らかの犠牲を要求します。」
「質問ですか?どうぞ。」
「いいえ、生贄のことだけを指している訳ではありませんよ。超常コミュニティにおいてさえ、それは社会的に受け入れられている訳ではありません。犠牲という言葉を使う時、私は… 肉体的、感情的、精神的なものを意図しています。それは人によって異なります。」
「なぜ犠牲が必要なのか?それは観点に基づきます。皆さんの観点だけではありません。あなた方に対する、他者の観点です。現実の観点です。それはあなた方に対する世界の見方を変えます。あなた方がどのように宇宙を見て、関わり合うかということです。」
「混乱していますね。分かります。言い換えさせてください。魔法使いになるということは、この世界における自らの形而上的な位置を見定め、改変することに他なりません。」
「これは一時的なものであったり、永続的であったりします。一時的なものは最も易しい部類です。ほとんどの人々はちょっとした作用やまじないを生成することができます。蛇の手のメンバーはよく青い百合の花輪を作ることから始めていました。」
「適切な材料とマインドセットの下で実に複雑な一連の指示を守る時、それは蛇の手の構成員たちと同じように、一時的なポテンシャルを各々の内に生み出します。彼らはそれを花輪の製作と、それらに魔法を付与するために利用するのです。いわゆる異常効果というやつですね。」
「これらの効果は人によって異なります。すべてのタイプブルーが幸運のお守りを作ることはできません。何故なら、幸運を信じていないほとんどの人は確実に失敗するからです。奇妙なことに、何が実際の幸運を作り出すか知っている、本物の統計学者は例外のようです。ポイントは、ある人が何をできて何をできないかということは容易く予測できない、ということです。」
「少しデモンストレーションをしましょう。ここまでで、皆さんは私が青色で話すのを聞いています。他の人ができることを見てみましょう。エージェント・ナヴァロ?」
「何ですって、魔法を披露しなければならないことを誰からも前もって聞かされていない?私が今お伝えしています。やりますか、やりませんか?」
「そう言うと思いました。どうも、彼はエージェント・ダニエル・ナヴァロです。エージェント・ナヴァロは元異常芸術家であり、そして私と同様、タイプブルーです。」
<ムース管理官はエージェント・ナヴァロに一枚の紙きれとナイフを手渡す。>
「いつでもどうぞ、エージェント・ナヴァロ。」
<エージェント・ナヴァロはムース管理官を睨みつける。僅かの間を置いて、ナヴァロはナイフを持ち上げ、芝居じみたジェスチャーで、左の手のひらを端から端まで切りつける。傷口から虹色の炎の爆発が迸る。ナヴァロはその炎を手の中に包み込む。炎はほの暗い部屋の中を渦巻き、回転する。>
「エージェント・ナヴァロはタイプブルーとして生まれました。彼は子供の頃喫煙しようとした際にその才能を発見し… それは普通ではない結果をもたらしました。彼は放浪者の図書館で得られる情報を通じて、血の魔法という局面における自らの才能を見出したのです。」
<ナヴァロは虹色の炎の沸き立つような爆発を更に取り出し、ジャグリングを始める。聴衆の中の数人が喝采を送る。>
「いいでしょう、十分です、ナヴァロ、あなたは所構わず血を絞り出すのですね。席に戻って結構。誰か彼に包帯を。」
「どうぞ、奥のあなた。」
「ええそうです。私は魔法の様式についてお話ししました。ここでエヴァレット・マン博士、私たちといくつかの興味深い奇跡論研究を行った方を引き合いに出しましょう。魔法は魔法です。連合では一般的に、色相やバックラッシュといった要素を伴う、魔法についての同じような基本的枠組みを教えられています。手はそれより一貫性に欠け、難解な要素を論じる傾向にあります。」
「それはそれは多くの魔法様式がありますが、普遍的なものはほぼありません。誰に対しても作用するような儀式等について話しているのでない限り、魔法の種類ごとに必要なポテンシャルは異なります。とあるヨーロッパの古い異教の様式はあなたに作用するかもしれませんが、そこから50マイルも離れていない場所を起源とする別の様式は作用しないかもしれません。そしてエージェント・ナヴァロのような人々は真に"様式"すら持っておらず、"ただ作用する要素がある"のです。」
