飛ぶ夏鳥、後を濁す
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2026/6/28
08:46:22 (UTC-6)
アメリカ合衆国 モンタナ州
ウエスト・イエローストーン空港

1998年に正常が崩れ去ってから、28年。かつての異常テクノロジーが世界に普及した今となっては、飛行機で退屈を持て余したことすら懐かしい。忌々しい"現代"特有の交通手段の速さは、訪問者を一瞬で目的地に到着させた。

現地の天候は曇り、だがこの地に降り立ったことで、気分は晴れやかだ。この先起こることへの高揚感で、落ち着きなく空港の待合室を見回してしまう。今日行われる"あるイベント"のために、私ははるばる日本からやってきていた。同じ目的でやってきた同志たちも多いようで、空港はどこも人、人、人。ここまで同志が集まったのを見ることは初めてで、2019年をきっかけに急激に同志が増えたことを、情報としてではなく、実体験として改めて確かに感じる。

……だが、それは別として人が多いと疲れは生じる。人混みをかき分けてやっとの思いで待合室のベンチに座り、一息。

ポケットのスマートフォンを確認しつつ、天然水を口にする。すると、隣に座っている青年が話しかけてきた。

「今日ここに来たってことは、あなたも今日の反戦デモの参加者ですか?実は僕もなんですよ」

随分と馴れ馴れしい。一瞬、返答できずに固まる。続いて、言葉の意味の理解に時間をかける。反戦デモ……ああ。そういうことになっていたか。首を傾げてこちらの返答を待つ人懐っこそうな青年に返す。

「そうですね、まあ」

曖昧な愛想笑いと一緒にそう返す。スマホを取り出し、そちらに視線を落とした。これで会話が終わるかと思いきや、彼はどうやら空気の読めないタイプらしい。お構いなく話を続けてくる。

「にしても、すごい数の人が集まりましたね!ニュース見ました?既に1万人ぐらい集まってるらしいですよ。いやー、こんなに同志がいるんですね、心強いです」

そうですねー、と適当な相槌を打つ。今はSNSで指示を出すのに忙しい。『同志じゃない』こいつに構っている暇はないというのに。風貌から何まで、いかにも"軽いノリでデモに来てしまった若者"と言った感じだ。これだから最近の若者は……。ため息。この連絡を終えたら席を変えようと決め、スマホに専念する。

「やっぱり、この前の中米の戦争、アメリカや財団の横暴は許せませんもんね。特に財団。僕、ACなんでそのうち財団に収容されないか不安で」

スマホを打つ手が止まる。Anomalous Career……異常性保持者。いま、目の前の男はそう言ったか?思わず、彼の全身を見回す。その視線に気付いたのか、彼は苦笑いを浮かべて言葉を続ける。

「あ、見た目そうは見えないですよね?まあ『手に持っているものを雛菊に変えられる』ってだけの簡単な  あれ、用事ですか」

忌々しい。ACなんかと会話するわけがないだろう。話の途中で嫌悪感と吐き気が抑えきれなくなったため急いで席を立ち、彼に背を向け、出口に歩く。

それにしても、なんて鈍感な青年だろうか。この周囲の殆どの人間が、彼に殺意を向けているのにも気が付かないのか?ここが空港でなければ、とっくに彼は死んでいる。例えば、座っているベンチの後ろに立ち、彼の背中を睨んでいる女。彼の横、私の座っていた場所の空席。その反対側に座っていた男も舌打ちしながら席を離れた。このまま彼に危害を与える人間が出てもおかしくない。

舌打ち、SNSで"周辺50mの友人"を指定して、新たに1つ指示を出す。

『騒ぎになる、手は出すな』

送信ボタンを押す。すると、背後の女を含めた視界に映る人の群れが一斉にスマホに目を向けた。続けてもう1つメッセージを打つ。『あと数時間の辛抱だ、耐えてくれ』。

同志達はメッセージを確認し、耐えてくれたようだ。ピリついていた場の雰囲気は少し和らいだように思う。青年の背後の彼女も、彼を睨むのをやめた。

安堵、息を吐く。まったく、あの青年は本当に余計な手間を取らせてくれた。SNSでこの空港以外の同志とも連絡を取りつつ、苛立ちを発散するため白髪を掻き毟る。

SNSを多用できることで、今回の作戦は本当に楽に統率が取れている。本来人間を、それも1万人を超える人々を秘密裏に集める時にSNSを用いることはできない。そのSNSの運営に情報が漏れる上、運営が財団や国家と繋がっている可能性があるからだ。だが、今使っているこのSNSだけは例外だ。『TSUBAME』……夏鳥の名を冠した、同志達だけで運営しているSNS。今回の作戦も、これがなければ企画すらできなかっただろう。運営している同志たちには、感謝してもしきれない。

