ブロークン・バウ
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ダニエル・█████博士はほとんど空っぽのオフィスを見つめた。この10年間、彼にとって自分の部屋と呼べる場所は3ヶ所しかなかったが、ここはそのうちで最新のものだった。彼には、このことをどう受け止めればいいのか分からなかった。実のところ彼は、全てについてどう受け止めればいいのか分かっていなかったのだが。

引っ越しの手続きは簡単だった。彼は白衣を机の椅子の背もたれに掛け、リコリス菓子の空容器をゴミ箱に捨てた。ここに猿の像を置きたくないことだけは確かだったが、それについてはあまり発言権がなかった。

ノック無しにドアが開き、その理由はすぐに判明した。ジャック・ウィルフォード将軍が裸の壁と空の棚を見渡しながら、隠しきれない怒りを露わにして入ってきたのだ。「落ち着いたか、インテリ博士君?」

「もう一発パンチを喰らいに来たのか?」ダンは机にもたれかかった。「実際のところ、そんな元気は無いがな」

ウィルフォードは腕を組んだ。「1日半も意識不明だったんだ、今頃は回復しているものと思っていた。起き上がって、皆に悪いアイデアを押し付け回っているものかと」ダンはまだ痛みの残る顎をさすった。何故だか、弾丸の傷よりも痛むようだった。「帰り道でトラブルがあったそうだな。カオス・インサージェンシーか?」

ウィルフォードは肩をすくめた。「何発か撃たれただけだ。心配で夜も眠れなくなるような問題じゃない」

「それはよかった」 ダンは机の周りに移動し、座った。彼は欠伸をした。「もう眠れなくなるような問題に出会うことはないだろうがな」

ウィルフォードは不敵な笑みを浮かべた。「その助けになるものを持ってきてやった」彼はベルトのポーチのファスナーを開けた。「新しいオフィスへのお祝いとでも思っておいてくれればいい」彼は、地雷を仕掛ける兵士のように慎重に、茶色の無地の紙に包まれたこぶし大の何かを机の中央に置いた。彼は立ち去ろうとした。

「将軍?」

ウィルフォードは立ち止まり、肩越しに振り返った。

「今回のことは、君がいなければ解決できなかった」

ウィルフォードは鼻で笑った。「私に同じことは言えない」彼は部屋の外へ出ると、ドアをバタンと閉めた。

ダンはその包みを見た。中身は本当に何でもあり得る。本当のところは1つの何かではあるが。事件を蒸し返すナイフの最後の一抉りとして、短くて簡潔で的を射た彫刻が施されている盾だろうか? あるいはウィルフォードは、その物自身が語り、それが何を表しているのかをダンが理解することを信じるだろうか?

彼は溜息を吐き、包装を解いた。暫く考えてから、彼はそれを机の端に置き、遠目でそれを見た。

1日1日を着実に。

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ソフィア・ライトは廊下に立っていて、明らかに彼を待っていた。「共通の友人を訪ねに?」

ウィルフォードの表情は読めなかった。「メッセージを届けにな」

「おしゃぶりね」それは質問ではなかった。

ウィルフォードは素っ気なく頷き、彼女の横を通り過ぎた。「彼は思い出す必要がある」

彼女は不機嫌そうな顔で彼の横に並んだ。「私はそうは思わないけどね。彼は自分が何をしたのかくらい分かってる」

「そうか? あの人殺しの言うことをなぜ信じられる?」 ウィルフォードは2人の間に広がるかなりの距離を挟んで睨みつけた。「きっと私は、彼の頭の中で回っている歯車に頼りたくないんだろうな。きっと私は、目に見えるものに信頼を置くことを好むのだろう、私を失望させなかったものに」