「ナヴァロがタイプブルーとして生まれたと言いました。私はタイプブルーとして生まれていません。私は別の方法で魔法使いになりました。」
「私はポテンシャルについてお話ししましたね?ええ、何事かを本格的に為すためには、一時的なポテンシャルでは行えません。永続的なものでなければなりません。それがタイプブルーになるということなのです。」
「ここで、はっきりさせておきましょう ── これは、あなた方が異常人型存在になれるということを意味しています。例え見方によってはほとんど分からないとしてもです。エージェント・ナヴァロと私ですか?異常人型存在です。あなたは、そう、もし私たちが二度と魔法を使わなければ、常人と見分けがつかない、そう言いたいのでしょう?いいえ、それは違います。私たちの… 超常能力の周囲には、メイジであることに結びついたあるタイプの特異な放射が存在します。GOCはこれを可視化して読みとるスキャナーを有しています ── 私たちもできますよ、実際にはね、ですが現場でそれを使うことはまずありません。GOCのカラーコードにおいてこのタイプは青い放射です。それ故に、タイプブルー。」
「ではどうやってタイプブルーになるのか?」
「あなた方は世界に対する観点を変える必要があります。」
「私たちが言及したセンターを知っていますね?GOCに守られた魔法学校のことですよ?彼らはタイプブルーになるための確実で、普遍的で、標準化されたプロセスを特定した者に5000万もの賞金を懸けています。誰もそれを手にしていません。なぜなら、人々の世界における観点を、確実かつ普遍的に変化させることはできないからです。」
「世界中のほぼすべての人々が潜在能力を持っています ── ですが、世界中のほぼすべての人々は自らの左手を切り落とすことができます。どれだけの人が実際にそれを行うでしょう?特に何の見返りもなかったとして、それは片目を失わなければならないことをまったく知らなかったせいでしょうか?」
「メイジになるということは必ずしもそれほど酷ではありません… しかし一部の人にとっては、もっと酷いものです。」
「メイジになるための主要な手段は3つあります。その過程を経た一握りはシグマ-3のメンバーに受け入れられます。大半の人々はそうではありません。それが明らかになることを願っています。」
「では簡単な方法から始めましょう。」
「これは単純に魔法と付き合うだけです。ただ魔法に晒されましょう。高いポテンシャルを持った人々、もしくは明らかなタイプブルーたちの中でね。魔法の装飾品を身に付けたり、ちょっとした作用媒体を作成したり。魔術に傾倒した組織か、何らかの不気味な神を信奉するカルトのメンバーになるのもいいですね。」
「大事なのは魔法にどっぷり浸かって過ごすことです。それは放浪者の図書館 ── もしくはタイプブルーであるシグマ-3メンバーと共に過ごす、シグマ-3の訓練施設のような環境です。これは魔法における一つの原則で、今日お話しする範囲を越えたものです。同類は同類に影響を及ぼし、同類は同類を生み出します。」
「十分な期間それを行い、運が良ければ、皆さんはタイプブルーになるでしょう。多くの人々は運に恵まれません。」
「2番目の方法は、最初の方法と並行して、強引かつ徹底的に人として変わることです。他の国へ引っ越しましょう。宗教を変えましょう。何か抑圧された側面が見えたなら、そこから性的指向を上書きしましょう。魔法や記憶処理で精神を直接書き換えましょう。スカリフィケーションとタトゥーが一般的です。子供を産んだり、育てたりしましょう。ええ、親になることでさえ、あなた方のポテンシャルやあなたが何者であるかという本質を変化させます。」
「どちらにしても、何かを捧げるという発想です。犠牲、既に述べましたね。もっとも簡単なのは'あなたが何者であるか'を捧げることです。往々にして、これは最も好ましい選択になります。聞いた印象よりは好ましいものですよ。結局のところ、あなたはより良い人間になるのです。つまりは、魔法を行使できるより良い人間に。」
