コネクション・ターミナル
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ユーテック。珪のノルニルの従者1が小宇宙に建設したメガロポリスにして、パラテック2のメッカ。光り輝く摩天楼が立ち並び、アンドロイド、ロボット、ホログラムが渦巻くこの地で年に1回開かれるのが、国際学生超常技術コンテスト、通称"Paracon"である。

若者達はインベンション、プログラミング、エクソシズム、ゴーレムなどの各分野で自身の力を発揮するため、各超常組織は人材を手に入れるために集まってくるのだが、如何せんパラテックというものは金食い虫であり、今では一部の競技を除いて、各組織が人材の優秀さを誇示する代理戦争と化していた。


Paraconのゴーレムバトルは、各チームがレギュレーションに則ったゴーレムを持ち込み、予選・決戦のトーナメント戦を勝ち進むルールです。円形フィールドから落下して着地するか、頭部パーツが破壊されると敗北となります。近年は空中戦がトレンドで、フィールド上空を確保するため、飛行中も激しい攻防戦が繰り広げられます。

男はスマートフォンの画面を閉じると人波から外れ、ペデストリアンデッキから身を乗り出した。遠くまで燦然と摩天楼が立ち並び、人やロボット、アンドロイドが1つの流れを形成し、夜闇にネオンやホログラムが映える。
男はその中にバトルゴーレムのトーナメント表を見出した。
明日の準々決勝には、今回が初出場のチームが中堅のチームとぶつかるらしい。ブックメーカーのオッズも大っぴらに載せられており、その初出場チームは10倍、多くの人が負けると予想していると分かる。

「ビギナーズ・ラックにしてはあのチームすげえよな」
「気を引き締めなきゃ」
プリチャード学院3の制服を着た学生達が、和気藹々と後ろを通り過ぎていく。

そこで男は考えた。高いオッズの初出場チームに賭け、クラッキング等で勝たせることができれば…。

コーラで喉を潤しながら、男は更に思案する。幸い俺は並以上のクラッカーだ。ユーテック銀行やレッドゾーン4を破る以外、できない事はないだろう、と。


「すまないんだけれど、あのタケミナカタだっけ、例の個人チーム。機を見て接触してほしいんだ」
ここはサイト-81██の人事部。1人の男が電話の前に立っている。
「人事局長の了承は貰ってる。必要なものが出たら経費で落としておきます。先生以前に君はエージェントでしょう、だから頼みましたよ」


レギュレーションに則って、パーツを期間中にユーテックで調達するには、大会運営委員会お墨付きのパーツ店を利用することとなっている。弱小チームの次回のお相手である聖クリスティーナ学院5第2チームの引率教師は、前回の試合は機体を大破させての辛勝であり、パーツのストックが切れてしまった、とインタビューに答えていた。

早速、男はユーテックでも最大のパーツ専門店のコンピュータにクラッキングを仕掛けた。
どうやら設備投資を怠っているようでOSは1世代前のもの、現パッチでは修正されているセキュリティ・ホールを発見することができた。そこからネットショップの注文履歴を総当たりで探る。
「st.christina college…christina…golem…paratech…」
あった。一発で見つかるとは正に僥倖。だがやはり、チームの口座名なんて決まりきった名前だ。

早速、リストを確認する。
ゴーレムバトルのゴーレムは、ゴーレムといっても奇跡論的なロボットといったほうが近い。元々の競技では泥人形や鉱物から切り出した人型にemethと書き込んだものを動かしていたが、今では奇跡論的ロボットによるロボットファイトになり、名前のみ残っているのだ。Paraconではあり得ないが、戦う相手が人間だったり、BMI6に接続して運用されていたりもする。
奇跡論的なCPUというかまさにそのもの、エネルギーリアクターやエネルギータンク、エネルギーを伝導し、命令を伝達する部品、などなど。こういったものがゴーレムのパーツであり、どれも超常技術の結晶だ。
そして今回男は、若干エネルギー許容量が足りない接続端子を紛れ込ませることにした。男の脳内では、今まさに必殺の一撃を加えんとする赤い十字のゴーレムがショートして倒れる様が、まざまざと浮かんでいる。
商品発送場所は、開催場所から一番近い系列店。
ここまで確認して、男はガラス柵から体を起こすと、急いで自宅へ向かった。


ユーテック・セントラル・コンベンション・センターの控室では、例の初出場チームが明日に向けて調整を続けていた。
数多い出場チームの中でも、チーム・TAKEMIKAZUTI7はバトルゴーレムという道楽に金をつぎ込む余裕のある超常教育機関のクラブではなく、個人チームだった。

