祈りの火が消える時

祈りタバコの火が消える時

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祈りの記憶。かつて確かにいた、ある英雄の物語。

 
 
   そして、死にゆく彼の決意の物語。


狭いクローゼットの中で器用に手を動かし、メモ用紙に文字を書き連ねる。手が震えて自分でも読めない部分がいくつも出来てしまっているが、今はそんな事に構っていられない。

「……!」

自分のいるクローゼットの方に微かな足音が近づいてきた。電気を点けていたペンライトを消し、バレませんようにと願いながら息を殺す。床の軋む音がクローゼットの前で1度止まり、遠ざかっていった。ペンライトの電源を入れ、手元を照らす。メモの残りを書きながら、どうしようもない不安に駆られてしまう。今回は何とか見つからずに済んだようだが、この幸運がいつまで続くかは分からない。

この小屋に入ってから、生きた心地がしない。仲間が目の前で死に、その心臓が化け物に変わるのを見た。必死に走って何とかこのクローゼットに隠れられたが、いつ見つかるか分からない。

「ちくしょう…なんなんだよ…」

小声で悪態をつく。自分も、仲間達と同じようにあそこで死んだ方が楽だったかもしれない。あんな巣を見て、まともでいられるわけが無い。電池が切れかけているのか、手に持つペンライトの光は段々と弱くなっている。まるでそれが自分の寿命を暗示しているかのようで不安になり、電源を切った。

暗闇の中で拳銃をしっかりと握り、呼吸を整える。

もう自分は祈れない。あのバケモノ達の巣を見てしまったから。だが、次の誰かに。ここに来る誰かのために、出来ることは全てやった。
後は居間に行き、ケジメをつけるだけだが  

「……クソが。」

拳銃を置き、膝を体に抱き寄せるようにして座る。手紙ではあれだけ勇ましいことを言っておきながら、実際には死ぬ度胸もない。こんな自分がつくづく嫌になる。

もしかしたら助けが来るかもしれない。そうやって言い訳をして、グズグズとここにとどまっている。

本当はただ、死ぬのが怖いだけなのに。

視界の端の自分の手が、弱々しい光に照らされ、小さく震えていた。

 
「………?」
 

何故光源があるのか。怪訝に思って前を見ると、目の前に黒いスーツを着た男が窮屈そうに座り込んでいた。こちらが気付いたのを見ると、彼は懐から煙草の箱を取り出し、差し出してきた。

報告書で見たことがある。1人で死ぬ人間の前に現れ、その最期まで寄り添ってくれる男。ただそこにいて、見守ってくれる者。

「……ありがとう。」

礼を言い、煙草を受け取る。火を点けてもらい、ゆっくりと吸う。向こうも煙草に火を点け、赤い2つの小さな光だけが宙に浮かんだ。

興奮して早くなっていた鼓動が、少しずつ穏やかになっていく。

冷えた頭で、ゆっくりと考える。どうすれば、あのクソッタレなバケモノ共に一泡吹かせられるか。どうすれば、もう躊躇わずに済むか。

 
目の前の彼は何も言わず、ただそこに座っていた。

 
そのうちに、煙草はすっかり短くなってしまった。フィルターのぎりぎりまで吸い、火をもみ消す。

「……分かんねえよ、何なんだよ。」

これからどうするべきか。ここにいても死ぬのだ。それなら、最後までエージェントらしくやるべきだろうか?

「……あれ?」

そう考えていると、自分の頭に何かが置かれた。前に座っている彼が、狭いクローゼットの中で器用に腕を伸ばして頭を撫でているのだ。

ガキじゃねえんだから、やめてくれよ。

そう言おうとしたが、言葉は出てこなかった。その代わりに、涙が溢れて止まらなくなった。そばに彼がいるという安心からなのか、これから死ぬという事への恐怖からなのか。理由は分からない。だが、彼のその手は思っていたより大きく、優しかった。


暫くして、涙は止まっていた。いつの間にか彼の煙草は短くなり、僅かに火が燻るだけになっている。

クローゼットの暗闇が深く、濃くなっていく。

不思議と、先程までの恐怖は感じなくなっていた。

「ここを出たら、オレは死ぬんだろ。」

吐き捨てるようにそう尋ねる。彼は少し躊躇ってから、僅かに頷いた。

ポケットから、先程書き上げたメモを取り出す。

『でも、何やってもここじゃ死ぬんだ。』

一言ずつ丁寧に、言い聞かせるように読み上げる。

『オレはこれから居間へ向かう。』

言葉に出すことで、自分を鼓舞する。ただの自己暗示だが、無いよりはマシだろう。

「……もちろん、オレの心臓はヤツらに使わせない。」

居間に行けば、自分はおそらく死ぬだろう。それどころか、このクローゼットから出て直ぐに死ぬかもしれない。

 
それでも。

 
「……やってやろうじゃねえか。」

外に出ようとして、メモの下の方にまだ空白があるのに気付いた。
ふと思い付き、昔聞いた言葉を書き込む。

「それじゃあ、またな。元気でやれよ。」

スーツの彼に別れを告げ、クローゼットの外に出る。相変わらず彼は何も言わず、ただ自分を見守っていた。

幸いにも、周囲にあの化け物達の姿は無い。

メモをクローゼットの扉に貼り付け、拳銃を握り直す。

「ナメるなよ、バケモノ共め。」

居間に向かって、1歩ずつ歩き出す。頭の中で家族や友人に別れの挨拶をし、これから来るであろう誰かに向けて願う。

 
 
 
 
もしもこれを見つけたら、オレに代わってやり遂げてくれ。

 
ゆっくりと、堅実に歩みを進める。

向かう先には、暗闇に同化するように小さな扉が静かに佇んでいた。

自分の心臓の音が、外に聴こえるくらいに響いている。
 
 
 
多分、アンタはオレよりも強い。
 
 
ドアの向こう側から、幾つもの心臓の鼓動が聞こえる。

ドアノブに手を伸ばそうとしたその時、後ろから何かが迫ってくる気配がした。
 
 
 
決心がついたら、巣に行ってぶち壊してくれ。
 
 
咄嗟に振り向き、拳銃を二発打つ。銀の弾丸はまっすぐ飛び、暗闇に消えていった。

祈りを受けていない弾丸がヤツらに通じるはずもない。目の前のバケモノは何事も無かったかのように進んでくる。
 
 
「……ああ、ここで死んでもいいさ。オレは、役目を果たしたからな。」
 
 
これが、オレが考えられる唯一の方法だ。
 
 
だが。

 
 
「絶対に、使わせねえよ。」
 
 

銃口を胸に当て、指に力を入れる。

 
 
オレの放った弾丸祈りは、必ずお前ら誰かに届く。
 
 
 
 
 
   幸運を。死にゆく者より敬礼を。」

 

 
僅かに燻っていた煙草の火が、静かに消えた。

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