Charon(Part 2:カタバシス)

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コーヒーの味はぞっとするほど苦かった。ヤンマ・ミルスキーは、コーヒーのせいで舌が馬鹿になる前に口から吐き出すことを考えたが、味よりもカフェインを必要としていた。次に襲い来るであろう事に備えて、ヤンマは二口目を飲んでほぼ満杯なままのマグカップを、清掃スタッフによって回収されるまでデスクに置いておくことにした。三口目は体に悪すぎる。

ヤンマは、数週間前からカロン計画の極秘の仕事に忙殺されていた - 多くの長い日々を数え切れないほどの文書を読むことに費やしていた。その中には彼がすでに知っていたものもあったが、新たな情報も詰まっていた。時々、彼は幸運にも動画や音声データに出くわして、家で映画を見るのと同じような気分で見たり聞いたりしていたが、いずれにしろ、ヤンマは寝る間も惜しんで情報を吸収していたのだ。

絶え間ない精神的な消耗で疲労が溜まっていた。通常の睡眠サイクルは完全に崩れ、不規則な生活のせいで時間を守ることが難しくなっていた。彼の携帯電話の5分以内にすべてのアラームが鳴るように設定されている20個の常軌を逸した数のそれからも明らかなように、時間通りに目覚めることが出来なくなってきていた。何時間もベッドに横たわっていた夜もあった(が、後になって数分であることが判明した。それは単に異常な倦怠感によって引き伸ばされていただけだった。)寝ても覚めても書類地獄なのだった。

しかし、それでも、飽くなき好奇心に駆られて、ヤンマは続けた。彼はリストの次のリンクをクリックすると、目の前の画面に現れた文書を読み始めた。

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SCP-184

アイテム 番号: SCP-184
オブジェクト クラス: Thaumiel
特別収容プロトコル: SCP-184のThaumiel分類に関する情報の閲覧、レベル5/カロンクリアランスを持つ者に限定されています。SCP-184はレベル5/カロンクリアランス以下の全ての文書ではEuclidに分類され、アイテムのThaumiel分類に関連する情報への参照は削除されます。

SCP-184は、いかなる構造物にも収納しないでください。 SCP-184は常に高出力電磁石に取り付けてください。電磁石が故障した場合は、エージェントはSCP-184の収容エリアに報告し、電磁石が回復するまで、権限のない全ての人員からのアクセスを防止する必要があります。

「ちゃんと寝た方がいい」クイントンは音も立てずに部屋に入り、自分のマグカップを片手にヤンマの隣で無気力な姿勢をとった。背の高い男は、ユーモアと心配が入り混じる眼差しで座っている友人を見下ろした。

「ヤンマ」

「あぁ…」

「涎が垂れてる」

「あぁ…」ヤンマは半袖シャツの端で口から出た存在しない涎を拭い、目の前の画面から視線を離すことはなかった。それ以上の反応はない - 煙草と不味いコーヒーで起き続けていたせいで、必要以上に注意を払うことは出来なくなっていた。

クイントンは一瞬悩んだが、心配の方が勝り、すぐに手を伸ばして画面を切った。「今は休んでいるんだよな」

「おい、読んでたんだけど一」

「オブジェクトクラス」

「何だって?」

「オブジェクトクラスは何だった」

「どういう一」

「アイテム番号は?なんでもいい。何がページに載っていた」

「それはクソボールのことか。そこに載ってたものは…」ヤンマは、ソフトボールサイズの球体をイメージしようと、手を動かして様々な動きをしていた。

クイントンは、表情を変えずさらに反応を待ち続けた。

「なんだ?」

「ページの一番分かりやすいことすらまともに覚えないじゃないか。君は休め」

ヤンマはその言葉に筋が通ってないと分かりつつ反論できないまま大きくため息をついた。ある時点で情報を吸収するのをやめていたが、読み続けていたのだ。数千語分の言葉が、彼の頭の中から凄まじい勢いで漏れ出ている。

「いいだろう、コーヒーよりも美味い物を飲みたい。あれはクソみたいな味だ」ヤンマは自分の下から椅子を突き出して立ち上がった。立ち上がっても、クイントンはヤンマよりもずっと背が高かった。

「コーヒーは美味いよ 一 君の好みの問題だ」クイントンは味見をするために、放棄されたコーヒーに指を浸し、羊を思わせる笑みを浮かべた。 彼の脳が味を認識した瞬間に、彼は息を呑んだ。

