その日、世界は海面の下に消えた。
その日、というのは比喩表現ではない。未知の異常現象により、世界は1日足らずの時間で上昇した海に呑まれたのである。
だが、だからといって一瞬にして沈んだかというと、案外そうでもない。
沈むまではわずかながらに猶予もあったにはあったのだ。
控えめに言って、あのときは大変だった。
でも、私がいるサイト-8162は比較的標高は高かったから、まだほんのちょっぴり余裕が…世界に何が起きてるか、だいたい把握するくらいには余裕があったのさ。
ま、把握した頃にはほぼほぼ手遅れだったわけだが。
というわけで、私は一世一代の大博打、人生最大の賭けに出ることにしたわけだ。
賭けたのは私の生命やら立場やら何やら。あとサイト-8162と周辺の職員や住民達の命。
こう書くとかなり悩んでの結論と受け取られそうだが、案外そうでもなかった。
あのときは必死だったし、なにより賭けに出ようが出まいが、どっちにしろほっとけば海の底に沈む事になっていたからね。
日本国某所、サイト-8162。
無論ここも海面上昇に巻き込まれ、沈もうとしていた。
そんなサイト内部を、どこかに向かって泳ぐ研究者がいる。他の職員たちはとうに屋上に避難したか、避難できずそのまま溺れ死んだかしているのだが。
彼が必死にクロールで向かっているのは、屋上へ続く階段ではない。
むしろサイト-8162最深部の封じ込め区画の方角である。
どうにかこうにか到着すると、彼は自身のセキュリティーカードでロックを解除し、収容室内へ泳いで入る。厳重なことに、室内には特別製らしい強化プラスチックと木材でできたロッカーがある。
特製ロッカーの鍵を彼が開くと、そこには不思議な形状の金属の物体があった。
研究者はそれを鷲掴みにすると、まだ完全に沈みきってないロッカーの上にそれを乗せ、自分もロッカーに上がる。
ぜいぜいと荒い息をしつつも、彼はそれに話しかけた。
「君は確か電波を受信できてたよな?じゃあもう今の状況は把握できてるハズだ、なんせ電波も遮る財団特製ロッカーから出したからね」
それは答えない。なにしろスピーカーを取り付けられていないので、話しようがないからだ。
「このままじゃ我々もおしまいだ、この際君に協力してほしい…端的に言うぞ。このサイト-8162を、そして周辺のあれこれをできる限り取り込んで、でっかい船を作ってくれ!ここらのみんな全員助けられるくらいのを!」
それはやはり答えない。だが、もしスピーカーが取り付けられていれば、女性もしくは子供のような声でそれ…SCP-210-JPは答えただろう。
「了解しました、白子博士」
…と。
白子博士はSCP-210-JPを収容室壁面の電気パネルへ押し付けた。
…金属製の電線が、サイト内の津々浦々にまで行き渡っている送電網に繋がっているパネルへと。
その時、サイト-8162でもあると同時にSCP-210-JPでもある存在になったそれは、動いた。
え?賭けはどうなったかって?
まあこんな私信を書いて君に送ってる時点でわかるだろうけど、勝ったわけだ。
それもロイヤルストレートフラッシュでね。