█ 黒の女王、チョコレイト・リリィ
█ 親財団超常フリーランス、ホワイト
█ 日本生類創研超常野生生物保全課、新橋 そら
ベースライン
█ そら: ネコモドキダニはヒゼンダニの変種なのです。ネコモドキの名の通り、イエネコに擬態する生態を有しています。これには外見上や行動上の模倣を含みますが、興味深いことに約30匹以上で群体を形成している場合ネコモドキダニは認識影響特性を獲得するため、知覚免疫を持たない人間にはあらゆる検査でイエネコと区別が出来ません。
█ ホワイト: この認識影響特性は反ミームのような自己隠蔽特性と違って認識の変換によるものなので、各種データに矛盾が生じにくく演繹的な推測によっても発見が困難な厄介な特性です。事実世界中に生息していたネコモドキダニがSCP-2472-JPとして収容に至ったのは2020年になってからです。この情報は本カタログの編纂および基底次元外情報収集任務にあたり、財団外協力員に既知の情報として公開されています。以下同様に財団内部情報の公開が行われる場合、それは財団外協力員に既知の情報として公開します。
█ リリィ: 財団の犬はその財団外なんちゃらを毎回言わないとダメなのかしら?
█ ホワイト: 財団内部機密の保持はヴェール政策、引いては正常人類の安全に極めて重要な問題でこれは必須の手続きと見做されています。
█ リリィ: ボールプールの中の安全のために人類の進歩を封じ込めるクソ政策のためにご苦労なことね。
█ そら: リリィ、ヴェール政策にはボクも反対なのですが、それ以上カタログ執筆を邪魔するつもりなら退室して頂くのです。話を続けても?
█ リリィ: 1人だけリモート参加のくせによく言うわね、この女と2人きりで対面させられてる私の身にもなりなさいよ。まあいいわ、本題に戻りましょう。ネコモドキダニね、アレはネコからネコに感染する。だから大抵のタイムラインじゃほとんどのイエネコはネコモドキダニに入れ替わってるわ。
█ そら: ネコモドキダニは通常のヒゼンダニと同様の過程でイエネコに感染します。つまりイエネコとネコモドキダニの直接接触か、ネコモドキダニに接触したヒトが充分な洗浄を行わずにイエネコに接触することが感染源になります。ネコモドキダニはイエネコに接触すると組織を置換しながら増殖し、最終的に完全にイエネコを置換します。
█ ホワイト: この感染は耳から始まり、約3日で耳を完全にダニに置き換えてしまいます。この段階までは非異常の殺ダニ剤で対処できますが、これ以降は耳の神経を通じて神経系の置き換えが進むため外科的手術で取り除く以外に対処が出来ず、手術をしてもかなりの確率でイエネコには後遺症が残ります。加えて神経に感染が進んで7日程度で完全に神経系が置換され、神経系の置換が完了した2日後には全身がダニに置換されます。この段階に至ったSCP-2472-JPは薬剤耐性を獲得します。
█ そら: イエネコの全身を置換したネコモドキダニは、元となったイエネコ個体と同様の記憶および知能を有しているように振る舞い、その形態および行動を模倣します。形態的模倣には表皮付近のネコモドキダニ個体の刺状剛毛の伸長による体毛の模倣や、摩擦による鳴き声の模倣、幼体のイエネコを置換した際の成長の再現があり、行動的模倣にはイエネコ同様の肉食性と狩猟行動や排泄物を模倣したイエネコの臀部付近に集積して排出する生態などがあります。
█ リリィ: それと、ネコを真似てるネコモドキダニはそのネコが死亡するような状況になったとき、表皮周辺の個体を除いて死亡するわ。具体的には車に轢かれたり、寿命を迎えたりね。
█ ホワイト: そろそろ表題の件を伺いたいのですが、ノネコ駆除計画とは何でしょうか?
█ そら: そうですね、結論から言ってしまうとネコモドキダニはノネコの駆除、根絶に利用できるポテンシャルがあるということがこのカタログを編纂している目的なのです。しかしノネコ問題に関しては世間から理解があるわけではないため、まずはノネコについて説明するのです。
ノネコによる絶滅問題について
█ ホワイト: いや勝手にセクションを増やすのは良くないですよ。
█ リリィ: カタログは論文じゃないもの、好きにすればいいわ。で、このタイトルで話をするってことは、野良猫による野生生物の絶滅を問題にしたいってこと?
