以下はインシデント1970-JP-2発生の翌月、SCP-1970-JPが再出現した直後に行われた対話の記録です。財団側からは前回と同じくマシュー研究員が応答しました。
ログ1970-JP.14
[記録開始]
マシュー研究員: こちらヒューストン。アポロ13号、そちらの再出現を確認した。皆の様子は?
SCP-1970-JP-A: いつも通りだ、酸素タンクの爆発で目覚めた。
マシュー研究員: 了解した。今までと変わった事は?
SCP-1970-JP-A: 最高の気分と、最悪の気分を味わったよ。ようやく地球へ帰れるようになったのに、最後の最後にパラシュートが開かずドカンだ。
SCP-1970-JP-C: とはいえ、最高の方が勝るね。
SCP-1970-JP-B: 今回は何だか上手くいきそうな気がするな。
SCP-1970-JP-A: ああ。
マシュー研究員: [沈黙するよう指示を受ける]
SCP-1970-JP-A: ヒューストン、どうした?
マシュー研究員: [より沈痛な声音で]そんな気分の中すまない。悪いニュースを伝えなければならない。
SCP-1970-JP-B: 何だって?
マシュー研究員: 先月君たちが墜落したのは"私たちの"アメリカ……████公園だ。2名の犠牲者が出た。
SCP-1970-JP-C: Oh…[5秒の沈黙]my…
マシュー研究員: NASAは、そしてホワイトハウスは今後も同様の事態が続くことを危惧している。そのためにも、パラシュートのテストが必要となった。
SCP-1970-JP-B: テスト? 一体どうやって。
マシュー研究員: 今すぐ、そこで手動展開するんだ。
SCP-1970-JP-█[判別不能]: 何だって!? そんな事をしたら――
SCP-1970-JP-A: いや、テストをしよう。我々には次もある可能性が高い……だが地上の人たちに次はない。そういう事だろう?
マシュー研究員: その通りだ。
SCP-1970-JP-C: ……わかった。そうだ、その通りだ。
SCP-1970-JP-B: 手順を確認したい。
マシュー研究員: 着陸船が操作を受け付けない事は確認している。再突入に備えた手順を応用して、司令船を再起動してほしい。そしてジムを着陸船に残した状態で分離。二手に分かれて、司令船からのパラシュートを展開が行われるか着陸船から観察してくれ。フレッドはどちらかの補佐だ。ジム、君の見立ては?
SCP-1970-JP-A: そうだな……フレッドも着陸船アクエリアスに残す事を提案する。司令船オデッセイには再突入用のバッテリーしか残っていない。2人で移ったら最低限のテストもできないだろう。
SCP-1970-JP-C: ジャック、すまない。
SCP-1970-JP-B: 遅いか早いかの違いさ。どうせ今回は帰れないけれど、次は揃って帰る。そうだろう?
マシュー研究員: 手順を承認する。早速準備に取り掛かってくれ――
中間報告: テストの結果、帰還を諦める代わりにSCP-1970-JP-D-2の再起動と操作に成功するも、直後にSCP-1970-JP-D-2にはパラシュートが搭載されていない事が判明した。
SCP-1970-JP-C: どういう事だ! 動かないならまだしも、ない・・だって!?
SCP-1970-JP-A: ちゃんと検査はされていた。俺も立ち会ったんだぞ……ヒューストン、指示を頼む。我々はどうすれば……司令船オデッセイからはもう、応答がない。
マシュー研究員: 着陸船アクエリアス……今回だけはすまない、諦めて欲しい。パラシュートなしでの生還は不可能だし、地上の被害も免れない。
SCP-1970-JP-C: クソ、俺たちの今までの努力は一体……!
