建造計画
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地球はもはや「壊れた星」でしかなかった。その星は何もかもが沈んだ、何も無い星だった。
海は地のほとんどを喰らい尽くし、都市は沈み、人も沈んだ。

そして日本も、富士山以外はほぼ何もかもが沈んだ。

…そして、その沈まずに済んだ富士山では、避難所の建造が行われていた。


合計約数万人の作業員と避難民、だだっ広い人工土地、巨大な工場の様な建造物群、無機質な居住区、大規模な食糧生産所…そして最も大きい灰色の建造物に刻まれる「東弊重工」、「日本生類創研」、「GOC」の名前。

施設の建造やメンテナンスは東弊重工、医療や食料は日本生類創研、警備や防衛はGOCがやっている。どの組織も人知れず活動していたが、この世界が異常になりヴェールと呼ばれる幕は消え去った。知らぬが仏だった事柄が広く拡散し、だからこそ当の三組織は表舞台へと出てきたらしい。

海面上昇は余りにも急激過ぎて、ほとんどの人間は逃げる暇も無く沈んだが一部の人間は予め対策していたらしい。…といっても、その大体は金持ちや権力者で、一般人は結局ほとんど死んでいるが。私の様な単なる登山客は本当に運が良かったらしい。ここにいる人間のほとんどは「正常性維持機関」か「異常製造団体」で、僅かに私の様な一般人がいる。

最初は馬鹿げた話だと思った。だが実際に海面は3000mも上昇した。もはや信じない訳には行かなかった。

海が世界を飲み込んだ日から、私の生活は激変した。


轟音、振動、白煙、閃光…

そんなものがこの避難所の全てだった。

ここは様々な設備によって多少マシにはなっているが、基本的に余り良い環境とは言えなかった。少なくとも単なる一般人で、ただの一般労働者として配属された者にとっては。

ここにいる人間はだいたい3パターンに分けられる。まず私や単なる金持ち、権力者だった一般人が割り振られる「一般労働者」。そして東弊重工やGOCの人間が割り振られた「特殊作業者」。最後に実在すらも分からない「施行管理者」。

…そして、ただの一般労働者が立ち入れる範囲としては延々と続く鉄塔や工場、無機質な灰色の床、広がる海が全てだ。正直2日で見飽きる様な光景。しかもここは工業地帯の様な物だ。その上、急ぎで建設された関係もあって衛生面も完全に配備が行き届いている訳では無い。食事も無味無臭の白い寒天の様な物ばかり。

正直な話、ストレスは大きかったと思う。施工管理者とやらの提示する「工期」を厳守しながら何の為にやっているのかよく分からない作業を続け、その割には生活は退屈で苦痛だった。生きていられるだけ有難いという感じの状況ではあったのだろうが、それを差し引いてもただの一般労働者から見える世界は暗かった。

それはあの話を聞いた日も例外でなく、その日も訳の分からない理解不能な作業をひたすらこなしていた。

特殊作業員の怒号と一般作業員の溜息、砂埃と目を焼く閃光。恐らく工事現場とはこういうものなのだろう。赤色の超立方体があったり、自律的に流動する緑色の液体があったりする以外は。そんな環境で働いていた時だった。あの話を知ったのは。

それは1人の特殊作業員から聞いた話だ。東弊重工の総務に勤務していて、確か現場全体の指揮を執っていた男だった。名前は確か"広末孝行"。その男は1度辞職し、新聞社に転職したが、世界が沈んで結局人手不足という事で東弊重工側から呼び戻されたらしい。

その男は興味深い事を言っていた。

「ここは舟だよ」

言っていた意味は分からなかった。ここは富士の山頂だし、少なくとも自分は船なんか造ってる所は見た事無い。ここが船なんて、なにを言っているんだろうか。位にしか思っていなかった。

施工管理者からいきなり見慣れない封筒の手紙が届くまでは。

その封筒の中身の手紙は、私達がやっている作業の答えであり、これから目指す地点だった。


あぁ、その手紙にはー

「移動海上都市の建造計画『ノア』」

なんて壮大すぎる計画が書かれていた。

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