あなたは現在、「より良き日々」をご覧になっています。この物語は強い性描写を含むため、18歳未満の方は閲覧しないでください。
ひとつの人生が終わりを迎えるほどの時が過ぎ去っていた。サイト-45-Cの埃まみれの廊下は凍りつくような冷気を保っていた。天井から垂れ下がる氷柱がなかったら、ネコ科の生ける屍はそれを理解できなかっただろう。彼は彼女がここにいたことを知った。そうでなければ、この冷気となるに相応しい理由は存在しなかった。彼はただ……彼女がどこにいるのか、それだけが分からなかった。探し歩くうちに、彼は二人がよく使っていた古いジムに辿り着いた。彼の人生で最後の良き思い出。
中へ入ると、2つの前肢がランニングトラックの木を模した冷たい床をコツコツと鳴らした。彼は女性用のロッカールームへと進んだ。角の辺りを見て、それからロッカーを見つめた。いくつかは半開きで、いくつかは錆び付き閉まっていた。彼の視界の中で目を引くものはひとつしかなかった。
陥没の横にある扉に、言葉が刻まれていた。
#43
RIP
サラ・クロウリー
1960
永遠に愛されて。
スチュアート・ヘイワード
1998
最後に再会。
何であれ、これは彼らが辿り着いた墓標に限りなく近いものであった。彼女はそこにいなかったが、何かが彼をここにいるように呼びかけていた。彼は何日もこのサイトを捜索していた。どうして休んではいけないだろうか?
彼は疲れ切った骨格を陥没のちょうど底面に落ち着かせた。冷たい床は驚くほど快適だった。ここにいると思い出が彼を満たした。暖かくてどんな毛布よりも心地良い、そんな、そんな魅力的なもの……。
恐らく、ただ瞳を閉じるだけで……。
スチュアートとサラは仕事が終わるとよくサイト-45-Cのジムに通っていた。サラの警備主任としての地位と、彼女が技術的にサイト-45-C内のどこへでも気に入った場所に行けるという単純な事実を考慮すれば、広く開放的な場所はじっとしていられない者にとっては完璧な逃げ場だった。
彼らがジャッキーと遭遇してからというもの、二人はサイト-45から外へ出ることができなくなっていたが、それはそれほど悪いことではなかった。サイト-45はそれ自体がひとつの都市だった。彼らが顔を捨て永遠の仮面を被ったとき、ハロウィンが外へ出る唯一の時間となった……。そして二人には年に一度の休暇が既に終わったと見なす準備がまったくできていなかった。
「本日の予定は?」スチュアートが尋ねた。タンクトップとぴったりのランニングパンツで着飾っている。彼は定番となったストレッチを始め、黒くなった腕を頭上に伸ばし、いつものように爪のある手を硬直させては弛緩させていた。
サラが加わると彼女の力強い腕は握り締める度に筋肉と共に波打った。「うーん、少なくとも……デッドリフトとベンチプレスをしようかしら、あなたはもう一度レッグ・デーよ」
「僕は毎日レッグ・デーじゃないか?」スチュアートは首をかしげ、ニヤリと笑う。
「そうね。あー、具体的に言えばあなたはスクワットとカーディオをするんだけど」
「えっ、じゃあ君は僕の尻を見られるってことか?ここで何が起きるか僕たちは二人とも知っているだろ」
「おすわりして、子猫ちゃん」サラは含み笑いを浮かべる。「身の程をわきまえさせてあげたいのはやまやまなんだけど、私たちは初めにすることがあるわ」
「え?『身の程をわきまえさせる』って?それは挑戦的に聞こえるなぁ」
「私はあなたのほぼ4倍の大きさで、さらに車を持ち上げられるほど筋肉があるのよ、子猫ちゃん。挑戦じゃないわ」