「極端なところでは、この方式は強大な異常存在と契約を結ぶことを含みます。しかしながら、超常コミュニティにおいてでさえ、こういったことは皆さんが考えているよりも稀です。なぜなら、そうした存在のほとんどは人を食い物にする類のモノだからです。大半は、人間としての価値を余さず与えてしまい、代償として何一つ得ることはありません。」
「しかし、あなたが捧げられるものに本当の限界はないのです。これらは危険な領域です。ある者は身体の部位を、愛する人を、人生の一部を、彼らの未来を捧げるかもしれません… そして場合によっては、そういったものを捧げることが魔法使いに有益な結果をもたらします。ええ、愛する人を捧げることはありません。実際的な観点からも、魔力のために愛する人を捧げる行為にまったく価値はないという事実を皆さんに説く必要がないことを祈っています。」
「3番目にして最後の方法は、世界を変えるか、世界が変わるのを待つことです。」
「超自然的な力を獲得するこれらの方法の中で、これがもっともSCP財団の目的と相容れないものです。はい、愛する人を捧げること以上にです。私たちは正常を保ちたいと考えています。確かに世界はそれ自身が望むままに姿を変えますが、世界が異常な手段によって変化を強いられることを財団は望みません。」
「蛇の手は世界を変えることを強く望んでいます。そして一定の範囲内において、財団にいる私たちのほとんどがそれを認めていることは皆さんには聞き入れがたいでしょうが、彼らは成功しています。正確な数は把握していませんが、50年前よりタイプブルーの数が増加しているのは事実です。10年前よりも増えています。少なくともこの内の一部は、近年の手へ参加する人々の増加に起因すると考えられます。」
「カオス・インサージェンシーもこれを理解しています。これこそ彼らがその望みのままに世界を変えようとする理由です ── そして彼らがカオス・インサージェンシーと呼ばれる理由です。カートゥーンに出てくるスーパーヴィランの名前などではありません。私が言いたいのは、つまりその名称が、目的の声明でもあるということです。」
「シグマ-3は世界を、少なくともインサージェンシーのようには変革することを望んでいない手の派閥とのみ協力しています。彼らは世界にタイプブルーがもっと増えることを望んでいるのかもしれませんし ── 最終的には虚構が崩壊することを望んでいるのかもしれません ── 私たちはそれを望んでいませんし、その方面で彼らに助力することはできず、そうするつもりもありません。ですが、それでも彼らは世界が健全であることを望んでいるのです。私たちのように。」
「世界には危険な存在がうようよしており、その内のいくらかは人間であったり、人間からかけ離れたモノであったりしますが、いずれも自らの利益のために私たちの世界を変容させようとする野望を持っています。」
「連中は世間にいる存在の中でも最悪の部類であり、私たちを闇の中に引きずり戻そうとしています。ほとんどの場合、彼らは邪悪ですらありません。彼らはアリ塚を模様替えしたいだけなのです。自分が新たな女王として君臨できるアリ塚に。」
「皆さんが少しでも理解を深めていればいいのですが ── このことは私たちがそれらの… モノたちの一部について知っている 唯一の事柄です。そう、彼らはいかなる手段を使っても計り知ることのできない存在なのです。」
「こうした不可知の領域にはまた別の側面があります。それこそタイプブルー関連のあらゆる物事が秘密にされなければならず、財団にいる私たちが魔法使いのカルトにならない究極の理由です。」
「もし財団全体が魔法を採用したら ── もしあらゆる研究員と機動部隊エージェントが魔法の提供する力を、本物の、絶大な力を利用したら ── もしシグマ-3以外の全職員が私のようなタイプブルーとなったら ── 私たちの世界に対する観点は変わるでしょう。そしてそれが起きてしまったら、私たちはもはや現実に対する脅威を抑えられないでしょう。」
「財団にいる全員が、十分なほど高い水準で、アノマリーの周りで時間を過ごしています。私たちはそれらを収容しており、率直に言って私たちではまったく勝ち目のないような存在ですら、科学とコンクリートによって実に効果的に収容しています。私たちの収容手順のほぼ大半は ── 必要不可欠な時を除いて ── 本質的に異常でないもので成り立っています。私たちは科学とコンクリートを信頼していると言えるでしょう。」