█ そら: その通りなのです。ノネコは非常に多くの野生生物絶滅に関与しており、それを解決するにはノネコの駆除を行わなければいけないのです。しかしノネコ駆除の一番の問題を解決するためには「何故駆除をしなければいけないか?」の理解は必須なのです。そのためまずはノネコとは何かを定義しておきます。これは定義する国家や集団にもよるのですが、ここでは「飼い主を持たない野生化したイエネコ」とします。
█ ホワイト: いわゆる地域猫のような餌付けされている野良猫はノネコと見做すということでしょうか?
█ リリィ: まあそういうネコはそのへんの鳥とか食べてそうだし野生生物のこと考えるなら妥当かしらね。
█ そら: イエネコはイエイヌと違って飼育下にあっても野生を忘れることがないのです。イエイヌは野生下では繁殖が難しく子犬が生存することはほとんどない上食事はゴミを漁ることで何とかしている一方で、イエネコは野生下でも繁殖が可能な上に狩猟で食事を確保可能なのです。そもそもイエネコはネコ科動物であり食物ピラミッドの頂点である肉食動物なのです。しかもイエネコは他のネコ科動物に比較して捕食出来る生物が幅広く、一説には1000種以上の動物を狩猟可能とされているのです。
█ リリィ: そうね、昔飼っていた猫もそのへんのスズメとかトカゲとかよく捕まえて見せに来たわ。
█ そら: それこそがノネコの問題の一つなのです。リリィが飼っていたネコ……確か名前はペルシカでしたね、ペルシカは普段は家の中で飼っていて高い餌しか食べなかったとか?
█ リリィ: ええ、あの子、ドライフード食べなかったから。
█ そら: つまり、食事は家で与えているにもかかわらず野生生物を狩猟していた。
█ リリィ: おやつくらい食べたくなるでしょう?
█ ホワイト: ええと、つまり人間による餌付けを受けているネコも野生生物を狩猟することが問題なのですか?
█ そら: そうなのです、通常の環境では捕食者の増殖は餌になる動物の量に規定され、これは外来種も同様なのです。しかし、ネコの場合人間による餌付けや、人間によって持ち込まれたネズミなどの外来種の繁殖によって食糧を供給される上、餌付けをされたノネコであっても野生を失わず狩猟を続けてしまうのです。これによって起こるのが過剰捕食……被捕食者の総量を超える量の捕食者が環境に存在する深刻な状況なのです。
█ リリィ: まあそうなるわね、去勢しなかったら猫はあっという間に増えるもの。
█ そら: そうなのです。イエネコの繁殖力はすさまじいものがあり、生後半年から1年程度で性的に成熟し、1度に2-6匹の子を産む上に年3-4回の出産が可能なのです。計算上は1組のイエネコが5年間繁殖を続けると35万匹の子孫を残すことになるのです。
█ リリィ: まあ大半は死ぬんでしょうね。
█ ホワイト: ……そのような不幸な子猫を生まないために野良猫の去勢手術をしている団体がいるということは聞いたことがあります。
█ そら: それはTNR、捕獲Trap、不妊手術Neuter、返還Returnと呼ばれる活動なのです。しかし、TNRには極めて限定的な効力しかないのです。TNRはノネコの繁殖を防いで自然死を待つことで徐々にノネコを減らそうという目的の活動なのですが、ノネコは繁殖力が極めて強いことは先述の通りなので僅かでも未去勢のノネコが残ってしまえばあっという間に未去勢のノネコが溢れてしまうのです。そのため、TNRが効果を発揮するためには地域中の全ノネコを捕獲し、去勢する必要があるのですがそれが不可能なことは自明なのです。加えて、TNRを実施している地域ではTNR処置済のノネコを所謂地域猫として可愛がる傾向があり、そのことがかえってTNR実施地域への捨て猫の増加を招いているのです。
█ リリィ: まあ、永遠に保護活動が続くなら人間には良い活動ね。で?結局解決には駆除しかないってわけ?
