コード・ブラウン
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「随分なアイデアだな」ジャック・ブライト博士は呟く。彼は現在、54歳であるユダヤ人の肉屋の体の中にいる。その人物は妻の殺害により死刑判決を受けており、妻の体をミートパイの特別な詰め物として使用していた。この体は自分自身だと思えそうなものに最も近かった。それが彼の年齢から数十年は確実に若かったとしても。彼は体を休めようとして大きなテーブルの席に滑り込む。数ヶ月の間、彼は女性であった。異性のホストに入り込むことはいつも、彼を幾分かいるべきでない場所で過ごしている気分にした。

「クソ碌でもないアイデアだと思う。だが――」O5-6、よくカウボーイと呼ばれ、その昔はマイケル・ブライトとして知られていた彼は、素早く自身の席に着く。彼は気を休めようとしてベルトを直すが、銃を手放した時点から落ち着いてはいられなかった。彼はほとんど隠すことなく、強欲に満ちた視線を部屋の向こう側にいる現在の所有者に送った。彼女はそれを手に入れた。返してくれと頼む権利は彼にはないが、同じように感じた銃はひとつもない。「お前は家族のために多大な貢献をした。特にあの時、奴らが……」彼は言葉を探す。丁寧な言い方を見つけるのに苦労しつつ。

「年食っただ、マイケル。彼女は年を食ったんだ」ジャックはそれを補う。礼儀正しさなど微塵もない。彼は反対を向くと、椅子に座っている末弟に危険がないか確認した。椅子から落ちることはないだろう。ジャックはTJの世話をしなければならなかった。この会合の構成は非常に明確だった。警備員は不在。看護師は不在。家族以外の人間は不在。以上だ。「兄妹のひとりが老いるって考えるのは、気味が悪い話だが……彼女は歳を取った。わりとかなり急激に」

「彼女は新しい体になったと思ってましたよ?」ヨリック・エルロイは壁にもたれて口を挟む。家族の年少メンバーの1人として、ブライト博士の間接的な孫は立ち姿勢を選んでいる。年長者が安らげる方が良いと思ってのことだ。実のところ、それは同時に、会議室の出口をすべて監視可能にし、彼らをいち早くそこに辿り着かせることができる。それもまた大方計算の内だろう。「彼女はサイト231の騒ぎに関わっていたように感じますね。誰かが言ってました」

「239が叶えた願いかも知れない」一座の最年少メンバー、特別エージェント、セラ・アージェントは意見を述べる。彼女も同じく立ったままでいることを選んでいる。しかし、口数の少ない従兄とは対照的に、彼女はテーブルの財団側をそわそわと歩き回っていた。彼女の手は螺鈿細工の銃把を持つリボルバーから離れることはなかったが、それは彼女の生まれながらの権利ではないにしても、与えられて当然のものではあった。「ほら、例えば……」彼女の視線は自身の父親がクレヨンで絵を描いているところを漂う。皆は彼女の視線を追い、それからほぼ一斉に視線を反らす。同時に罪悪感を覚える家族……。

「あいつらはどれだけ俺たちを待たせる気だ?」カウボーイはベルトをいじりながら尋ねる。5分間の間に100回はそうしているように思える。

「長くはない」ドアの辺りから声がする。ブライト一家の財団側はドアに注意を向け、一斉に眉をひそめる。誰がそこで話しているのか?答えるのは難しかった。声の主はその場にいた何者でもない。

彼女はアジア系で若くやや横幅があったが、これらの事実を心に留めておくのは難しかった。彼女の服装はある種――、そして彼女は――、彼らの中で唯一、ある程度確実に彼女から目を離さないでいることができた人物はジャックだった。もっとも、彼の心はずっと体の外にあったので、彼女は実際には影響を与えていない。「最初に私を送ったのは、あなたたちが取り決めを変わらずに守っているか確認するためだ」彼女はテーブルの反対側を歩き、椅子を見て、下を確認した。基本的には、疑り深い生意気な餓鬼だった。彼女は誰かを見ることもなく、皆は彼女に関心を示さなかった。「サラはいないのか?」

彼の家族が声の源を探し続けている間、ブライトは鼻を鳴らす。彼はただ彼女を見つめ、あごを片方の拳に載せたまま涙を流し始める。「偉くなったようだな、親愛なる君よ」彼は自身の素晴らしい又姪に短い微笑を与える。自分だけが彼女を認識している者だと十分に承知している。「それなんだが、そうだ。サラはいない。俺たちはTJを連れてくることができなくなっていただろう。いや、大丈夫だ。お絵描きを続けなさい」彼は末弟の髪を撫でる。自身の名前に気づき、顔を上げる少年を宥めるために。「マイケルが危険を冒して "新しい実験的治療" を行っていなければ、サラは限界を超えていただろう。それとだ。彼女が気付くとは思えない」