「はー、わかったよ。言うとおりにしましょう。お嬢様。じゃあ、取りかかろう」 スチュアートはからかうようにそう言うと、バーベルラックに歩み寄った。彼は250ポンドをそっと置き、位置についた。彼が床まで腰を下ろすと彼のパンツは想像の余地がないほど露骨となった。
一方のサラはまっすぐベンチプレスに向かい、慎重にベンチの位置を合わせ、スチュアートの引き締まった均整のとれた尻が床めがけて降ろされる光景を見逃さまいとした。彼女はジムのウエイトでは決して満足できなかったため、所有する追加プレートを持ってくる必要があった。バーに数トンを置くと、彼女は横になって運動を開始した。
ワークアウト中に女の子を膝の上に座らせて運動すると、ワークアウトのポテンシャルが高まると言われている。もしそうであるなら、スチュアートは女神の尻を持っていたに違いない。なぜなら彼は座ってさえいなかったのだから。ぴったりとしたショートパンツを着た彼を見て、サラのモチベーションは彼らのグループワークアウト以外では決して到達できないほどの高みに達した。バーベルが上がるたびに彼女の腕は脈打ち、胸筋は震えた。
ワークアウトのルーティンをやり遂げる秘訣の一つは、少々マゾヒストになることだ。負荷に対して筋肉が痛む感覚を愛しみ、休止姿勢に至り解放されることを渇望して、再びそれを行う。
サラがデッドリフトに移ると、スチュアートはトラックに彷徨って行った。彼の尻が動いている様子には気を取られたが、彼女にとっては2つの考えが現状維持の動機となった。1つ目。さらに強くなることは、若い頃に叩き込まれた成功への道標だった。噂では、アマゾン族のような勇猛果敢な兎は人間ですらなく、彼女自身が秘密のスキップである、もしくは財団からもたらされた一種の筋力強化薬を服用していると囁かれていた。しかし、そのどちらであったとしても彼女はそれに全く気づいていなかった。
2つ目。 その期待はあまりにも甘美なものだった。反復をカウントダウンしながら、スチュアートのトラックの進展を監視した。忍び寄る捕食者の如く、次の食事に襲いかかるのを待つ……ゼロになった時、彼女はスチュアートを襲撃する準備ができていた。
バーベルを片付けた後に彼女は動いた。
スチュアートは知っていた。サラから走って逃げることは、クマから走って逃れようとするようなものだと。可能性はほぼなく、おそらくその後に続くタックルで首の骨を折られて終わるだろう。その代わりに、彼は壁に体を寄せて彼女が彼を押さえつけられるようにした。彼女はスチュアートの前にそびえ立った。その胸は彼が立ち上がっていても、簡単に彼を窒息させることができた。
「あ、あの……、やぁ」彼は笑みを浮かべた。
「わざとやっているわね、嘘はダメよ」彼女は唸り、熱い吐息が彼の顔にかかる。「パンツがほぼ透けて見えるのよ、変態さん」
そう、彼は故意にそうしていた。しかし、それを大声で言われると、いつも狼狽してしまう。「ぼ、僕は……たぶんそうだね……」
「んー……数周しただけなのよね?違う有酸素運動をやってみるのはどうかしら?」彼女は彼の頭を抱きながら甘く囁いた。彼女は彼の頭皮の大部分を包み込むように掴み、彼の頭を上に傾け、自身の目を見させるようにした。「あなたが良ければだけど?」
「ぼ、僕は…. 構わない」スチュアートは呻いた。ただ提案されただけで彼のパンツはより窮屈になった。彼は腕を彼女の広くはっきりとした背中にもたれかけた。スチュアートはもがく以外に何もできず、サラの胸を押して不快感に喘いでいる。少し歩いて角を数回曲がると、彼は着替えのベンチへと仰向けに放り出された。
