Mr. 美徳蒐集物覚書帳目録第一〇八〇番
二〇一七年五月捕捉。筆者、研儀官日奉茜の偶然の遭遇による発見。以降インターネット上で、同年九月、十月、二〇一八年三月の計四回確認済(但し、内二〇一七年九月のものは事後である)。第三種異常性人格と目される。財団、国際隠秘学連合、その他の隠秘学関連団体が彼に接触した形跡は確認できない(が、それは彼の秘匿的性質に依るものかもしれない)。現在当院には「Mr. 美徳」を蒐集する能力が不足しており、財団への匿名通報が検討されている。
「Mr. 美徳」は言語圏を問わない様々なインターネットコミュニティに出現する。見受けられるハンドルネームや社会的属性、人柄などは出現時によって様々だったが、「コミュニティ参加について概ね無気力で消極的な態度であるものの、全くの無意見ではなく、むしろ聡明である」という点においては、一貫するように見える。
「Mr. 美徳」は、同じ/隣接するコミュニティに所属する、インターネットの使用頻度が病的に高いと見受けられる者に対して異常性を発揮するようだ。彼はそのような者に対して、その者が公開しているAmazonの「ウィッシュリスト」の中から一つ以上のギフトを贈る。相手が「ウィッシュリスト」を公開していない場合、自然な形で公開を促し、丁寧に手順を説明することもある。筆者による過去二度の接触では、請求先住所はいずれもその際のハンドルネームと架空の住所であった。また今までのところ、後述する筆者の二度目の接触の際を除いた全ての例で、ギフトには「インターネットにおける最上の美徳は、インターネットから離れることだ」という旨のメッセージが書かれているようである。
ギフトを受け取った者は、そのギフトを使用(食品の場合は、摂食)してから概ね半月程度かけて、徐々に自らと「Mr. 美徳」が所属しているネットコミュニティへの帰属意識や活動意欲を失い、もう半月をかけて、インターネット上での活動自体に関心を失ってゆくようである。例として、筆者が初めて偶然彼と接触した際(二〇一七年五月)の状況を概説すると、送られてきた「テング ビーフジャーキー レギュラー 100g×5袋」のうち一つの封を開けて食した日から一週間程度かけて、その際所属していた怪談ニコニコミュニティ「房総奇譚放送局515.6kHz」への熱意がさしたる理由もないまま明らかに減衰し、三週間後にはコミュニティを脱退、一ヶ月半後にはその際のハンドルネームで取得していたTwitterアカウントを削除した。当院が確認できたほぼ全ての例は、大まかにこの状況をなぞっている。また、筆者の例を除いた全ての例で、インターネットへの無関心化は不可逆である。このことは、筆者以外の体験者が皆、インターネットへの関心が失われたあとに別の(インターネットでの活動を重視しない)コミュニティへ帰属しているように見受けられることと、無関係ではないかもしれない。余談だが、筆者はTwitterアカウントの削除から二ヶ月後にアカウントを再取得し、活動名の変更を経つつも前述のコミュニティにも復帰した。
「Mr. 美徳」は、同じ/隣接しているコミュニティ内にいるほぼ全ての病的なインターネット使用者に前述の影響を与えた後、ハンドルネームを「Mr. 美徳」、または「マン・オブ・美徳」へと変更し、活動を停止する。うち二例では、ハンドルネーム変更時にSNSのアイコンが黒、白、青で描かれたプレイステーションのコントローラーのイラストに変更されている。
筆者は杉乃井先生監督の元、記憶を頼りに彼の「におい」を追跡し、二〇一七年十月八日、Twitterで「Mr. 美徳」を再捕捉した。後日、変名で接触。接触してから一週間後、筆者が用意していた「ウィッシュリスト」から、「HOKEMA ホケマ カリンバ 9音 Aマイナー7 HK-B9-4」がギフトとして送られてきた。その際、Amazonのサービスとしてのメッセージは付いておらず、代わりに配達用ダンボール箱の中に、以下の内容がタイプされたB4コピー用紙が同封されていた。
イサナギ=アカネへ
やあ。君にギフトを贈るのは二度目だね。
正直に言うと、君がインターネットを辞められなかったことについて、俺は少しショックを受けていた。真にインターネット以外に居場所を持てない者をインターネットから追い出すことは、その者のためにはならないのかもしれない。この疑念は、俺を過去より慎重にさせた。勿論責めているわけじゃない。皮肉でもなんでもなく、君が俺に自分の職務について考える機会を与えてくれたことについて、俺は心から感謝しているんだ。
それでも……インターネットには、インターネットから適切な距離を取るべき者が多い……多すぎるんだ。俺の父や母もそうなんだけどさ。だから、君たち蒐集院――乃至、君たちもご存知のさまざまな組織たち――には悪いけど、これからも俺はこの職務を続けていくつもりだ。
さて、君が俺に考える機会を与えてくれたことへのお礼、そして俺が君にしたことが、君にとって要らないお節介に過ぎなかったことへのお詫びとして、君たちに新しい情報を渡すことにするよ。
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何てこった! ゲーマーズアゲンストウィードのあんただけのMr. 美徳を見つけちゃったな! 美徳にも大罪にも色々あるけど、"俺たち"にとっての美徳ってのは、やっぱ……一つしかないんじゃねえの? なあバッドムナクソメント博士、あんたらもそう思うだろ。あんたらホントに何?
みーんな見つけてMr. ゲーマーになろう!
01. Mr. 文字通りの大量殺人鬼
02. Mr. 一般人
03. Mr. バーニー=サンダース
04. Mr. どの店でもなんでも無料でゲット
20. Mr. セックスナンバー
21. Mr. 美徳 ✔
22. Mr. 大罪
23. Mr. オリジナルキャラクター
24. Mr. D.A.R.E.
25. Mr. ジェントリフィケーション
26. Mr. ビデオゲーム狂
27. Mr. ミーム
28. Mr. 不吉 (生産中止)
29. Mr. 運命
30. Mr. モンティ・パイソン and ホーリー・グレイル
31. Ms. サパティスタ
32. Mr. ハックス
33. Mr. タトゥーがあるだけ
34. Mr. トップテキスト and Mr. ボトムテキスト
35. Mr. フィナーレ
(日本語訳: マン・オブ・美徳)
この時送られたギフトには、他のものに見られたような異常性は確認できなかった——筆者にこの異常性への耐性が生じたか、そもそも二度以上の使用が想定されていないということも有り得ることだが。また、ギフトが届いた直後に「Mr. 美徳」はこの例での活動を停止したため、さらなる追求は不可能だった。
二〇一八年三月十六日、再度の追跡が功を奏し、英語圏のネットコミュニティで「Mr. 美徳」を再捕捉した。当院は接触を保留し、今日まで監視を続けている。
※「バッドムナクソメント博士」というのは、「ドクター・ワンダーテインメント」(第九八八番)を明らかに意識しつつも、それよりもむしろ「博士」(三つ五の字)のことかもしれないと思わせるものがある。
※「ゲーマーズアゲンストウィード」についても調査を進めるべきなんだけど、webがちゃんとわかる研儀官が精々私しかいないんだよな。私も英語圏のネットカルチャーはよくわかんねえしな。
※タスク追加: 財団への匿名通報の新しい手段を考案すること。そろそろ同じ手を使い続けることはできなくなるだろうから。
(記・日奉茜)