ビフォア・デート
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「よし、こんなもんだろ。」

コンドラキがばたんと鞄の蓋を乱暴に閉めてベッドに置く。

「あとは軽い日程確認だけだろ……今何時だ?」

腕時計は午後12時をわずかに過ぎた時刻を差していた。準備を始めたのが11時ちょうどだったからかなり時間が経っていることが分かる。……楽しいことをしていると、時間が経つのが早く感じるようになると聞いたことがあるな。

「いや、いや。断じてありえないな。俺が楽しみだと?あいつとのデートを?フン!」

ばかっと冷蔵庫を開き、2リットルのAquafinaラベルのペットボトルを取り出す。中身を一気に飲み干して、体の熱を冷まそうとする。

「ないない。ありえない!クレフが思うならまだしも、俺が?ハ!笑っちまうぜ。」

部屋をうろうろと歩く。ぐるぐると円を描いて。熱はいまだやまず、ふつふつと湧き出てくる。

「そうだ、これはきっと深夜だからだ。深夜になると気分が高揚することがあるらしい!」

誰もいないのにべらべらと口が動いてしまう。ぐるりと部屋を半周したところで、ふと机上のペットボトルに目が行く。そして、視点が釘付けになり、脳内にある考えが生まれてきた。

「このペットボトルにペニスを入れたとしたら、どうなるだろう?」

おかしなことを言っていることは分かっていた。しかし、気になり始めたらその考えを消すことは難しい。

「熱、そうだ。熱は下半身に集まってくる。ならば、中心核であるペニスを冷やせばこの高揚感もなくなるんじゃないのか?」

訳が分からない。しかし、その時はこれが正解だと思った。幸い、服装選びのために下着になっていたから、下半身をさらけ出すのに時間はかからなかった。ペットボトルを手に取りあてがう。おお、なんだかちょうどいいサイズじゃないか。入るか入らないかの瀬戸際を行き来しているな。

お、どうだ、入るか。ぐいぐいと詰め込む。

ん、これは。みち、と鈍く軽い痛みに顔が歪む。

あ。

入った。

すっぽりとはまった。容易にとはいかなかったが入った。その瞬間、達成感が溢れてきた。

「ハ、ハハハ!入った。入ったぞ!」

両手を天に上げ、勝ち鬨をあげる。その行動と共に達成感が天に吸い込まれ、私に虚無が満ちてきた。その虚無が取り戻した理性が、ある疑問を俺に提示してきた。

どうして、ペットボトルは落ちない?

普通、穴に入ったものが重力に従うとするりと地面に落ちていくものだろう。ペットボトルなら、落ちた時にからんからんと軽い音を立てて床にすぐにたどり着くはずだろう。それなのに立ち上がった私は何も音を聞いていない。股間に目をやる。

ペットボトルはぶらりと釣り下がっていた。先ほど自分が言った言葉を思い出す。「すっぽりとはまった」のだ。そりゃあ、落ちるはずがない。隙間が無いのなら落ちることは無い。当たり前のことだった。そんな当たり前のことより俺はもう一つあることに気づいた。

ペニスが突っ込む際に受けた新鮮な刺激で膨張を開始していた。その行動は体の持ち主である俺に極度の苦痛を届ける。

「ぐっ、ぐあ、あ、っつ──」

のたうつ。床に倒れこむ。静かに静かに痛みに耐える。床の冷たさがにじみ出る汗で濡れる。落ち着いて、別のことを考えよう。クレフ?クレフは駄目だ!もっと別のこと。吐き捨てられたガムのことでも考えよう。そうだ。冷静に冷静に……。

しばらくすると、ペニスは元の大きさを取り戻した。しかし。いかんせんまだ俺の股間にペットボトルはぶら下がっていた。洗面台の石鹸を削って溶かして作った石鹸水を垂らしてみた。ぬるり、と抜ければいいのだが、そううまくはいかなかった。

「ああ、なんてこったこのクソッタレペットボトルが!」

無機物に怒っても意味がないことは知っていたが、それでも怒らずにはいられなかった。

「おい、ペッティよう。大体なあ、お前のやる気の無さも問題じゃないか?俺がこんなに頑張ってるのに何でとれねえんだよ。おかしくねえか?いーや、おかしい!な?俺も応援するからさ、ちょっと口を広げてくれよ。……ああ、なんで何にも言わねえんだ!」

ばちんとペットボトルを殴る。その刺激は俺にさらなる苦痛を与えてきた。クソ、反射防御は卑怯だぞ……。

その後もいろいろな方法を使った。ペットボトルを切って空気の通り道を作ったり、いっそ思いっきり引っ張ってみたりもした。熱を当てようともしたが、焼きソーセージは俺の好物ではなかったので断念した。

そうした試行錯誤の末、何が要因だったのか、全てが要因だったのか、ペットボトルは俺の股間から抜け落ちた。ふー、っと息を吐いて倒れこむ。ペニスに薄紫の痕が付いているのが確認できた。どうやら生殖機能は失わずにすんだようだ。

「クソ、無駄なことに時間を使っちまった……今何時だ?」

腕時計は12時30分より少し前を差していた。明日は8時集合の予定だから、もう眠らなくては。しかし、消耗してしまった。少しクールダウンを、と再び冷蔵庫からAquafinaラベルのペットボトルを取り出そうとした。

しかし残念ながら2リットルのものはすでになく、あるのは通常サイズのものだけだった。まあいいか、と一気に飲み干す。先ほどの死闘で流れ出た水分が一気に体に染み渡る。一瞬で空になったペットボトルをじっと見つめる。

さっきのペットボトルは2リットルだった。大きかった。だから取れた。

それなら、これなら……。

「やれるか?ペッティ2号。」 

深夜は、まだ始まったばかりだった。


「はい、クレフだ。おう。コンドラキ、どうしたんだこんな夜遅くに。まさか急用でも入ってしまったのか……え、何だと?すまない。もう一回言ってくれ。……おいおい、コンドラキ。お前のデートの前準備の手順には、『ペットボトルにペニスを詰める』があるのかい?」

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