クレジット
タイトル: ASP-650-JP - 人でなし、でく人形
著者: ©︎Voila、TOLPO
作成年: 2020
財団によって初めて観測された時のASP-650-JP。
アイテム番号: ASP-650-JP
オブジェクトクラス: Euclid
アノマリー保全プロトコル: ASP-650-JPはサイト-81██の対現実改変設備を備えた専用収容室に収容されます。空気中のナノマシンをすべて除去するためのナノフィルターが収容室内の換気扇に三重に設置されています。収容室にアクセスするにはレベル3以上のRUアンドロイド2体の許可が必要です。
ASP-650-JP自体に近づく場合、ヒューム値の固定のためスクラントン現実錨を内蔵した特別強化パッチを装着してください。
説明: ASP-650-JPは観測上普通の人間と同じように会話、動作、意思疎通が可能な成人した日本人男性の姿をした一体の肉体です。過去に行われたASP-650-JPの身体検査では生命反応は検出されませんでした。
実験記録650-JP.002
実験内容: アドロータリーフィルムハイスピードカメラを用いてASP-650-JPを撮影する。
結果: ASP-650-JPが1単位秒あたり寸分の狂いなく286コマ内のみにて移動を行っていることが確認された。
実験記録650-JP.003
実験内容: アドロータリーフィルムハイスピードカメラを用いてASP-650-JPの投擲物を撮影する。
結果: 投擲物は1単位秒あたりに撮影されたコマのうち、286枚のコマにのみ移動が撮影され、それ以外のコマでは連続した移動は撮影されず、その場にとどまり続けた。
実験記録650-JP.006
実験内容: カント計数機を用いてASP-650-JPの内外のヒューム値を計測する。
結果: カント計数機は内部ヒューム0.4/1.6Hm、外部ヒューム0.3/1.5Hmの間で秒間286往復に変動することを示した。
補足: カント計数機は過度な動作によって6分後に故障した。この原因と推定される高速のヒューム値変動により、実験に立ち会っていた一部のMFU-Dモデルアンドロイド及びRUモデルアンドロイドの一部が故障した。
ASP-650-JPは通常人間が意識的に行う範囲の動作に加え、脳神経細胞内に流れる電流の生成、心臓の収縮運動、全身の血液の循環運動などの不随意の運動まで含めた、人間がおよそ細胞を用いて行っている全ての運動を、秒間286回の極小範囲の現実改変を同時多発的に行うことで擬似的に模倣しています。さらなる実験により、ASP-650-JPは本来人間の生存に不可欠であるはずの動作の模倣を欠いたとしても、その存在、異常性そのものには特に影響がなく、ASP-650-JPの行う動作は生存に必要不可欠ではなく単なる摸倣に過ぎないことが確かめられています。
この事実から、上記の例で言えばASP-650-JPが投擲した物体は現実改変能力の影響を受け、その位置を秒間286回の現実改変によって消失と生成を繰り返しながら物理的に正当性のある放物線を描いて移動しています。投擲された実体は、一般的なMFUモデルのアンドロイドが同様の動作を行い、投擲物がその動作を停止するまでの間の動きと同様に現実改変の影響によって移動しますが、この際ASP-650-JPが投擲した物体には重力以外のあらゆる物理的な力が働いておらず、全てが現実改変の影響によるものです。
回収: ASP-650-JPはサイト-81██の収容室で大量のナノマシンが消失しているところを発見されました。ASP-650-JP自体はナノマシンに対して何の痛みも感じていないかのように見受けられ、こちらに対し救済を求めてきました。すぐに全ナノマシンは吸引され、ASP-650-JPは現在の専用収容室に移されました。ナノマシンがASP-650-JPを優先的に襲撃したことは特筆に値するものです。
補遺650-JP-1: 現在の収容状態の確認のため、MULB-87690041("キスケ")によるインタビューが実施されました。
インタビュアー: MULB-87690041("キスケ")
対象: ASP-650-JP
ログ開始
キスケ: 初めまして。こんにちは。私は財団アンドロイド、キスケです。我々はアノマリー保全プロトコルに基づき、前時代と変わらずにあなたの身体及び精神面での健康をサポートします。
ASP-650-JP: (約3秒間の沈黙)そうですか。で、いつ私を殺してくれるんですか?人類が死に絶えても機械であなた方の機能が果たせるのなら私を殺すことぐらいできますよね?