「こんなにかわいい子猫ちゃんのために、うってつけのものを入手したのよ」スチュアートのパンツを脱がしながらサラは大声をあげる。男はすっかり露わになり、サラは後ずさりして自分のロッカーに手を伸ばし、個人の居室以外のどんな場所であれ、ほぼ間違いなく禁制品であるものを取り出した。その長さを見たとき、スチュアートは彼女が冗談を言っているのだと思った。彼女がそのベルトを装着したとき、彼はサラが冗談を言っていることを祈った。彼女が潤滑油を取り出したとき、彼は急に飛び出てきて『ドッキリ大成功~!』と言うであろう人々を探し始めた。
「まさか本気じゃないよな!」スチュアートは信じられないという様子で笑った。神経性のひきつけが体中を駆け巡っている。
「ゆっくりやるわ」サラは約束した。「最初はね」彼女は彼の顔にタオルを投げる。「あなたの場合は何か噛むものが必要ね」
「どうして受け調教器bitch-breaker込みなんだ?今そこでダンベルに突き刺すってのはダメなのか?」
「それのどこが面白いのよ?」サラは尋ねる。彼の足を持ち上げその男を見上げる。「……分かった、セーフワードは『白』よ。そう言えば中断する、いいかしら?」
スチュアートは頷いた。恐怖と期待で顔をしかめている。サラが入ったのを感じると体が震えた。経験したこともない寒気を感じ、それを埋め合わせたのは、彼自身の周りに繋がったサラの手の暖かさだった。「あぁっ、あっ、おおっ」
「どうかしら?」彼女は動きを止めて聞いた。
「や、やめてって言っていいかな?」彼は歯を見せて笑った。額は汗で覆われていた。このままいけば、飛び出してロッカーに激突しそうに感じた。
タオルを噛みしめると同時に、涙がスチュアートのマスクを流れ落ち、爪がサラの手の甲に食い込んだ。彼の口から出てくる音は、痛みによる絶叫から、通行人がロッカールームに放たれた猫と間違えるかもしれないような呻きへとゆっくりと変化していった。
「いい子猫ちゃんね」サラは喘いだ。体を傾け、キスをするのに十分なくらいタオルを脇に引っ張った。「そうよ、あなたの鳴き声を聞かせて……」
「で、できない……」彼は喘いだ。サラが体を引き寄せるとその声は喉にひっかかり、ごろごろと鳴るような音が漏れた。「クソッ!」
スチュアートは今までの人生におけるいくつかの出来事を後悔した。その中にはサラが彼を拾い上げ、ロッカーに押さえつけるなどという周囲を騒がせるような事件は含まれてなかった。彼の肩(そして整備員)は決して許さないだろうが、彼らを載せた陥没を悔やむことはなかった。彼が後悔したことは、数分後における自身の衣服の状態だった。
「あああ最悪だ」サラが彼を降ろすと、彼は表面の汚れを見て息を切らしてそう言った。「そ、外側の汚れを落とすのがどれだけ大変なのか知ってるのか?」
「どうしてそう言えるのよ?」サラは彼の腹部を撫でながらにやにやしていた。
「き、君は仕事を終えた後に他にすることがたくさんあると思うか?」スチュアートは息を切らしてそう言うと、上着を脱いで立ち上がった。「冗談じゃない、サラ、かなり面倒なことになるぞ」
「ほんの少しのリスクもなくて、何が楽しいの?」そう言いながらも、サラはベンチに横たわり、器具と自分のパンツを両方捨てた。「さぁ来て、子猫ちゃん。あなたの爪が私の中にあるのを感じたいの」
スチュアートは息を飲んだ。目の前にぼんやりと女が現れ、彼の喉は急激に乾燥し、彼女の肩に手を置いた。次にどうすればいいか定かではなかった。キスが適切に思えたのでそうしてみた。
サラは数分間ずっと不在であった優しさで返した。やがて二人は彼女の鉄筋のような力強い手で共に動いて、スチュアートは彼女に押し入った。
彼は喘ぎ、呻き声がそれに続き、沈黙がそれに続いた。彼は押し入り、サラをきつく抱き締め、無上の喜びの銀河に迷い込んだ。彼は自分たちの下のベンチを忘れ、肩の痛みを、陥没を、サラと自身を除くほとんどすべてのことを忘れていた。
