秋の終わりに
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連絡が来るとすれば今日の午前までだが、どうやら今回もダメらしい。

自分は小説家……、いや、小説家志望、今年で37歳になる。日々、小説を書き続け、それを出版社に送る生活を送っているが、これが実を結んだことは一度もない。

実家が裕福である故、食うに困ってはいないが、世間的に見れば37歳の無職。いい加減目を覚ます必要があるのは自分が一番わかっている。

ただ、人生の半分以上を執筆に捧げている以上、簡単に諦めることは出来ない。

勝算はあるのだ。読まれさえすれば……、そう、読んでくれさえすれば、自分の書く独特の世界観がきっと読者の心を掴むはずなのだ。

出版社に原稿を送り続けてかれこれ20年弱、恐らく担当者達は自分の原稿など送っても読んでいないのだろう。確かに最初はあまり良い物を書けていなかったから、信用がないのは分かる。でも読んでくれさえすれば絶対に分かってくれるはずなのに、この何の返答もない日々には正直納得できない。せめて「つまらなかった」とでも言ってくれれば楽になるというものだが。

そんな折だ。アイデアを求めて古い海外の地方新聞を見ている時、ある記事が目に留まった。

秋の妖精の図書館、マチソン氏の夢

『ワシントン州で林業を営むマチソン氏、本の寄付を求める』

『秋になると本を読みに訪れる妖精が居る。この妖精のための図書館を作りたい』

それは新聞の隅に掲載されている小さな小さな記事だった。内容自体は変人爺さんが良く分からない理由で本を集めているというものであり、B級記事ならぬF級記事という内容のものだった。

秋の妖精が本を読みに訪れる……、仕事柄いろいろ想像する癖がある訳だが、そんな妖精が居るなら私の小説を読ませてみたいものだ。勿論、そんな妖精が本気でいるとは思われないが……、居るっていうならば、居るっていうなら読ませてみたい。そう、居るならだが。でも本当に居たら──

それから2日後、私は自費出版した自著を荷物に、アメリカ行きの飛行機に乗っていた。実質的に無職の私の行動は早い。今は11月、秋の妖精なんて居ないとは思っているが、もし実在するならば急がねば冬になってしまう前に行かねばならない。勿論、勿論居ないとは思っている。でもその時はその時、これも取材の一環だ。

新聞に記載されていた連絡先を元にマチソン氏の家を訪れた。残念ながらマチソン氏は既に亡くなっていた。遺族の方曰く、その図書館とはマチソン氏が管理していた山林に存在する小さな作業小屋らしく、今も存在しているらしい。遺族の方に事情を話すと、遺族の方は快く山小屋の鍵を貸してくれた。

作業小屋は紅葉に囲まれた美しい佇まいだった。早速扉を開き、作業小屋に入る。なるほど、ここは不思議な空間に感じる。長らく人の出入りは無いだろうに、埃臭さをほとんど感じない。作業小屋の中央には小さな机と椅子が備え付けられており、やはりここにも埃は積もっていない。遺族の方が定期的に掃除をしているのだろうか?

私は持ち込んだ自著と荷物を中央の机に置くと、作業小屋の窓から見える紅葉に視線を移した。ここからは山の色付が一望できる。窓の前には壁に打ち付けた机と椅子があり、ブランケットが椅子に畳まれている。秋の妖精が私の本を読んでいる間、ここで執筆に励めば良い物が書ける気がする。

そう思い、私は中央の机に置いた荷物からペンと原稿を取り出そうとした。その時、置いておいた自著のページの隙間に、赤い物が見えた。本の中身を改めると、自著の冒頭部分に赤いモミジが挟まっている。今さっき荷物から取り出し、ここに置いたのだから、モチジが挟まる余地など存在するはずもない。

「栞か・・・?」

本に挟んである以上、それは栞に見えるというものだ。作業小屋には私しかおらず、扉が開いた形跡はない。風のイタズラがモミジを本の隙間に誘うなどという現象も、まあ考えられないだろう。で、あるならば、即ちマチソン氏の言っていた"秋の妖精"とやらではないだろうか。姿形は視認できず、音もなく忍び寄り、モチジを一枚本に差す。私がマチソン氏でもソレを秋の妖精と形容するかもしれない。この超常現象との出会いは運命だ。内なる執筆意欲が秋の紅葉のごとく燃え上がるのを感じると、窓際の机にペンと原稿を置き、創作活動に励むことにした。