█ そら: はい。最もノネコ問題に力を入れているオーストラリアでは既にTNRは違法化されていて、ノネコ駆除に用いられているのはノネコへ選択的に効果を示す毒餌や射撃狩猟なのです。
█ ホワイト: そんな過激な
█ そら: 非超常社会に把握されているだけでも、オーストラリアではノネコによって20種以上の固有種が絶滅しているのです。家畜化されてからほとんど遺伝子も変わっていないイエネコと他の大陸から隔離された貴重なオーストラリア固有種のどちらを保存すべきかは自明なのです。それに倫理的に思考するならば、ノネコの駆除によって失われるノネコの命と、駆除をしない場合に失われる野生動物の命を天秤にかけて考える必要があるのです。
█ そら: 加えて、外来種問題に起因する固有種の絶滅はその種のみの問題ではなく生態系全体へのダメージとして連鎖してしまうのです。例を挙げるとマルハナバチはネズミの古い巣穴を利用して営巣することが知られているのですが、環境中のネズミが絶滅してしまえばマルハナバチは新規に営巣をすることができなくなってしまうのです。そうすると当然マルハナバチに受粉を依存している植物も影響を受け、それを餌とする動物も影響を受け、という連鎖影響があるのです。
█ ホワイト: ……かつてアインシュタインが「ミツバチがいなくなると人類は4年で滅びる」と発言したと聞いたことがあります。マルハナバチは牧草の受粉に必要な益虫だとも。仮にそらさんが挙げたような連鎖影響が現実に起こるなら、確かにノネコ問題の解決は必要なのでしょうけれど……。
█ リリィ: まあ前置きはこの辺にしておきましょう。貴女が私たちにこの話を持ってきたってことは、非超常の環境問題を解決したいってワケじゃないんでしょ?
█ そら: もちろん日本生類創研にとっては非超常の生物資源も大事なのですが、確かに本カタログの主題は超常野生生物なのです。例に挙げたオーストラリアの固有種にも超常野生生物は数多く存在するのです、例えばブラックホールバッタ、四次元ポケットワラビー、フレイムコアラ、コンバットウォンバット、タスマニアアークデーモン……しかし、ボクのタイムラインで絶滅前に確保出来たのはブラックホールバッタとコンバットウォンバットの2種だけなのです。これら超常野生生物の絶滅にもノネコ問題は関わっているのです。
█ リリィ: 何時聞いてもニッソのネーミングは安直ね……
█ ホワイト: 幾つかは未知のアノマリーですね、後ほど情報提供を願います。
█ そら: ホワイト、貴女のタイムラインでも残っているのはブラックホールバッタだけなのです。そして、これらの内ブラックホールバッタのみが生存していることは貴女のタイムラインに危機をもたらす可能性があるのです。
実例:タイムラインP-916
█ ホワイト: フォーマットを守って下さいよ……
█ そら: ネコモドキダニについて話す前に、ノネコ問題が超常社会にもたらす脅威についてを理解してもらう必要があるのです。そのために2つほどタイムラインを示す必要があるのです。
█ そら: P-916はノネコ問題が超常生物種に及ぼす影響として最も大きい懸念を示すタイムラインなのです。このタイムラインは財団の呼称するところのK-クラスシナリオ、即ち世界の終焉に直面したのです。発端となったのは、日本生類創研ではブラックホールバッタと名付けられているオーストラリアトビバッタの変種なのです。ブラックホールバッタはいわゆる蝗害バッタの一種で、オレゴン州でWWSに保護された当初は充分な量の食事をすると自己複製する異常性を持ったバッタというありふれた超常生物種だったのです。
█ リリィ: ああ、アイツね。SCP-3916。収容違反でK-クラスを引き起こせるアノマリーのリストに入ってるわ。でもあのバッタは何でも食べる異常性がセットだった気がするけど?
█ そら: このバッタにはそれまで捕食対象でなかった物体も一度でも捕食すれば捕食可能になるという異常性があったのです。初めは新鮮な植物しか捕食しなかったこのバッタは動物や石油製品、無機物を捕食可能になり、その捕食能力の副次影響として殺虫剤への耐性を獲得したのです。このバッタが収容施設を捕食することで財団の収容を脱した段階で我々日本生類創研も捕獲に成功しブラックホールバッタと名付けてゴミ処理プロジェクトに組み込んだのですが、制御が難しく一部を逃がしてしまったのです。
█ ホワイト: 逃がした個体について詳しく聞かせていただけますか?
█ リリィ: もう死んでるわ。このタイムラインでのバッタは財団が核攻撃で絶滅させてるもの。
█ そら: 核攻撃が行われた時点で、ブラックホールバッタはアメリカ、カナダ、日本にまたがって存在していたため、財団による核攻撃はアメリカの核実験の失敗とロシアによる核攻撃というカバーストーリーによって隠蔽され、国際社会に回復不能の亀裂を生んだのです。
█ ホワイト: 日本への拡散は明らかに日本生類創研の責任でしょう。ただ聞く限りはこの件とノネコ問題には関連がないのではないでしょうか?