「ク、クソ、スチュ。こんなにチビなのに……クッソ!」サラは喘いだ。支えとしてベンチの脚を握りしめると、指の間接が白くなった。彼女の拳の下で金属が軋んだ。
「ウサギさん、ぼ、僕はチビじゃない、君がでかいんだ。君より背が高い人なんて見たことがない」スチュアートは息を吐き出し、彼女のあらゆる要求に応えようと彼女の胸に顔を押し付けた。
「り、両方ね、私を信じて」彼女は息を切らして彼の動きに合わせて上下している。「子猫ちゃん、クソ、本当に……愛してるわ、考えられないくらい」サラは手をきつく握り締めた。そうするつもりはなかったものの、掴まれたことでベンチは銀紙のようにくしゃくしゃに折り畳まれてしまった。おそらく必然的に、ベンチは破壊され、それにより彼女は落下して倒れた。
「う、うわっ、クソッ、サラ大丈夫か?、助けがいるか?」
「い、いいえ、……続けて。お願い」彼女は言った。彼女は明らかに死に物狂いで、その爪はスチュアートの脇腹に食い込み、両腕は今はスチュアートの上に置かれた。
スチュアートは彼女の爪が食い込むのを感じて怯んだ。震えが全身を駆け巡っている。彼女の三角筋と二頭筋をひっかいて恩返しすることだけが唯一公平だった。彼らはもはや二人の人間ではなかった。彼。彼女。彼らはひとつであり、同一であった。彼らは頂点に達することすら考えてなかった。足先から頭まで寒気が立ち上り、お互いにとても親密になり、この上ない幸せが二人を除く何もかもすべてを見えなくさせた。それは十分な報酬だった。
「終わりにしよう」スチュアートは優しい嗄れ声で合図を告げた。サラにそれは必要なかった。彼に触れることで身ぶりを読み取り、マスクの裏の顔付きを感じることができた。彼女は単純に「ええ」と頷き、彼を強く抱き締めた。身動きできる十分なゆとりを持たせて。
二人は緊張し、イコル1が二人の頭を酔わした。焦点を失った二人は、ベンチから滑り落ちた。床へ到達することを止めるであろう床とのあらゆる摩擦は汗で妨げられた。二人は無言だった。言葉はなく、ただ抱き合い、指は髪の間を通り抜けた。スチュアートが最初に沈黙を破った。
「大丈夫かい?お嬢様」彼女の胸に顔を預け、彼は満足げだった。
「うーん……喉が乾いたわ……」彼女は呟いた。スチュアートの髪に爪を通し、猫を扱うかのように撫でている。
「僕もだ……多分シャワーが必要だ。結構……なんというか臭ってる」彼は含み笑いをして、彼女に水筒を投げる。「僕たちは、うーん……答えることが多くある、だろ?」
「んー。しらを切りましょう、大丈夫よ。その心配は私にさせて、さあ……お互いのことに専念しましょう。私はまだクラクラしてるのよ、子猫ちゃん」
「望むことはただ……もうちょっとここで寝てないか?」スチュアートは笑った。本物の笑顔。それはマスクによって作られたものではなかった。
「んー……、いえ、それは私としては少し汚すぎる。シャワーで流しましょ、ね?今なら冷たい水が最高に思えるわ」額に優しく口づけをすると彼女は立ち上がって彼を拾い上げた。
シャワーの水は、二人の文字通り親密なワークアウトの高熱から彼らを解放し、肌に当たると最高に感じられた。シャワーを浴びながら、彼らは時折目を見開き、自分たちがいる場所をただ見つめた。冷たい水、共に身を寄せ合い分け合った石鹸。それは深く愛に満ちた口付けのように感じられた。自分たち以外の世界を遮断するのは彼らにとっては自然なことであった。
「あなたを失ったら私、何をしてしまうか分からないわ、子猫ちゃん」サラは沈黙を破った。「すぐにこの世界をバラバラに引き裂くでしょうね、少しずつ少しずつ。私は……なんて言えばいいか分からない。ただあなたに幸せになって欲しい。他の何よりも……ただ……あなたには感謝してるの」