「例えばおしゃぶりとかね? 随分と長く使ってるみたいだけれど」

「何が言いたいのか分からないな」彼の顔は彫りの深い仮面だった

「096-1-Aの報告書は読んだわ。全く酷い冗談ね」

彼は拳を握ったり解いたりしていた。「47人が死んだ事案なんだ、博士。軽々しく言わないでもらいたいな。私ならそうはしない」

「え? しないって? そうね、2010年に貴方がやったことは茶番に近いもの。いえ、貴方は分かっているはず。それは間違った側の話。純粋で単純な茶番よ」

彼は歩みを止め、彼女を見下ろした。彼は黙ったままだった。

「戦闘経験豊富なMTFのエージェントが拳におしゃぶりを握りしめて自殺? なるほど。そんなの、自分を罰する鞭を探している人だけが信じるような出鱈目な詳細情報ね。まるでハリウッド製のナンセンスよ、ウィルフォード」

彼は頭を振った。「貴女はあのゴーグル男と仲良くしすぎではないかな。ある種の中毒になっているようだが」

「貴方はその小さな嘘を報告書に忍ばせ、彼の手にそれを植え付けた  例えそれが既に彼の手の内にあったとしても  ダンが己の罪悪感に釘付けになるように。私たち全員がそうなるように。ほら、認めてよ。もうかなり確信があるの」

彼は肩をすくめた。「詳細情報か。『大義』とやらのために事実を誤魔化すことが許されるのは、ダン博士だけなのか? 彼だけが、ちょっとした舞台演出を受ける権利があるのか? O5の全員があの報告書を見た。サイト管理官の全員も目を通しているし、MTFの指揮官もだ。今や、アレについての講習は基礎訓練の一環になっている。何をしてはならないかを知るためにな! 財団じゃお偉いさんから下っ端まで、ダン博士のせいで赤ん坊が切り刻まれたことを知らない者はいない。貴女はどうだ? 彼は実際、やったんだぞ」ウィルフォードは今、彼女の顔に向かって指を振っていた。「彼が殺した男たちは実在した。彼が殺した一般市民は実在したんだ。赤ん坊だって本物だ。私がしたことは、小道具を並べ替えて、重要な部分を大きな赤い丸で囲んだことだけだ」

ライトは嘲笑した。「O5の全員とサイト管理官は、貴方が何をしたかを知っているのよ、ウィルフォード。ダンもきっとそう」

「それなら、私のいる所を見てみればいい」彼は怒った。「そして彼のいた所を見てみろ。それで分かることは何だ?」

彼は踵を返し、歩き出した。

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どんなことがあっても直接会うことのない2人の男のシルエットが、電子的に会話していた。接続の背後にあるセキュリティは、サイトのデータベースより強固なものだった。

「なぜあんなことした、ロバート? 我々には合意があったはずだ。それとも、それはもう過去のことになったのか?」

ロバート・ブマロの霞んだ輪郭が首を振った。「我々の合意はまだ有効だ。君たちの組織は破らないだろうし、GOCもそうだろう。些細な政治的口論で肉との戦いに負けるリスクを冒すつもりはないはずだ」

「些細な政治的口論だと? 君はあれをそう呼ぶのか? 君は19と37で我々に対し、少数とは言え軍隊を動員した んだぞ、ロバート。君と君の…… 友人は。あれが誰だか知らないが」

ブマロは笑った。「実は私もよく知らないのだ。奴は私より先にサイトを去った、目当ての賞品無しにな…… 私の賞品も無かったが。私の知る限り、イトリックはバウが道端で拾っただけのただの狂人だったとも。奴の教団員は奇妙で、集中力が無かった。緋色の王信者の標準から見てもおかしな連中だ」

「なあ、その価値はあったのか? 自らを貶め、我々が守ろうとする全てを危険に晒した。たった1つのパズルのピースのためにか? 分かっているだろうが、この件については投票が控えている。もしも君との再度の協力に疑いを持つO5が私だけだったら、それは大変な驚きだろうよ」

「ああ、頼む。君は朝食中に不味い考えを抱きつつある」ブマロは一旦言葉を止めた。「先ほどの質問にも答えるべきだろうか? もちろん、その価値はあったさ。パズルのピースのためならば、私はどんなことでもやるつもりだ」