「クソっ、酷い味だ」

「そう言っただろう」

「文字通りの意味だとは思わなかった。これはコーヒーなのか?」

「黙ってくれ」

クイントンは、元の位置にマグカップを返した。なにか不思議なことが起きるのではないかと考え、彼はマグカップを離した後一瞬だけ動きを止めた。

「ふむ」

「どうした?」ヤンマは出入口の前で立ち止まった。

「手にくっつくかと思っていた」

「どういう一」理解するのに時間が掛かったが、合点した。「ああ、くそったれ」

クイントンはヤンマを通り過ぎ、快適な家具で整えられたオフィスから、財団施設の見慣れた白塗りのホールに足を踏み入れると、ニヤリとした表情を隠すことが出来なかった。この場所の住人 - カロン計画に割り当てられたスタッフの全数の、その中でもかなりの数が - この場所が実際にどこにあるのか、漠然とした見当しかつかなかった。その内装は、サイトの孤立した棟やユニットを示唆していたが、ここが特にどのサイトなのかは分からなかった。目立つ標識や目印もなければ、外界に繋がる窓やドアさえも全くなく、彼らが新しい家について知っている唯一のことは、彼らをこの場所に連れてきた漠然とした定義だけだった。

カロン計画のスタッフは、カロン計画オフィスの内側にいる。

廊下の唯一の特筆すべき特徴は、床の中央にある緑色の線であり5メートルごとに色のついた矢印で区切られ、それぞれが廊下の両側の扉を指していた。それぞれの矢印には数字と文字がついており、これがオフィスの場所を決める主な方法となっていた。番号は廊下の区画を示し、文字は各扉を指定している。

オフィスを案内する上で重要なルールを思い出し、クイントンはヤンマのオフィス49Lから26Rのキッチンへの案内に取り掛かった。歩くペースが速かったのは、緊張感からではなく、歩幅が大きかったからだと思われる。数分もしないうちに、彼らは小さなキッチンに直接繋がる一つの扉を通過した。

「サンドイッチを食べるかい?」パンとゆで卵はすでに冷蔵庫から取り出されていた。

「ああ」

「レタスに、卵とマヨでいいか?」

「マヨ?」

「そう、パサつかないように」

「そうだな、君に任せるよ」

「君はなぜこんなことをしているんだ?ヤンマ」

「え?」

「自分を見てみろ。世界的な影の組織の最高位のメンバーの1人が、その支配下にある最も強力で危険な人工物の1つを託されている…」

一対のサンドイッチを乗せた二枚の皿が、部屋にある数少ないテーブルの片方の端にそっと置かれていた。ヤンマとクイントンは、それぞれの前に自分の食事を持って座った。

「… 幽霊がサンドイッチを作ることで健康を取り戻した」

「勘弁してくれよ、死んだら普通は自分の面倒を見なくていいんだぞ」

クイントンはくすくす笑った - ヤンマの冗談がウケたのだ。「私は真面目に聞いているんだ、ヤンマ。どうしてこんなことをするのか、分からない」

「私は遅れて参加しただろう?全てを貫くことが、追いつくための一番の近道だからさ」

「だがそれは最善の道じゃない。細かいことを見落とし、忘れている。そんなことを続けていても答えは見つからない」

彼はもちろん、の内容に言及していた。Apakhtが何であれ実際にそうだった。片手には、もう片方には錠、そしてバウの怒りを見ていると、カロン計画の前任者たちが待ち受けるものを解き放つのを止めるものは何もなかった。

彼らが予想していなかったのは、鍵が錠の中でゆるやかに空回り、その中身がすでに解放されていた事だった。彼らは空の器を研究しながら、Apakhtがとっくの昔に逃げ出したことに気づいていなかった。

「クイントン、私達はあれがどこにあるか分からないし、何をしているのかも分からない… が何だか分からないんだよ」

「これで私の主張が証明されたな。慌てて全部読んでも何も学ばない。私達はApakhtが何であるか、何をするかを知っているはずだ。私の手がかりを見つけるのに時間がかかったのは、まさにそのためだ。」

「…その通りだ」ヤンマは緊張を解し気分を変えるために顔をこすった。

クイントンは笑った。ようやくヤンマを落ち着き、ちゃんと考えられるようになってきた。「ということでだ、それがどこにあるのかを知るには、それがどこにあったのかを知る必要がある。どこから始まったんだ?」