「あの少女はあなたがお考えかも知れない以上に気付いていますよ」と娘に続き部屋に入った中年女性は言う。クレア・ルミネクス2世、あるいは、等しく味方であり敵でもある人物のジュニアは、自身の娘とほぼ同様に穏やかであったが、それはどちらかと言えば訓練された穏やかさであり、目立たず捕まらずにいる必要性から身に付けたものだった。彼女は痩せていて髪はほぼ完全に真っ白だった。彼女はテーブルにいる全員を睨みつける。1人を除いて。TJを見ると彼女の顔は柔和になり、彼女は明らかにテーブルの向こう側への歩みを止める必要があった。彼に触れるためだ。彼女の指から光り輝く電気の弧が地面に向かって跳び、椅子を引っ張り出す。彼女は弁解するかのように苦笑いを浮かべる。「静電気が多すぎますね」

「さあさあ、おばさん。哀れな看守を怖がらせちゃダメだ。俺たちの血筋は簡単には逃げ出さないって知ってるだろ」ドアを通った次の男は、目を隠すために濃いサングラスを着用し、先端が赤い杖をついて歩く。彼は家に犬を置いてきた。なぜなら犬が誰かを噛もうとするだろうことを知っていたからだ。デイビッド・ブラインドマンは、多くは「嫡出子」または「法定相続人」と呼ばれていたが、「番号なき兄妹Unnumbered Brood」の代弁者としてそこにいた。それは若かりしO5-6がより血気盛んであった頃に作った多くの子供たちだ。兄妹の中にはブライト一家の他の誰かの血筋であると主張する者もいたが、彼らは皆1つの旗の下にまとまっていた。良くも悪くも。デイビッドは父親に会釈して苦もなく椅子に腰を下ろす。「父よ。お会いできて嬉しく思う。だが、あんたはそれは事実じゃないって確かめていたな」

「デイビッド、」6は低く重い声で言う。彼は不快げにもぞもぞと席で動きもう一度ベルトに手を当てる。「これは話し合ったことだぞ。俺はお前を守りたかった――」彼は視線をテーブルに落とし末弟を見る。「すべてから」

「いつもおかしなやり方で人々を守っているわね、貴方は」席に座る二人の財団職員が若者の如く跳び上がる。肌の黒い、伝統的なヒジャブと姿を隠す衣服を着た女性がドアを浮いて通る。指摘しておく必要があると思うが、ここでの「浮いて」 は、そのように見えるという意味で使われているだけである。実際に浮遊しているという意味ではない。明確にしておかなければならないが、こういった人々を描写するとき、実際に彼らが何を行いうるかは決して分からない。彼女はテーブルの向こう側の男たちに微笑み、1人1人に大きなハグをして、それからTJにも同じことをする。彼は彼女のせいでお絵描きができずいらいらしているようだ。「ご機嫌よう、息子たち。会えてうれしいわ」と言うと、なおもにっこりと笑いながらテーブルの一方を進んでいく。かつてはエヴリンと呼ばれ、ときには2とも呼ばれたが、彼女の離反と若返り以降はエキドナもしくはロマンチックな気分であったときには「魔物の母」を用いる傾向があった。それは彼女が自然に、そして人為的に得た称号だ。彼女は女王の優雅さで席に滑り込む。彼女のボリュームのあるドレスは奇妙に所々膨らんでいて、彼女はそれを滑らかにする。

「貴方の父親ではなんとかできないのかしら?」彼女はマイケルに問いかけるが答えたのはジャックだ。

「親父は引退した。この件には何であれ巻き込まれたくないって意志は、かなりはっきりと示している。それが家族の問題であったとしても」仕事で怪物を創る淑女は息子に向かって眉を吊り上げるが、それを聞き流す。もし彼女の夫が引退したかったのなら、まあ、彼にとっては良いことだ。少なくとも彼は去った。

部屋に入ってきた最後の人物は、唯一その場の全員から信頼されていた。背が高くやせた赤褐色の髪の男性で、紫のアラビア風のローブという出で立ちの彼は様々な名前で知られていた。ジョゼフ・タムリン博士。ヨセフ・ビン・タムリン。ヨシュア・ビン・ヨーセフ。時。あのケツ穴。O5-13。フラフラなグラグラ。こん畜生。なぜヤツがここにいる。壁を壊す者。ほか数十、数百までいかないかどうか、それ以上、人類の歴史の数千年を越えて。多くの人々はタムリンは名前でも称号でもないと推論しているが、秘密は継承されていた。人々は正しくない。おそらく。きっと。ほとんどのタイムラインで。おかしくなってるってわかる?時は生じている、すべて同時に、まとめて――「気にするな。彼らは理解しない」とタムリンは部屋全体に意見を述べる。テーブルの両側は互いに顔を見合わすが、何も言わない。彼らは全員、彼の闇雲な感情の噴出に利用された。彼は古いテレビ台一式を押していた。それは特定の年代が小学校の記憶から思い出すであろうものに似ている。テレビの下の棚にはビデオデッキが備わっている。彼は集まった名の知れた人物たちを見回し、心の中で名簿にチェック印を入れ頷いた。「よし!全員この場にいるな。始められるぞ」