█ そら: 話は最後まで聞くのです。ボクはこのタイムラインの情報を元に、ブラックホールバッタの収容違反事例が起こっていない他のタイムラインでこの種を探したのです。その結果P-916での発生地と思われていたオレゴン州では発見されず、オーストラリアにて発見されたのです。後の研究によってブラックホールバッタはオーストラリアトビバッタにかかる捕食圧が極めて低い場合に発生することが確認されたのです。我々はこれを第三の相変異「繁栄相」と呼称しています。
█ そら: 一般に、被捕食者は捕食者が存在する環境では捕食を避けるような適応を行うのです、例えばあるカメムシは専属の捕食者が環境に増えて捕食圧が高くなると、普段は生殖腺へ投資する栄養を飛翔筋に割り振り、生殖回数を減らしてでも長距離の滑空飛行を可能にする適応を行うのです。加えて、蝗害バッタが群生相で飛行能力を発達させるのは共食いを避けるための適応という説もあるのです。
█ リリィ: つまり、ノネコ問題を放置して固有種が減り、バッタを食べる動物が減って「繁栄相」のオーストラリアトビバッタ、つまりSCP-3916が生まれる可能性が高まるってことね。
█ そら: 尤も「繁栄相」初期のブラックホールバッタは自発的には植物しか捕食せず、捕食圧が高まれば孤独相や群生相への相変異を起こすため、オーストラリア内で問題となったり正常性維持機関に発見される可能性は極めて低いのです。
█ ホワイト: ではなぜこのタイムラインでは生息地を遠く離れたアメリカで蝗害を引き起こしてWWSと財団に発見されたのですか?
█ リリィ: 超常が発生しやすいネクサスや、超常社会からの関心が高い地域にはポータルが開きやすいのよ。それは偶然形成されてネクサス同士をつなぐものかもしれないし、超常社会からの来訪者が放浪者の図書館のような中継地へ開けるものかもしれないけれど、超常存在の超長距離移動にはポータルが関与することが多いわ。
█ そら: ブラックホールバッタには自己複製能力があるので、1体でもポータルを通過すれば繁殖を開始できるのです。そしてノネコ問題によってブラックホールバッタの発生確率が高まれば高まるほど、オーストラリア-アメリカ間のポータルを通過する確率も高まる。つまりこれは確率論的問題なのです。
実例:タイムラインB-116
█ そら: 次に示すのはノネコ問題が未発見の超常生物種を絶滅させることによって科学研究の遅延が発生した事例なのです。
█ リリィ: ああ、そらの出身タイムラインね。
█ そら: 当タイムラインではノネコによってパラテクノロジーの基礎研究に非常に有用な超常生物種が絶滅したのです。これは恐らくは財団でも研究されていた種かと思うのですが、マリアハタネズミという名前に聞き覚えはあるでしょうか?
█ ホワイト: SCP-3166-JPとして収容済のアノマリーが一般の学会に発見された際に付与された名称ですね。いくつかのタイムラインで収容下にあります。
█ そら: マリアハタネズミはオスのみが反ミーム性を持つアメリカハタネズミの亜種なのです。一般に反ミーム生物は反ミームの成立に必要な視覚的要素を確保できる体表面積を備えた大型生物が多く、加えて反ミームの成立は捕食圧の極端な低下と採餌効率の向上を呈するので反ミーム生物は大型化・長寿命化する傾向にあるのですが、このマリアハタネズミはやや長寿命化が見られるもののネズミ相応の繁殖能力を有し、反ミーム研究のモデル生物として極めて有用なのです。
█ リリィ: そういえば、ぼっちのジョージも個体数が少ないタイムラインほど大型化して、反ミームの性能も強くなっていたわね。
█ そら: 大型化、長寿命化した生物種でモデル生物に必要な近交系を確立するのは極めて難しいので、マリアハタネズミは反ミーム研究にとって欠かすことが出来ない生物種と言えるのです。一方で本種はオスのみが反ミームを持つ都合上、メスは反ミーム性を持たないオスとの交配を避けるためにあらゆる交尾を拒否する行動的適応を持ち、それに対応してオスはメスがロードシスを起こした隙に交尾するという他亜種との交配を妨げる障壁が存在するので、自然下での拡散は非常に遅く、生息地は局在化しているのです。
█ ホワイト: しかし、SCP-3166-JPはオスが採餌を担当し、メスは巣穴からほとんど出ずに出産と育児を担当する生態を持つとの記録があります。ノネコによる捕食でこれらの個体が減少するとは考えにくいですが。
