凍り付いたドアを破壊する。強引に開ける。中をチェックし、異常存在がいないことを確認する。
凍り付いたドアを破壊する。強引に開ける。中をチェックし、異常存在がいないことを確認する。
あのバカ野郎。どこでくたばってやがるんだ。
まずは謝んないとね。ごめん!昨日コーンスープ勝手に飲んじゃって!その前もかぼちゃスープ飲んじゃったし、前のレトルトのカレーも食べちゃってごめん!
この前の収容違反のときもさ、先頭に立ってみんなを守ってくれてたよね。ありがとう。寒いときはさ自分の分の毛布もストーブも貸してくれたり、私が体調悪いときはここで一晩中見張りやってくれてたよね。本当にありがとう。
感謝とかちゃんと言えてなかったから。こういう風にすれば伝えられるってちょっとバカっぽいけど、言えないよりは全然いいと思うからさ。
あ、あと相談なしに勝手に外に出たのもごめん。一言でも言えばよかった。怒ってるよね。ごめん。
理由があるんだけど聞いてくれ……なさそうだよね。でもこうでもしないとみんな死んじゃうからさ。あんたは死ぬなら一緒がいいって言うだろうけど。もちろんその気持ちもわからなくはないんだけどね。
でも私はあんたにさ、本気で生きて欲しいの。
ほら、まだ希望はあるじゃない?実際隣のサイトは近いしさ。
サイトにはもう人は少ないけど、まだいるでしょ?他の人によろしくね。じゃあ、またね!
その日、私は笑顔の映るスクリーンを叩いた。猛烈に。クソ野郎!あのバカ野郎!叫んだ。
いつかは予期されていた停電。くだらないジョークの好きなエンジニアは、無断で私たちのいたサイトから抜け出した。そして、たった一人で外へと出ていった。外部探査用にいくつか取っておいた防寒具を身につけ、吸水ポンプの再凍結によって止まった原子力発電所へと向かったのだ。彼女の腕は確かだ。3日もあれば電気を利用したヒーターの取り付けからその他の点検までも終わってしまうだろう。
……彼女に帰りの分の食料はない。死を覚悟しているのだろう。探索にしてはリスキーすぎる。もちろん事故に遭う確率は非常に高い。ただ私は、彼女ならやってのける……いや、やってのけることを祈り、信じていた。
凍り付いたドアを破壊する。強引に開ける。中をチェックし、異常存在がいないことを確認する。
実際すぐに電気は回復した。それでも私の身体はこれっぽっちも温まらなかった。
彼女のくだらないジョークで涼しくなることはもう二度とないし、今年はホワイトクリスマスだと言って準備しようとしていたプラスチックのモミの木は白い世界に似つかない。部屋の無駄遣いだからといって私が嫌々誘った同部屋生活は、いつの間にか私が温かみのないことに違和感を覚えるようになっていた。
こんなことになる前はそんなに喋ったこともないはずだったのに、絆、という安っぽい言葉では語れないような、大きな存在になっていった。
凍り付いたドアを破壊する。強引に開ける。中をチェックし、異常存在がいないことを確認する。
そして、昨日。私はクリスマスまでに彼女が帰ってこなかったから、と自らを正当化をし、サイトを飛び出した。通信拠点が中々作られなさそうだから、私が近くのサイトまで行くという趣旨の置手紙を遺し、無断で。バカか?とも思う。出ていくなら彼女が死ぬ前、つまり彼女が出ていって直ぐに行けばよかったでは無いかと。心底バカである。でも私はいつの間にかどんな猛烈な冬の冷たさよりも、彼女の温かみがないことの方が、よっぽど自分の体を凍り付かせてしまうみたいだ。
凍り付いたドアを破壊する。強引に開ける。中をチェックし、異常存在がいないことを確認する。
こんな所でくたばってたのか。どれだけ探したと思っているんだ?
制御室のようなところで壁に体育座りをしている凍死体は、微笑んでいるように見えた。いや、そう思いたかっただけかもしれない。
私は人を起こすかの如く、足音を立てて金属の床を歩いた。
ふと死体の横を見ると凍り付いてパキパキになった紙にネームペンでこう書かれていた。
”おバカさんなら来ると思ったよ。クリスマスツリー、作れなかったね。ちょっと残念だけど、メリー・ホワイトクリスマス!”
私は涙をこらえられなくなって、静かな部屋の中で大粒の涙を零し、冷たくなった彼女の手を何とか握って。
クリスマスは一昨日だよ。大バカ野郎。
と、消えてしまいそうな小さな声で呟いた。涙は凍ってしまいそうだった。