ヨリックは心の中で数え、それから手を上げる。「あー、失礼ですが、僕はそうじゃないと――」

タムリンが話を遮る。「そうだ、クレアは出席していない。この会合を招集した人物であるにも関わらずだ。その理由は、ここにある」ビデオテープのジェスチャー。「クレアは1981年にこれを私に渡した。彼女が亡くなった時に再生するようにと――」両サイドは一斉に息を飲む。「彼女のメモによるとそれが起きたのは――」と彼は立ち止まり目を遠くの壁に向ける。まるで非常に恐ろしい磁石に引き寄せられているかのようにすべての目が、デイビッドの場合はその顔が、壁の方を向くとそこには時計がある。時計の針はカチカチと時を刻み、やがて12と5を指す。「ちょうどこの時だ」

デイビッド、クレア2世、ジャックとセラは皆しばし頭を垂れた。悲しみと尊敬の念で。自身の祖母に頭を下げようとしなかったのは、その場にいた何者でもない。しかし誰も見てはいなかっただろうから彼女は気にしない。ヨリックはタムリンを注視していて、その間TJはお絵描きを続けている。エブリンは両手に顔を埋め、我が子が自分よりも先に亡くなったことを思いすすり泣く。マイケルはいつものようにただぶつぶつ言うだけだ。「クソッ、予知能力者め。おまけにドラマチック気質なもんで、死ぬために皆が集められるまで待っていただと。痛っ!何だ?」彼は後頭部をさすり、部屋の中を睨みつけているが何者でもないが彼を殴ったため、彼はすぐにそれを忘れる。

「とにかく」タムリンは続ける。「これが彼女の最後の要望だ。再生に異議はあるか?ないな?よろしい」彼は慎重にビデオデッキにテープを挿入し再生を押した。彼は照明のスイッチのところまで進み、よく見えるようにして、それから立ち止まる。部屋にいるほかの人々がどれだけ緊張し出したかを見ながら。「そうだな、ライトは点けたままにしておこうか?良からぬ考えは誰であれ持って欲しくはない」だが、そう言った時の彼はほぼ間違いなく何者でもないを見ていた。彼女はただ肩をすくめて何気ない風を装う。

テープは若いアフリカ人女性の映像で始まる。その髪は長いビーズで飾ったブレイズを結っており、簡素な黄色い服を着ている。彼女は座ってカメラをじっと見つめ、前に出した両手を握りしめていた。

セラは眉をひそめ、クレア2世を見てそれからエブリンを見つめ、首を横に振る。彼女は前屈みになり伯父に尋ねるために口を開こうとした。彼はただ指を彼女の唇に当てた。顔を見ることもなく。

「後で説明する」彼は彼女を安心させる。

彼女は胸の前で手を組み、壁にもたれて少しだけ口を尖らせる。

画面上でクレアは頷く。ジャックの指示に従っているようだ。「ええ、それが一番良いわね、ありがとう。こんにちは皆さん!」彼女は輝くbright笑みを浮かべてそう言う。その視線は集まった人々を見回しているようだ。他の人々はそれに応えて少し会釈をし、大なり小なりあることに気づく。彼女が彼らを見ている、もしくはすでに彼らを見ていたことに。あるいは何もかもを。

SCP-590はクレヨンから視線を上げずにいる。彼はただ画面に手を振るために片手を上げ「やあ、クレア!ぼくはさびしい!」彼の兄弟は驚き彼を見つめる。彼が話しているところは馴染みがない。

画面上のクレアはより大きく微笑む。愛すべき兄の方を見ながら。「私もあなたと会えなくて寂しいわ、TJ。君は大きいお兄ちゃんたちをずっと見てくれているの?」彼女は集まりを見渡すことに注意を戻したので、反応は期待していないようだ。「またまたこんにちは、私の家族。皆さん全員と一度にお会いできて嬉しいわ。たとえ状況が最高ではなくてもね。というわけで。小難しいことはどこか遠くへ追いやりましょう。私、クレア・ルミネクス初代、クレア・ブライトとして生まれ、「リトル・シスター」としてもっともよく知られている者は、健全な精神を持ち現在は健全な肉体を持っている。これにより、これが私の最後の意志であり遺言であると確かに宣言し、ジョーイ・タムリンが私の財産の唯一の遺言執行者であると明確に宣言する」彼女は深呼吸をして動きを止め、頭を横に向ける。彼女の視線はジャックがそわそわしているところに注がれる。彼は話をしようとしているようだ。