スチュアートは彼女を見上げた。彼女が泣いていたのかは、二人とも分からなかったが、スチュアートも同じように感じていた。神話学や文学、宗教学、読んだことのあるほとんどすべての詩、ラブレター、告白、スピーチ、誰かの愛を表現するあらゆる手段。しかし、そのいずれもが心の中で渦巻いていた彼の気持ちとは一致しなかった。
スチュアートは単純に彼女の頭を自身の方へと下げさせて、もう一度口付けした。今度はより深く、より長く。ようやく離すと、彼が目を見開いた。「僕も感謝してる」
彼らがロッカーに残した『陥没』は財団よりも長くそこにあることが運命づけられた。彼らは翌日にこの出来事を揉み消すことができたが、皆内心ではどうしてベンチの交換が必要だったのか気付いていた。その2つの酷使は直に伝説になっただろう。
自身の骨を優しく撫でられたように感じて、スチュアートは現実へと舞い戻った。「子猫?……君なのか?」
スチュアートは跳ね起きると初めは驚いていた。しかし自身の目の前に立っているのが誰なのかに気付くと彼は彼女に飛びついた。「サ、サラッ!」
彼女は即座に彼を抱きしめた。始終笑みを浮かべて。「ああ、嘘みたい、スチュアートね!あなただって気付かないところだった!成長したのね!肺もある。それに何かしら……ワイヤー?プレート?」
「そ――そうだ、僕は、ああ……見た目は成長していないよ。あと、あー……スピーカーが凄く欲しかったかな?気にしなくていい。全然大したことじゃないし、怖いことでもないんだ。君に会えてとても嬉しいよ!」猫は鳴き声を上げ、彼の腕はゴーストをきつく包んだ。「君は最後に話した時よりかなり痩せて見えるな。見覚えのある腕だ」
「酷いわね!昏睡してたのよ、バカ!」スチュアートの耳を撫でながらサラは笑った。「……冗談はさておき、いいかしら?あなたに会わせてくれなかったのよ。……少なくとも10年間は」
「僕もだ。少なくとも今は……ここで君とおかしな会合をしている。僕はちょうど、より良き日々のことを考えていたんだ」
「ええ。私は、そうね……きっとあなたは結局この辺りを彷徨っていると思ってた。正しかったようね……より良き日々って?」彼を拾い上げようとしながらサラは尋ねる。
スチュアートは受け入れた。「君も知ってるだろう、僕たちが……人間だった頃。僕たちが生きていて、一緒だった時だ」
「ああ、そうね……」消え入るようにサラは言った。視線は物憂げにスチュアートの顔の辺りを漂っている。彼だった。記憶の中にある彼そのもの。
サラはディスプレイケースの中にずらりと並んだ金の指輪と宝石を見ていた。そのどれもが心をかき乱す輝きを放っていた。正直なところすべてが彼女より……上だった。
どうすれば女の子になれるのかを教えてくれる母親はいなかった。彼女を守る父親もいない。彼女は守った。自分自身で。彼女は石を見るのを諦めた。もどかしかったが、今の時点では美しい石のすべてが分かる誰かを探す方が、自分でひとつ選ぼうとして時間を浪費するよりもベターだった。
彼女はネームタグを持つ一番近くにいる人物へと歩み寄り、目を見据えた。「こんにちは……エイミーさん?」彼女は大声で読み上げた。「結婚指輪を探してるのですが、全然分からなくて。彼は何が良いのか、それとも……どういうのが良い結婚指輪なのか。一番良いものを教えてくださるとありがたいのですが」
エイミーはピエロのようなサラを見た。「えっと……そうですね。指輪の購入は男性がなさるものでは?それとも助言するおつもりでしょうか?」
「違うわ」サラは首を振った。「プロポーズしようと思って……どうして?変かしら?」