「さて、私たちが知っている最初期の関係は、Apakhtはある時点で錠に含まれていたと仮定されている。錠はシュメールの遺跡で発見されたから、まず最初にやったことは… シュメール人に聞くことだ」


「よし、それを開こう」クイントンはプログラムの再生ボタンをクリックして、音声ファイルを起動した。ヤンマはしっかりとした睡眠を取れたからか昨日よりもかなり爽やかな気分で、一杯の水を持って席にもたれて話を聞いていた。

「私はダイアン・クレイ、会話対象はSCP-073。カインと呼んでも?」

「はい。構いません」

柔らかな音に続き、紙を混ぜる音がした。

「ここには、君が翻訳してくれると信じている文書がいくつかある。頼まれてくれないだろうか?」

紙が表面を滑る静かなささやかな音、おそらく木の表面を滑る音、そして静寂が続きます。

「注意を払って一」

「ちょっと待って、いいところまで飛ばす」

再びコンピュータを操作し、クイントンは数十年前の録音を高速化し、理解出来ない失言に音声をぼかしながら、早送りボタンを数回クリックした。1時間の対話は2分で過ぎ、クイントンが納得したところでいつものペースに減速した。

「 -帝ネロ」

「ありがとう。いままでのものは、ほんの肩慣らしだったかもしれない。これを可能な限り翻訳して欲しい」

一枚の紙が表面を滑る。

「喪失と 一 あぁ」

3秒間の沈黙。

「カイン?」

応答なし。

「073、どうしたんだ?」

「少し、待って下さい。」

数秒間の沈黙。

「…喪失と後悔の中で、私は… 守護者の私はApakhtの牢獄を放棄する希望と終わりのない保護の最後の時、牢獄の中を空にした…」

カインの朗々としたアラビア語の声に混ざる微かなすすり泣き。

クイントンは音声ファイルを一時停止し、席をヤンマに向けた。

「彼は認識していたのではないか?」

クイントンはそれに応えて頷いた。「ダイアンが言うには、彼はそれが何であるかに気付いてから見るのをやめた、と。カインが欠落した文章のいくつかの大きな部分を埋めたことで、彼がそれに精通していたことが確認されている」

クイントンは、ヤンマに必要なものを見せて、ファイルを閉じた。 彼は音声ファイルのリストをスクロールして、次に再生したいファイルを見つけた。

「インタビューに応じてくれてありがとう、カイン。始める前に何か言いたいことはあるかい?」

「あなたはあれをまだ持っていますか?」

「何を指しているのかハッキリ言ってくれないだろうか?」

「これくらいの大きさの、オニキスの球体に金をあしらった物です。破壊不可能で、常に暖かく、頂点部分に鍵穴があります」

「あぁ、それか。私達はまだ持っているな」

「私もそう思っていました。あの碑文がどこにあったのか、もしあなた達があれを見ていなかったらびっくりしていたでしょう」

「そうだ。君が翻訳してくれた碑文は 一 馴染みがあったんだね?」
「もちろんです。 私が書いたのですから」

沈黙

「あぁ、それは…それは確かに理に叶っているさ、そうだろう。しかし… 」

動揺し不安な手つきで書類を掻き回す。

「翻訳では…その、君は、Apakhtが入っていなかったから放棄したと言っていた。Apakhtとは何なんだ?」

誰かが席をずらす音に続き、長い沈黙。

「それは…説明するには難しいですね。それを表現する言葉はありますが英語で近しい意味を持つ言葉がありません。それは…」

再びの沈黙。

「それは…概念であり、力の一種です。その範囲内の全てのものに影響を与えるものであり、その範囲に遍在しています。重力に匹敵するものであり、それが生み出す効果は観測できますが、それ自体は観測できません」

「その効果とは何だ?」

「あなたは、その末裔に直接会ったことがあると思います。混沌、不可能性、偶然…それにとって全ては粘土であり、可鍛性があります。それにはルールも分類もないのです。私はその一例で、不合理ではありますがあなたは私を傷つけられないのです。私はどれだけ歳を重ねようと死ねず、他の守護者も死ぬ事が出来ないのです。」

「…君は、正確には幾つなんだ?」

時間よりも長く生きてきました


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