ジャックは画面に顔をしかめ、口を閉じる。数分間、静寂がその場を包みこむ。現在のブライトは画面上のブライトを見つめている。まるでお互いが相手より長生きすることを求めているかのようであった。他の皆は神経質にその身を動かし何が起こるか分からずにいる。最終的に、クレアはその目を細めて睨み、再び口を開く。「あなたがそれを言わなかったら、返事できないじゃない。これがどういう仕組みか知ってるでしょ」

ブライトはひと口分の空気を吐き出し、大きく長い苛立った溜息をつく。「どうすれば君が死んだって確認できるんだ?」ちょうどその瞬間、部屋のすべての携帯電話が各自の"画像メール"の着信音で鳴った。『恋のマカレナ』の優しい弦楽が他の音色を打ち消し、ジャックは努めて決まりの悪そうな様子を見せぬようにしている。彼は携帯電話を開きその中にぞっとするような写真を見る。「そうだな、少なくとも彼女はベッドで亡くなったんだな」

「そうね、それは私にとっては確かに大きな慰めになったわ」クレアは兄に首を振り、苦笑しながら答える。「わたしは亡くなった。それでも、わたしの影はこの世に長く残るでしょうね。結局、未来を見られることは何がいいのかしらね。もし死後の物事を変えることができないのなら。ハッ!ダークは私の弱味を握っていない。有り金全部賭けてもいいわ!」彼女の目はテーブルを見回し、歯を見せて今にも顔がはちきれそうなほどに笑う。「ハリ・セルダン2でさえ私の策謀には適わないでしょうね!でも、そうね、悦に入ってはいないわ」彼女は咳払いをすると、より落ち着いた感情を出さない表情を面に引き出そうとする。「私の意志。そうよ。最年長から最年少までやりましょうか?」

彼女の視線はなおも泣き続けている母親に向かう。「母さん」イブリンは頭を上げ娘を見つめる。彼女の目は涙で赤くなっている。「本当にありがとう。あなたは私に人生を与えてくれた。あの人たちより先に私を逃がした――」彼女の目は兄たちの方を漂っている。「私の人生を生き地獄にすることもできたのに。そして、私に新しい体を与えた、古い体がダメだった時に」彼女は無意識にブレイズを撫でる。「だから、私はあなたに恩返しする唯一の方法、いつも溌剌としていることに決めた。ジョーイ?」

タムリン博士は彼の椅子の横にある袋の中に手を伸ばした。それは彼が持参していたものではない。非常に慎重に小さな箱を取り出した。それはブレッドボックスよりも小さく指輪箱よりも大きい。彼はテーブルに沿って歩き、エヴリン・ブライトの前にそれを置いた。

彼女はゆっくりと躊躇いがちに手を伸ばし蓋を跳ね上げる。彼女が中を見るとその顔全体に驚きが拡がる。色とりどりの光がその顔に反射している。他の家族にも見えるように彼女は慎重に箱の向きを変え、家族からはお返しに喜びの声が漏れる。小さな箱の中には鶏卵の大きさほどの卵が入っているが、殻はゆっくりと変化する色の配列で覆われている。それは内部から発光し暖かい健やかな輝きを放つ。エヴリンは少し気が進まない様子で箱を閉じると、自身のもとに戻しその上で手を握りしめた。

「それは『世界卵Mundane Egg』と呼ばれているものよ。入手先の業者によれば、それは別の宇宙、別の小さなビッグバンを内側に含んでいると考えられていて、エントロピーが制御不能になるのを待っている。だからそれは次の番を担えるの。あなたの一生のうちに孵化するとは予知できないけれども、それでもまだ持っていて楽しいものだと思う。あなたはこれ以上ないほど素晴らしい母親だった。母さん、ありがとう」

エキドナは頭を下げベールを顔まで引き出す。一人で啜り泣くために。

母親から視線を移すとクレアは眉をひそめ、嫌悪を持って長兄を見つめた。「マイケル。すべてを手にした男は何を得るのかしらね?」彼女は静かにタムリンに身振りをする。彼はバッグの中をくまなく探し、やがて約2フィート長、およそ1フィート幅のケースを引っ張り出した。それは楽器用のものに似た硬質の外装と跳ね上げ式の留め金を持っていた。彼はこのケースをテーブルの下を滑らせてマイケルに送り、マイケルは片手でそれを止める。