「あー……いえいえ、大丈夫ですよ!流行の最先端です。むしろ」エイミーにとってそれが重要でないことは明白だった。彼女は既に仮装してウエディングの買い物をする変人と知り合いになりつつあることを察していた。サラは構わなかった。「私どもの特別なコレクションをご案内致しましょうか?」
「今はその方が良いわ。物を見せて!」彼女の笑顔は今は本物であった。「相応しいものが欲しい……私と彼に。そう思う」
「もちろんです、お客様。今はですね、彼氏様のことについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」エイミーはサラの話を聞かず、彼女を案内しながら尋ねた。
「そうね、彼は優しくて愛情があって凄くセクシーで……ああ、それと、素晴らしい歌手なのよ。彼の声は私を溶かすわ。私たちは一緒に働いている。ええと……軍隊で。」
「ああ、看護婦さんですか?」
「……そうよ!あと彼はもっと事務的な仕事。でも一緒に働くことがかなり多い。猫派で、ちょっと可愛い訛りがあって……少しおっちょこちょい、だけどそれが彼を愛している理由ね」
「職場恋愛ですか?上司の方はどのお考えなのでしょうか?」
サラは単に肩をすくめた。「心配してないみたい。思うにそれで問題ないから、関心を持たないことにしたようね」
「おお、それは良いですね!こちらはいかがでしょうか?」エイミーはニヤリと笑って、店にある中でも最も美しい指輪のひとつを見せた。純金製のアームを持ち、ダイヤモンドが1個だけあるのではなく、大きなダイヤモンドがひとつより小さいダイヤモンドの配列の中にあり、それらは熟練の宝石細工師により精巧に配置されていた。見ているだけですら、人を王族であるかのような気分にさせた。
「……いいえ、私たちには似合わないと思う。それとダイヤモンドはすぐに落ちそう。一度殴れば誰かの額の中に失くしそうね」
「……えっ?」
「それにそれは……私のスタイルじゃないでしょ?分からない。金は絶対に私に似合わない。あるいは彼もそうね」
「わ、分かりました。それもいいでしょう。お考えでしたのは銀かしら、それとも――」
「こういうのは?」サラは聞いた、ステンレス鋼の指輪を見上げながら。
「カ、カレッジリング2ですか?いえ、お客様それは――」
「うん、これよ、音符を乗せて!それと水色の宝石!完璧だわ!」大女ははしゃいでその場で飛び跳ねた。「氷みたいね!気に入ったわ!」
「……それは良かったです」エイミーはため息をついた。
「彼も気に入るわ、私には分かる。私たちはお似合いの宝石を持てるのよ!」
「そう……でしょうね」エイミーは明らかにそう考えてなかった。「見ざる聞かざる言わざるよ」と思っているようだ。
サラは吐き出した。「ごめんなさい、ごめんなさい。いつもはこんなんじゃないの。それは……彼のこと。彼はそう……ソウルメイトって信じてる?私は彼のために作られたように感じる。逆もまたそう……彼のことばかり考えてる。ちょっと取り憑かれちゃってるみたいね!」
「ええ、そ――」
「これほど誰かを好きになったことなんて、一度もないのよ。初めて会ったときはそうね……堅物という評価だったと思う。でも、彼が唯一の人物だったのよ。私に……何か現実を感じさせたのは」
「それは良――」
「たぶん仕事と関連しているわね。今は年に一度、私が休暇を取れる期間でここで私は……永遠に一緒にいられるように指輪を買ってるのよ」
「私はちょっと――」
「ああ、仕事のためじゃなかったら、私たちの生活は完璧になるのに!私は彼をきつく抱き締めて、彼も抱き返すの。世界中を旅行して、きっと楽しく安酒場巡り……ああ、きっとバンドさえ始めるわ。私は凄く上手くピアノが弾けるのよ」
