汝、█の如くあれ
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私が曾祖父に引き取られたのは、私がまだ小学校を卒業した直後の頃。両親が共に事故で亡くなり、親戚中をたらい回しに遭っていた最中だった。親を喪い失意にあった私にとって、大人たちの嫌悪と疎みに塗れた感情は心に浅からぬきずをつけるには充分だった。

今にして思えば、あれらはアルビノである私の容姿を殊更に嫌っていたようだったし、あれらに引き取られず済んだのは、私にとって最大の幸運だっただろう。

曾祖父の顔を見たことはなく、面識すらない。私が彼に引き取られた時も、母方の叔母を名乗る女が私を連れて行った先にいたのは、彼の補佐を名乗る男性だった。

それから私は曾祖父の手配で、プリチャード学院と言う大きな学校に通うことになった。学校の大きさであるとか教わる内容とか驚くところは多くあったが、何より驚いたのは教員も生徒も、用務員の1人に至るまで私の容姿について特別な言及をすることがなかったことだった。それは勿論、肌や目が日に弱いことへの注意はあったが、それまでの人生で常につきまとっていた好奇や嫌厭けんえんの視線は見られなかった。

それが当然のことであったと気づくのにさほど時間はかからなかった。たかがアルビノ程度のことを珍奇であると感じる隙などないほどの異常が、この世界に巣食っているのだと理解させられたからだ。光で眩まされていた世界が闇の中から見るとどれほど歪んでいたのかを思い知った。そんな中で、あれから結局一度として接触がない曾祖父も財団職員なのだろうなとぼんやり印象付けられた。

そんな私の身体的成長が伸び悩むのに相反して、学院における私の成績は優秀な成長を見せた。正義感や義務感で燃えていたのか、それまでの空虚さを埋めるために必死だったのか、はたまた違う理由があるのかは自分の心ながらわからないけれど、この辺りにしてようやく私は両親の死と親戚からの侮蔑によって失われていた、人間らしい自尊心を身につけることができたように思える。

幸いなことに友人もでき、世間一般で言うよりもいささか剣呑さは多かったのだろうが、無事青春を謳歌することができたと思う。残念ながら色恋と縁はなく、友人たちの多くは現在連絡が取れない状況にあるのだが。

私はそうやって学生人生を謳歌しつつも、(自分で言うのは恥ずかしさが勝るが)成績が優秀であったこともあり、同時に財団の職員として働くこととなった。とはいえ、研究員補佐としてではあったが。目まぐるしく動く現実に半ば流されるように送る日々はあまりにも激動的で、授業中に研修で教わったことが頭を回ったり、提出課題に追われることが他より多かったりと余裕のない時間が過ぎていった。

そしてある日、なんの前触れもなく、曾祖父が死んだことを告げられた。

我ながら薄情なことだが、哀しみよりも先に困惑を覚えたのは責められるべきこととは思えない。結局曾祖父とは一度も顔を合わせることさえなく別離してしまったし、なにより曾祖父の死を告げた壮年の男性は自身を日本支部理事"獅子"であると名乗り、また私の曾祖父が同じく日本支部理事"鵺"であったと口にしたのだから。

曾祖父の死因が自己終了であること、次代の"鵺"として私を擁立しようと動いていること、その背後に目的として財団と蒐集院派との融和があることを伝えられた辺りで、情けないことにようやく私は「曾祖父が死んだというのは」などという意味も朧な台詞を搾り出すことができた。

"獅子"はそれをショックを受けたと捉えたのだろうか、しばらく落ち着く時間をくれた。実際は情報の奔流に飲まれただけなのだが、どちらにしろ時間を与えられたことは素直にありがたかった。

「その……私が"鵺"の親族であることは……」

「私と先代"鵺"、それと"千鳥"しか知らない。財団関係者はおろか、他の日本支部理事も君のことを一財団職員としか認知していない」

「私は……財団職員としても人間としても未熟です。その点についてはどうお考えですか……?」

「君は知らないかもしれないが、先代"鵺"の腹心を補佐としてつけるつもりでいる。ハッキリ言ってしまえば、現状で私が君に望むのは"鵺"の縁故であるという肩書だけだ」

それが最も摩擦が少ないから。その意図は、それまでの話を飲み下してしまえば私にも理解できた。"獅子"は「今すぐに決める必要はないが」と前置きした上で、決定までの期限とそれを過ぎたら情報保安上の関係で記憶処理を行い、曾祖父が"鵺"であることを忘れさせること、そして期日までは今私がいる施設で館詰めにされることを告げた。それらの処理は財団職員として納得できるものであったし、彼の曾孫としても否はなかった。