前にかがみ込んだマイケルはケースの留め金を外し、困惑の表情で中身を調べるとそれを家族の方に向ける。内側には広刃剣の残骸があり、赤いベルベットのケースの中にぴったりと収まっていた。1.5フィートの持ち手と刃が下部を満たし、一方で上部にはゴムで縛った刃の破片がいくつかある。彼は訝しげに視線を画面に向け片眉を吊り上げる。「いったい何なんだ、これは?」

「私の小さな地下鉄道3の名前は、あるいは、少なくとも定着していたのは、リトル・シスターズLittle Sistersよ。私はずっとそれを気に入っていたわ。非常に多くの面で機能するという理由で。一方で、皆は『1984』を参照したことを気に入ったわ。リトル・シスターはビッグ・ブラザーである財団を監視し、邪魔をするのを手伝うために結成されたという点でね。そして、もっと個人的なレベルでは、それはいつも私からのジャブだった。あなたに対しての。リトル・シスターズが自身のビッグ・ブラザーを見守っている、ってね。私がいなくなっても名前は生き続ける」ビデオでは自身の子孫たちに向かって頷き、「私はこの場ではもう、あなたに対して個人的な関心を持っていないの。だから、あなたがいつも私のことを忘れずにいられるような何かを残して置かなければならなかった。それは」一方の黒い手が損傷した刃を検分しているマイケルのところを指し、「本物の『ダモクレスの剣』よ。話させてもらうわ、フィクションの作品を探し出すには適切な行動が必要で、ご覧のようにそれは多くのことを経験してきた。でも今は、あなたがこれを見るときはいつでも、あなたの頭上に吊るされているものの重さが感じられるでしょう。そして、私のことを思い出す」残酷な微笑が彼女の顔に浮かんで通り過ぎる。「誰が知ってるのかしら?それはあなたの命を助けるかもしれないわ。近くに置いておけばね」彼女はウィンクする。ほんの些細な警戒の仄めかしでも、彼はそれを近くに留めておくだろうと分かっていた。

「次は真ん中の兄さんよ、複雑な気分ね」彼女の視線はジャックに移る。彼は紙パックのジュースを零さないようにとTJを気にかけていて、2人の板挟みとなる。彼は妹が話をどこに持って行くか分からず、無表情で画面を見つめる。「ジャック。私の兄さん、私の友人、私の最大の敵であり、多くの場合は盟友でもある」ジャックは兄、そして職場の上司を見ない。マイケルはしかしながら画面と弟の間を交互に睨み、顔をますます不機嫌そうにする。クレアは続けた。まるで何事もなかったかのように。「あなたのために、親愛なる兄さん。沈黙を差し出すわ、今まで通りに」兄弟と画面上の妹の間で視線が行き交う。それを決して持ち出さないという三人の精神的な合意を、概ねそこに見て取ることができる。「あと、これもね。承知しているわ、あなたがこの全ての在りかを確認したと思っていたことを。でもね、なんとか1つ隠しておいたの」

タムリン博士は多くの物が入った包みから瓶を取り出し、瓶のまさにその形状によりジャックは息を呑み、その表情は歓喜で輝いた。瓶は重症のしゃっくりの最中にガラスを吹いて作成されたようで、中の液体は暗く、ややシロップ状で濃い青味を帯びている。

ジャックが手を伸ばして瓶を引き寄せたとき、ヨリックは疑問を仄めかす。ジャックはそれをそっと抱いている。まるでそれが割れやすい陶器人形もしくは赤ん坊であるかの如く。ヨリックの遠回しな発言が何も為さないで終わると、彼は咳払いをする。それが返事を引き出すことに失敗すると彼はやれやれといった仕草をして口を開く。「なあ、じいちゃん。ボトルには何が入ってんだ?」

ジャックは多少後ろめたそうにさっと顔を上げ、テーブルの周りを見る。「ああ、うん。こいつは。えっとだな。こいつは俺が生まれて初めて作ったウイスキーのボトルだ。昔、最初の人生でな。特別な日のために2本取っておいたんだが、こいつは3本目だ!やったぞ!」彼は注意深く栓を抜く。縁からコルク栓を抜くのはちょうど半インチで事足りた。これほど剥き出しの状態でも発酵したリンゴの匂いが急速に部屋に充満する。彼は声を出して笑い、歯を見せる笑顔を画面に向ける。「年を重ねると旨くなるんだ!ありがとな、クレア。君の思い出に乾杯するよ」