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「ああ、そうだったの」ティルダ・ムースは疲れているように見えたが、幸せそうでもあった。「皆それぞれに対処している。以前の035を黙らせるのは至難の業だったけど、今は誰とも口をきかないし、グランド・キャニオンから釣り上げたときからずっと悲劇の顔のまま。新鮮な空気は、今は亡きハロルドを除いて、ほとんどの人型アノマリーに良い影響を与えたみたい。ノームは最初に手に入れたときから今までの間、こんなにも扱いやすくて輝いていたことはなかったわ。武器も装備もロッカーに戻ったし、鎖の創造主は完全に緊張状態。キャシーはアルファ-9に本当に参加できないかどうか何度も聞いてくる」彼女はライトに顔を上げた。「サイト-19の日常が戻ったって所ね」

「元のように戻れると思う?」

ムースはパソコンのモニターを消した。「私は、私たちが歩みを戻したことはないと思っているわ、ソフィア。一度もね。アベルの後も、コンドラキの後も、ダンの後も、そして、今回の後も。全ては積み重ねなの」

「そしてクソは坂を転がる」

ムースは彼女を指差して頷いた。

「人事については? 裏切り者と洗脳されていた者は判別できたの?」

「ええ。バウが使ったミーム技術は数日間、脳の活動に顕著な痕跡を残すみたい。誰が命令に従ったのか、誰が本当に命令に従ったのか、はっきりしたわ」

「それで、無実の皆は仕事に戻ってるのね? 有罪だった連中は?」

「彼らも仕事に戻ってるわ」

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ポケット次元の中にいるべきだった。

ステファニー・バック博士は、その悪臭に耐えながら、収容チャンバーに足を踏み入れた。床は隅から隅まで真っ黒な液体で覆われていた。それはブーツの底にこびりつき、彼女はゴムが溶けたような臭いを感じた。

しかし、足の心配をしている暇は無かった。なぜなら、彼女の体のあらゆる部分が、この巨大な部屋を支配している怪物から尻尾を巻いて逃げろと要求していたからだった。それは異常な液体の泡や水滴を四方八方に撒き散らしながら、低く息を吐き、うねうねと動いていた。眠っているのだろうか? 彼女はそれが眠っていることを強く願った。

「サンプルを回収しろ」通話装置から聞こえる声が要求した。

彼女は一方通行のガラスを睨みつけるように振り向いた。「本気で私があれに近づいて、」彼女は怒鳴った。「皮膚を削り取ることが出来るなんて思っているのなら、考え直してよ!」

「近くに…… 来い……」震える山が鳴いた。彼女はその場に立ちすくみ、筋肉を全く動かせなくなった。

「サンプルを回収しろ、D-2450」

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「また馬鹿げたやり方を?」ソコルスキーは顔をしかめた。「いや、サイト管理官殿の悪口を言うのはやめた方がよさそうだな」

「特殊なケースに限ってだ」ダンは椅子に腰を下ろし、画面上のリラックスした相手を真似た。「バックは、かなり熱心なインサージェントだった」

「それも、2000年代半ばからの話だろう」

「ああ、我々が雇い入れた優秀な頭脳たちが、実はサイコパスの裏切り者どもだったと判明したわけだ」

「今の会話相手を除いてな」

「いや、そうでもないさ。いずれにせよ、O5がその給金分の価値を彼らに求めるのは、君も分っているはずだ」

ソコルスキーは苦笑した。「ああ。SCP財団では、研究者を余す所なく美味しく頂く」

ダンは首を横に振った。「不味い話だな」

「バックがか?」

彼はにやりと笑った。「今日は君のブラックコメディを聞くために通話したわけじゃない。仕事の依頼をするためだ」

ソコルスキーはサメモードに入った。「何をするんだ?」

「もうすぐ私のこれからの処遇について投票が行われるだろう。まあ、結果がどうなるかは分かっているつもりだ。ETTRAが正式な機関になったら  きっとそうなるだろうが  大きな計画がある。バウに教えられることになったが、モグラの問題は深刻だ。君には駆除を手伝ってほしい」

ソコルスキーはこれまで、今ほど興奮した表情を浮かべたことはなかっただろう。「ああ、もちろん。実はいくつかアイデアがある」

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「俺の意見としてはだな、お前さんはずっと車に乗ったままでいるべきじゃないと思うぜ」