空港を出る。今回の件で協力することになった『もう1つの同志達』に指定された場所は、そこから少し歩いた先に置いてあるベンチ。ここには監視カメラなどがないのだと言う。辿り着くと、そこで人が待っていた。スマホによりまずは間接的に連絡し、人違いではないか確かめるように言われているが……。それより先に、聞くべきことを聞く。

「こんにちは。突然失礼しますが……あなたはACではないですよね?」


2026/6/28
10:05:03 (UTC-6)
アメリカ合衆国 ワイオミング州
"ジャクソンホール" 民家

カオス・インサージェンシーが保有する、イエローストーンにほど近い民家。そこで銃の点検をしながら待機していると、玄関のドアを開ける音がした。イエローストーン国立公園に向かった同僚が帰ってきたらしい。

「夏鳥とのコンタクトの結果報告を頼む」

インスタントコーヒーを2人分取り出し、熱湯を入れながらの質問。彼は柔らかいソファーにどっかりと座ってから答えた。

「はい。予定通りだいたい1万人は集まったらしいです。詳細な人数はわからないらしいですが」

彼はソファーの前に置いてある端末を弄り、ホログラムを起動させる。空間に浮かぶ、イエローストーンの詳細な立体図。カオス・インサージェンシーが数年にわたり調査を行なったその結果だ。一般向けとしてネットに公開されている立体図よりも詳細で、何より一般向けのものと違って、一切の虚偽がない。それを拡大表示。ピンが刺されているのは、一つのパークレンジャーステーション。

パネルに"1万"と入力して、実行。彼は鳥頭の集団を仮想のイエローストーン上に置いた。シュミレーションを行なっているのだろうが、その前に解決したい疑問が残っていた。

「詳細な人数が分からない?本当に大丈夫なんだろうな」

これで実際に来たのが5千人などだったら、全員まとめて返り討ち……とまではいかないが、成功率は著しく下がる。コーヒーカップを持ち上げた手を止めて、眉を潜め念押しする。

「いいや、むしろ信頼できるでしょう。そもそも、彼等はウチとは違って素人の集団で、明確なリーダーもいない。統率が取れてること自体異様なんです」

ホログラムに映る群衆の配置を弄りながらそう答える。彼はその目をこちらに向けることなく、そのまま言葉を続けた。

「彼等の中の誰かが捕まって、それだけで情報が全て漏れるのを避けるために全容を知らせないようには予め警告しました、その弊害かと思われます。
  それに、1万という人数は少なく見積もった場合だとのことです。最高で2万の可能性まであると」

半透明な鳥頭をもう1万人追加してから言う。コーヒーを啜り、カップを置く。それを見て、少し態勢を緩める。

「なら、いい。ここまでの人員をパラテクノロジーを使わず集めるのは、我々だけでは難しいからな」

「そうですね。ただ、今回手を組む上で夏鳥の勢力が思ったより大きかったのは気を付けるべき点かと」

鳥頭とそうでない人間が混ざっているホログラムを見直す。夏鳥思想連盟は、あくまで思想を共有する民間人。見つかっても民間人との明確な差が見つからない限り手出ししにくい。その上、ある程度の統率が取れていてリーダーもいない。法律で思想を縛るようなことでもしない限り、彼らの摘発は難しいだろう。

我々CIの中にも夏鳥思想は増えてきています。呑まれるようなことはないよう、警戒はするべきだと思います」

「……そうだな」

そこで、彼はようやくコーヒーを啜る。俺は動物性保持者や異常性保持者を極端に憎んでいる構成員が上位にもかなりの数存在することを知っている、同意見だった。

「だが、今回の計画は彼等を利用できる。それは確かだ」

「マンハッタンの時CIから離反した下位構成員が夏鳥に流れたことは、協力関係の面ではメリットとなりましたね」

「結果論だが、な。まあいい。夏鳥が充分な人数いるのなら、武装の割り当てや人員配置の決定に移るとしよう」

「そうですね。夏鳥側の傭兵の一部はデモに混ざるので、手筈通り我々はデモ側が行動起こしてからになりますが」

その言葉を聞きながら、コーヒーを飲み干して隣室を開く。そこに積まれている兵器の最終点検を始める。ホログラムを弄る手を止めた同僚は、結局コーヒーを残したまま通信装置の設定を弄っている。

