戦場決戦
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教室.jpg

 

「なぁ、武!戦場対決やろうよ!」
「やらない」

武はランドセルを持ち上げながら断った。教室の時計の針は3時半過ぎを指していた。

「宿題やらないといけないし」
「宿題なんて夜やればいいじゃん!」

健斗は教室の出口の前に立ちふさがり、武の進路を妨害した。その行動に対し、武は気にすることなく、ぐいぐいと体を扉と健斗の隙間に押し込み、教室から出ようとする。3年生の体躯では5年生の力に勝てるはずもなく、健斗は廊下に倒れ、尻もちをついた。

「とにかく、やらない。そもそも俺とやる必要はないだろ。だって、俺以外にも戦場対決をやってる奴らはいるんだから」

そう武は言い残して土間に走り去っていった。健斗が立ち上がり、窓を除くと武が校門から走り去っていく姿と、子どもたちが傘をブンブンと振り回しあっている姿が見えた。否、それはチャンバラではない。戦場対決なのである。

 


 

「って言って今日も帰っちゃったんだよなぁ。えー、ファイアソード!」

健斗の握っていた黒い傘は一瞬の内にバスターソードに変化する。その刀身は揺らめく炎を纏っていた。

「ふーん。もう飽きちゃったんじゃないの?デコレート・フォーティー・ファイブ・ガン」

対して仁美の女児らしく可愛げのあるポップな柄をした傘はアサルトライフルに変化する。ただし銃身にはシールやラインストーンが貼られており、その機能には似つかわしくないデコレーションがなされている。仁美はいくよー、と確認を行ってから発砲を始めるが、単射で放たれる銃弾は戦場対決の効果により身体能力の向上した健斗によって避けられていく。しかしながら、健斗は仁美に接近するというわけでもなく、ただ避け続けていた。どうやら、健斗がガンによる攻撃を避ける練習に、仁美が付き合っているという構図であるらしい。

「いやいや!夏休みが始まるまでは毎日のようにしてたんだからさ、こんなすぐに飽きるはずがないだろ!」
「だったら、なんでやろうとしないの?」
「わかんないよ!」

健斗は銃弾を剣で弾き、そのいらつきを垣間見せた。仁美は驚き、銃撃を止める。

「もう、怒んないでよ」
「おれは武を戦場に呼び戻す方法を聞いてんの!理由の話なんかしてない」
「勝手だなぁ。じゃあさ、挑発するのはどう?」
「挑発?」
「そう、例えば……健斗って全くガンを使わないよねぇ。口ではソードのほうがかっこいいから、って言ってるけど、ホントは弾を当てるのが下手なのを隠してるだけなんじゃないの?」
「そんなことない!」

健斗はキラーガンと叫び、炎の剣をライフルに変化させる。その隙を狙って仁美が発砲した弾は、健斗の胸を穿った。同時に健斗の右腕は後方に吹き飛び、ライフルは地面に落ちた。

「まさかこんなに綺麗にはまってくれるとは思わなかったけど……まぁ、私が言いたかったことは、ただアタックするだけじゃダメなんだよ!戦略も考えて、頭も使わなくちゃ」
「おっけー、わかった……」

健斗は、左手を挙げて降参を表明しながらそう言った。その瞬間、健斗の右腕は元に戻り、二人の傘は通常の傘に戻った。それを見届けてから、仁美は健斗に忠告した。

「でも、武がなんで戦場決戦をやらなくなってしまったのかを考えることは、決して無駄じゃないと思うよ。人のことを思いやれる人になりましょうって、道徳の授業で先生が言ってたでしょ?」

 


 