「何度も言うが、俺は車には乗ってない! 俺自身が車なんだ!」

「ふむ、その仕事への献身は立派だなことだと思う。だが、一旦仕事は傍に置いてな、健康と安全のことを考えることも大事だぜ」

「健康と安全について言うならアンタこそな、Mr. 爆発失禁男!」

ターボ・トンプソンは半分腐った顔を歪め、不機嫌そうな表情を浮かべた。「それはプライベートのことだろ、有り難くはないね」

レッド・メナスは彼に向けてエンジン音を唸らせた。「俺の屋根に着陸するのは止めてくれ。ムーン・チャンピオンの奴がつけた傷を消すのに何時間もかかったし、あんまり良い感覚じゃない」

エージェント・ロドニーは運転席から飛び降り、ドアを閉めた。「2人とも仲良くやってくれるか? 観客を喜ばせないといけないんだ」

ターボがビッグ・レッドの車体側面を叩くと、エンジンが再び唸った。「アンタはどっちの味方だよ? 俺の代理人エージェントだと思ってたが」

ロドニーは彼を見つめた。「一体全体何だってそう思うんだよ?」

「その"エージェント"ビジネスとやらは俺には分からん」ビッグ・レッドが言った。「俺にとって、アンタはMr. Rだ!」

「いつだって君のMr. Rでいるさ、レッド」彼は微笑みかけ、グリルを肘で小突いた。「痛っ」

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サイト-19屋外に設置されたスタンドは、大勢の職員で賑わっていた。カルヴィン研究員とクロウ教授が七面鳥のサンドイッチを分け合って食べていた。アンドレア・アダムスが群衆の写真を撮り、アイリス・トンプソンがそれを使って無防備な手からスナック菓子を奪い取っていた。 (アダムスは後に、これが「訓練目的」だったと主張した) 古参のシニアスタッフたちは、口喧嘩をしたり、多種多様の暴力で互いに脅しあったりしていた。何百人もの研究者やエージェントが大声で騒ぎながら緊張をほぐし、秋の涼しい空気の中、その音に身を任せていた。

彼らはスタンドの後方で、最後の準備の様子を一緒に眺めていた。「本当の意味で勝てればよかったんだけど」ライトはビールを嗅ぎながら、顔をしかめた。「私たちのやり方でバウをぶっ倒せてたらさ」

ダンは瓶を半分飲み干すと、ナプキンで口元を拭った。「そうしただろう」

彼女は怪訝な顔をした。「したって、何を?」

「自分のやり方で奴を倒した」彼はもう一口飲んだ。

彼女は彼が飲み終わるのを待って、それから話し始めた。「私たちは火を以て火と戦い、結局、火の持つ力の強さを証明してしまった。火は有用だってね。そうしてこれからは火遊びの時間が始まるわ。なんだかんだとやる内に火傷を負って、それからまた、なんだかんだの繰り返し。それが明白な勝利と言えるの、コズモ?」

彼は最後の部分だけは聞こえないふりをした。「まず第一に、それこそ君の望むところじゃないのか? 君はあのアルファ-9の長官を務めているじゃあないか、ええ?」

彼は空になった瓶を、カチャリと音を立てて席の上に置いた。「でも、私たちが契約したときに私がそうする理由を話したわよね。私は人々のために働いている。私たちの仲間、そして私たちの仲間の存在すら知らない人たち。立場を問わない、全ての人のために」

彼は、集まった聴衆に大きく手を振った。「我々は皆、集めた知識を総動員しているにもかかわらず、日々危険にさらされている。我々ですら、どんなに用意をしても逃れられない。その上で、鎖の怪物やコンクリートの怪物や月の怪物のことを知らない哀れな民衆のことを考えてみろ」

「バウは一般市民のことなんて考えてなかった」ライトは飲みかけのビールを抱えながら言った。「奴は財団の施設だけを攻撃した。いつだって、我々が簡単に隠蔽できるような方法で攻撃していた」