「では、私たちがその信頼を止めたら何が起こるか想像できますか?私たちが世界の見方を変えてしまったら?あらゆる財団職員が神秘主義者になったら?」
「それは永久に続く、封じ込めの終焉となり得ます。財団による正常性の維持の終わりです。それから私たちは皆、這い出てきた恐ろしいものどもの為すがままとなり、古き神々や悪魔たちは人類をただ洞穴でたき火の周りに身を寄せ合い、壁に何かを刻むだけの存在に貶めることでしょう。永遠に。」
「あなた方の有用性はこれが真実であるかどうかを変えるかもしれません。ですがこれははっきりさせておきます。あなた方の有用性は、シグマ-3という特殊な環境下でのみ 変化をもたらすことを許されています。もうここにいる誰もが知っているのですから、私はシグマ-3と言います。他の財団職員は誰一人この観点に晒されるべきではありません、さもなければ現実性に対する脅威を収容できないかもしれないのです。」
「これは財団のほとんどの職員が魔法は現実のものだということすら知らない理由でもあります。些細なことに聞こえるでしょう。ですが些細なことが発端となります。たとえば、研究員がウィンガーディアム・レヴィオーサと呪文をかけるのを空想したり、エージェントが非現実的な不幸を続けて被ったり。そしてそれは、クトゥルフは鋼の薄板や石壁の向こうに収容できるという事実を信じられなくしてしまうのです。」
「ですが、私や皆さんの仕事はクトゥルフの収容を維持することではありません。それは残りの財団職員の仕事です。あなた方の仕事は残りの財団職員にはできないことです。あなた方の仕事は他の誰かが知っていて私たちは知らないクトゥルフについての知識を捜し出すことです。」
「私たちは彼らの観点を共有します。残りの財団職員はそうしたリスクを晒せません。」
「このやり方で、私たちは世界を維持し、他の誰にも出来ない方法で財団の主要な任務に務めているのです。」
「最後に質問は?オーケー。沢山手が挙がっていますね。今は一つだけ聞きましょう。」
「あー、はい。そうですね。私がどうやってタイプブルーになったか、皆さんにはお伝えしていませんでした。」
「ええ、詳細を話すつもりはありません。ただ言えるのは、2番目の方法を採ったということです。私は… 犠牲を捧げました。大きな犠牲です。数ある候補の中で、私は確固たる決心の下で意図してそれを行いましたが、絶対にお勧めしません。」
「友人の多くが同じようなことを ── 何人かはより酷いことをして ── そして失敗しました。その経験を生き抜くことができなかった者もいました。そして私は… 私が捧げた物事のいくつかを取り戻すことは決してないでしょう。」
「それが魔法です。それが超常世界です。」
「ですが、今でさえ、私はまだ… このようなことが… 行えます…」
<ムース管理官が小さなオブジェクトを取り出し、彼女の演台に置く。小さな、ムースが象られた小立像。彼女は屈み、それに向かって囁く。>
<一陣の突風が、室内の何処からか吹く。そしてとても大きな、黒いぼやけた人影が聴衆の中にそびえ立つ ── それは天井まで伸びた枝角を生やし、多くの眼を持ち、曖昧な塊の内から石炭が燃えているかのような光を放つ、悪魔じみた姿のムースだ。誰かが悲鳴を上げる。>
<ムースは人を脅えさせる印象が台無しの、枝角を生やしたしかめっ面のカートゥーンに変貌する。そして煙に変わり霧散する。>
<ムース管理官は演台にもたれ掛かり、緊張しているように見える。ムースの小立像は無くなっている。少しして、彼女は微笑む。>
「私がどうやってサイト-19の管理官になったのか分かりましたね。」
「…ジョークですよ。これはほんの… ジョーク。」
「ええ。」
<咳払いする>
「…今日はこの辺にしておきましょう。1時間の休憩の後、ここにいる誰からでも質問を受け付けます。来てくれてありがとう、そして… 別の機会にお会いしましょう。」
[このセクションはコンテスト期間は空けておきます。コンテストの終了後、質問は答えられるでしょう!]