「なぁなぁ、もしかして、戦場対決でおれに負けるのが怖くて逃げてるのか?やりたくてもやれないなんて、かわいそう~!」
「は?なにいってんの?」

翌日。健斗は仁美の提案を愚直に武に対して行っていた。そして、見事に失敗していた。健斗は、武の心情を推し量ることができなかったのである。

「いやだから……」
「だからとかじゃなくて」

武の威圧的な態度に、健斗は言い淀む。武はため息をつき、冷酷に言い放った。

「あのさ、なんか勘違いしてるかもしれないから言っちゃうけど、俺が最近やってないのって戦場対決がさ……」

武はそこまで言ってから話すのを止め、うつむいた。しかし、健斗が口を開き、何かを話そうとするのを見た瞬間に続きを発声する。

「つまらない、からなんだよね。今まで隠してたのは、おまえを傷つけないため。いやだろ?自分の好きなものがつまらないって言われたら」

それじゃ、と言って武は何も起きなかったかのように教室から出ていこうとした。しかし、背後の声は武を引き留めた。

「だったらさ、おれが面白さを思い出させてやるよ。おれと戦場対決をしろ」

健斗はその瞳孔でまっすぐに武を捉えてそう言った。意地であった。武は歯を噛みしめて健斗を睨むが、胸の鼓動を抑え返答した。

「いやだ。やる意味なんてないだろ」
「じゃあ、こうしよう。おまえが戦場対決で勝ったらおれはこれからずっとおまえを戦場対決に誘わない。けど、おれが勝っても、なにもしない。美味い話だろ?」

武はこれ以上誘われたくなかったので、健斗の投げかけた賭けは十分に魅力的なものであった。

「わかった。でも5時から用事があるから、早く用意して」

こうして二人の因縁の対決は、行われることとなった。

 


 

「キラーガン」

健斗は両手でライフルをしっかりと持ち、相手に向かって構えた。その立ち姿は昨日のものより、凛々しくあった。健斗は自身が好むソードではなく、ガンを選んだ。それには勝ちへの思いの強さが反映されていた。

「……ソード」

一方武は何の変哲もない両手剣を地面に突き刺し仁王立ちをしていた。それは戦闘態勢とは言い難いものであった。健斗にとって、いつものガンを使用しない武は異様に思えた。本当に、武が夏休みの内に自分の知らない遠い存在になってしまったようで、つまらなかった。

「始めていいぞ」

武は無防備な状態で叫んだ。あまりにも怪しかったので健斗は罠の可能性を考慮したが、思い当たらなかったため、その引き金を引いた。発射された銃弾は直線上に飛び、武の腹部を貫いた。だが、どの四股も欠損はしなかった。健斗は不審に思ったが、自身の思い違いだと考え再度弾を放つ。その銃弾も同様の軌道を描き確実に命中したが、同様の結果に終わった。

「おい!」

健斗は思わず叫ぶ。やはり、おかしい。避けようという素振りすらしないのは明らかにおかしい。まるで自分にはガンによる攻撃が効かないことを分かっていたかのようじゃないかと健斗は思った。しかし、武は表情を崩さない。実際、武はこうなることを理解していた。

「ファイアソード!」

健斗はガンを諦め、己の手に馴染む武器に切り替える。その動作は武に向かって走りながら行われ、その姿はまさしく戦場を駆ける戦士のようであった。迎え撃つ武も剣を引き抜いた。だがその持ち方は奇妙なものであった。左手で柄を握り、右手で剣先を握っていた。健斗は臆せず武の頭上に剣を振り下ろすが、刀身によって弾かれてしまう。健斗がよろけた隙に武は剣を正しく持ち替え、防御の姿勢を取った。健斗はそれにめがけ突撃し、鍔迫り合いが発生する。鍔迫り合いはすぐに解消され、健斗がまた突撃する、という戦いが繰り返されることとなった。これは数分続き、両者の体力を消耗させた。

「もう終わりか?」

武は息を切らせながらも健斗に声をかける。対する健斗は笑みを浮かべ何も答えずまた剣を持ち直し、武に向かって斬りかかる。この一撃は鍔を相手に強く寄せたものであり、明らかに鍔迫り合いを意識したものであった。健斗の体重が載せられた一撃は強く武を後ろによろけさせた。

「アイススピアー!」

その健斗の叫び声と共に燃え盛る剣は凍てつく長い槍に変貌する。警戒した武は距離を取ろうと後退する。しかし、それは数歩しか叶わなかった。そこには校舎の壁がそそり立っていたからであった。そう、健斗が鍔迫り合いを繰り返していたのは誘導を行い、槍による攻撃を避けにくい状況を作るためだったのである。