「まさにその通りだ!」ダンはまだ腕を振っていた。彼はもうかなりの量のビールを飲んでいた。「なぜだと思う? 奴は、我々の仕舞い込んだ物が効果的に狙われたとき、どれだけ頭痛の種になるかを見せつけたかったんだろう。では、なぜ秘密裏に? 優秀な魔法使いどもが配下にいるのに、なぜ人前で騒がなかった?」

彼女は肩をすくめた。

「奴はヴェールを破ろうとしていなかったからさ! 奴の目的は、財団の変革にあった」

彼女は笑わないように自制するのに精一杯だった。

「奴は自らの正しさを証明したかったのさ。バウ委員会の考えはずっと正しかったとな。スキップは道具として使うべきで、我々がその道を選ばなかったとしても、敵の方は手段を…… 選ばないぞ、と」彼はゲップをこらえた。「奴は、あの手この手で財団を自分の財団に戻したいと思っていた。それで私はどうしたか? 私は奴を助けてしまった。奴はアノマリーを繰り出し、私の方も切り札のアノマリーを繰り出した…… 結果、奴の主張を補強することになったわけだ。だが、それを思い悩むべきだろうか?」彼は首をグラつかせながら横に振った。「答えはノーだ。全くもってどうでもいいね。私はO5にいる君の友人のようにアルファ-9を潰そうとはしなかったし、私の友人のように、君のことだが、アルファ-9を強化しようともしなかった」彼は体を震わせながら笑った。「私は人を生かそうとした。それだけが望みだったんだ」

彼は空を見上げた。星が出始めていた。

「それは私の望みでもあるわね」

彼女は彼を注意深く観察した。「あの時から分かってたの? 彼が主張しようとしていたことがそれだって? ほとんどの人は、彼がただ財団を乗っ取ろうとしただけだと思ってた」

彼は肩をすくめ、白衣の中から新しいリコリス菓子の包みを取り出した。「どう思う?」彼はその包みを破った。

「貴方は分かってて、誰にも言わなかったのだと思う。貴方の選択肢を狭められないように」

彼は菓子を何本か口に含み、彼女にもその包みを差し出した。「そうだな」

彼女はそれを1本だけ取った。「そうなのね、それが貴方がしたこと?」

「そうだ、それは君の考えだ」

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彼らは、ターボ・トンプソンがバイクを走らせ、レッド・メナスの上を飛び越え、シートの上で命知らずのアクロバティックなスタントを繰り広げるのを見ていた。ターボは、観客席から安全な距離をとりながら、閉会のあいさつをした。イベントが終了したのは真夜中0時近くになってからだった。ターボは再び舞台上に現れ  当然、観客から十分に安全な距離を取った上で  閉会の挨拶を始めた。

「ここからが面白いところよ、」ライトが言った。

「来てくれた皆に伝えたいことは、」ターボは泣きながら、感情の篭った声で言った。「君たちはここ何年かで最高の観客だったということだ。普段の観客たちときたら、木みたいにだんまりで、安っぽい感じで、全然歓声を聞かせてくれないんだ。そんな中、君たちは、ワオ、君たちは本当に最高だった。この男に、自分が変わった生まれで良かったと思わせてくれた。皆のお陰で全てが報われたような気分だ。ありがとう」

彼の足は震え始めていた。ライトはダンの肩に手を置いた。「ほら見て」

「見てる、見てるさ!」

「皆のお陰で俺は満ち足りている」ターボは息を詰まらせた。「生命と愛でいっぱいだ。そして俺は  

レッド・メナスから吹き付けられた水のせいで、彼はひどく驚いた。湿ったような、ポムッという音を立てて爆発するまでに、彼は芯までびしょ濡れになってしまった。

「ビッグ・レッドは何時だって獲物を探してるんだぜ!」消防車は唸り、無意識状態のターボを泥の中に追いやった。「山火事を防げるのはこの俺だけだ!」

「全く拍子抜けだな」ダンが言った。彼はしゃっくりをした。「でも、こっちの方が好みだ」

「ああ、そう言えば」ライトは彼の肩から手を離した。「ムースがよろしく言っておいてって」

「彼女はいないのか?」彼は群衆を見回した。「てっきり  

半分酔っぱらっていた彼は、それが顔に垂れてくるまで、ライトが自分の頭にビールを注いでいることに気づかなかった。彼は唇を舐めた。ホップの味とココナッツクリームの味がした。