「私もほんとそう――」
「それでそれが私たちの生活になるのよ。飲む、遊ぶ、旅をする。この凄まじい世界を自分たち自身で楽しむしかないわ……ベガスは大嫌い。暑いし、心細い……カジノがないところはどこも全部汚いし……暑いわ。でも、ここが私の配属地なの」
「……配属?」
「参謀よ、何か問題かしら?」
「私――」
「そうね、考えてるのはこんなところね。いずれにしても、もしこれが彼のためじゃなかったら……こんなふうには生きられなかったと思うの。たくさんのストレスで溢れている……。私は彼を守りたい。私の好意を示して、生きている限り一緒にいるわ……彼は私のすべて……私は残りの未来を共に過ごしていきたいの」サラの吐き出しは終わったようだ。
「……59.98ドルになります」
「あ、あらそうね、ごめんなさい。ここでね」含み笑いでバッグを引き出す。「お会計お願いできます?」
サラは顔を綻ばせながら頭を横に振って素早く現在に立ち戻った。「ねぇ、あー……スチュアート。ロッカーは一度も交換されなかったんでしょ?」
「その通り」
サラは心の中で微笑んだ。「希望的観測だけど、これがここにあるってことは……」声を落としてスチュアートを下に降ろすと、彼は彼女の古いロッカーへと離れていった。彼女は身を低くして並んだロッカー全体をその場所から持ち上げた。それらは床に結合するようにデザインされていたが、彼女の強さの前では神聖不可侵とはいかなかった。「何か見えるかしら?」錆びたロッカーの列を抱え上げながらサラは尋ねた。
「えーと、数セントと……箱?」
「そう!掴めるかしら?手だけはたくさんあるんだけど」
スチュアートは頷き、彼女の下へ滑り込むと鉤爪のある手で小さい箱を素早く掴んだ。サラはロッカーの列を無造作に落下させ、金属音が響いた。
「あの夜にこうする予定だったのよ、でも何というか夢中になりすぎちゃって、そうでしょう?」彼女は笑みを浮かべ、スチュアートが手渡した箱を持ち上げた。「この再会を全部台無しにしてしまわないうちに……何か覚えてる?あの頃より前ってことなんだけど」
「……君が言いたいのは……財団より前のことなのか?」スチュアートは首を傾げた。
「違うわ、その前よ」
「…… 子どもの頃か?」
「その前」
「やめてくれよ、どういうことだ?」
「ええと、どう言えばいいか……」サラは頭の後ろを擦った。「悟ったというか……財団での時間を『より良い』と呼ぶつもりはないの。本当に。もし私たちが関係していなければ、あの頃は幸せだったなんて全然思わないわ。そして今では、それより以前により良い日々を本当に過ごしていたことに気付いたの」
「……それじゃあ、君は僕たちがなんなのか分かっているんだろ?思い出したって?」
「ええ、そうよ。私みたいに死んだ後でそれを思い出せないなんて、驚いたわ」
「僕は……継ぎ接ぎだ。僕たちは正常じゃないんだ、クソッ、サラ、君が得た君の仕事は、荷物を限界に積んだトラックを泥沼から引っ張り出すことだ。ニュートラルですらない状態で、君はそれを公園に置いてきたんだ。何十回自分の首を折ったことか、僕の骨は粉々になり、そして、あらゆる箇所が治っていくんだ。僕たちがしたことはこれだ!」彼は陥没を示しながら言った。「誰がどうやったら、こんな失敗をするんだよ?」
「私たちは知りたいとは望んでなかった……意固地になって自分たちのことが見えなくなっていたのよ、子猫ちゃん」彼女はため息をついた。
「でもどうしてだ?どうして僕たちは今まで……」