█ そら: ここで問題となるのは、ノネコが高確率で保持しているトキソプラズマなのです。トキソプラズマ原虫はネコ科動物を終宿主とする寄生生物で、あらゆる温血生物を中間宿主にするのですが、トキソプラズマはネコ科動物の腸内でのみ有性生殖が可能なので中間宿主が猫に捕食されることは感染しているトキソプラズマにとって有利になるのです。そのため、トキソプラズマは寄生した生物の行動を変化させることが知られているのです。具体的にはトキソプラズマに感染したネズミはネコの尿の臭いに惹きつけられるのです。
█ そら: このタイムラインではまさにその被捕食者の行動変容が問題となっているのです。マリアハタネズミの原生地にノネコが侵入した結果、本来巣穴に引きこもっているはずのメス個体が地上に誘引されてしまったのです。マリアハタネズミのメス個体は反ミーム性を持たない上、巣穴の入り口をオス個体が隠蔽する習性があるために捕食圧が極めて低い環境に適応してしまっているのです。その結果、メス個体が壊滅してしまったことでマリアハタネズミは超常社会からの発見を待たずに絶滅。反ミーム研究の致命的な遅延を招いたのです。
█ ホワイト: SCP-3166-JPはタイムラインごとの収容状況にバラつきがあるアノマリーのため、致命的というのはどうなのでしょうか
█ そら: それを言えるのは貴女が研究機関内に居ないからなのです。マリアハタネズミの発見は反ミームの基礎研究を20年は縮めた大発見。超常野生生物保全課の創立に関わる重大事件なのですよ。
█ リリィ: 超常社会で幅を利かせているような大規模団体は基本的に正常性保護側だから、超常企業では政府に相当する組織から補助金を吸うのは難しいわ。そんな状況で環境保護なんて資金と労力の無駄でしかない。にもかかわらず営利企業であるニッソが環境保護を指向する内部部門を創設したのは確かに重大な事件ね。
█ そら: マリアハタネズミは一般の動物学者によって単為生殖するネズミとして発見されるまで、超常社会にも発見されなかった極めて発見が難しい生物なのです。超常野生生物にはこのような目立たない種も数多く存在し、にもかかわらず技術爆発を牽引するポテンシャルがある。
█ リリィ: 宝の山が腐っていくのを見過ごすわけにはいかない。そういうことね。
█ ホワイト: そして、SCP-3916のようなK-クラスシナリオに発展する超常野生生物もわずかながら存在する……。
█ そら: これこそが超常社会にとって生物多様性を保全することが重要な理由と言えるのです。これは超常生物を駆除ではなく保存している財団にとっても理解できる理念だと思うのです。
█ ホワイト: ふむ、財団外協力員からの提言としては一理あるかもしれません。では、肝心のネコモドキダニを用いた駆除計画に関してお話して頂けますか?
必須条件
█ そら: では、ここから本来のフォーマットに従ってお話するのです。
█ ホワイト: 最初からフォーマットに従って頂きたいものですが。
█ リリィ: ネコモドキダニの必須条件はネコ科動物の家畜化ね。猫はヤマネコが家畜化されたものだけれど、サーバルやチーターがペットとして家畜化されたタイムラインではそちらに擬態するわ。逆にネコ科動物が家畜化されていないとしても犬やフェレットなどの他の哺乳類に擬態することはないわ。
█ そら: 恐らくはペットとして全世界に拡散することでどこかにいる原種に感染している、またはペットとして全世界に拡散したネコへ擬態するような進化圧がかかるものと考えられます。後者の場合、ネコへの擬態が不十分な個体が殺処分されることでライムギのようにヴァヴィロフ型擬態を呈している可能性もあるのです。
実用性
█ そら: ノネコ問題の解決への応用が期待できるのです。
█ ホワイト: そこが疑問ですね。ノネコ問題を解決するのであれば結局は駆除が最善策になるはずで、そのためにアノマリーを利用する理由はないはずです。
█ リリィ: そらには不合理な思考に見えるから解説しなかったのだろうけれど、このあたりでハッキリさせておくわね。ノネコ問題の一番の問題は猫が可愛すぎることよ。
█ ホワイト: 今はジョークを言うべき場面では
█ リリィ: これはジョークでもなんでもないわ。餌付けされた猫による過剰捕食やTNRされた地域猫が捨て猫を呼ぶ事例は「猫が可愛すぎる」から起こっているもの。そして、そもそも猫を駆除ではなくTNRで減らそうなんてコスパ最悪の作戦がまかり通っているのは「猫が可愛すぎる」から殺すと苦情が来るから起こる問題。
