第三四三四番
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鮨相撲蒐集物覚書帳目録第三四三四番

文政七年捕捉。研儀官"三郎四郎"により発見。「鮨相撲」の集会に研儀官を派遣し解体にまで持ち込む。それに加えて「鮨相撲」を行っていない握り鮨屋を金銭面で補助し、大々的な宣伝を行うことによって蒐集を図った。

「鮨相撲」は与兵衛鮨の開業者、華屋与兵衛が広めた遊戯である。一対一で闘い勝敗を決めるという点ではよくある遊戯だが、「鮨相撲」は鮨を廻しぶつけ合うという方法によりそれを決める。使うものは鮨、廻すための箸と湯呑、鮨を廻す場となるおおよそ一七寸の土俵である。

「鮨相撲」を行う者はまず初めに箸で自分の鮨を掴む。次いで箸頭を湯呑を思い切り叩く。すると掴まれた鮨は箸を離れ土俵の上を廻りながら動き出す。廻す時はひぃ、ふぅ、みぃ、へいらっしゃいと唱えることが「鮨相撲」の決まりのようだ。

勝敗は鮨がぶつかり合う中で片方の鮨が土俵の外に出る、または片方の鮨が形を留めなくなりもう片方がその時も廻ってることにより決められる。「鮨相撲」が終われば負けた鮨は食べ、勝った鮨は次の「鮨相撲」でまた使うというのも決まりであるようだ。

以下は研儀官"三郎四郎"が初めて「鮨相撲」の集会に立ち入った時の記録である。

町民がやたらと集まり騒いでると思い覗いてみた。
人だかりの真ん中には二〇寸ほどの土俵があり、子供ごやるにしても小さいとは思った。
だがそのすぐ後にそれは自分の勘違いであるのが分かった。
土俵の上にあるのは人ではなく鮨だ。
近頃流行り始めている握り鮨が怒涛の早さで回っている。
何が何だかさっぱり分からない。
群衆はやっちまえ、こはでえもんまだいけるぞ、たいごろうなどとおそらくは鮨に対して叫んでいる。
そうこうしているとコハダの鮨が鯛の鮨を弾き、鯛は土俵の外へと放り出された。
群衆は一際盛り上がり喜ぶ声と悔しがる声がうるさかった。
一人がコハダの鮨を手に取りまた勝ったな、やっぱり俺のこはでえもんは天下一だと誇るように言った。
また一人は弾かれた鯛の鮨を悔しそうに食べていた。
今に見ていろ、次こそはそのコハダがてめえの腹に入るぞと言った。
すまねえ、これは一体なんなんだと近くの者に聞いたらなんだいお前、すしずもうを知らないのかと返された。
どうやら近頃この握り鮨をぶつけ合わせる"すしずもう"なる遊戯が流行っているようだ。
あからさまな蒐集の対象であるようだからしばらく見ようとしていたらその話しかけた者から知らねえならやってみるのが一番だってな、ほら俺の奢りでやらせてやるよと一貫の烏賊の握り鮨を渡された。
俺はやらん、見てるだけでいいと言ったが勢いに押し流され、一回やる流れになってしまった。
どうやら鮨を回すには湯呑と箸がいるようで、それも押し付けられた。
やり方を教わり、いざやってみたが何故かうまくいかない。
何が違うのかと思ったらおいおい、回す時には掛け声がいるもんだろと言われた。
そんなものは聞いていないが言われた通りにやったら見事に鮨が回り始めた。
相手は鮃の握り鮨、初心者相手にさすがに余裕であるようでまあその烏賊食って次頑張れよと言われた。
これに命を賭けているわけではないが、そう言われると少しカチンと来る。
いつの間にか俺は自分の鮨、烏賊ノ助に強く勝てと念じていた。
そうこうしている内に俺の烏賊ノ助が鮃を弾いた。
鮃の鮨は無惨にも跳んでいる最中にほろほろと崩れ、落ちる頃には元の姿は見られなかった。
てめえが勝ったわけじゃない、烏賊が強えだけだと言われたので泣き言ぐらいいくらでも言え、ど阿呆と返したら相手はそそくさと逃げていった。
周りからは惜しみない称賛を受け、俺は務めを忘れて気分が高揚してしまっていた。
しかしそれはむしろ危ういものであり、これほど楽しいものならばすぐに広まってしまう。
一刻も早い蒐集が必要だと思われる。

最盛期は江戸で一万人もの人間が「鮨相撲」に関わっていたが、蒐集寮の尽力によりその勢いは次第に衰えていった。だが残った「鮨相撲」の集会は身を隠し捕縛を逃れるようになった。それに加えて研儀官の内の何人かが行方不明となり、捜索は行っているもののその行方はいまだに掴めていない。

天保一三年、奢侈禁止令を理由に首謀者である華屋与兵衛を捕らえることが出来た。以下はその際の与兵衛の記録である。

鮨相撲が何のためっつわれたらそりゃ商売のために決まってんだろ。
あんたが何の先生かは知らんが商いにかんしちゃからっきしみてえだな。
俺は握り鮨ってもんを見た時にこいつはすげえもんだって思ったわけよ。
今までいろんな食い物を見てきたがこんだけ江戸の人間にあうもんは無え。
こいつで商売したら間違いなく繁盛するってのはよぉく分かったもんよ。
でもな、そこまでいいもんってなると俺がどうこうするまでもなくみんなみんなみぃんながもう食ってる。
握り鮨屋なんてもう色々あるからそこに何も無しにのこのこ行ったところでお陀仏だ。
俺には他には無え、江戸中を引き付けるための何かが必要だったってわけさ。
それが鮨相撲だ。
火事と喧嘩は江戸の華、なんて言われるが俺はその喧嘩に目を付けた。
せっかちな江戸のもんは何かにつけてすぐ喧嘩しやがる。
よく飽きねえもんだって思うが今ばかりはありがてえ。
殴る蹴るよりも鮨が廻ってる方が見てて楽しいみたいでな、物珍しさもあってあれよあれよという間に流行りまくったさ。
おまけに片方の鮨は食うから新しい鮨はもう笑えるくらいに売れていったわ。
それによ、こんな太平の世だ。
おんなじ人間同士でバチバチ殺し合いしなくなって幾年よ。
いい加減、飽きてきてんじゃねえかってな。
所詮人間はずーっと闘うもんだ。
先生、あんたも興味あるんじゃねか。
先生じゃなくても周りにいるんじゃねえか、鮨に魅入られた奴がよ。


なんてな、まあ俺の鮨相撲だ。
簡単に消せるなんて思わねえこったな。

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