「悪くないな」彼はそう言って、それを吸い込むという失敗を犯した。

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ムースは、自分がファイルを握る手を滑らせ、書類が床に滝のように落ちていくのを見て、溜息を吐いた。ああもう。財団最大のサイトの日常業務においては、電子メールや署名、検査など、ほとんど終わりのない一連の作業が必要だ。しかし今日はまるで、この施設全体が初めて開かれたようだった。彼女はその1分1秒を愛していた。

彼女は空のフォルダーを机に置き、椅子を退けて、跪いた。

床には書類は無かった。

「お帰りなさい」彼女は机の下で言った。

彼女は立ち上がり、猿の像と、その前にきちんと積み上げられた書類の山を見て微笑んだ。「戻って来れて嬉しい?」

それが質問に答えることはなかった。

「私も」彼女は座った。ブーブークッションの音には全く驚かなかった。「私もよ」

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ソフィア・ライトとO5-10でない女性は、会議テーブルを挟んで互いを見つめあっていた。「どう思います?」雑用係のソルトが尋ねた。「これは適切にドラマチックでしょうか?」

ライトは頷いた。「誰もいない役員室の長テーブル。怪しげな取引をするのよね?」

ソルトは頷き返した。「これから話すことは、この部屋の外では貴女の頭の中だけに。我々がそう言うまで、貴女の頭から離れることはありません。いいですね?」

「いつも通りに」

「さて、まず第一に、ETTRAは恒久的な措置になりました。ダンは良い仕事をし、成果を上げましたので。しかし、彼を監視する必要があります。我々には10年間に渡って彼を隠していた理由があります。これ以上言う必要がありますか?」

ライトは首を横に振った。

「良いですね。バウがサイト-19の管理官オフィスにメッセージを残していたことには、誰も驚きませんでした。そして、そのメッセージの内容が、彼が僅かな時間でどれだけのことを成し遂げたか、財団全体がいかにアルファ-9プログラムの拡大に向けて取り返しのつかない方向に進んでいるか、といった自己満足に満ちた威勢ばかり良いものであったことにも誰も驚きませんでした。オメガ-7との共同作業が再び意味を持つことになるとかもありました」

「奴のいつもの戯言ね」

「いつもの戯言、ええ、勿論、全くその通りです」ソルトはその情報を実感する様を観察しようとした。しかし、ライトの顔には何の感情も表れていなかった。まるで、すでにそのことが頭に浮かんでいたかのように。ソルトは肩をすくめた。「しかし、奴は正に悪の親玉らしく、最後に毒針を放っていきました。貴女にはこれを聞いてもらわなくてはなりません」

彼女がテーブルの下に手を伸ばしてボタンを押すと、バウの声が部屋に響いた。「…… だが、ここまでの内容については、君たちも既に把握していることと思う。君たちが知らないであろうことは、私がサイト-19を奪う前に行った勧誘の範囲の広さだ。私は君たちをよく知っている。君たちのやり方を知っている。君らは現状の守護者だ。もしも全世界を収容セルに閉じ込められるのならば、君たちはそうするだろう。だから、君たちを退屈な日常から脱出させる、ちょっとした刺激を与えてやったのさ」

ライトはソルトの方をちらりと見たが、その表情は注意深く調整されているようだった。

「恐らく、君たちは既に散りばめられたヒントを目にしているはずだ。茶色の琥珀、リー技術員、それに、FECのロゴの星。もしかすると、既に優秀な人材が緊急時対策に取り組んでいるかもしれないな。だが、はっきり言っておこう。それだけでは十分ではない。彼は、主はもう君たちの元へ迫っている。もし、君たちに止められなければ、主はこの世界に、他の無数の世界に為したことと同じことを為すだろうね」