マシュー研究員: 今月は着陸船アクエリアスの機能をもう一度掌握する事に努めてくれ。本当に何をやっても動かないのか、試すんだ。司令船オデッセイは今までも毎回切り離せていただろう? 何が動くかわからないと、今後のプランを立てられない。
SCP-1970-JP-A: ヒューストン、了解した。これ以上祖国に……地球に被害を出してたまるか。
[記録終了]
報告: その後SCP-1970-JP-AとSCP-1970-JP-CはSCP-1970-JPの操作を再試行。月の裏側を回っている間に船体をロールさせられたと報告した。しかし、SCP-1970-JPは月から離れるにつれて再び操作を受け付けなくなり、大気圏に再突入。地上へ到達するまでに消失した。通信では明らかに気落ちした様子の声が聞かれた。
補遺1970-JP.4:
アナザーフェイル・プロトコル
LEVEL 4/1970-JP CLASSIFIED
前記: アナザーフェイル・プロトコルは1978/05/21に財団宇宙科学部門所属のムーア博士により提案されたものです。
概要: 財団のSCP-1970-JP担当職員はNASAから管制についての本格的な指導を受けると共に、関連会社から仕様書を収集し、アポロ計画に関する情報を一切の制限なく集めます。そしてSCP-1970-JPを本来のミッション、すなわち月着陸へと誘導します。
プロトコルチーム"管制室"のメンバーは本物のアポロ計画同様4班に分かれ、SCP-1970-JPのデータを24時間体制で収集してください。そして帰還は困難であることをより強く意識させると共に、月着陸と調査に関するあらゆるバックアップを行ってください。
残りの担当職員は、SCP-1970-JPの誘導が失敗に終わった場合に備え各国首脳と情報共有に努めます。NASAは、財団宇宙科学部門と協力してSCP-1970-JPの存在を秘匿します。
目的: SCP-1970-JPの性質上、オブジェクトの直接的な回収は無意味であると判断されました。そのため、当プロトコルの主な目的は、SCP-1970-JP-A~Cの意識を地球の外に向け、SCP-1970-JPの地球への飛来を抑止することにあります。また、当プロトコルを実行することでSCP-1970-JP-Dの軌道の変化を調査することも目的です。
補遺1970-JP.5: 無線交信記録
以下はアナザーフェイル・プロトコル実行後のSCP-1970-JPとの交信記録の抜粋です。
日付: 1978/06/13
ローム博士: こちらヒューストン。アポロ13号、そちらの再出現を確認した。
SCP-1970-JP-A: ヒューストン……我々はどうすれば良いだろうか。死にたくはないが、生きるための手段がなくなってしまったように感じている。
SCP-1970-JP-B: こんなの、最悪を超えている。帰ろうとする度に、人を殺しかねないなんて!
SCP-1970-JP-C: 地球が近づいてくるのが怖い……こんな気持ちになる日が来るとはな。
ローム博士: ジム。ジャック。フレッド。よく聞いてくれ、我々からは別のプランを提案したい。
SCP-1970-JP-A: 聞かせてくれ。
ローム博士: パラシュートがないならば、従来通りの帰還を支援する事はできない。このままでは焼け焦げるか、誰かを巻き込んで墜落しするかの二択しかないだろう。だから、第三の道を試そう。
SCP-1970-JP-B: そんなものが残っているのかい?
ローム博士: 月に着陸するんだ。
SCP-1970-JP-C: 何だって?
ローム博士: 我々はずっと不思議に思っていた。どうして君たちは月に一度蘇り、操作をせずとも自由帰還軌道に乗るのか。酸素タンクが爆発した時点では、フラ・マウロへ着陸するために方向転換していたにも関わらずだ。そこから噴射も何もせずに戻るというのは物理的にあり得ないはずだ。
SCP-1970-JP-B: その通りだ……覚えているよ、軌道をずらした事も。
ローム博士: 非科学的な話だが、君たちの執念ではないかと我々は考えた……いや、そう願った。だがそれだけなら、本来最も重要なパラシュートが抜け落ちるはずはない。
SCP-1970-JP-C: ああ、それさえなければ……。
ローム博士: ところが月の裏側なら操作を受け付けたという話を聞いて、私はその可能性を真剣に検討した。君たちは執念で蘇っている……そして君たちの執念は、実は帰還以外の別のものに向いているのではないかと。
[SCP-1970-JPは沈黙]
ローム博士: 荒唐無稽な話をしている自覚はあるさ。NASAが宇宙飛行士に向かってな、だが――
SCP-1970-JP-A: やろう。
SCP-1970-JP-C: ジム?