今拠点となっているこの家に保管されている銃火器や爆薬を始めとして、核シェルターも吹き飛ばす爆弾奇跡論による攻撃のための触媒など、作戦のための準備はようやく全て整った。夏鳥の企業による周辺土地の買収によって保管場所を確保したり、財団にバレないように短時間だけポータルを展開して運んだり。1万人に渡せる武装と所持だけで捕まるような超常兵器をイエローストーン近辺に集めきるのに数年間をかけた。全て、今日のために。

世界の変革まであと数時間。テレビに目をやると、イエローストーンを映していた。今日の反戦デモについて上院議員が意見を述べている。軍事行動の正統性について話しているそれは、概ねこちらの台本通りだ。同僚は通信機器で誰かと話しながら、それを見ている。おもむろに、彼は手元の端末に手を伸ばした。

ぶつり、と。仮想のイエローストーンが消えた。


2026/6/28
N/A
アメリカ合衆国 イエローストーン国立公園
SCP-2000 内部

シャンク/アナスタサコス恒常時間溝、通称XACTS。世俗の時間軸と範囲内の間に時間の溝を掘り、あらゆる時間異常を無効化する装置。財団の切り札たるSCP-2000を、スクラントン現実錨と共に外部から防衛する装置。その繊細さ故に、毎月メンテナンスが必要になる装置。

ヴェール崩壊後には時間異常が頻発するようになり、XACTSの必要性は増したように思う。しかし一方で、SCP-2000自体に対しての疑問は残る。これが本当にリセット装置の機能を成すなら、ヴェールの崩壊だって対処できたのではないか?世界が異常を使いこなす今、この切り札の価値はどれほどのものなのだろうか?どうしても、考えずにはいられない。

それでも、仕事は仕事だ。整備は滞りなく進む。全てのXACTSを整備するのには3時間も要らない。それを終わらせれば、あとは次の仕事場に向かうだけだ。

  本来なら。

シャンク博士、2日間も時間を取ってしまい申し訳ありません」

「今回の自体は想定できなかった、仕方ないと思うしかない」

こちらに頭を下げるギアーズに言葉を返す。

今日イエローストーン近辺で行われている反戦デモの関係で、財団関係者が目撃されることを防ぐためにデモがおさまるまで2000内部に寝泊まりすることになった。もともとは財団専用の通路や次元路を使うつもりだったが、想定以上の規模でそれも難しいらしい。

だが、2000内の設備は良い、寝泊りに一切不便はない。財団に勤めていれば予定変更などよくあることだ、そこまで不満もなかった。

「しかし、反戦デモの規模の想定は当初5千人程度。今日が休日とはいえ、2万人近く集まるのは想定外でした。異常事態と考えるくらいです」

「それだけ不満が募ってるってことだろう。しかし、財団の部隊もデモの警備に協力、近辺の監視も強化した。ここが割れる事への対策は充分ではないのか?」

ギアーズは、少し黙ってから、少し首を振った。

「財団が警戒していると思われることも防がなければならないため、ここを防衛は普段から大きく変えることはできません。SRAやXACTSで異常技術の殆どは防げるとはいえ、少し不安ではあります」

「ああ、だがそこは仕方のない所だ。そのために2000にも迎撃手段や防衛手段は搭載されている。あとは上の機動部隊と、2000の性能を信じるしかない」

そうですね、と返す彼の表情は読みづらい。だが、不安が拭い切れてないことは確かだ。だが、気持ちはわかる。『異常事態』と財団はすこぶる相性が悪い、ギアーズの懸念ももっともなものだ。やれる対策は打っておくべきか。

「一応時間異常部門知り合いに連絡してポータルの空きは作っておこう。緊急時にこいらで対応するポータルを組み立てれるようにしておく。ポータルの使用は他団体に察知される可能性がある、本当に最終手段とはなりそうだが」

「助かります。こちらでも警備について強化できるところを模索していきます」

ギアーズはそう言い残し、小さく礼をして早足で別の場所へ向かっていった。HMCL管理官としての仕事は多く、忙しいのだろう。彼と会うのも毎月のメンテナンスくらいのものだ。