彼女は、録音された音声からバウの笑顔を聞き取ることさえ出来そうだった。

「紳士淑女の諸君、今こそ足を引き摺るのを止め、大きく飛躍するときだ。出来る限りのことをやり給え。そして、誰がそうさせたかを決して忘れてはならない」

音声は終了した。

ライトは息を吐いた。「そう、それで093ってわけ。狂気のクリスチャン科学の異次元」

ソルトは頷いた。

「大きなチームが必要よ。それも1つでは足りない。とにかく、私はこれまで、そういうことに取り組んできた。今なら、少しは支持が得られるかも」

「我々は貴女の味方です」ソルトは賛同した。

ライトは眉をひそめた。ソルトは笑った。「言い直しますよ、味方なのは全員ではありません、我々の何人かだけです。しかし、束縛は少し緩み、前へ進めるように感じるはずです。慎重なO5も、現実的なO5もいますが、愚かなO5はいません」

ライトは立ち上がった。「仕事に取り掛かるわ」

ソルトは座ったままだった。「我々を笑い物にすることのないようにお願いしますね、ライト管理官」

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フリューワー博士は報告書のボックスにチェックを入れ、収容チャンバーの壁をよじ登る闇の心臓に目を向けた。

「雷鳴の轟く目覚めの夜に火炎で照らされた甲殻質の痛々しき細さに重き壁が上下すれども、明確で非難されるべきを理解できぬ」

彼はマイクのキーを押した。「なるほど。それで、どう感じたんだい?」

心臓は後ろに倒れ込み、狂ったようにその悍ましい蜘蛛の足で空中を蹴った。次の言葉には、キーキーという鳴き声が混じっていた。「行進する革命の下、虫唾の走る歩みが、我ら全員の最悪の事態の陰鬱なる配置を正しく喚起する例外の鐘の音へ進んでいく」

「まあ、彼は今、君に跨ることはない。我々の下でなら安全だとも」

それは横に転がり、背中を伸ばし、不規則に脈動した。「常に痛む辛辣さ、陰鬱なる悪意、想起の香りの布に包まれし悪意ある理解の氷のほぞ穴」心臓は部屋の中心で倒れ、その鋭い触手で自らの体を圧迫していた。それは紫色に変色していた。

「おい、相棒、落ち着けよ」彼は苦笑した。「心臓発作を起こしちまうぞ」

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女のシルエットと男の影法師が、無限に続く夜の中に共に浮かんでいた。2人は話していた。1人がもう1人よりも多く話していた。

「そしてまた、素晴らしい人々にも出会ったよ。いつか、ここに招待したいものだね。コズモ・ダン、信じられない程の唾を吐く犬、キャトルミューティレーションの残骸、それに、私と同じようなスーツを着ているが私よりもずっと愚かそうな女性。我々は情報を交換し、互いに連絡を取り合えるようにした」彼はヘルメットを叩いた。「月怪獣に対抗する次なる出撃のためのクルーを見つけたと思う」

彼女は頷いた。「良い仕事をしたのね。彼らはあまり叫ばなかった」

「私もそう思う。年をとって丸くなったに違いない。そういえば、今回は誰1人も私を笑わなかったね?」

彼女は彼の腕を指差した。「私の贈り物は失くしてしまったの?」

「残念なことに私は、私自身の包容力に加えて、比類無き密度と破壊不可能性を持つものを必要としていたのだよ。大気圏を突破した後、逃げようとしたものを縛らないといけなくてね」

彼女は微笑んだ。「それは今どこに?」

彼は肩をすくめた。「そんなこと、誰も気にするまい?」

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「ねえ、そう言えば貴方、アラン・シェパードの名言の文脈を教えてくれなかったわね」

ダンは笑った。「調べたんだな? ああそうとも。彼が宇宙服に小便をチビっていたと知ったら、その壮大さが少しは分かっただろ」彼は身を乗り出して、小さなガラスの立方体を手に取った。

