海浜幕張で撮影した、溺れかけのコガネムシの写真が発想源です。
初めは、コガネムシにしゃべらせようと考えていたのですが、頑張って話さずに話を進めようと頑張りました。
現報告書は、低削で消えかけていたものを一度ストーリーラインを整えてリバイバルさせたものです。
江ノ水で見た、ヤナギクラゲ属が発想源です。多分輸入モノなので和名とかはなかったかも。
異常生物報告書っぽく短くまとめるつもりでしたが、結果探査記録が1つの補遺3つになっちゃった…
クラゲは漢字で「水母」と書きます。Mother Planet, Mother Plankton…
発想源を忘れました。おそらく源の源はサイト参加前にまで遡ると思います。
サイトに参加したらいつか書きたいものではありましたが、テーマ【日本】で国外収容って、そんなのアリ!?ということでXコンに乗り出しました。
今度は逆に短すぎるのが心配でしたが、背中を突っついてもらい投稿。
エージェント・ビーコーの名前は、B-29のあだ名、「ビイ公」が由来です。
なんとアニヲタwikiにも説明が載ったそうです。かなり自分のヘドカと合致してくれているので、見てみるのもいいんじゃないでしょうか。
サイト-81UT - 上野公園を作るにあたって同好会の方々と話していた時に出た「科博クラファンネタに絡めて、募金をせびる実体がいてもいいよね」みたいなフラッシュアイデアが発想源です。
最初は前半の表だけで終わりでしたが、もう少し攻撃力を足した方がいいとのことで、インタビュー記録と最後のオチ、そして画像を作成しました。
一部の種は日本の標準和名が見つからなかったため、英名をそのまま訳して記載していますが、英名で検索しても三桁件くらいしかヒットしなくて頭を抱えました
報告書に登場するエージェント・サイモンは、動物園の西門にちなんでサイモンや!とつけた名前です。お気づきかもしれませんが、上野動物園に「西門」なんて門は存在しません(正門、弁天門、池之端門があります)。じゃあ何なんだよ君は!
チムコンでホントはもっと報告書を出したりしたかったのですが、色々あってこれ一作しか出せませんでした。俺が弱いばっかりに…
サイト-81UTで記事を作るにあたって、上野といえばなんだろう?ということをよく考えていました。自分はそこそこ科博に行くので、科博のものをオブジェクトにできたら楽しいだろうな〜というのはずっと思っていました。
加えて、23年の夏に上野の森美術館にて開催されていた特別展 恐竜図鑑を見に行った時、展示されていた古生物の"誤った"復元図を使った創作というのはいけるぞ、とも思っていました。(これは、サイトで創作しようと決意する前の出来事なので、これがアイデアのきっかけになったというよりは、遡及的にアイデアに変化した、ということになります。)
結局これを書こうかな、と思ったのが1/7日(収デンの前の日ですよ!)で、本格的にストーリーラインが見えたのが収デン帰りの電車の中(大宮駅で解散してからめっちゃ迷ったので、妙な電車に乗っていました)なので、チムコンに貢献することはなかったのですが、裏チム杯という選択肢が残っていたのと、どうしてもこの作品を作り上げたかったので、チムコンの投票期間も終わった頃合いの投稿になりました。
チムコンでSCP-3173-JPを執筆するにあたって、羽柴氏の画像が欲しいね、となったのですがFrickrを走っていたところええ顔が見つかったのでそれになりました。なので、ビジュアル的な羽柴の生みの親は私です(逆に、3173-JPで私ができた貢献はそれくらいのものです)この作品で、羽柴について3173-JPで語られなかった側面を少し深掘りできたことは結構嬉しいです。あんまり悪い人ではなさそう。
この作品の主人公とも言える「黒原 直人」という名前は、武器として使った直刀と、「暗闇の中でドラゴンと戦う英雄」的なニュアンスから名付けました。
「暗闇の中で戦う」というのはSCPの共通テーマですが、竜殺しの英雄譚の"混沌カオスを秩序コスモスへと変える"という意味合いはこのテーマとも合致しています。そして、おそらく誰も知らない過去を組み立て、解明していくという営みもこのテーマに沿ったものでしょう。爬虫類の化石から連想されたドラゴンも、頭と尾が逆さについたプレシオサウルスも、化石戦争も、学問の体系化、秩序化において混沌へとおいて行かれた遺物なのです。
SCP日本支部初アンソロジー、「始のいろは」参加作品。
実は、「始のいろは」企画自体は2023年の3月、自分がサイトメンバーになる前から始まっており、順当に行けば自分には縁のない話……となるはずでした。
しかし、同年の10月、
KABOOM1103氏よりTwitterのDMにて、「テーマ『始』のアンソロジー」があることが秘密裏に知らされ、またそのうち1人の執筆者と連絡が取れなくなったので自分にも参加してほしい、との依頼を受けました。おそらく、自分が選ばれたのはその少し前に終了した夏のコンテストにおいてSCP-3561-JPが高い成績を残したゆえであり、まさに自分が依頼を受けたのは奇跡的な偶然でした。
コンテストが終わっていましたが、自分はこれからもSCPを書いていきたいと思っていた折であり、また、
KABOOM1103氏より東京大学SCP同好会の先輩方である
FattyAcidさんや
renerdさんが参加している、ということも教えられており安心感はあったので、ではやらいでか、と参加を決心しました。
下書きの技巧としては、画像カルーセルや、ibispaintを使った画像加工などを使ってみたりするなど、今まで使用したことのなかったことを沢山盛り込みました。
アンソロジーが公表されてからは、前述のアリバイ(いろは考案前にサイトメンバーでなかった人間が参加しているはずがない!)を使って主にTwitter、Discordなどで暴れまくり、非参加者アピールしまくりでした。そのためか、2/14(日付さえ覚えています)にこの記事が投稿された時は主に上で挙げたコミュニティにて、僕を爆心地とした大盛り上がりが発生していたようです。
ちなみに、記事の最後でのヴィネガー研究員の「『酢』が終わった先でも、解決すべき問題が山ほどあるのです。」は、この作品内だけの話ではなく、「始のいろは」という企画それ自体にもかけた小ネタです。当初、「始のいろは」では、いろは唄の「す」までが投稿されると公開されていましたが、サーバー内では秘密裏に、撥音である「ん」と、いろはかるたの最後に登場する「京」が投稿されることが決まっていました。この「京」担当が先にあげた
renerd先輩であり、なかなか洒落ているな、と感じたので、ここに何かかけたい、と思ってこのフレーズを選んだ経緯があります。小ネタとしても気づきにくいものではあったけど。
当の「京」あるいは「『す』で終わらない」ことについては、もう少し後日談があるのですが、それはまた次の機会にお話ししましょう。