クレジット
タイトル: クレフ、車両管理局に行く
著者: ©︎Uncle Nicolini
翻訳: SCPopepape
原記事: Clef Goes To The DMV
参照リビジョン: 6
作成年: 2020
DMV1の待合室の席は窓口に呼び出されるのを待つ人々でぎゅうぎゅう詰めになっているのが普通だが、クレフの隣に座ろうとする者は誰もいなさそうだった。それは、彼が真夏にも関わらずウエスタンハットを被ってコートを着ていたからかもしれない。彼からほんの少し(すごく)硫黄とタバコの匂いがしたからかもしれない。彼の異様にギザギザとした歯がサメを連想させたからかもしれない。あるいは、彼の首の後ろにある瞳の刺青が瞬きをしたように見えたからという可能性だってある。
その理由がなんであれ、クレフには関係のないことだった。人と椅子で形成された海において孤島であることは、彼が向かいの椅子に足を乗せて座ることができるということ以外には何の意味も持たない。もしもこれまでに3度も注意されていなかったら、きっと煙草の一服だってしていただろう。
チリン。
「B列、67番。B列、67番。」
ついに順番が回ってきた。クレフは立ち上がり、呼び出された窓口に近づいた。
「ごきげんよう、民間人くん。」
「こんにちは。ご用件は何でしょうか?」
「一般市民と同じように、運転免許証を取りに来たんだ。」
「お名前は?」
「アルト・クレフ、あるいはエージェント・ウクレレ、あるいはヤハウェの子アダム、あるいは堕ちた者たちの頭ルシファー、あるいはあのクソヤロウなど」
受付嬢はこめかみに手を当て、ため息をついた。
「つまり、アルト・クレフ?2」
「そうだ。」
「音楽用語と同じ?」
「そう、音楽用語と同じやつだ。」
「分かりました。まず、お客様の写真を撮る必要があります。右手にあるブルーバックの前にお立ちください。」
クレフは指示に従って青い布の方に移動したが、受付嬢が写真を撮る準備をしているときに手を挙げて言った。
「ええと、それはそれとして、いいかな。私は写真に撮られることができないんだ。」
「はい、チーズ!」
カシャリ。
カメラのシャッターが切られた。
「何が言いたかったか、これでわかってもらえると思う。」
「ふむ、申し訳ありません、お客様。お写真をもう一度撮らなければならないようです。写真を撮った瞬間にカメラの前に蜘蛛が現れたようです。レンズの状態の確認をしますね。もう一度、背筋を伸ばしてブルーバックの前に立ち、カメラの方を向いてください。」
「なんと説明したらいいか……私はアノマリーと呼ばれるものだ。」
政府職員は、当惑した様子で目をぱちぱちとさせた。彼女はため息を吐き、カウンターから身を乗り出して言った。
「アノマリー。というと、去年突然現れた、あのエスシーピー財団の連中とかみたいな?」
「ああ。まさにその通りさ。」
「そうですか。では、以前はどのように運転免許証の写真を撮られましたか?」
「撮ってない。」
「撮ってない?」
「撮ってない。」
「つまり、免許なしで運転していたんですか?」
「あまり何度もではないが、まれにサイト-19を離れるときには、ああ、運転してたな。」
「お客様、それは犯罪です。私にはあなたとあなたの行為を行政官に報告する義務があります。」
「私は雇用主のおかげで、そんな取るに足らない規則に従う義務は持っていないと思う。」
「ではそもそも、なぜ運転免許を取ろうとしているんですか?」
「あのひどく古くさいサイトから外出することが許されたので、ドライブにでも行きたいと思っていてね。」
「そしてそれでもなお、あなたは雇用主のおかげで法律を無視できる立場にいると。」
「そう。私はアルト・クレフ博士、レベル5研究員で、収容スペシャリストだ。」
クレフは腰の方に手をやって、クラス5のクリアランスIDを引っ張り出した。先程彼女が撮った写真と同様、IDカードに載っている彼の写真も頭部が小さな茶色い蜘蛛に置換されていた。彼はギザギザとした歯をむき出して得意げに笑い、カードを受付嬢に掲げてみせた。
「私はメルシー・カービー。車両管理局の事務員です。」彼女は、胸のところのバッジを指しながらそう答えた。
クレフの笑みは曇った。財団で働いている間にこの手の人間には多く会ったが、高い立場にある彼に対してこの女のように冷淡に振る舞った人間は誰一人としていなかった。彼女は、彼がいること自体がいらだちの原因であるかのように、冷たい目と少ししかめた顔で彼を睨み返した。クレフは、心を決めた彼女が机の上の電話に手を伸ばすのを見て震え上がった。
「私は、ええと……」
彼は言葉に詰まった。
「これがいかに馬鹿げたことで、どうして私があなたを報告しなければならないか、ご理解いただければ幸いです。」
比喩的な意味において彼の上にそびえ立つことになったこの女性に、彼が言おうと思いつけることはほとんどなかった。クレフはこの衝撃的な状況で、どうにか言葉を続けようともがいていた。彼の虚勢は、彼女がダイヤルのボタンを押し始めたことで恐怖に転じた。彼女の電話相手に捕まえられたらどうなるだろう?もしも刑務所に入れられたら?アルト・クレフが刑務所なんて!
「……ええと、ほら──」
店員は、電話を手に持って彼の方に顔を上げた。
「なんです?」
けれどそのときには既に、クレフは発煙弾を投げて周りの視界を遮断した後だった。混乱の中では、クレフが見ることに関してはクソの役にも立たない3つ目の眼について椅子につまづきながらぼやいているのが聞こえた。