「へっへ、今更気が付いたか。面白くなってきただろ?」

健斗は鼻息を鳴らし得意げに言った。しかし、武は剣を構え、表情を崩さない。それを確認した健斗は、狙いを定めて槍を突き出した。そして、一瞬にして槍は容赦なく武を貫いていく。健斗は勝利を確信した。が、槍の三分の二が身体を貫こうとするとき、武の剣が白く光り始める。その形状は膨張し、剣先はつぶされたかのように薄く広がり、その表面は曲面を描いていった。それは、傘であった。開かれたビニール傘であった。それを健斗が認識した瞬間、同時に健斗の槍も突き刺さっていた部分は消失し、黒い傘に戻った。健斗の傘に対してビニール傘があてがわれ、傘の先端は曲面をそって受け流されることとなった。その傘の挙動に耐えられず、健斗は倒れこむ。すかさず武は相手の傘を蹴飛ばしてから健斗に馬乗りになり、首元に自身の傘を押し当て、己の勝利を宣言した。二人の汚れた服装は、元には戻らなかった。

 

校庭.jpg

 

「俺の勝ちだ」

眼下の相手が負けを認めたのを確認した武は健斗から降り、その近くに座り込む。

「うん、おれの負け」

何が起きたかを理解できず健斗はあっけにとられながらも、健斗の言葉を真似て言った。

「あぁ、怖かった!」

武は突如、安堵の声を出した。健斗はぽかんとした表情で武を見つめる。戦場対決に痛みはなく、怖いなんて思わないはずなので、何故なのかわからなかった。しかし、戦場対決が終わったのにも関わらず武の腕にかすった跡ができているのを見つけた健斗は、対決中の武の動作も思い出し、一つの結論に至った。

「あっー!」
「気づいた?俺さ、剣も弾も見えてなかったんだ。ただ、全力で傘を振り回してくる健斗が迫ってきて、ただひたすらに怖かった」
「やっぱり!だからあの時、傘を広げられたんだ」
「そ。あ、でも見えた見えないに関わらず、壁際に寄せられていることは分かってたよ」
「マジかよ!めっちゃ考え抜いて思い付いた戦法だったのに!」

二人は声を上げて笑う。戦場対決が二人の心を語り合わせたのである。同時に健斗はこうやって夏休みが明けた後に話すことはできていなかったことに思い当たる。口を開けば、戦場決闘のことしか無く、きっと武に対しては、対決の対象としか接していなかったのである。健斗は、自省した。

「ごめん。嘘ついた。今でも、戦場対決は面白かったと思う。けどさ、夏休みが明けてからさ、武器とかが見えにくくなっちゃって。もちろん危なかったってのもあったけど、見えてないってことに気づかれたら、みんなになんて言われるかが怖くってさ……やるのを避けてた」
「……夏休みに何かあったの?」

武の心情を理解した健斗は恐る恐る尋ねた。

「夏休みに親戚の人に誘ってもらったのをきっかけに、隣町のクラブチームでサッカー始めたんだ。サッカーは……ルールがちゃんと定まっているから、努力が結果に現れやすくて、点を決めた瞬間はもちろん、上手くプレイできるように練習して、強くなっていく感じが凄い楽しい」
「じゃあ、戦場対決とは違うね」
「うん、戦場対決は言ったもん勝ち、みたいな所があるからね。前々からそこは面白い部分でもあるけど、くだらない部分だから嫌だと思ってたんだけど、その気持ちがもしかしたら反映されちゃったのかも」

健斗には、武の言うことはよく理解できた。ならば、今自分とやった戦場対決は楽しかったかどうか聞くことはせずに、その質問は胸に押し込んだ。健斗は、友達の嘘をまた聞きたくはなかった。ふと二人が空を見上げると、空は茜色に染まりつつあった。風が吹き、ざわざわと校庭の端の楠が揺れた。

「ん、じゃあ帰るわ。サッカーあるから」

アスファルトの上に並べられたランドセルを持ち上げ、武は歩みを進めた。健斗はその背中がまた遠く離れないように、自身もランドセルを背負い、叫んだ。

「待って!途中まで一緒に帰ろ!サッカーの話、聞かせてよ!」

健斗にとって、武がこれから戦場対決を続けるのかどうか、そのことは眼中にはなかった。二人の傘の影が、並んで路上に長く延びていた。

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