█ そら: そもそも、ノネコの拡散はイエネコがペットとして愛玩されていることによって引き起こされたものなのです。つまり、ヒトによってノネコは拡散され、ヒトによってノネコは保護される。これによってノネコ問題は終わることがない。
█ そら: つまり、これらの解決に必要なものは「ヒトによるノネコの拡散を防ぐこと」と「ヒトが持つノネコの駆除への抵抗を無くすこと」なのです。この2点はネコモドキダニの存在が超常社会の外に認知されれば解決するのです。
█ リリィ: なるほどね、ネコモドキダニの存在がヴェール外に漏れれば、ノネコは猫ではなくキモイダニの塊でしかない。そうなれば、飼い猫が野良猫に触れることは絶対の禁忌になるから外飼いや捨て猫は居なくなるし、ノネコは猫ではないなら駆除への抵抗なんてなくなる。
█ ホワイト: ヴェール政策に反する行為であることを度外視しても楽観的想定が過ぎるように思えますね、まずネコモドキダニには認識影響特性が存在し超常技術を用いない場合には発見は不可能です。加えて、ネコモドキダニの存在を非超常社会が認知したとしても、ノネコへの殺害を大衆が許容するとは考えにくいかと。
█ そら: 後述しますが、ネコモドキダニの認知影響特性が薄い、あるいは認知影響を回避できる技術が確立したタイムラインでは、ノネコ問題は解決へ向かって大きく動いているのです。
█ リリィ: ついでに言っておくけど、私もそらもヴェール政策はカスだと思っているわ。超常技術は人類の進歩を大きく前進させるもの、それを隠蔽する正常性維持機関はいらないお節介焼きよ。
傷つきやすさ
█ リリィ: 感染から3日までであれば殺ダニ剤での駆除が可能、神経系の乗っ取りが完了する7日目までであれば外科手術で治療可能ね。
█ そら: イエネコ全体がネコモドキダニに置換された場合、ネコモドキダニは薬剤耐性を得るのです。そのためネコモドキダニが世界中に拡散して以降は殺ダニ剤の散布では駆除を完遂出来ないのです。
█ リリィ: 完全に猫を置換したネコモドキダニは、猫が死んでしまうような状況になると表皮付近の個体を除いて死亡するわ。だからネコモドキダニの駆除はノネコの駆除と同様の方法で行うことになるでしょうね。
█ そら: ネコを模倣しているネコモドキダニの繁殖はネコの繁殖を模倣し、去勢手術などの状況も反映するので、TNRなども限定的ではあるのですが効果があるのです。尤もネコモドキダニの存在が露呈して以降にTNRが行われた例は観測されていないのですが。
実例:タイムラインC-212
█ そら: ネコモドキダニがノネコ駆除に応用できることの論拠となるタイムラインなのです。このタイムラインではネコモドキダニが呈する認知影響が弱く、一般的な抗精神病薬を含む脳機能を一時的に抑制する薬剤によって容易に認識可能だったのです。これにより認識されるネコモドキダニは当初は抗精神病薬の副作用による幻覚として処理されていたのですが、精神病理学の進歩に伴って隠蔽が困難になった財団はネコモドキダニをある種の幻覚物質を生成する特殊な生態を持つダニとして情報を公開したのです。
█ そら: それ以降の世間の反応は極端なもので、情報公開から間もなくほとんどの国家でイエネコの完全室内飼育の義務化が法整備され、ノネコの殺処分数は爆増したのです。
█ リリィ: ネコを外に出すとダニに置き換えられて死んでしまうというのはセンセーショナルだもの。それまでの猫への愛着が反転した形で魔女狩りじみたダニ狩りが横行したのね。
█ そら: お察しの通りなのです。事実、野外に居るネコは首輪の有無に関わらず殺処分され、未感染のイエネコやノネコも相当数死亡したと推測されるのです。一方でノネコ問題の解決は極めて速やかに完遂し、情報公開から10年とかからずに世界の侵略的外来種ワースト100からノネコ及びネコモドキダニの名前が消えたのです。現時点での当タイムラインはイエネコの完全室内飼育の実現と移動中のイエネコの極めて厳重な隔離、ノネコが他の害獣以上に駆除が実施されるというような特有の文化を醸成しているのです。
█ そら: ボクとしてもこれはやや過激な実例とは考えているのですが、ネコモドキダニの情報公開がノネコ問題を解決出来る数少ない方法だということは伝えておきたいのです。ボクがホワイトをこのカタログの編纂にお呼びしたのは、このタイムラインと類似の誤情報を広める計画を、財団に提言して欲しいからなのです。
█ リリィ: 財団が起こってもいない問題にこんな大規模の対処をするとは思えないわね。この女抜きで計画した方がマシじゃないの?