部屋には複数のウェブカメラが設置され、ゴーレムをオーバーホールする小柄な少女の手元と、パソコンの前の2人の少年に向けられている。
「聖クリスティーナ第2チームの傾向を分析するに、相手ゴーレムが近づけないような状況を作りながら、遠距離レーザーで確実にこちらの頭を落としに来ると思うんだ。あと電磁波を使う敵がいるかもしれない」
スピーカーから、歳にしてはやけに高い青年の声が聞こえてくる。
「それ逆!」
「ああっ、本当だ…」
一方、少女の脇のスピーカーからは、男勝りで力強い少女の声が聞こえてくる。
そう、チームTAKEMIKAZUTIはネット上の有志によって結成された挑戦者達なのだ。

「組み上がったよ!」
少女は立ち上がり、組み上がったばかりのゴーレムを試験用の台に乗せると、カメラをセットして試験を開始した。
エメラルドグリーンのゴーレムは、見てくれとばかりに、その場で空中宙返りを決め、もう一回転すると、空中からライフル銃で、釣り糸で垂らされた的を撃ち抜く。同時に背部ランチャーから発射されたミサイルが残りの的を撃墜する。舞う的の欠片を背にするその姿は、人間だったらドヤ顔を浮かべているに違いない。
「なんというか…トリッキーになった?このゴーレムちゃん」
続いてライフルに着剣して走り出すと、腕を槍のように突き出して僅かな隙間の先にある的に突き刺した。
「うん、腕の調子もいいみたいだ」
そして眼鏡の少年がゴーレムを床に向けて落とすと、すぐさま急上昇で反応して、何をするんだとばかりに少年の周りをグルグル回った。


男はパーツ店そばの物陰に潜み、密かに準備を進めていた。そばにはバイクを停めてある。
配達用の自動運転車が一台しかないこと、例のパーツがネットショップから未だ発送されていないことを確認すると、早速車にクラッキングを仕掛け、輸送ルートを変更する為のプログラム(もちろん、実行後は勝手に消える)をインストールした。自動運転車の普及後、大抵の運転手は夜間うたた寝するようになっているので、睡眠ガスなんて使う必要はない。むしろ急激に効く睡眠ガスなんてものは劇薬だ。
一通り手順が完了すると男はバイクに飛び乗り、所定の裏路地に向かった。

人気のない裏路地。暫く待っていると、スマートフォンが配達車の発進を伝えてくる。バイクの後ろからパーツとその他諸々を取り出して待つ。
そして、車が止まった。配達員は予想どおり居眠りしている。だが、心地よい揺れが止まれば起きるのはそう遠くないだろう。さあ、ここからは時間との勝負だ。

配達トラックの電子錠を解錠し、"C.C.2"と書かれた箱を見つける。すぐさま、包装を開け、自宅から持ち込んだパーツを代わりに入れる。箱は沢山あるが、最後まで綺麗に再包装するのを忘れずに。迅速かつ丁寧に。元通りにしたらトラックの電子錠を閉じ、自動運転を再開させる。

これで仕込みは完了。自宅に戻って昼頃に起きれば、10倍に膨れ上がった掛け金が口座に収まっている。男は破顔しながら"TAKEMIKAZUTI"に大金を賭けると、寝床と輝かしい明日に向けてエンジンをかけた。


準々決勝。
流れ作業のように、来場者がゲートから吐き出されていく。男は半券を受取ると、地図を頼りに席へ足を向けた。
結局、男は早くに目が覚め、計画の成就するその時を見に来たのである。
一段高い屋内仮設ステージからは、建物内の端まで展示施設が並び、それを縫うような人波と、その上を舞うゴーレムたちが見える。ステージ上には円形フィールドとそれを中心に撮影用のドローンがホバリングし、至るところで忙しなく最後の調整を行っている。

男は最前列の席に腰を落ち着けると、ブラウザを開いた。

Anonymous 07:21
C.C.にゴック(Gocks)にファウンディー(Foundies)、後数校。いつものメンツになることは疑いようがないね。
Anonymous 07:22
あのなんだっけ、TAKEなんとか。頑張ってほしかったけれど、C.C.には勝てないかな。
Anonymous 07:23
それよりファウンディーのあのゴツい奴。ゴックのすばしっこい奴と当たったらどっちが勝つのかな?
Anonymous 07:23
それはともかくTAKEMIKAZUTIは勝つよ。俺は予言する。それに応援したい。

