失敗ばかりの人生だった。
研究結果は散々。報告への上の返答はいつも冷やかな紋切り型。要は「使えない」ということだ。
同僚は口を揃えて「そんな変な研究テーマじゃ、なにも成せない」と。
うるさい。知ったことか。
いつかこの研究で成功し、周りを見返してやることだけが望みだった。
だがその望みも、理不尽に潰えてしまう。
私の愛すべき研究対象、美しき色彩は、無残にも不自然な極彩色に塗り潰されてしまった。今までの研究は無意味になった。
有り体に言えば絶望した。部屋の隅で何日も泣いた。透明な涙さえ穢らわしい色彩を浮かべていた。
しかし幸運なことに、絶望は長くはあったが、永くは続かなかった。徐々に絶望は怒りに置換されていく。涙を出し切った心は乾いていたが、乾いた心は怒りによく燃えた。
あるとき何かの策略で世界は真の色彩の記憶を失ったが、私は何も忘れなかった。私は一心不乱に研究した。誰もが私を気狂いと呼んだ。しかしそれに構っている暇はなかった。一刻も早くあの偽の"青"空を打ち倒さなければならなかった。
しかし一向に成果は出なかった。"青"はのうのうと広がっている。どうすればアレを滅ぼすことができるのかだけを考えてきたが、ついに何もできることはなかった。
自宅で1人、シンクにえづく。出た液体は"茶色"ではなく、"赤色"だった。研究の無理が祟ったらしい。しかしその瞬間、私は今までの人生で最高の興奮を味わった。そうか、今までなぜ空の"青"にばかり目を奪われていたのだろう。本質は最も身近にあったではないか!
そこからは万事順調だった。私はすぐにそれを呼び出す祝詞を得た。実験のためそれを同僚に流布してみたが、思った以上の成果があった。この成果は事故として扱われ私はまた失敗者として後ろ指を指されたが、もはや私は前に進むしかなかった。
全ては私の研究を最後まで見届けるためだけに費やされた。私的に設備を整え、人格を電子化した。こうでもしなければ、最後を見届ける前に"緋"に食われてしまうのは自明だった。
そして、財団の邪魔のせいで時間がかかったが、今が訪れた。"緋"によって全ては食い尽くされ、残った無から何かが起き上がった。鳥だった。
鳥によって、敢えてあの穢れた色彩で表現するならば"灰よりも深い透明な灰色"で、全てが満たされていく。全てが元の色彩を取り戻しているのだ。
今ならあの不自然な"青"空さえ愛せる。穢れは真の色彩の破壊ではなかった。再生のための"緋色"の誕生なのだ。全ては繰り返されるのだ。真の色彩は穢れた色に塗り潰され、やがて穢れの中から現れた貪欲が全てを燃やし、真の色彩が再来する。世界はそうして今までも、これからも、廻る。
美しい、美しい。
乾いた心から最後の涙がこぼれた気がした。涙に実体はないが、きっと美しい色をしていることだろう。
私は鳥に全てを委ね、少しずつ意識を手放す。クソ野郎どもめ。私は今、成功したぞ。