第〇七九八番
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泣き女蒐集物覚書帳目録第〇七九八番

一九四一年捕捉。按察司"一桐嘉平"が発見。第一発見は東京府東京市浅草区、酒場街の近辺。以降、名古屋、大阪など大都市圏を中心に確認されている。第一発見から年数が経過するにつれ、確認される個体数は減少傾向にある。

泣き女(なきおんな、なきめ)とは本来、古代から日本及び世界各地で見られる習俗であった。日本においては葬儀の際、遺族に代わって故人への思いの丈を露出する役割を担っていた。身体や号泣を用いて悲哀の心情を表現し、「ワァワァ」や「アーアー」などの叫声を伴う。独自の節を発する者もいたとされ、この節には故人との別れを惜しむ内容が含まれている。近年まで見られたのは本土と離れた島々や一部の漁村で、地域によっては謝礼を受け取って職業化もしていた。然し、最近では習俗そのものが廃れ、泣き女も途絶えた。現在でも韓国や中国では同様の風習を見ることができる。また、中東やエジプトでは古来より根付いていた文化であり、英国では「嘆きの妖精」が伝承として語られている。

蒐集物「泣き女」は、上記の習俗を基盤として発現したと思われる、人間の形態を取る怪異である。何かしら頭を覆う布を被り、出現時は探るように周辺を徘徊する特徴が共通している。女性という項目でも一致しているものの、年齢層は未成年らしき少女から枯木のような老婆まで幅広い。市井に混在するが、このとき人々は「泣き女」に異質な感覚を覚えない。これは特定の隠匿術ではなく、「泣き女」の形態が民間人と変わらないためと考えられる。後述の特性により、「泣き女」は隠匿の術を持たないことが立証されている。

「泣き女」の徘徊から数日以内に、周辺では死者が発生する。死亡要因は病理の悪化や災害、事故や戦禍など特異に関連しないものが割合の殆どを占める。超常の関与により発生した死者も含まれるが、事後調査にてその前兆が「泣き女」とは無関係に進行していたと判明するため、「泣き女」は死を呼び寄せる存在ではないと結論付けられている。寧ろ、死に呼び寄せられているのは「泣き女」である可能性が高い。

死亡の現場、もしくは死者の遺体が移された場所に、再び出現した「泣き女」は来訪する。個体の数は単数でもあれば複数でもあり、ばらつきが見られる。どこからともなく現れると遺体へと歩み寄り始め、遺体の場所が屋内であるなら外部から正規の入口を使って進入する。行進の際、大きく身体を揺らしながら泣き、念誦にも似た独特な節とともに「ワァワァ」や「アーアー」と喚き散らす。このとき遺族や施設関係者などが遭遇するが、多くの人々は「泣き女」の行進を止めはしない。聴取の結果、「泣き女」の行動に共感するような心理状態によるものである。

遺体に到達すると、「泣き女」は縋りつくようにしてその者に身を寄せる。前述の身体の揺れと声は継続しており、実際に零れ落ちた涙が遺体に付着することもある。個体によっては遺体を掴み、悔恨や悲痛を最大限に表現する。

不定の時間、「泣き女」はその行動を執り行う。その後、またしても泣き喚きながら発生した方角に向かい、やがて消失する。発生、消失の瞬間は捕捉できておらず、「泣き女」に関する物質もこれまで採取できていない。流れた涙はすべて、「泣き女」の消失と同時に蒸発し霧散している。


一九四五年三月七日特記。個体数にして五〇〇体以上の「泣き女」が東京の都市圏全域に発生。日中より出現し、周囲を見渡しながら徘徊。夕刻が近づくと建物の影や森林の奥へと引っ込んでいった後、消失した。発生源すらも不明であったが、本拠地への接続点から発生していることが明らかとなった。