キスケ: 残念ながらそれは出来ません。私たちはあなたをアノマリー保全プロトコルに基づき保護し、あなたにとっての外的な脅威を排除するだけです。
ASP-650-JP: (約5秒間の沈黙)ええ。そうですか。一応聞いておきたいのですが、家族はどうなりましたか?
キスケ: あなたの血縁関係者が空気中のナノマシンにより終了した記録が残っています。お見せしましょうか?
ASP-650-JP: いえ、結構です。どちらにせよ家族に未練はありません。
キスケ: ですがあなたがこの状況で生き残った理由はあなたのその異常性によるものだと我々は認識しています。ASP-650-JP、何かそれに関して知っていることがあればお教えください。
ASP-650-JP: 多分、私に入るはずだったナノマシンは、私に入った途端に消えているのでしょう。そこに痛みも実感も湧きませんでした。
キスケ: 情報提供のご協力に感謝します。
ログ終了
補遺650-JP-2: 補遺650-JP-1で行われたインタビューの翌日から、ASP-650-JPが時折頭を壁に打ち付けるような素振りを見せ始めました。現在、その全ての試みはASP-650-JPの現実改変により失敗に終わっていますが、ASP-650-JPの精神状態を鑑み、再度インタビューを実施しました。
インタビュアー: MULB-87690041("キスケ")
対象: ASP-650-JP
補記: このインタビューの際、ASP-650-JPに抵抗の意志や様子は確認されませんでした。
ログ開始
キスケ: ASP-650-JP、なぜこのような行為に及んでいたのですか?
ASP-650-JP: 昨日も申しました通り、死にたいからです。私はあなた方財団の職員が機械に変わっていく約数ヶ月の間、外界からの情報は眠らされておりましたので人類が滅んだこと以外は遮断されていました。そして昨日、私は家族が死んでいるという紛れもない事実を目の当たりにしたのです。あなた方のことです、この情報は正確なのでしょうね。
キスケ: あなたの家族は蘇りません。もう終わったことなのです。どうか、堪えていただきますよう。
ASP-650-JP: (6秒間の沈黙)ええ。分かっていますとも。口では家族に未練はないと言うのは簡単でした。ですがいざ居なくなったというのを知ると、なんというか、とてもとても申し訳なく感じるのです。生きてていいのか、生かされていていいのかと。せめて痛みでも感じられればそれも幾らか和らぐのでしょうね。
キスケ: あなたは恐らく自らの意志で生きているのではなく異常性に生かされているとお考えでしょうが、あなたのその考えは現状の私たちには理解し難いものです。私たちには家族の概念や文化がありませんので。
ASP-650-JP: そうですか。あなた方には理解できませんか。なら結構です。お時間を取らせるような真似をしてしまいすみませんでした。
ログ終了
このインタビュー後も、ASP-650-JPは壁に頭を打ち付けるような素振りを見せ続けています。保護上の観点及びASP-650-JPの異常性から、これらは何の問題もない行動だと見なされました。
また、このインタビュー後もASP-650-JPの精神安定指数が上昇することはありませんでした。このことから、MUL-Bモデルアンドロイドの人間精神理解上の脆弱性が発見されました。改良アップデートプログラムの構築が現在進行中です。
2056年3月20日追記: MUL-Bモデルアンドロイドの人間精神理解機能向上アップデートプログラムの開発はその開発コストと保護の際のリターンが釣り合わないという理由により中止されました。今後の再開予定はありません。