█ そら: 財団内の「父」と和解し、かつ交渉可能なチャンネルを有している姉妹はそう多くないのです。
█ リリィ: 和解ね、「パパ」を人質にされて財団に利用されてるだけじゃないの。
█ ホワイト: 「お父様」には「お父様」の立場でやるべきことがあり、それは「私」もそうというだけです。「私」は自らの意志で財団に協力しています。……ただ、リリィさんの指摘の通り、財団としては自らヴェール政策に違反する計画は了承しかねると思いますが。
█ そら: ネコモドキダニが幻覚物質を呈してネコに擬態するというカバーストーリーは、C-212やそれに類するタイムラインでは非超常社会でも科学的事実としてコンセンサスを得ることに成功しており、ヴェール政策に影響しないのです。これは充分遂行可能な計画なのです。
█ ホワイト: 私一人の提言で財団を動かすことは難しいと思いますが、どちらにせよ1つのタイムラインの情報では提言上でも安全性を保障出来かねます。他のタイムラインでの事例もお聞かせ願います。
実例:タイムラインH-457
█ そら: このタイムラインでは、ネコモドキダニの認知影響を除去する方法が16世紀の錬金術師によって発見され、ネコモドキダニの存在が西洋世界中に広まったのです。手法自体は一部に超常が関わるため民間には不可能な程度に複雑だったのですが、C-212と同様のノネコ駆除が実施された歴史的事実や観測記録などを鑑みてネコモドキダニの存在は後の正常性維持機関に一般科学と見做され、民間で実行不可能な虚偽の観測方法が流布されたのです。
█ そら: このタイムラインでは民間人がネコモドキダニを確認する方法が存在せず、従ってネコモドキダニによる影響もゆるやかなのです。イエネコの完全室内飼育義務化は同様なのですが、そもそも近世時点で民間人のイエネコ飼育にブレーキがかかったため、イエネコの飼育数が標準的なタイムラインと比較にならないほど少数なのです。ノネコ問題もそれに伴ってかなり小規模で、「目の前にいるノネコはネコモドキダニかもしれない」という情報によって、人の居住地付近でもノネコに対する餌付けがかなり抑制されているのです。ノネコが問題となっているのは島嶼部とオーストラリアくらいなのです。
█ そら: ボクがこのタイムラインから得た教訓はこうなのです「ネコモドキダニの情報公開は早いほど良い」理想的にはネコの飼育が始まる紀元前まで遡れれば良いのですが、過去改変による影響範囲は時間を遡るほど大きくなるので、恐らくはこのタイムラインと同じくルネサンス期が安全域のギリギリかと思うのです。幸い、過去の技術レベルでネコモドキダニの認知影響を除去する手法は既に数例発見されているので、当時の文法で記載した論文を過去に送信してしまえばこのタイムラインの再現は容易なのです。
█ ホワイト: ルネサンス期への介入などという大規模な過去改変は絶対に認められません。
█ リリィ: 言うと思ったわ。予想通りすぎて笑えるわね。
█ そら: もちろんこれは理論上の提案なのです。しかし、財団が語るヴェール政策が欺瞞だということはこのタイムラインを見てもわかるのです。このタイムラインでのネコモドキダニは他のタイムラインと同様の認知影響特性を持っているのに財団はこれを一般科学として放置しているのです、それなのに別のタイムラインでは核物理学を超常技術と指定して隠蔽している。財団が収容しようとしている超常は財団が都合よく決めているだけのものなのです。
█ ホワイト: それらの政策の矛盾はヴェール政策が非超常社会を超常の恐怖から守るためにあるから起こるものです。核物理学を超常として収容していたのは第六次オカルト大戦と平行して起こっていた第二次世界大戦時点の話で、それも他の複数の超常大量破壊兵器と混同されて収容に至ったごく一部のタイムラインの事例です。財団を攻撃するために極端な反例を持ちだすのは感心しません。
█ そら: そうでしょうか?ではネコモドキダニがExplainedと分類され対処を民間に委託しているC-212とGödelやTiconderogaとして情報隠蔽を行っている他のタイムラインに本質的に違いがあるのですか?C-212のネコモドキダニと他のタイムラインのネコモドキダニで認知影響特性の作用機序は変わりがないのですよ。
█ リリィ: ヴェールがない世界の科学がどれだけ発展するかを知らないのかしら?いくつかのヴェールが剥がれた世界や、正常性維持機関が存在しない世界では、標準的な世界を数世代置き去りにした科学が発展しているのに。
█ ホワイト: それらはいつ崩壊してもおかしくない薄氷の上の繁栄です。
█ リリィ: 財団が世界を守れているなんて主張も幻想にすぎないわ。
█ ホワイト: もう十分でしょう、SCP-2472-JPの情報開示を通じたノネコ駆除などという提言を、ヴェールを維持すべき正常性維持機関が主導する提言は受け入れられません。黒の女王としての協定に従い当カタログは放浪者の図書館へ送付しますがノネコ問題に関してお父様への提言は実施しません。
█ リリィ: ま、こうなるとは思っていたわ。もう良いんじゃない?