ライトは彼の机の隅に腰掛けた。「096に追いかけられたときの一発芸にはいいかもしれないけど。驚きなのは、貴方が自分のズボンを濡らさなかったことよ」

彼は鼻で笑った。「エナジードリンクのおかげだ。脱水症状になっていて、12時間も小便が出なかった」

彼女は鼻に皺を寄せた。「そんな文脈いらなかったわ」

彼は彼女にキューブを投げた。彼女はそれをキャッチし、掌の上でひっくり返した。「少なくとも、ウィルフォードは貴方のためにそれを標本にしたのよ」彼女は言った。「適切な言葉だったかしら? 標本だなんて」

ダンは肩をすくめた。「どうだろうな、私は残酷な工芸品を見せるような仕事はしていない」彼は椅子に寄りかかった。「実際、私は何の仕事をしているって言うんだろうな? 私は死刑囚じゃないか?」

彼女はキューブを机の上に戻した。「ああそうだ。実はここに来たのは、お祝いを言うためだったのよ。貴方はETTRAの常任管理官になったわ。誰も驚かないでしょうけど」彼女は彼を見下ろしながら言った。「貴方も含めてね、これは勘だけど」

彼はニヤリと笑った。「君の勘は本当に君自身の助けになっているようだな。いつか立派なO5になれることだろう」彼女の目には何かが映っていた。彼は目を細めた。「何を悩んでいるんだ、ソフィア?」

「ウィルフォードのこと」

「おっと、アイツは君の所にも何か持ってきたのか? 君が殺した兵士からのお土産とか?」

「うーん」彼女は机から滑り落ちると、ドアに向かって歩き出した。「いえ、違うわ…… バウからの通信よ。096の画像を含んでいた」

「ふむ?」

「あの映像はウィルフォードのヘリからサイト-01に中継されたものだった。ミームフィルタは、バウが096の顔を1ピクセルでも管制室に送るのを許さないはず。私たちの技術はとんでもなく優秀だもの」彼女は振り返った。「SCRAMBLE計画はもう10年も前の話よ、ダン」

「分かってるさ」彼は自分の肩をマッサージした。「誰かがヘリの通信を弄ったから、バウはフィルターを突破できたと?」

「そうね」

「そしてCIによる攻撃を偽装し、事後に何も証明できないよう機材を破壊した」

「ええ、私はそう考えてる。貴方もでしょう?」

「勿論」

彼らは互いをじっと見つめた。「つまり、ウィルフォードは意図的に096を貴方に向けて送り込んだと考えられる」

ダンは頷いた。「ああ」

「そしてサイト-01の全員を危険に晒した」

「まあ、管制室には最小限の職員がいるだけの隔離された施設だ。封鎖するのは簡単だろう。ウィルフォードが望んでいたのは恐らく、私の死だけだろうな。そして私が自分の頭脳の問題解決力を駆使し、終わりが来る前に空中に、あるいは収容チャンバーに身を投じることを信じていた」

「それで何かがマシになるとでも?」彼女は顔を真っ赤にしていた。「彼は貴方にアクティブなアノマリーを送り込もうとした! 彼はクソッタレのバウ主義者よ!」

「そうか? 私には分からない」ダンは目を閉じた。「思うに…… アイツは自分のやり方で、私がしようとしていたことを実行しようとしていたんだろう。あの頃も、今も。出来るだけ少ない歩数で、出来るだけ少ない死体で、ゴールに向かうことさ」彼は苦笑しながら、自分の失敗を1つに纏めたクリスタル製の記念品を見つめていた。

「貴方が彼を擁護するなんて信じられないわ」

彼は目を開け、立ち上がった。「そうしなきゃいけない気がしたんだ。彼がそうなったのは私のせいでもある」彼は溜息を吐いた。「それどころか…… 私は10年とこの1ヶ月で、我々全員がそうなるようにしてしまったかもしれないんだ」

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主は全知ではなかった。見たもの全てをいつでも理解できるわけでもなかった。

しかし、主はサイト-19で起きたことを見て、それを完全に理解した。

彼はまた、緑の野原、青い空、そして汚染されていない惑星の肥太った、問題のない、思慮深い人々も見た。森の鋭い香りを嗅ぎ、澄んだ空気を味わい、風に乗って聴こえる懐かしい鳥の囀りを耳にした。

バウの言うとおりだった。

この世界は、主を受け入れる準備ができていた。

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