男は高揚感に包まれながら書き込みを済ませると、売店から買ってきたポップコーンとコーラに手を付けた。


円形のフィールドに、赤い紳士と緑の武神が相対している。少年少女達は自分達のゴーレムを力強い目で後押しし、相手のゴーレムを親の仇とばかりに睨みつける。

そして……試合開始のブザーがなる。

2つのゴーレムは唸りを上げて空中へ飛び立ち、挨拶代わりにレーザー1発を交換する。
両者ともに静止、そして赤のゴーレムは相手を迎え討つべく、万全の迎撃体制を取った。そのアイは、真っ直ぐに相手を見つめ、隙を見つけたら撃つと告げている。
ならば挑むのみ。緑のゴーレムは銃剣を構えると突撃を敢行した。頭は敵の前に無防備。聖クリスティーナの引率教師はニタリと笑った。
紳士は冷静に高出力でトリガーを引き、レーザーは武神の頭を……撃ち抜くことはなかった。緑のゴーレムは宙返りしてレーザーを華麗に股抜きさせると、そのままの勢いで相手の右腕を両断した。

「やった!魅せてくれるじゃないか!」
少年が喜ぶ対岸では苦虫を噛み潰したような顔が複数。
だが、主兵装の狙撃銃が破壊された程度ではまだ足りない。
赤のゴーレムは空いていた左腕で銃剣を叩き落とし、頭に向けて再びレーザーを発射。それを相手は右腕を犠牲に受け止めた。
これで1対1交換。
だが、武装が腕に内蔵されている聖クリスティーナと、マニピュレータに持たせるTAKEMIKAZUTIでは腕の重要度が異なる。予備の銃剣を、頼りなさげに緑のゴーレムは持っていた。

そして、聖クリスティーナの生徒の目にも、もう侮りの色はない。


「ったく、今日まで仕事かよ…!」
「しょうがないでしょう。Paraconで違法行為が行われたとしたらそれは実行委員会どころか行政府、ひいては"従者"達にも泥を塗るんです」
女性が助手席でコーヒーを飲む横、男性は悪態をつきながら走行ログを調べている。
「見つかりました?早くしないと、午後の試合に間に合わないませんよ」
「うるさいな、今調べてるって……あった」
「場所は?」
「ここからは10分の裏路地」
「行きましょう。ほら、運転手さん早く来る!」
「人使いが相変わらず荒いよな……すいません、ご協力ありがとうございました!」
男性警官はそばで苦笑している従業員にお礼を言うと、パトカーに乗り込んだ。


男は焦っていた。
先程から両者は激しい空中戦を繰り広げているものの、クリスティーナのゴーレムが息切れする様子は全く無い。これだけの時間、飛行ユニットを酷使していたら流石に落ちるのではなかろうか。

再び聖クリスティーナのゴーレムが大きく動く。不意に撃墜されようとも、着地できる様に確実にフィールドの上をとって。
左腕から再び高出力のレーザーが発射される。
そしてそれを相手はステップするように避ける。

偽装は完璧である。それこそ部品ごとに詳しい検査でもしない限りバレない、そこまでギリギリの部品を紛れ込ませたのだ。なのに何故……。


高出力レーザー。
TAKEMIKAZUTIのゴーレムはこれを待っていた。避けながら、すぐさま背部ランチャーを開放する。
いくら姿勢制御が完璧といえど、ミサイルの衝撃を抑えきれるわけではない。だが、相手の動きが鈍る今ならば。

計6発。ミサイルは相手を確実に捉えている。
だが、向こうも用意周到だった。
腹部に埋め込まれたチャフもどきを発射。そのまま回避行動をとる。ミサイルは間一髪で外れ、起動した。

そう、起動した。
ミサイルの正体は電磁波爆弾。その攻撃はフィールドに浸透。2体は共に地上に吸い込まれていく。
赤のゴーレムはフィールドの上空、緑のゴーレムは相手より高空を確保した。残された猶予はわずかコンマ数秒。

勿論、腕部は既に使い物にならない。しかし、機体腹部から、覗く銃口が相手を見下ろす。

ゴーレムは制御をすんでのところで取り戻す。息も絶え絶えの制御ユニットを動かしてしっかりと両足でフィールドに立ち、天上に向けて左腕を突き出す。

TAKEMIKAZUTIの姿勢制御装置は最後の力を振り絞り、地上の標的を見定める。そして着火された火薬は爆発的な推進力を生み出すと同時に、使命を果たしたバレルを吹き飛ばしゴーレムの臓腑を巻き込んで爆発する。

