──確かなものがないことが唯一の確かなことである。
──プリニウス一世 「自然史」
繁栄を極めた人間社会、その最後の生き残りとなった人物は星々を眺めた。
宙へと手を伸ばし、その版図を広げんとした我々は傲慢だった。
叡智の結晶たる技術で、成し遂げられぬことはない。
如何なる障壁、障害、問題も捻じ伏せられると。
本当はあの光線を最初に確認したとき、どこかで危ういと思っていた。
しかし、それが我々に向けられると考えなかった。
否、どうにもならなかったから見て見ぬ振りをしてきたのだ。
あの光が与える具体的な影響は、人類の領域からは遠いから分からないということにして。
我々の根底には都合の悪い現実から目を背け、都合のいい虚偽に逃げることがあったのかもしれない。
だから、こうして築き上げた社会が崩壊すると考えもしなかった。
変革はあれども、これからも人類の歩みが止まることはないと。
今、最後の生き残りたる自分が立つのは人類の、終焉の地であると。
O5-1と呼ばれたその人物は、そうして最後の回顧を終えた。
05-04-2360: O5-13 commits suicide.O5-13が自殺しました。 The Foundation's census estimates that there is 1 human being alive.財団の調査によると生存する人類は1名です。
最後の同僚であったモノを、首を吊った紐から降ろし眺める。
一人だけの力では満足に運べず、重力に従って乱雑に放置されたソレを一瞥する。
通常であればもう少し思慮深い行動ないし言動も出来ただろうが、最早精魂尽き果てた身では何もしようとする気が起きなかった。
放置したまま、自室に戻るため足を進めた。これから、ここを最後最期の遺産墓場へとするために。
思えば、先人達が遺してきた遺産と呼べる数々は今どれほど残っているのか。
ほんの60年前には太陽系の星々に版図を広げ、人口は1800億を超えた。
しかし、今やこの青い地球に老獪な人が孤独に立つのみだ。
進みゆく滅びに対して手を尽くし、そして何もかも残らなかった。
僅か100年足らずで絶頂から終焉にまで至った人類の歴史は、意味あるものだったのか。
財団がその理念に従い、保護してきたオブジェクトはその多くが散逸ないし無力化した。
切り札たるものも全て、死に札と化した。
繁殖という唯一にして無二の根幹を失い、滅びに向かった我々の選択は正しかったのか。
異様な多さの流産、歯止めがかからない不妊症、生の鼓動を見せないクローン。
克服したはずの流行病が牙をむき、人々は死を求めて活動を始めていた。
そも、偽りを纏ったような存在である人間ワタシタチに確かな繁栄は無かったのか。
理念を違える組織も消え、全てが一つの色に染まった時、もう終わりだと悟った。
それでも、競争が起こらずともまだ解決できると偽りの希望を抱いていた。
そして今。問答するだけの生物が一つ。
キリがない曖昧な思考を振り払い、目的地終着地へと辿り着く。
O5-1はセキュリティロックを解除し管理室の核スイッチの前に立った。
絶望と、無力感と、退屈極まりなかった最期の4カ月が浮かび上がり手が震える。
それらを一切合切消し去る核の光が、その手によって放たれた。
即ち、ある種の絶滅が決定付けられた瞬間。これが、財団の末路。人類の幕引きを担う役回りである。
05-05-2360: O5-01 activates Site-01's nuclear bomb.O5-1がサイト‐01の核爆弾を起動しました。
The Foundation's census will estimate that there will be 0 human beings in one hour.財団の調査は今後1時間の内に生存する人類が0人になると推計しています。
05-06-2360: O5-1 dies of natural causes.O5-1が死亡しました。 The Foundation's census estimates that there isn't human being alive.財団の調査によると、生存する人類は存在しません。 The SCP Database moves to Apollyon mode.SCPデータベースはApollyonモードに移行します。
…
……
──メッセージを受信しました。
──データベースがApollyonモードに移行済みであることを確認。自動表示します。
Cessation of Legacy O5-1