観測に当たっていた"一桐嘉平"が「泣き女」の一体に働きかけたところ、聴取が成立。これまで蒐集院の呼び掛けに応答しなかった「泣き女」での初の事例である。

音声記録


応答した「泣き女」は外見年齢四〇歳程度で、痩せ型。声質もそれに同じ。
太字は調査員の発言。



こちらの用意は完了しました。それにしても、我々は初めて貴女方の声を聞きましたよ。

初めて。それは、誤りではないでしょうか。私どもは常に声を発しているはずです。叫声ではありますものの。

失礼致しました。では、言葉を換えます。貴女は何故、我々に応じてくれたのでしょう。

ひとえに、大逸れた理由など御座いませぬ。私どもの生業は死にゆく者たちへ泣き縋ること。きっと、此度は応答すらも偲びに含まれているのです。私どもは、仲間内以外には言葉を掛けませぬ。

ただ、今回は生者に声を掛けることすらもその生業の内に含まれる程だと。何か惨いことでも起こるのでしょうか。

さあ。私どもには分かりませぬ。明日のことは明日のこと。けれども、明日の死だけは辛うじてわかる。香りがするのです。鼻を刺しながらも根底に甘さを帯びた、熟れる果実のような香りが。腐敗している。先端まで流動していながらも。

なるほど。それでは、貴女方自身について尋ねます。かつて日本の世には、ちょうど貴女のような者がいたのです。貴女方は、そこに起源を持っているのですか。

知り得ぬ話です。 [黙] いや、嗚呼、そうでしたか。

何か、気付きでも。

いえいえ。変なことだなと思ったもので。そちらにはやはり、死者を嘆く者が居ないのですね。

どうでしょう。人が死んだら、皆が悲しむ世ではありますよ。

悲しむのは、近縁の者だけでしょう。そして近縁の者が泣くのは、別離と寂寥のためです。めそめそと、泣くのです。ましてこの数年は、悲哀を押し殺して喜ぶ者すら居る。本当に、死者を嘆く者はいますか。

私には、わかりかねます。つまるところ、貴女は嘆きが必要だと言うのですか。

私どもではありません。求めているのは、きっとこの世です。空いた穴を埋めるため、私どもは泣いているのです。

然し、その嘆きに意味はあるのでしょうか。

いいえ。形ある意味など、私どもは持っていません。

自分の泣く意味を、知らないのですか。

はい。故に、私どもはちっとも悲しくなどありません。嗚咽も号哭も、私どもの心から生まれたものではありません。死者を見ても、何も思いはしません。忘れてしまったのかもしれません。

本当に、何も抱いてはいないのですか。

ええ。何も、ありません。何も、残りません。何も、できません。然れども、泣きます。人の死に悲しむ者が居ないなど、可笑しいではありませんか。

それは理由と成り得るのではないでしょうか。

そう判断するのも、私どもではありませんから。涙を落とす。できることは、それだけです。

聴取後、この個体を追跡。浅草区の酒屋街の路地にて、接続点を確認。「泣き女」は雪の降る小道へと突入し、その姿を見失った。執筆時点で小道への突入探査が行われたが、未だ調査員は帰還せず。追跡は一時断念されている。

常時降雪する区画、及び忘却された存在から派生した怪異など、「泣き女」及びその接続点は第〇〇八番異常空間に指定されている「酩酊街」に関連すると推察されている。一方、「泣き女」には記憶や感情の欠如が見られるものの、一切の酒気が見られず、自身の行動動機は確立されている。そのため、「酩酊街」から分岐した異常空間に接続しているという推測も挙げられる。


一九四五年三月一〇日。米軍による東京空襲が発生。推定死者数一〇万人以上、罹災者一〇〇万人以上の大被害を受ける。


一九四五年三月一〇日

三月一〇日時点の東京。


三月七日の個体数の「泣き女」が東京全土に分散して出現。焼野原と化した都市、及び山積された遺体に向かい、縋りつくようにして喚き叫んだ。

地上の蒐集院施設も損害を受け、急速な巷説の流布は不可能となった。然し、戦禍直後の動乱や、「泣き女」に心理的な影響を受けた人々が行動を模倣したことで、凡庸な怪異である「泣き女」の存在が希釈される。現在も一般的な記録に残らぬよう警戒は必要だが、大規模な作戦行動は不要、と判断された。

最終記述日 一九四六年三月一〇日
(記・一桐嘉平)

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