「私は君が何かするだろうとは思ってない。次は私のお気に入――」

「やだ」TJは椅子に姿勢良く座っており、その目は画面上を捉え、初めて注意を向けている。彼の瞳は普段と異なり意識と知性を漂わせている。

「ああ、TJ」クレアは咳払いする。「すごく特別なものをあなたに用意したのよ」

「やだ」TJは繰り返す。声がより大きくなり、視線は彼女の顔に注がれている。「つぎにいって、いもうと」

彼の声には脅しと受け取れるものが含まれており、それは彼を主に脳死状態に陥ったSCP-590として知るのみであった人々に衝撃を与えた。最も親しい身内で彼の最愛の兄であるジャックでさえ、この反応には言葉を失っているようだ。

「大丈夫だ、ジェームズ4、彼女がこれを試すだろうことは分かっていた。俺たちは準備してたんだ」TJはジャックの手を掴むために手をぐっと引き、軽く握る。

クレアの眉間にはしわが寄り自分より若い兄を見下ろしている。その後彼女は肩をすくめる。「要らないなら欲しい人を確かめるようにするわ。分かるわね」

TJは一度頷く。顔はぼんやりとして普段彼に付いて回る意味のない微笑が戻る。再びお絵描きに集中するために彼は兄の手を離す。心配することなど何もない。

「私の最愛の娘よ。こうなることは分かっていたわね、私たちはすでにこの多くを話し合ったわ」クレアの顔つきと声は多少不満げで、弟とのやり取りは明らかに彼女に重くのしかかっているようだ。2世は目を押さえつつ見上げる。「あなたに全てを残すわ。安全な家、権利証、私たちに負わせられた恩恵、この全てとそれ以上があなたの名の下にある。「走狗」Runnersは呼び出せば従い、「深層」Deep Beneathはあなたに奉仕することを自ずから誓約している。残りは全部ケースに入っているわ」

ジョーイ・タムリンは分厚い革のブリーフケースをバッグから引っ張り出し、それをテーブルにドンと置く。彼は少し喘ぐ。明らかに重そうだ。

「あとで見ます。ありがとう、ママ」クレア2世はしばし微笑み、その手を重い荷物の上に置いた。彼女の年上の親戚を一瞥すれば、中を覗こうとするものは誰であれ、かなり衝撃を受けるであろうことは明らかだ。

暗い視線はデイビッドの方に向く。彼はそれを見返し咳付く。闇雲に。「デイビッド。私たちはあなたが親密と言うかも知れない関係になったことは決してないけれども、あなたは家族の中で唯一、常に一歩先に他人よりも多くを見るということがどういうことかを理解している人よ」彼は頭を画面の方に静かに向けている。あたかも彼女が核心を突いていることを示すかのように。「でも、私たちが意見を一致させたことは、悪気があったわけじゃないけれども、1度もない。『番号なき兄妹』の問題について」

デイビッドは少し身動きし、やや背筋を伸ばして座っている。「俺たちはただ認められたいだけだ。家族の一員だと」

「お前家族の一員だよ、ちくしょう!」マイケルが口をはさみ、テーブルに手を叩きつけた。「お前はどんな時も俺の息子だった、俺はどんな時もお前のためにここにいる!」

「だったら他の奴らはどうなんだ、親父?ええ?」デイビッドは椅子から飛び上がり、父親を見下ろす。「他の子供たち、ブライト家系の私生児たち、冷たくされてきた奴ら全員はどうなんだ?あんたは奴らのためにそこにいるつもりなのか?あんたは俺を守ろうとした方法で奴らを守るつもりなのか?」彼はサングラスを払い除け、目のあるべきところに大きく開いた穴を露わにした。「異常が現れるようになったら奴らを去勢するのか?俺の弟はな、怯えきって叫び続けている。あいつの声帯を引き裂いてくれないか?それなら財団はあいつを迎えに来ないだろ?ずっと作動しないさ。電源を取り外せばな、違うか?『可哀想なテッシーの振動Poor Tessie Shakes』はどうだ?背骨を切って彼女を動けないようにして、物を倒せないようにしようか?なぁ、親父?俺の兄弟姉妹全員を操る方法を見つけて、あいつらが正常だと判断されなかったら、奴らを独房に閉じ込めるんだろ、あいつみたくな――」彼は指をさっと動かしてTJを示す。

TJは彼を見返している。その年若い目は暗く、ゾッとするほど冷ややかな表情が彼の若々しいそばかすだらけの顔に拡がっている。

「きっと……。きっとあんたは……。」デイビッドの激しい非難は勢いを失う。590は凝視をやめない。盲目の人物ブラインドマンでさえ、その視線の重さを感じ取ることができる。

「デイビッド――」マイケルは口を開くが末弟の重い視線が彼に向けられると彼もまた沈黙する。3人は黙っている。うち2人は何が起きているか分からず、3人目は分かっているがそれについて話すつもりはない。