「なんだ!?」
聖クリスティーナの生徒の驚きとは対照的に、チーム・TAKEMIKAZUTIは祈りを捧げる。

クリスティーナのゴーレムの標的は既に弾道から消えている。彼のレーザーは虚空を切る。

ついに、飛来した槍は相手の頭を串刺しにした。
困惑する引率教師の目の前に、カタンと武神の胸像が落ちた。


勝敗は決した。
過程はどうあれ、掛け金は倍になって返ってくる。
むしろ、姑息な手段をとったことが、男は恥ずかしくなってきた。それを振り払うように男は席から立ち上がる。

暫くはユーテックに戻らずにLAにでもいるかな、そう考えながら、まだ空いている通路を出口に向かって上っていると、こちらをちらりと観察している目線に気づいた。
まさかとは思うが、警察、もしくはブックメーカーの元締が雇った奴か?

いや、ここで即逃げるのは良くない。まずは目当ての展示があるふりをして、別の出口へ向かおう。男は自分なりに冷静な思考をするとゆっくりと歩き出す。

だが、唯一誰も陣取っていないゲートへ平静を装って入った先には二人の警官がいた。
気づけば後ろから私服警官が迫り、完全に包囲されている。この状態で武器を抜けば余罪が増えるだけだ。
「こんにちは、チェン・ロンさん。ユーテック警察です。ハッキング、窃盗の罪であなたを拘束します」
婦警が警察手帳とハンドガンを突きつけた。


とあるレストランの個室にて。
「どうも、白子ケーパブルプロバイダー8のヤマナカです」
日本系の男性が星をあしらった名刺を差し出して挨拶をする。
「で、ご用件は私達に援助をして頂ける、とのことでしたが」
TAKEMIKAZUTIの面々はエージェントと向かい合って座る。勿論、映像通信で2人も参加している。

「はい」ビジネスバッグから資料やタブレットを取り出す。
「単刀直入に申し上げますと、私の所属している会社はあなた方に興味を持っています」
「正確には、"ファウンディー"が、でしょう。で、内容は」
眼鏡の少年は即座に切り返す。
「よくご存知で。ともかく、現在大破しているゴーレムの修理費に加えて決勝までのメンテナンス費の全負担、そして……」
学校案内パンフレットを取りだす。
「仮にもあなた達は学生です。日本国内にあるプリチャード学院系列の中高や大学の他にも、財団が保有する各種の超常教育機関への入学ができます。勿論、審査さえ通れば在学中に研究開発を続行することが可能です。優秀な人材に良好な環境を、という事ですね」
その他諸々、ひとしきり話すとエージェントはすっかり冷たくなったコーヒーを飲み干した。
「お皿をお下げしますか?」ロボットが駆けつける。
「ああ、お願い」

「どうしたらいいかな」
「僕はともかく、君たちは大人に話を聞くのがいいんじゃないか」
「心配は無用です。親御さんや先生には了承を得ています。それにこれらの学校には寮がありますから皆さんがバラバラになることはありません。推薦試験はありますが大したものでもありませんし」
スッと同意書を差し出す。
「本物……らしいな。こりゃ負けた」
「それでも心配なら席を外してもらっても構いませんよ」


競技最終日。
「優勝!チーム・TAKEMIKAZUTI!!」
仮設ステージの中心には表彰台が設置され、光り輝くホログラムと人々の拍手が彼らの健闘を称える。

あの後彼らは、エージェントより援助を受ける事を了承した。復活したゴーレムは続くプリチャード学院との準決勝を突破。決勝戦でICSUT9付属を激戦の末破った。

財団とGOC、2大組織の超常教育機関を両隣に従え、3人はしっかりと表彰台最上段を踏みしめる。金メダルを首にかけ、賞金パネルとトロフィーを握る。その傍らにはエメラルドグリーンのゴーレムが得意げに浮かんでいる。
海の向こうではそれぞれモニターを前に涙を流す2人の姿があった。

会場の影にYシャツを着た男が1人。
「えぇ、ご存知でしょうが、例のチームが優勝しました」
胸には"プリチャード学院非常勤講師"と書かれている。
「全く、生徒を裏切るような仕事はさせないでくださいよ。まあ、有望な人材が財団に入ってくれる事は嬉しい事です。ですよね、吹上人事官?」




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