█ そら: そうですね、もう良いでしょう。ここまでの議論でカタログは成立したでしょうし。既に目的は達成したのです。
█ ホワイト: 何を言っているのですか?
█ そら: 正直に言うと、財団がネコモドキダニの情報を開示するとは思っていなかったのです。先ほど理論上の提案として発言した「ルネサンス期へのネコモドキダニ観測手法論文の送信」はボクの出身タイムラインにて既に行っているのです。ボクが過去改変の影響で消滅していないのは、ボクが時間流から隔離された時間暗室に居るからに過ぎません。
█ ホワイト: 何故そんなことを!
█ そら: 既に説明したのです。過去改変によって可能な限り安全にノネコ問題を解決するにはルネサンス期への介入がベストで、その恩恵を受けるためには自身のタイムラインへの介入が最も効果的なのです。それに本カタログが時間流から隔離された場所で編纂され、放浪者の図書館へ送付されるのであれば過去改変後に発生した「ボク」がそれを手に出来、そこには今のボクが行ったことが記録されているのです。そしてこれは個人的な信頼の元に言うのですが、ホワイト、貴女はボクの目的を知ってもカタログの送付を中止することはない。
█ リリィ: そこは私を信頼して欲しかったのだけれどね。
█ そら: リリィは友人ですけれど、信頼は出来ないのです。
█ リリィ: ひどいわね、折角サプライズプレゼントを用意して上げたのに。
█ ホワイト: 何を企んでいるのですか?
█ リリィ: 素敵なことよ。入ってきていいわ。
█ 日本生類創研奇獣類部門五脚目研究室所属、金春 くうですわ!
█ くう: お初にお目にかかりますわ!お姉さま!ずっとお会いしたかった!
█ ホワイト: ええと、この方は?
█ リリィ: 歴史改変後のB-116、そらの出身地だったタイムラインに生まれた新しい黒の女王、つまりそらの「妹」ね。
█ そら: なるほど、リリィが貴女を連れてくるということは、ボクの計画は成功した、と考えて良いのでしょうね。
█ くう: その通りですわ!お姉さま。リリィさまからお聞きしたような旧B-116の超常生物資源の枯渇、超常生物学の発展の遅延は解消されていますの!それも全てはお姉さまの功績!多元宇宙規模で見てもB-116は超常生物学の分野では先頭を走る存在に成長していますわ!もちろん、我らが日本生類創研はそれを牽引して来たと胸を張って主張出来ます!
█ リリィ: くうの言う通り、B-116は超常生物学分野に限って言えば私が知るほぼ全てのタイムラインを上回る発展を見せているわ。もっともこれは超常生物資源が豊富になったことだけではなく、ヴェール政策が突破されたことも大きいけれどね。
█ くう: お姉さまが行ったルネサンス期への介入の結果、大航海時代にイエネコの拡散は起こりませんでした!そのことが超常生物資源の保護、そして地球上あらゆる場所での超常生物の発見につながりましたわ!
█ リリィ: 近世以降、超常生物の発見は加速し、それを研究することによって科学技術は爆発的に進歩した。それは正常性維持機関による抑圧の正当性を大いに毀損してくれたわ。
█ くう: 多くの政府が正常性維持機関への資金援助より、我々のような超常研究機関への資金援助を選択しました。その結果、いわゆるヴェール政策は破綻。超常生物との共生がなされたのですわ!まあ超常獣害事件は増えてしまいましたし、いくつかの国は滅んでしまいましたけれど、得られた科学技術に比べれば些事ですわね!
█ ホワイト: CK-クラスシナリオ……
█ リリィ: ふん、精々B-116の財団にでもカタログを投げつけたら?もう消し炭しか残ってないでしょうけどね。