「それでもう十分よ、お二人さん!」クレアの声は静かな部屋で鞭の如く響く。「両者には意見の相違があるけど、ここでは解決しないわ。どうもありがとう」彼女は二人の間を前後に睨みつけ、威嚇して常識的な態度を取り戻させる。死後もなお。「さて、先ほど言ったように。私たちは多くの事柄について意見の一致を見ることがないわね。デイビッド」彼女は意図せぬ言及に気まずさを感じたが、続ける。「でもね、私はあなたがしていることに確かに賛成しているの。だから私はニューオーリンズの安全な家をあなたに譲渡したわ。ある種の本拠地としての役目を果たせるようにね。あなたとあなたのもののために。それに加え、あなたが見逃したかもしれない、いくつかの兄妹のリストもある」彼女の目は彼から、自身の母へと向けられる。「私たちの誰もが、今まで私たちのDNAにわずかしか注意を払っていなかったのがその理由よ」

タムリン博士は慎重に目の見えない男のところへ行き、小さな書類のフォルダを渡した。「必要なものはすべてこの中にある」彼はそう言うとテーブルの上座にある自分の席に戻る。

「ヨリック・エルロイ!」彼女の声は鞭の如く響く。それは名前を呼ばれた個人を跳び上らせ驚かせた。彼はしれっとデイビッドの書類を覗き込もうとしているところだった。「あなたはいつも私のことを絶対にいて欲しくない叔母として考えていたことは知ってるわ。家族のうち、あなたは知らずにいたいと願っている。でもね、私はいつまでもあなたを可愛がるだろうと予知している。私たちがチベットで一緒に過ごした時間のおかげで」彼女はその若者に微笑む。他の家族のほとんどがゆっくりと"向きを変えて見る"間に」

「いつお前は――」ジャックが話し始めるとそれは遮られる。

「僕がインサージェンシーに対して行っていたことですよ、以前に。知ってるでしょ、クレフの特別機動部隊をね?」ヨリックは、いとも容易く嘘をつく。しかし、それはこういった関係の中では、ありふれた生存特性である。「それについて話すことは僕には許されていません」その情報を聞いて、ジャックは頷く。彼らには皆、話せないことがある。

「そういう訳で私はあなたに小さな記念品を送りたいの。私がいた記憶、または警告として」彼女は従僕のタムリンに身振りをし、彼はヨリックに小さな黒い石を渡す機会を得る。「特別な性質はないわ。それはただある墓石の一部を削り取ったものよ。覚えているでしょう。すべては私がいた記憶よ。ああ、警告もね、当然だけど」彼女は背筋を伸ばし遥か彼方を見つめ、安っぽい世界的な占い師のように声を深めていく。「不死を求めるなかれ。それは汝を見つけよう」

ヨリックは身震いしポケットに石を滑り込ませる。「ありがとうございます、クレア」

「どういたしまして。坊や!次はもちろん、私たちの一番若い家族ね。こんにちは、セラ、会うことは永遠にないでしょうね。私の名前はクレアよ、あなたは理解したわね」クレアは嬉しそうに微笑む。若いミス・アージェントに。

「このグループとの関係を知ったのが2週間前だったことを考えると、そうね、会ったことはないわ。ねぇ、知りあえて良かった。ごめんなさい、亡くなった後で」セラは軽々しく答えた。顔から赤いカールした一房の長い髪を払って。

「実際のところ、あなたには大して持ってきていないの。これだけよ」クレアはタムリンに進行するよう頷く。

彼はバッグの中に手を伸ばし、革のベルトを引き抜く。それは美しく細工され装飾が施されたもので、幻想的な生物のいる何十ものとても小さな風景が、端から端まで彫り出されている。ベルトには2つのホルスターが付いており、どちらも明らかに同水準の気配りの下で作られていた。

セラはベルトを引っつかみ眉をひそめる。ほとんど考えもせずに彼女は自身の6連拳銃のうちの1つを引き抜く。それを引き金に彼女はテーブルの反対側に戻りスリーブを振り広げ、それを自身の前側の空いたホルスターに滑り込ませる。「へえ。ぴったりね」

「そうね、当然よ。そのベルトは父のものだったの」とクレアは続け、皆はその話題に移る。「あなたがそれを持つことが唯一相応しいことだと気づいたの」彼女は最年少からマイケルに視線を移す。「いいえ、マイキー。どうやって手に入れたのかは説明しないわよ。彼女は銃を持つに値するとあなたが思うなら、私は彼女にベルトをあげる以外のことはできない。おっと、名前もあったわね」セラに目を戻すとクレアは得意げに笑う。「あなたはアルベルト・ジョヴァンニを調べる必要があるわ。一部では彼は『ガンスミス』として知られている」