2日程経過した。ここには秋の終わりまで滞在するつもりだが、あまりの執筆意欲にこの調子だと原稿が足らなくなりそうだ。秋の妖精は相変わらず姿を見せず、栞だけがズイズイと進んでいく。私の筆が良く進んでいるように、秋の妖精の読破スピードも快調のようだ。それもそのはず、この記事は私の作品群の中でも傑作の部類であり、長年積み重ねた執筆理論、読まれやすい用に研究したキャッチーで流行りのテーマ、不気味さと奥深さが共存する人物同士のやり取り、これらすべてを兼ね備えた奇跡の一作なのだ。

しっかし、こうして窓際に座り、執筆に励んでいると高校時代を思い出すものだ。瞳を閉じて瞼に浮かぶ青春の情景は、ここからの景色によく似ている。私が文芸部室の窓際で小説を執筆し、彼女が部室の中央に置かれた机で何かしらの本を読む。2人しか居ない部室、それが私の青春だ。

最初は私も本を読むためだけの文芸部員だった。耳が不自由な彼女の気を惹こうと小説を書き始めたのが我が執筆人生の始まり。彼女が私の小説を読み、その感想を待つ間に私が更に書く、私の人生の中で最も充実した瞬間だった。昔を想起し、思い描く景色はいつでも、紅葉で色づく校庭の樹々と、本を読む彼女の横顔だ。

今思えば、私が"読まれること"に固執しているのは、この青春が原因かもしれない。彼女に読まれている時だけ、私は小説家だった。あれから20年、今はどこで何をしているとも知らない彼女の目に、私の文が留まってくれれば……。その瞬間を想像するだけで自分のこれまでの歩みが報われたような気持ちになる。小説家としての大成は私の目標ではなく、目的達成のために手段に過ぎないのかもしれない。

そんな風に自分に酔っぱらっていると、作業小屋の扉がギギギと独りでに開いた。誰かが入ってきたわけではないが、私には心当たりがある。秋の妖精が読んでいた自著を確認すると、栞代わりのモミジが無くなっている。読み終わったか……、秋が終わってしまった可能性もあるが、とりあえず今はもう読んではいないようだ。

一切の予兆なく終わったソレに拍子抜けを感じていたその時だ。強い木枯らしが吹き、外で大量の落ち葉が舞い上がった。これは秋の妖精の喝采か称賛か、拍手のようにも聞こえた。この自然現象が、秋の妖精の意思表示に思えてならなかったのだ。

私はドタバタと扉を出て、その舞い上がった落ち葉に飛び出した。両手を上げ、無邪気に笑いながらクルクルと踊り回った。きっと出版社から掲載の連絡が来たら自分がするであろう喜びの小躍り、それが思わず出てしまった。

ふ、と我に返る。いい歳した大人が外で恥ずかしい。冷静に戻ると外は随分と寒いじゃないか、秋は終わったようだ。私はノソノソと作業小屋に戻ろうとしたが、あるものに気付いた。作業小屋の出入り口、その正面の一部分だけ、落ち葉が積もっておらず、土が露出している。さっきの現象のことを考えると、これは不自然だ。

私は近寄り、よくよくそこを観察する。露出した土の上にモミジの葉が数枚と木の棒が見えた。

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これは、なんだろうか? 私はそれを気にも留めず、帰り支度のために作業小屋にもどった。










実験記録-2288-JP-11


報告者: ガルシア博士

内容: 『ハリー・ポッター』のシリーズ全編と、その他無作為に選出された書物群をSCP-2288-JP内部に設置し、経過を観察。連続性ある書物を設置した場合の挙動を観察。

結果: 現在経過観察中。実験開始直後に『ハリー・ポッターと賢者の石』に木の葉が出現し、次に『ハリー・ポッターと秘密の部屋』に木の葉が出現、現在は『ハリー・ポッターとアズガバンの囚人』の中盤に木の葉が出現している。

所感: シリーズのある作品の場合でも連続性ある異常性の出現が確認できました。

また、『ハリー・ポッターと賢者の石』に対する異常性の直後、SCP-2288-JPの扉の正面の地面にて、イロハモミジ(Acer palmatum)の落ち葉5枚が直列に整列している図が確認されました。イロハモミジはこの周辺には自生しておらず、出現には異常なプロセスが推測される他、これまでに確認された出現する落ち葉の法則性にも則らない特筆すべき現象です。同様の落ち葉は実験記録-2288-JP-6でも確認されており、なんらかの法則性を持つ現象であると推測されています。

実験記録-2288-JP-6は同一の作者によって執筆された作品群と、その他無作為に選出された書物群をSCP-2288-JP内部に設置し、経過を観察するものであり、結果は前述の図の出現後、同一作者の作品群に集中して落ち葉が出現しました。

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