そこまで考えて、違和感に気がつく。先程、ギアーズはこちらの時間を『2日』取ったことを謝罪した。だが、2000に滞在するのは今日だけだ。明日も業務があるのか、昨日やった仕事がギアーズに関係していたのか、XACTSに関係するなんらかの時間異常か。これはもう彼が去った以上、答えの出ない問いではあるのだが、彼の中で僅かな引っ掛かりとなっていた。

異常事態であるデモについての嫌な予感も、拭えてはいない。しかし、もうデモを止めることもできない。

頭の奥底にどうしようもない引っ掛かりを残したまま、XACTSの整備を再開した。


2026/6/28
15:06:47 (UTC-6)
アメリカ合衆国 ワイオミング州
イエローストーン国立公園

"パラウォッチ・ジャーナル"専属ライターkarkaroffは、イエローストーン国立公園で行われる大規模なデモの取材に来ていた。開始から1時間、彼は今回のデモに違和感を感じ続けていた。

おかしい。あまりにも、大人しすぎる。

いや、大人しいというのも少し違う。反戦を掲げるプラカードも張り上げる声もデモそのものだし、集団の全員に確かな熱量がある。しかし、あまりにも統率が取れすぎている。暴徒化する者も出ていない。デモで行う行進も予定通りの速度、予定通りのコース。警備をしている州兵や財団の機動部隊も今のところ静観するだけだ。

先月起こった中米での戦争をきっかけに広がった今回のデモ。そもそも、準備期間もそこまでなかった筈だ。それなのに、karkaroffが今まで見てきた全てのデモとは比べようもないほど、全くの無駄なく参加者が進んでいる。ネット上で素早く広まったスローガン、今日イエローストーンを視察する上院議員のデモに対する問題発言。色々出来過ぎたタイミングで偶然重なったとはいえ、それでも二万人は多い。その人数がここまで団結しているのは、異常でしかない。

違和感の原因はそれだけではない。デモ開始前に参加者に取材を行なったが、殆どの人間がこちらの質問に似たような答えを返した。まるで、台本でもあるかのように。こうなると、洗脳の類すら疑う。karkaroffはデモの様子を見逃すまいと、群衆を見続けた。


違和感を感じているのは、彼のような報道陣だけではない。財団の派遣した機動部隊パイ-1("シティ・スリッカーズ")隊長も、群衆を誘導しつつその統率に薄ら寒いものを感じている。だが、「ちゃんとしすぎている」というだけで上に報告するわけにもいかないし、報告したところでどうなるというんだ?

クリアランス4/2000を持つ部隊長の頭に叩きこまれたデモの行進ルートは、もうあと50mもしないうちに右折すると指している。本来は直進だったルートだが、足場の整備がされていないとして公園側が却下した地点だ。だが、実際は足場の整備が原因ではないことを、彼は知っていた。その先には廃棄されたパークレンジャーステーションがあり、そしてその下には財団の切り札が隠されている。だからこそ右折時に1人でも漏れないよう警戒を強める必要がある。だが、この調子なら大丈夫そうだ。不気味だが、そう考えるとありがたい。部隊長はそう自己暗示をかけ、嫌な予感を振り解こうとした。

だが、こういう場合の予感は大抵当たるものだ。

ふら、と。群衆から、1人の男が抜け出る。パーカーのフードを深く被ったその男は、プラカードを片手に大声で反戦のスローガンを叫びながら、右折せずに進んでしまう。

すかさず、1人の警備員が今日初めての介入を始める。ここまでこのような事態がなかったのが異常なのだ、慌てずに対応する。

「申し訳ありません、こちらは危険ですので……」

その場で、それを"タイミングが良すぎる"と知っているのは、その機密を知っているのは、部隊長。彼は、部下にすぐさま催涙弾の用意をさせた。

だが、そのタイミングを知っていた人間は、彼だけではない。いや、むしろ……知らない人間の方が、少なかった。

そして、この先どうなるのかも、知らない人間の方が少なかった。デモの喧騒は、その1人が抜け出したと同時にその勢いを落としている。そこにいたデモ参加者の半数以上は、足を止めた。

群衆から抜け出した男は、自分を取り囲む警備員を見回して、右手のプラカードを下ろし、左手をポケットに入れる。

ピ、という電子音が小さく響いた。









2026/6/28、15:21:30。後にイエローストーンを地図から消失させるに至る事件は、デモ参加者の自爆及び、警備員への発砲から始まった。

"夏鳥思想連盟"を名乗る集団による大規模なテロ。彼らの脅威を世界に知らしめたこの事件の結末は、二つに一つ。即ち  


  continue継続か、reset回帰か。

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