SCP-1970-JP-A: 考えてもみるんだ。毎月大気圏で燃え尽きて、毎月蘇っている俺たちの存在を科学だけで説明するなんて無理だ。
(笑い声が聴き取れる)
SCP-1970-JP-B: その通りだ。こうなりゃオカルトでも何でも、信じてやってやるぞ。
SCP-1970-JP-C: 燃やされたり、誰かを死なせるよりは遥かに良いね。
日付: 1978/06/15
マローア博士: OK, これよりドッキング解除に向けてのGo No Goを行う。FIDO.
マロン研究助手: Go.
マローア博士: Guide.
グーリン研究助手: Go.
マローア博士: Retro.
ゴルド研究助手: Retro Go.
マローア博士: Booster.
ワイト研究助手: Go.
マローア博士: TELMU.
アラン研究助手: Go.
マローア博士: GNC.
ディーク研究助手: Go.
マローア博士: EECOM.
ウォーリー研究助手: Go.
マローア博士: ドッキング解除を。
ローム博士: こちらヒューストン。ドッキング解除を。
SCP-1970-JP-B: 了解……もう何年ぶりなんだろう。Go No Goが懐かしく感じられるなんて。
SCP-1970-JP-C: また、残してしまうな。
SCP-1970-JP-B: こっちは予定通りじゃないか。留守番は、短いものになるけど。
SCP-1970-JP-A: 行ってくるよ。ヒューストン、彼にもできるだけ長く月を眺めてもらえないか?
ローム博士: ああ、ドッキングを解除したら司令船オデッセイの機器操作は全て自由にして良い。何を切っても良いと上からお墨付きだ。
SCP-1970-JP-B: そりゃ良い。格好良い所を見せてくれよ……!
[機械音が記録される]
SCP-1970-JP-B: 着陸脚の固定を確認。ああ、そうだ。こんなに良い船に乗っていたんだな。
SCP-1970-JP-A: こちらからも確認した。司令船オデッセイ、君も青く輝いているよ。
SCP-1970-JP-B: 青い……ああ、そうか。
SCP-1970-JP-C: ジャック?

SCP-1970-JP-Bの報告した風景
SCP-1970-JP-B: ジム、フレッド。そしてヒューストン。久しぶりに地球の美しさに、見惚れられたよ。今までも月を見てはしゃいで、地球を見てはうっとりしてきたつもりだった。でも、違ったんだ……俺はこうして、一仕事を終えてから見たかったんだ。何の憂いもなしに、青い地球を……。
SCP-1970-JP-A: ジャック……?
[着陸船アクエリアスから混乱した会話が聞こえる]
ローム博士: こちらヒューストン。着陸船アクエリアス、どうしたんだ。状況を報告してくれ。
SCP-1970-JP-A: 司令船オデッセイが消失した。本当に消えてしまったんだ……パラシュートの時だって、こんな事はなかったのに。
ローム博士: ……ミッションは続行しよう。元より片道切符の旅に挑んでいるんだから。
SCP-1970-JP-A: 了解、した。
SCP-1970-JP-C: [7秒間の沈黙後]早いよ、ジャック。こっちはこれから降りるんだぞ……。
マローア博士: 太陽位置確認サンチェックOK。動力降下前の最終確認OK。
ローム博士: こちらヒューストン。動力降下に入ってくれ。
SCP-1970-JP-A: 了解。
SCP-1970-JP-C: 姿勢制御回路チェック。降下エンジン制御ジンバル遮断。
SCP-1970-JP-A: ジンバル遮断。
SCP-1970-JP-C: 手動装置オフ。
SCP-1970-JP-A: 手動装置オフ。
SCP-1970-JP-C: ジンバル再起動。
SCP-1970-JP-A: 再起動確認。
SCP-1970-JP-C: レートよし。反動推進エンジン。
SCP-1970-JP-A: 4ジェット。
SCP-1970-JP-C: バランス・カップルオン。
SCP-1970-JP-A: バランス・カップルオン。