結局のところ、私と"鵺"とはほとんど無関係と言って良かったのだと思う。私にとってはあの生温い地獄から連れ去った舟でしかなく、あちらにとっても私は取るに足らない存在だっただろう。あるいは、こうなることまで含めて"鵺"の計画だったのかもしれないけど。

「それでは私は失礼する。……あぁ、最後に。これは君宛に書かれた"鵺"の遺書だ、受け取ってくれ」

そう言って"獅子"は、私に封筒を1通渡して部屋を出ていった。酷く簡素な封筒。その中身を取り出して出てきた和紙を開き、検める。もう既に私の中で答えは出ていて、それはただ、面識もない"鵺"が私に何を望み、なんと遺したのかが気になったからでしかなかった。

そこに書かれていたのは、さながら詩歌のような"鵺"の鳴き声だった。

 

猿が如く賢しくあれ。

虎が如く強かであれ。

蛇が如く執拗くあれ。

狸が如く妖しくあれ。

京の都の民草を家中の灯りへ閉じ込めて、黒洞々たる夜を駆けた怪物の如く、闇の中で戦い続けるのだ。

汝、鵺の如くあれ。

確保、収容、保護。

 

その財団職員に似つかわしくない情緒的な文は、しかし幾万の言葉を並べた引き継ぎ文書よりも明瞭に"鵺"という存在に化けるための心構えを私に伝えてきた。とはいえ、私は未だ優秀なだけの凡人である。だから、それがあの怪物の真意であると言い切ることはできずにいる。"鵺"襲名後、短期間でありながらそれなりに修羅場を潜ってきた今でもそれは変わっていない。あるいは、そもそも意味などなく死ぬ前の戯れに筆をとっただけなのかも知れないし、私の心中を写す鏡だったのかも知れない。

ただ、事実として私は託されたのだ。それがどのような意図であったとしても、それが組織を護持するための緩衝材としての期待でしかなかったとしても、この先もそうであるとは限らないのだから、私は"鵺"に化けるしかないのだ。やってみるさ、と、見栄を張るしかないのだ。

やることは大きくは変わっていない。確保し、収容し、保護する。そのために尽力し、心身を世界の奉仕へ捧げる。

「"鵺"、そろそろ会議の時間ですが、準備は整いましたか?」

「ん、ちょい待ち」

学生服から和服へと着替えた私は、補佐である老人に導かれ会議室へ向かう。こんなことを言うのはいささか不謹慎かもしれないが、今の日々はとても充実していた。

ふと、補佐の彼が私の顔を見て微笑んでいることに気づいた。私はそれに気恥ずかしくなりさっと顔をそらす。その所作に補佐はさらに笑みを深めたように見えた。

「……なによ」

「いえ、良い目をするようになったな、と……先代のお言葉を思い返しておりました」

「曾祖父の……?」

意外だった。曾祖父が私について、なにやら感傷的な言葉を発していたらしい。正直、彼は私に対して特別な関心を抱いていないものと思い込んでいた。いや、何か考えていなければ私を引き取ることはないのだろうけども、それも打算的なものが大きいと思っていた。

そんな私に、補佐は懐かしむように零した。

「えぇ、あなたの写真を見て、『まるで日本のようだ』と仰っていました」

「…………」

案外、あの人は私が思うよりも詩的な人だったのかもしれない。鵺の鳴き声は思うよりも恐ろしくないのかもしれない。そう考えると、一度も彼と言葉を交わすことなく別離してしまったことが、なんとも惜しく思えた。同時に、改めて期待に応えようと襟を正した。

とりあえずは、この威厳もへったくれもない見た目をどうにかしたい。"獅子"に見劣りしすぎるんだよね。

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