「シンプルな生活のためよ。とてもおかしいじゃない、どれくらい変わってしまったかを見るのだから」サラは含み笑いをした。その背後に歓喜はあまりなかった。「あなたがどうかは分からないけれど、でも問題から逃げることは私たちをもっと傷つけるだけよ……。でもそれでいいわ、子猫ちゃん。私たちは、目の前にある未来に手が届いた。私たちはそれに向き合えるし、私たちのやり方で対処できるわ」サラは箱を手の中に持ち、今では片膝をついていた。「……一緒に」
スチュアートは彼女を見上げ、シグナルが頭の中を飛び交った「彼らと僕たちの関係は何だ?ヒューリーズか?」

「私は――そうね……少なくとも今分かっていた方がいいかもね、そうでしょう?私たちは彼らと同一の存在なの」
「僕は……僕たちが鏖殺的悪魔の集団と同じカテゴリーだなんて信じられない。僕には……できない」
サラは喉の中に詰まっていた言葉を吐き出した。「彼らは……文書に書かれているような存在じゃないの」
「何だって?サラ、奴らは僕たちを襲ったんだ!僕の心臓を胸から抉り出したのはフレディなんだぞ!」
「スチュアート、あなたは理解していないの、フレディとアギーは――」
「やめろ!」恋人の手から這い出しながらスチュアートは叫んだ。「うんざりだ。お前も偽者だ、そうだろう!?お前も奴らの仲間だ!やめろ、黙れ、黙ってくれ!」彼の声は苦痛を与えるレベルにまで至った。
「ああ、スチュアート、待って、嘘じゃ――」サラは遮られた。大声のせいで耳鳴りがした。
「もういい、失せろ!クソッ、何もかも信じた僕が馬鹿だった!サラは1960年に死んだ。彼女はいつもその場所にいるんだ!僕から離れていってしまったんだよ!」スチュアートは問い詰めた。彼の声は壊れたスピーカーのようにひび割れ潰れていた。サラは元より、サイト全体が彼の声を聞くことができた。周囲の氷とガラスは粉々になり、数百万の破片が床へ落下して、床全体に散らばった。「僕はお前たちのひとりじゃない!僕は違う!いいか……」忌まわしい唇はどちらにも見覚えのないものに歪んでいた。「今すぐ!ここから!出て行け!」
サラは彼自身の声に圧倒され、聞き取ることすらできなかった。自分の頭を掴むと耳から血液が流れた。見上げると彼が走り去っていくところだった。
「ス、スチュアート、待って!」彼女の声は彼女自身には聞こえなかった。彼女が知っていたことは、ただ彼を逃がすことができなかったということだけだった。この後はあまり時間がない。彼女はただ彼がこんなふうに逃がれたままにすることはできなかった。可能な限り速く走ったが、彼はもっと速かった。
息が切れ、彼の足跡を見失い、耳鳴りがして、彼女は崩れ落ちて膝をついた。彼女は手の中にある指輪が入った箱を見つめた。それは非常にきつく握っていたことで潰れていた。「お願い……私を置いていかないで……」
冷気がサイト-45に残された。スチュアートはひっそりと歩いてロッカー室への角を曲がった。鉤爪が床を鳴らさぬように注意しながら。
サラ、それかサラは違うフロアに向かったか、サイトから完全に立ち去ったに違いなかった。「良かった」と彼は考えた。思い出と共にひとりでいた方が良い。ロッカーの方へと進んだ。陥没がある……それは以前よりももっと魅力的に見えた……だがスチュアートは彼を見つけようとする者を望んでいなかった。ましてやサラなんて言うまでもない。
彼はそれを開けようとした。これほどの年月を経た後でさえ、いまだに機能していた。それは冷たく、鋼鉄の内部は……居心地がよさそうだった。暖かく快適で、幽霊が探そうとする棺桶のようだ。内側で横になれば確実に安全だろう。彼は鉤爪でロッカーにいくつかマークを刻み、慎重に猫の体を内側にフィットさせ、扉を閉めて抱擁の中で眠りについた。
RIP
サラ・クロウリー
1960
永遠に愛されて。
スチュアート・ヘイワード
1998
最後に再会。