親愛なるウィリアムへ
久しぶりの手紙だね。もう長らく会ってないけど、元気にしてた?
ポールから聞いたよ。研究主任とやらになったらしいね。僕は財団の人間じゃないけど、同業者としても友としても嬉しい限りだ。できれば一緒に祝いたかったな(僕が███にいる以上、出来ない相談だとは分かっているが)。
さて、君がこれを読む頃には、僕はもうこの世にいないだろう。突然物騒なことを言うようで悪いが、許してほしい。理由は(君も薄々感づいてはいるだろうけど)、世界の色が変わった日 。空の青も、山の緑も、花の赤も、その全てが美しいモノクロから醜く染まってしまったあの日。
財団でも躍起になって収容手段を考えてるハズだし、実際こっちでも無力化しようとした。文字通り、全力で。まあ結果はみての通りの失敗。
僕も「使うとその色を感じなくなる」っていう異常性を持つ色鉛筆 のオブジェクトを使った実験に参加したんだ。色が消えると願ってね。結果としては、一応色は消えたんだ。
僕たちが見ていた、美しい元の色ごとね。
今僕が見上げる空は、冷たくて無機質な鈍色だ。もう僕には色が分からない。モノクロの世界。灰色の屋根の鼠色のアパート、その一室で白い便箋に文字を書きながら、灰色のストリートを眺める。最悪の世界だ。もう小鳥も犬も山も海も描けない。君の絵だってそう。冗談じゃない。これなら、これならまだ色付きの方がマシだった。まだ、下品で汚い色の方がマシだった。
僕はこれから死のうと思う。僕の全てを破壊したこの色鉛筆と共に。この手紙は僕の遺書になる。最後まで押し付けがましいようで悪いが、僕の家族に伝言を頼まれてはくれないか。
まず父さんには、生き方を教えてくれてありがとう、と。
次に母さんには、愛してくれてありがとう、と。
幼い弟たちには、笑顔であれ、と。
そして、君には2つ。
もし君たちがこれを収容出来ているなら、おめでとう。そしてありがとうと言おう。僕がそこに立ち会えなかったのが残念で仕方がない。
だがもしそうでないなら、諦めろ、と言いたい。君たちお得意の記憶処理剤でも撒いて忘れてしまえばいい。少なくとも僕の世界よりはマシさ。もう、これはどうしようもないんだよ。
それから、もうひとつ。
絶望の中でうずくまり、筆と命を折ろうとした僕を救ってくれたのは、他でもない君だった。
あの時救ってくれた命を捨てることになってしまって、ごめんなさい。
そして、
僕の人生に色をくれて、ありがとう。
永遠の愛を込めて
サム