SCP-1970-JP-C: 噴射を最小に。
SCP-1970-JP-A: 噴射最小。
SCP-1970-JP-C: CDRを自動に。
SCP-1970-JP-A: CDRオート。
SCP-1970-JP-C: 停止ボタンをリセット。
SCP-1970-JP-A: リセット……確認。
SCP-1970-JP-C: 中止ボタンをリセット。
SCP-1970-JP-A: リセット……確認。
SCP-1970-JP-C: 動力降下セット。
SCP-1970-JP-A: パラメータ確認。続行を承認。
SCP-1970-JP-C: 続行する。3……2……1……0。
ローム博士: 着陸船アクエリアス、良好な噴射を確認している。
SCP-1970-JP-C: ありがとう。降下率よし。中止誘導よし。航法誘導よし。RCSよし。降下推進装置圧よし。
ローム博士: 着陸船アクエリアス、高度7500フィート1だ。最終着陸プログラムP-64が起動する。
SCP-1970-JP-A: 垂直旋回はスムーズだ……月面を視認した。グラマンには本当に牽引料を払わないといけないかもな。
[笑い声が聞き取れる]
ローム博士: こちらで立て替えておくよ。さあ、真面目な局面だ。
SCP-1970-JP-A: そりゃ良い。頼むよ。
マローア博士: 着陸前の最終確認を。Guide.
グーリン研究助手: Guide Go.
マローア博士: Retro.
ゴルド研究助手: Go.
マローア博士: Booster.
ワイト研究助手: Go.
マローア博士: TELMU.
アラン研究助手: Go.
マローア博士: GNC.
ディーク研究助手: Go.
マローア博士: EECOM.
ウォーリー研究助手: Go.
マローア博士: 着陸準備を。
ローム博士: こちらヒューストン。着陸船アクエリアス、GOだ。打合せ通り、君たちが奮闘している間にフラ・マウロには後続が降り立っている。誘導地点表示は省略。平坦な地形を選んで着陸してくれ。
SCP-1970-JP-A: 了解。手動に切り替える。
SCP-1970-JP-C: 速度は秒速57.9。47度前傾で安定。
SCP-1970-JP-A: 良いぞ、あそこだ。
[SCP-1970-JP-Cによる高度と降下率の読み上げが続く]
SCP-1970-JP-A: ここで降りよう。燃料残量は?
SCP-1970-JP-C: 警告灯もまだだ。
SCP-1970-JP-A: 水平速度を0に。最終着陸態勢。
SCP-1970-JP-C: 前方へ2度……左へ2度…………接地ランプ点灯!
SCP-1970-JP-A: エンジンカット。
SCP-1970-JP-C: エンジンカット! ……操縦桿解放。
SCP-1970-JP-A: ……解放了解。オートへ。降下エンジンスロットル解除。
SCP-1970-JP-C: 解除了解。オートへ。
[SCP-1970-JP-AとSCP-1970-JP-Cは8年に渡るブランクを感じさせないチェックを行った。一方、声の震えも記録されている]
SCP-1970-JP-C: 4-132を、確認。
ローム博士: ……着陸船アクエリアス。君たちの理解している通りだ。おめでとう、君たちは辿り着いたんだ。
[嗚咽交じりで判読困難]
ローム博士: そうだ……辿り着いたんだよ。
報告: SCP-1970-JP-AとSCP-1970-JP-Cは、"船外活動"の後にSCP-1970-JPと共に消失。翌月以降、SCP-1970-JPの再出現は確認されていません。オブジェクトの性質上、Neutralizedクラスへの再分類は██年間保留されています。
カバーストーリー「地球近傍での研究を優先」は、SCP-1970-JPがNeutralized指定されるまで適用されるべきと考えます。完全なる消失と次なる有人飛行の安全が保障されるまでしばしの間、月は事故を乗り越え生還した本人達に代わり、"未帰還"となりながらも着陸を果たした彼らの基地となるのです。
- ローム博士