最後の贈り物が与えられ、クレアは再び部屋全体に目を向ける。「私の家族。愛する人たちよ。皆の誰一人とも会えなくなってしまうのは寂しいわ。そして皆は私がいなくて寂しく感じるって分かってる。それと最後に言わなければならないことがある。それは警告よ。何かが到来しつつある。対処のために収容房と収容物の両方を必要とするような何かが。もしもある方法を見つけ出せなければ――」画面が静止する。

「残念だがここで終わりだ」タムリンは前屈みになり溜息交じりにそう言うと停止ボタンを押した。「彼女がそれを終えなかったのか、寿命でテープが消去されたかのどちらかだ。しかし、彼女が書いたものはそれですべてだ。あるいは記録したものはな」彼は立ち上がった。紛れもなく思考の放棄だ。「他に彼女が残したかも知れぬものは全て私が個人的に配ろう。最後に……」彼は咳払いをして部屋の中を見回し、見方によっては自分の子孫もしくは祖先の一人ひとり全員と視線を合わせる。そう、デイビッドを含めて。だが、どうやってそれをやってのけたのかは神のみぞ知ることだ。「最後に、彼女はこの会合を望んだ。単に取るに足らない装身具を配るためでも、あなた方と会うためでもない。あなた方を一つにするために。あなた方家族だと思い出させるために」再び、彼らそれぞれを見る。しかしながらこの時は、その多くが彼の視線を避ける。「そして時には、家族はより重要だ」彼は溜息をつく。誰にも理解されていないことを知って。「結構。勝手にしろ。行ってしまえ。覚えておけ、停戦は継続している。最後の一人が出ていくまではな」

最初に去るのはエヴリンだ。彼女はローブを寄せ集め、まるであまりにも足が多すぎるかのように見える足取りで歩いている。彼女はマイケルの肩をぎゅっと握り、ジャックの頭に触れ、そして最後にTJを抱き締める。彼女はヨリックとセラの両方と握手し後者には短く「家族へようこそ」と呟いた。彼女は女王の威厳をもって去り、すでに自身の痛みを隠し始めている。

マイケルとデイビッドが同時に立ち上がる。両者は口を開いて話をする、それから黒い画面をちらっと見て、それを再考する。2人は別々のドアを通って出て行くが、どちらも深い物思いに沈んでいる。

ヨリックは590と共にいる祖父を助けるために移動する、そして彼の手助けは歓迎される。一緒になって、彼ら2人はクレヨンのことで泣いている若々しい男をなんとか連れ去る。彼はお絵描きを終えていなかった。

クレア2世は騒動の最中にそっと出て行く、気づかれずに。

セラはベルトとホルスターを肩に投げ掛けTJの絵を調べようと屈み込む。単純な作品、子供の絵だ。彼はテーブルにいた全員の肖像画を描いていたようだ。彼女は眉をひそめて肖像画を見つめ、それから顔を上げて考え込む。「1人多いわね」と独り言を呟き、タムリン博士に頷くと絵を集めて部屋を出ていく。

去るのはタムリンが最後だ。誰も忘れ物を残していないか確認したり椅子を押し込んだり等を行う。彼はテレビの前で立ち止まり、画面上の静止画を見ながらもう一度再生を押す。彼は空の部屋で大声で喋る。「この部屋はあと30分で閉じられる。これは今だけの一時的なものだ」彼は袖から一本の青いバラを引き出しそれをビデオデッキの上に置いて、彼をほぼ理解してくれた人を追慕し、それから去っていく。

今や、部屋の中にいるのはそこにいた何者でもない。彼女ひとりだけだ。彼女の目は画面に焦点を当てたままで、思考は渦巻いている。彼女はどういうわけか驚かない。静止画が消え失せて、亡くなった女性の手によりもう1度置き換わっても。

「こんにちは、クレア。あなたを最後に残しておいたの。私からのものはあなたにはほとんど必要ないから。13日に『神聖なる没落Sacred Fallen』の遺跡に行くことを忘れないで。私たちが議論したように。そして、どうか、どうか無月期に入る前に寺院にワインを持っていくことを忘れないで。残りの指示はメモしてある。それと、バッグには簡単な小道具がいくつか入っている。万事動き出した。あなたに教えたことを思い出して、私の言葉に従って頂戴ね」彼女は微笑み、祝祷の手を上げると、ついに完全に消え去った。

「おばあさんのことは覚えてる。私にはどうしても忘れられなかった」彼女は溜息をつき立ち上がった。彼女はドアに向かって歩きぼんやりとしてバッグを掴む。彼女は明かりを消して、何もない部屋に自身の言葉を響かせた。

「すべては家族のために」

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