自分の脳味噌抱えたまま座禅組んでてさ。
2日前の昼飯時。それまで粛正してきたヒトガタの寝相をゲラゲラ笑いながら語り合っていた。最初の方に座禅組んだホトケの話だけ投げて、その後は聞き手に回ってずっと笑っていて。
喉部外界観測ハッチが開かない。当然その内側の防弾バイザーも。動力系のキレたホワイト・スーツを着込んでコンクリの壁にベタ座りで寄りかかる。
暑苦しいことこの上ないが、今これを脱いだらズレてはみ出た内臓が一気に零れ落ちる。内部ディスプレイに表示された文字列を見る限りはどうにもそういうことらしい。他の班員のバイタルサイン自体は5分くらい前から全部止まっていて、各スーツの蘇生機能も全機動作を終了していた。
粛正任務後の撤退経路を狙った狡猾な襲撃。乱入の敵勢力“百歩蛇”に一切の損害ナシ。我が6341排撃班はスーツ8機中喪失5。行方不明2。大破重症がここに1。文字通りの全滅。ここまでやったならスーツ搭乗者の生存確認くらいはしっかりこなして帰って欲しかった。
因果応報。個人のそれでは償いきれないほど他人から奪い続けてきた報いが、偶然にも今日来た。丸くまとめて語ってしまえばそれだけの話である。少なくともその日まで誰からも奪わずに生きてきたような無実のそれも含めた何十もの生命を、人工筋肉と重装甲に身を任せた一挙手一投足で叩き潰して来たのだから。むしろ今更の感すら覚えるくらいだ。
「俺たちは人であるべきではない」
霞む視界。ディスプレイの活字が頭に入ってこない。額に角を生やした術師が何年か前に語っていたのを思い出す。
最後の瞬間まで彼が人間臭い先輩だったと思えるのは、僕が人でなくなった証左か、或いは僕が人であることの確固たる証明か。僕自身の本質が変わらない以上は心底どうでもいい哲学である。今となっては尚更。
失血。それに伴い蒙昧に眩暈。言語化不能で不必要な後悔の念が唾液の分泌量だけを徐々に増やす。もう暑苦しいどころじゃなくなくなっている。純粋に冷たい。冷たいというか寒かった。
残り許される限りの時間をかけて思考を巡らせるのも悪くない。生命活動の象徴とでも語ってしまえば多少は聞こえもよくなるが、事実今は思考以外の何一つも許されない身である。腰から下の寒気が消えて、胸骨の周囲は静止のままに凍えて潰れていた。人工筋肉とスキンスーツの圧迫止血機能は正確に動作しないし、動作したところで今度は呼吸器系が潰れて元も子もなくなる。どの道助からないことは確定していると判断すべきだろう。
「俺たちが人であるべきではない」
呟けないから他人の声の脳内再生で代替した。
多分アンタは正しいよ。GOCエージェントが人間であって良いはずなんて無かった。少なくともその瞬間まで“人間”を自認していたような奴まで処理してきたから解る。僕らは人勿ひとでなしだったし、人勿しであるべきだったし、僕もまた一匹のバケモノとして今日まで生きてきた。人の道を外れた者として戦ってきた。
故に今一度、僕は僕自身にそれを問うべきなんだと思う。
搭乗者処理プログラムを作動。丁度2分後に全身丸ごと処分してくれるように設定した。スーツ搭乗者の捕虜化や情報、技術漏洩を防止するためホワイト・スーツに標準装備された機能である。こればっかりはどれだけガタが来ても作動するよう独立したシステムになってくれているから助かった。文字が判読できないから正常作動を意味する緑色の点滅だけを頼りに安堵の息を漏らす。2度と吸い込むことも敵わないこの惑星の大気を。少しばかり。
座禅の要領で体の前に両手を結び、首を斜め上に傾けて壁にもたれかかる。今まで粛正してきたヒトガタの顔が脳裏の向こう側に列を為して遠ざかった。
問いかけろ。問い続けろ。超常を狩る者として超常に狩られ、超常の野に果てることを受け入れた今の僕が、人として終わるのか。人として終わっても良いのか。人として終わるべきなのか。
最後の瞬間まで問い続ける。これは人としての、人勿しとしての最後の使命だ。
……最後の使命だってのに畜生、やっぱりこんな禅問答モドキで辿り着ける答えでもないのは明白だったってのに。
瞳孔が開きっぱなしなせいでロクにモノも考えられなくなってきた。今はただ視界の全部が煩くて敵わない。僕が僕であるのかすらも──
人事記録S280_U255_2017_06_12
- 6341排撃班所属前衛班員42401622/6341_KIA
- 回収後焼却処分済み